第2話 記憶という名の傷

 中学時代は、今よりもコミュ力もない友達も少ない、いわゆるド陰キャだった。


 友達もオタクばかりで、みんなでワイワイ遊ぶことなんて俺ら陰キャには遠い世界だった。


 だが、仲が良かった親友と呼べる篤志あつしというやつは、いつも親身になって話を聞てくれて、一緒にいて安心できた。 


 同時に、俺の今の人格を形成した主要人物でもあったかもしれない。


 中2の時、同じクラスになって、アニメや小説の話をしているうちに意気投合し、一緒に過ごせば過ごすほど仲はすぐ深まっていった。


 そのうち、琴葉と3人で遊びに行くことが増えた。


 だが、中3のある日、その日常が少し非日常に近づく出来事があった。


 あれは10月のある日の放課後だった。


 俺は、後藤華ごとう はなというクラスメイトに呼び出された。


 そして、「ずっと赤沢あかざわ君、のことが好きでした。付き合ってください!」と告白されたのだ。


 彼女は、クラスの中心人物であると同時に、なんでもできるし誰にでも優しいと評判だった人だった。


 実際、こんな陰キャな俺にも優しく接してくれていた。


 そんな人物にまさか告白されるとは思ってもみなかったが、とてもうれしくて「ぜひ、よろしくお願いします」と告白を受け入れた。


 それからは、登下校を2人で共にしたり、遊園地や水族館でデートしたりと、彼女はいつも恥ずかしがりながら、「青磁せいじ君」と名前で呼んでくれたり、甘えてきてもくれた。


 彼女のことを好いていた男子達からは「なんで、お前なんかと。釣り合わねぇだろ!」と責められることはあったが、その時は「私が付き合いたくて付き合ってるんだから勝手なこといわないで!」とかばってくれたりもした。


 琴葉たちと一緒に帰ることは、ほとんどなくなってしまい、どこか気を使われすぎたりして、3人で過ごすこともなくなって寂しい気持ちもあったが、今はこれでいいと思えた。


 彼女とは、キスをすることはなかったがハグや手をつなぐことは結構あって、そのたびに疲れは吹っ飛んでいた。


 だが、後藤と付き合ってから2ヶ月が経った頃、今までの天国が地獄に変わった。


 冬休みに入る前の週、俺は彼女にクリスマスデートに誘われた。


 話したいこともあるとも言われ、俺は憧れのクリスマスデートを承諾した。


 そして、クリスマス当日。


 昼から最寄駅に集合し、電車に乗って、横池町という少し離れた街に行き、色々な場所を一緒に巡った。


 楽しんで欲しくて、たくさん遊んで、お土産もたくさん買った。


 そして夜には、学生にはちょっと高いくらいのレストランで食事をした。


 この時にあらかじめ用意していたクリスマスプレゼントもあげた。


 確か、マフラーだったと思う。


 そうして辺りも暗くなってきて、そろそろ帰ろうと駅へ向かっていた時、急に後藤の友達らしき女子たちが3人ほど現れたとおもうと、後藤は俺から離れて取り巻きたちに混ざった。


 なんだ?と不思議に思って間もなく、「今日で2ヶ月経ったから、あなたとの関係は終わりね」と冷たい声がした。


 同時に思考も混乱した。


 どういうことだ。2ヶ月経ったから?それに、なんだその清々したみたいな言い方。いつも温かかった彼女の視線は、この時はとても冷たかった。


 信じたくないが、まさか、これは...とある可能性が浮上した時、それを口にする前に彼女が口を開いた。


 「今までのは、全部罰ゲームだから」


 嫌な予感が的中した。


 「この私が、本当に陰キャのあんたのことが好きだと思ったの?」という後藤の表情はまるで漫画に出てくる、いじめっ子のそれとほとんど同じだった。


 確かに、なんでこんな人気者が俺なんかを好きになったのかは考えたりもした。


 でもまさか、罰ゲームだったなんて。


 ひどすぎる。


 信じていたのに。


 後藤の罵倒は止まらず、「馬鹿じゃないの⁉みんなでゲームしてて、負けたからクリスマスまで付き合う罰ゲームを受けただけ」とギャハハと、はしたなく笑っている。


 そして、最後にとどめを刺すかのように、「ま、あんたみたいな陰キャがクラスの人気者と付き合えたんだから感謝しなさい」と笑って「さようなら。何のとりえもない陰キャくん。これもいらないから返しとくねぇ」と少し大きい紙袋を投げてどこかに消えていった。


 中を見ると、そこには今まで俺がプレゼントしたもの全てが入っていた。


 なんだそれ。今までのことは、全部嘘だったというのか。


 すべて今まで演技だったのか。


 ショック過ぎてもう何も考えられなくなっていた。


 気づけば、近くの公園のベンチに座り、立つことさえもできなくなってしまった。


 息ができない。胸が苦しい。力が入らない。


 俺は今、どうすべきなのだろうとわずかな力で考えていた時、「青磁?」と誰かの声がした。


 振り返ると、そこには篤志がいた。


 そして、俺を見るなり「どうした⁉何があったんだ!確か今日は後藤華とデートの日だよな」


 どうやら、涙は出ていたようだ。


 篤志に聞かれて、さっきのことがまたフラッシュバックする。


 俺は、クラクラする中、さっき起きたことを話した。


 「なんてことだ。罰ゲームで付き合ってたなんて。学校ではあんな優しそうなのに、そんな最低なやつだったのか」


 篤志の顔を見ると複雑な表情をしていた。怒りと悲しみが混ざった顔をしていた。


 「なんで、そんな人の気持ちを弄ぶようなことができるんだ。どうしてそんな簡単に人を傷つけられるんだ」と言って。


 その時やっと、俺は声を出して泣けた。嗚咽が止まらなくなるくらい泣いた。


 畜生。俺が何をした。俺はただ、こんな俺に向けくれた好意を受け入れ、ずっと楽しませたくて、喜んで欲しくて、幸せにしたかっただけなのにと。


 それからは、疲れた体を何とか動かして家まで篤志と帰った。


 家に入るとき、「青磁。俺は何があっても、青磁を見捨てたりはしない。裏切らない。いつだって青磁の味方だ。だから辛いときは、いつでも頼れよ」と言ってくれた。


 「ありがとう」と言って、部屋に向かってまた泣いた。

 

 両親には、「フラれた」とだけ言って部屋に篭った。


 どうやらあの後、篤志がその日あったことを琴葉にも説明していたようで、翌日家に来て俺の話も聞いて慰めてくれた。


 それからは、後藤が俺の悪い噂を流したせいで、みんなから軽蔑され距離を置かれることになった。


 休みが明けて学校に行くと、机には『クズ』『最低』『死ね』とも書いてあったと思う。


 休み時間になれば、あちこちから「よくのうのうと学校に来れるよな」「後藤さんにあんなことしておいて平気なんて、ほんとにクズなのね」などという陰口が聞こえてくる。


 そもそも俺に聞こえてる時点で陰口といえるのかもわからないが。


 もちろん、抵抗はした。


 でも信頼は、表向きの後藤と、陰キャの俺では全く勝ち目がなかったのだ。


 足掻けば足掻くほど、まるで蟻地獄のように悪い方向へと吸い込まれている一方だった。


 琴葉が「私が一発言ってくる」と応戦モードに入ったこともあったが、止めた。


 琴葉をウザがり、巻き込んでいじめられる可能性があったから。


 それに例え傷つけられても、人を傷つけることなんて、俺にはできない。


 人を傷つけても、何もいいことはない。


 自分には罪悪感が残り、相手には傷が残る。後悔するものも、トラウマを抱えるものもいるだろう。

 

 俺は、そんな人を出したくない。


 ある奴に弱いだけだと言われたこともあったが、一度弱い立場に立たないと人に優しくすることなんてできないと思う。


 仲が良かった仲間からも距離を取られるようになった(まぁ、巻き込まれないための懸命な判断だと思う)が、篤志と琴葉はいつも近くにいてくれた。


  ショックで受験勉強にも影響が出るところだったが、琴葉や篤志も協力してくれて、なんとか3人一緒の高校に合格することができた。


 そうして、残り3ヶ月は2人と共に耐えしのぎ、無事中学校を卒業した。


 最後は、クラスメイトの誰とも話さずに、早々に学校を後にした。


 卒業までよく耐えたと思うが、卒業してからは、まだ気持ちの整理がつかず、しばらくの間は外に出ることができなかった。


 この記憶は一生、心の傷として残り続けるのかもしれない。

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