第4話 理解

 木製の扉に戻り、螺旋階段を鈍重に上って、人ひとりが精一杯の狭い通路を通り抜けた。玉座のある間に戻る直前には、少しだけ、白い光が見えると共に、むせそうな空気が晴れていくような錯覚をした。


 だが、通路を出て、玉座の背もたれにある刃を見ると、それが本当にただの錯覚に過ぎないことを知る。数はその刃が貫く“一人“だけだが、この空間にも血の匂いはある。


 右手に、大きな格子窓があり、その向こうは今日この日までに見てきた景色のようだった。


 青空が広がり、白い雲がある。

 小鳥が数羽、バルコニーの手すりで戯れては飛び立っていく。


 自分の家より、広がる町の展望は美しいが、それでも、過去にあった景色と類似していた。その窓の向こうにあるバルコニーから飛び降りてしまえば、また向こう側の景色に飛び込めるんじゃないかと思った。


 ふらりふらり、そちらへ足を動かしていた。


 何が昨日と違ったのだろう。

 何が昼と違ったのだろう。


 まだ陽は白いが、だいぶ傾いたそれを朧気に見ながら誰かに尋ねた。だが、当然返事はなかった。そして、あと少しでそのガラス窓に触れようかというところで、


「あぁ、なんだぁ!? まだ生き残りがいんじゃねぇか」


 しゃがれた声が左側から聞こえてきた。




 しゃがれた声のほうを、力ないままで自然と見ていた。


「せっかく、下の馬鹿どもを燃やして処理してきたのに、こんなチンケな生き残りがいたんじゃあ意味がねぇ」


 薄紫を真ん中に分けたパーマ髪は、ギョロ目をこちらに見せて不気味にせせら笑っていた。


「へっ、念のためと思って見回った甲斐があったなぁ。あんなんじゃまだまだ殺(や)り足りなかったんだ。面白いことは沢山あったのになぁ。あぁ、まだ足りない。まだ足りないんだよなぁ······」


 ボウガンを持つ不気味な男は、腰に携えた矢を一本取ってはそれを舐め装填する。そして、引き金トリガーを弾くだけで射出可能となったそれをこちらに向けながら、


「ヒャッヒャッヒャッ、お前はどう殺してやろうかなぁ。串刺しにして生きたまま火炙りか? 一本ずつ手足削ぎ落として、何本目で死ぬのか見るのもいいなぁ。あぁ、でもそこのおっさんのようにもう一度殺すのもいいなぁ。あの時の姿は笑いもんだった。あのもがく様はしばらく興奮して眠れそうにないほどだったなぁ······」


 ······ナニヲ······イッテイルンダ······?


「あぁ、お前にも一度見せてやりたいなぁ。でもまぁ、無理か。お前はここで死ぬんだもんなぁ」


 ·············あぁ、そうか。


「でも、それくらい面白かったんだ。“私にはまだ······“って、身体貫かれて負けたのに立ち上がろうとしてさぁ。ヒャッヒャッヒャッ」


 なんで、こんな簡単なことを忘れていたんだ······。


「だから蹴飛ばしてやったんだ。で、その時の椅子に刺さった様子って言ったら最高だったなぁ。ヒャッ、ヒャッヒャッ。血ヘド吐いてなぁ、それから剣に手を掛けたと思ったらピクリとも動かなくなって、そのまま死にやがってんの」


 殺された人がいるってことは、ってことなんだ······。


「お前はどうしてやろうかなぁ? あぁ、殺した後は首に矢でも刺して額縁に飾るのもいいなぁ。せっかく同じ紅蓮の髪をしてるんだ、きっと映えるぜぇ。ゴミとゴミクズでもこうなりゃ使い道があるってもんなんだなぁ――」


 復讐の黒い憎悪が心の奥底から静かに煮え上がると同時――僕は、聖剣の白い柄を強く握りしめていた。

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