第6話 呪い

 奴は膝をつき、手では抑えきれないほどの傷を押さえていた。急所を狙った一太刀は、奴のボウガンによって軌道を僅かにズラされたが、それでも尚、傷は深い。


「はぁ、はぁ······そんな······馬鹿な······」


 ボウガンは床に転がり、奴の体を支える左手は震え、そこにもドボリドボリと血がこぼれた。最初、奴に攻撃を仕掛けた際は怒りで我を忘れたほどの僕だったが、しかし、今は逆に恐ろしいほど静かに落ち着いていた。


 その理由は奴にある。

 実の所、戦い始めてすぐその違和感に気付いていた。


「最初から散弾で不意打ちを仕掛けたなら僕を殺せただろうに、何故そうしなかった?」


 それは、奴の武器がボウガンであること。

 だが、父に刺さっていたのは矢ではなく


 父の体には裂傷が幾つもあったが、そのどれもが、跡だった。父の背中には見慣れぬマントもあったが、それも裂けてはいるものの、どこにも矢で貫いた穴などはなかった。


 だから仮に、こいつが本当に父にトドメを刺していたとしても、致命傷となっているのが剣というのはあまりにも不可解だった。奴は剣士には見えず、また、僕ですら対処出来た矢を父が対処出来ぬはずがないのだから。


 だから、その不可解に行き着いた時、当然この答えにも至った。


 父が、――と。


「へっ、へへっ······そんなこと聞いてなんになる······? てめぇの親父はもう、とっくに死んでんだぜぇ······?」

「父や皆が戻ってこない現実(こと)ぐらい分かってる。ただ、そうなると僕が殺さなきゃならない奴が、ってことになるんだ」

「はっ······へへっ······あぁ、なるほど······へっ、へへっ······そういうことかい······」


 仰向けになっていた奴は胸を押さえ、息絶え絶えにこちらを見下ろしていた。だが、僕がその“先のこと“を話すと、奴は諦めたように虚空のほうを見つめ「そいつはいいや······」と小さくこぼした。そして、その虚ろの目のまま、


「俺は、小さい頃に捨てられてなぁ······もっと······自由に生きたかった······」

「それがなんだ。そのためなら他人(ひと)の大事な人を殺してもいいのか? ふざけるな」

「まぁ聞けよ······。へっ、へへっ······お前の探したい奴は、ちゃんと教えてやるからさぁ······」


 こんな奴自身の話など全く興味などなかったが、しかし、これから探し出さなくてはいけない相手に繋がると言われたら聞かざるを得ない。不本意ではあるが、故に、剣を向けたままで耳だけは傾けた。


「俺は、そうして不自由に生きてきたから、他人から何かを奪うのが、えらく快感でなぁ·····。そうすることで、生きてることを実感するんだ······。“あぁ、こいつも俺と同じなんだ“ってな······。盗みから始まり、強盗、強奪、殺人、強姦(レイプ)······なんだってした······。············へっ、へへっ······。お前が俺の命を奪うのは······へへっ······いいってか······? ······へっ、へへっ······お前は、これから何のために生きるんだ······? 復讐か······? それとも、そこの親父の剣を、ただ、何もかも忘れて、極めるか······? ············へっ、へへっ······お前も、俺と同じさ······。へっ、へへっ······そいつの命を奪うことで、お前はこれから満たされるんだ······。なんせ、死者は何(なん)にも喋らない······。だからお前は、お前自身が“生きてる“と実感するために、これから復讐に溺れるんだ······。······へっ、へへっ······どうだ? 自分が不自由になった感想は······? ············へへへっ······そうだよなぁ······言えねぇよなぁ······。この国の奴等は全員殺しただろうからなぁ······。生きる意味が、それしか残らねぇよなぁ······。············はぁ······皆から必要とされ、皆から愛され、そんな幸せな奴ばかりの場所から奪えたのは······はぁ······今回の幸せだったなぁ······。······はぁ······ただ······気に食わねぇことが、ひとつあんだよなぁ······。······はぁ······だから······はぁ······俺は、お前に賭けるんだ······そいつを殺してくれるようになぁ······。······呪いのように······それをお前に教え······はぁ、はぁ······そいつの命を、奪ってくれるようになぁ······。······へっ、へへっ、へへへっ······。何の因果だろうなぁ······へっ、へへっ······そいつは······へへっ······青い線の入った、黒剣を持ってる······へへっ······ちょうど······お前と、逆の色の剣だなぁ······。············名前は······リルス······。どんな奴かは············言わねえほうが······面白そうだ······。へっ、へへっ······。··················あぁ、ずいぶん······寒い部屋に······なってきやがった······。············あぁ······くそっ······最期に······嫌なこと······思い出しちまったなぁ············。広場で殺したやつら············なんで······まだ······手なんか············つないで····································」


 それきり、奴は喋らなくなった。

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