うちのコが一番可愛く見えるタイプの男
指示されるまま敵対者を狩るだけの
「真信サマ、有給くだセリ落とシ!」
「はい? ……ああ、そっちの仕事か。呼ばれるのはずいぶん久しぶりだね」
「ウぃ。やリたくナいけどお父サマのご指示じャ仕方なキかな」
金髪瓶底メガネ少女に
納得し合う二人に、事情の分からない奈緒が円形の蚊取り線香を渦巻き型に分離する手を止めた。
「待ってください。お父様って? え? 門下の人達ってみんな身寄りがないんじゃなかったでしたっけ」
奈緒は深月からライターを受けとって線香に火を点ける。深月の握力ではスイッチの硬さに勝てなかったようだ。
「白状すると、マッドは正確には門下じゃないんだ。平賀が預かっている食客でね。時々こうして実家から連絡が来るんだ。マッド、手紙にはなんて?」
「
「封入されてるのは招待状が二枚……だけど一枚は名前が未記入になってる。これは……って、どうしたの深月」
受け取った封筒を確かめる真信は、深月が何やら振動しているのに気づいた。
深月はふらふらとマッドに近づき、その肩を掴む。
「マッ、マッちゃん。今……
「そデすが何カ?」
「まさかマッちゃんて……
「お名前呼ばレるのお腹ムズムズビフィダス運動デすな」
「なぁっ」
身体をくねらせるマッドの肯定に深月はなぜかショックを受けたようだ。
「どうしたんですか深月先輩。マッドさんの本名に何か?」
奈緒が心配そうに深月へ呼びかける。すると少女は気を取り直すように喉を鳴らした。
「んんっ、えーっと。
「ウちただの貿易会社ますヨ?」
「お体が弱くて公の場には時々しか姿を見せないって聞いてたけどー。まさかふみか様が平賀に預けられてたなんて」
「マッドは無茶苦茶元気な粗茶ますガ!! ふみふみよりもマッドはマッドっテ呼ばれるのガ好キますよ深月ち」
膝立ちで距離を取ろうとしていた深月にマッドが抱き着く。さらに身体を撫でまわし始めた。驚きで硬直していた深月がこそばゆさに逃げようとするがマッドは離さない。
「ちょっ、ふふっ、やめてふみか様ひゃうっ」
「マッドはマッドますカけ網よ!」
「そこはっくすぐった、はははっ、ふみかさ止めっ」
「マッドなノー!!」
「分かったから! マッちゃんもう勘弁してー!」
「むフムニぃ。それデよしデす」
悲鳴が響き渡ってようやくこちょこちょの手が離れる。マッドは満足げに部屋を出て行った。呼吸不全一歩手前まで責められた深月は息を荒げて畳に伏している。顔が真っ赤になり和服の
真信が深月に手を貸そうすると奈緒にすねを蹴られた。離れているようにと追い立てられる。
奈緒に背中をさすられ呼吸を落ち着けた深月は、まだ足に力が入らない様子で立ち上がった。服を直して真信に向き直る。
「と、とりあえず真信、おじさんに報告に行こうかー」
「
マッドの個人的な事情をどうして
「
マッドの有給宣言から明けて早朝。樺冴家の屋敷にまたもや悲鳴が響き渡った。
「無うう理いいですうう!」
和室の隅、
怯えたように頭を抱える少女を困った顔で見下ろすのは真信だった。
「頼むよ、奈緒。キミにしか頼めないんだ」
「ホント無理マジで無理それだけは無理!!」
少年が手を差し出すが、奈緒は一向に出てこない。
「何がそんなに嫌なのさ」
ため息をついて呆れ声を出すと、奈緒が物陰からちょいと顔を出して部屋の中心方向を指差した。
「あの顔面偏差値ハーバードの二人にしがない底辺私立高生が並べと!? 拷問ですか!? 私ヤる専なんで受けるのは専門外です!」
奈緒の視線の先には二人の少女がいた。深月とマッドだ。
二人とも髪を編み上げ薄く化粧を施し、鮮やかなドレスで着飾っている。
深月が着ているのは身体の線に沿った黒のドレスだった。肩口が大きく開き、一番外側の布地には羽のような模様に彩られている。下部へ落ちるごとに羽同士の間隔が広がって、後ろの景色を透かしていた。
少女は普段と違い、後ろで一度まとめた髪を横へ流している。それが余計、少女の
一方のマッドはメガネもカチューシャも外していた。
深蒼のドレスはウエストで大胆に絞られ、それより下が大きく広がったメリハリの強いシルエットをしている。派手めのバックコサージュもまた、彼女の整った素顔を飾り立てていた。
化粧されるのが嫌いなのか不機嫌顔だが、それが悩まし気な表情にも見えて一層魅力的だ。
その傍らには静音もいる。どうやら二人のドレスの寸法を調節しているようだった。静音の横にはまだ広げられていない白のドレスが一着。アクセントに薄緑のラインが入ったそれは、言わずもなが奈緒の分である。
ドレスは全て源蔵が
マッドに招待状が届いたと聞いてからの源蔵の動きは早かった。
ではなぜパーティー用のドレスが必要なのか。それは会場警備の者では会場内に入れなかったからだ。これでは皇嗣が何の話をするつもりなのか分からない。
そこで内部に潜入する者が必要となる。今回マッドに贈られてきた招待状は二枚あった。一枚はマッド──
マッドの持つ
さらに深月が「パーティーに呼ばれそうな人間に心当たりがある」と言い出し、さらにもう一枚空の招待状を確保した。
これで正規に招待されているマッドを除いて計三名の潜入が可能となる。
選ばれた人員は、深月と真信、そして奈緒だった。ほとんど消去法ではあるが。
こうしてドレスの試着に呼ばれた奈緒だったが、先にいた少女二人を見て戦意を喪失してしまったようである。
奈緒はどうやら自分があの二人に見劣りすると思っているらしい。真信は彼女に思ったことを素直に伝えた。
「大丈夫、奈緒はすっごく可愛いよ」
「~~~っ! どこ見たらそうなるんですかっ。差が歴然でしょう。身内甘やかすのも限度がありますこの変態タラシムッツリストーカー!」
「どうしてそこまで言われなきゃいけないんだ……。頼むよ奈緒。キミは僕の裁定者だろう? 緒呉から帰って、もう離れないって言ってくれたじゃないか。二度と目を離さないって」
「それとこれとは話が別です。あんな美女二人に挟まれる私の気持ちも考えてください」
「確かに深月はすごく綺麗だけど、マッドは
「いやいや、節穴すぎるでしょう!? よく見てください。マッドさんすこぶる美少女ですよ? もはや芸術家が人生を賭して創った神の造形物……美術館に飾られるレベルですよ?」
「でもマッドだし」
「ええ……。先輩のマッドさんに対する認識どうなってるんですか……?」
呆れて反論も浮かばないといった顔をされた。奈緒は少し冷静になってきたらしく
「ていうかですね、パーティーに出るなら静音さんでもいいでしょう。長身モデル体型の美人なんですから」
「その評価には同意するけど、静音が渋って……」
二人で、化粧箱をまさぐっている静音へ視線を向ける。気づいて顔を上げた静音は、二人の表情でことを察したらしい。申し訳なさそうに眉根を下げる。
「私は出席できません。こういった服装だと体中の傷が目立ってしまいますから。曰く、『カタギに見えない』と」
「真信先輩そんな酷いこと言ったんですか」
「僕が言うわけないだろ!?」
「真信様はそのようなことを
「そういう言いかた卑怯です…………分かりました。女のプライドは捨てます。静音さん、その代わりバッチリお化粧お願いしますよ」
「奈緒の顔立ちだったら薄化粧のほうが似合うと思うけど」
「女心が分からない先輩は黙って!」
「さっきから僕の扱い酷くない?」
僕何かした? と本気で何一つ分かっていない様子の真信に、さすがの静音も優しい声をかけることはできなかったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます