第3話 隠し通路の奥には
父は、自分を貫く剣を引き抜こうとしたのか、両手の肉に刃を食い込ませながら、血を肘にかけて滴らせながら力尽きていた。戦う意志、まだ守るべき相手がいたであろう中での絶命に、父が無念さを覚えたであろうことを長年稽古を受けてきたために感じた。
喪失感と虚無感。
目の前が暗闇に染まり、世界が歪んでいる気がした。
ようやく、周りにいた人達の全ての死を実感し嘔吐した。出掛ける前に食べた、祝いのシチューが、荘厳なこの空間のレッドカーペットに散らばった。食卓を家族と侍従皆で囲んだ記憶が蘇ると共に、酸(す)い匂いが鼻をついて再度吐いた。吐いても吐いても身体は拒絶反応を示し、こぼれた白に血が混じった所でやっとえづきは静まりを始めた。
物理的にも精神的にも抉れそうなほどの胸を押さえながら、はやる呼吸のままでもう一度、父のほうを見た。
やはり、父は死んでいた。
夢なんて優しいものではなく――現実だった。
喉の奥から何かが込み上げてきたが、今度はとどまった。
呼吸はさらに乱れていたが、少しずつ景色が見えてきた。
(あれ······は······?)
力なく父のほうを改めた時、玉座の奥の額縁――その下に、不自然な通路があることに気付いた。
山奥で拾った剣を支えにして、よろけながら立ち上がる。そして父を横切る時に、その最期を一瞥してからその通路に向かった。
通路に入り、次第に身体は浮遊感から肉体らしさを取り戻していた。そして右手で願掛けだけの聖剣の柄を握り、人ひとり通れるだけの狭い通路を進んだ。蝋燭が照らす、石の螺旋階段が下に伸び、そこを音を立てずに進んだ。
その階段の終わりには木の扉があった。
無意識に、柄を握る右手に冷たい力が入った。
「······」
柄頭で静かに扉を押し開ける。
狭い空間だからか、血の匂いが満ちていた。
敵が背を向けていたなら、迷わず斬りかかっていたに違いなかい。
――が、しかし、そこに仇となる相手は居なかった。人の気配が辺りに微塵もなく、力が奪われた。まるで、目の前の惨状――ここに来るまでの死体の数々は幽霊(ゴースト)の大群でも来て、去っていったかのようだと思った。僕は、一階で見た――この国の兵士とは違う黒の鎧以外に、人らしい敵の姿は見ていない。
柄から、滑り落ちるように、右手の力も抜けた。
いや、全身から抜け落ちたと言っても良かった。
「······」
そこに居たのは、父が守る対象であったであろう国王と、その一族の亡骸だけだった。
父は······何も守れなかった。
王様がどんな姿かは、父や侍従の彼からよく聞いていた。また、首から下がる“鈴の紋章“は王族だけが身に付けるものということも。事切れた複数のそこにある死体は、皆が鈴の紋章の入った物をどこかしらに身に付けていた。その数も、その容姿も、彼らから聞いていたものと全て一致していた。
脱力が、虚無に変わった。
途端に、自分の生きている意味が分からなくなった。
父が誇りと思ってきたこの仕事を引き継ぐために、自分はこの剣を振るってきた。いつしか自分が引き継ぐのが当たり前と思っていたことや、そうなるものだという宿命のようなもの。最初は拒否を示したこともあったが、時間が経つにつれ、嫌という意思は薄れ、自分にはこれしかないと思うまでになっていた。
まるで――父のように。
父と同じほどの要人を守る、そんな役目はまだまだ到底届かないだろうと僕は思っていた。しかし、僕の側にいる人間を守れたら「それは同じ誇りだろう」と父は言ったこともあった。僕もそれを信じ続けていた。それを信念にしていた。
なのに······誰一人として、もう、守る相手が居なくなってしまった。
身近な家族さえ守れなかった。
母も姉も、妹も、側に居てくれた三人も――皆死んでしまった。
そして、
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