アイシャとネリが
アイシャとネリがアーミテイジの部屋へ着いたころには、かなり日が落ちていた。日没が近い。
部屋の扉には鍵がかかっていなかった。なかへ入り、地下室への扉を持ちあげて開けると、ひんやりとした空気が足下からあがってきた。
「もしも、おまえの勘が当たっていたとしてだ──やれると思うか、ふたりで上級吸血鬼を?」
地下室への階段を下りながらネリが言う。
「だから急ぐんだ。まだ奴が眠っているいまなら、ふたりでもやりようはある」
「出直したほうがいいぜ」
「なら、おまえはそうしろ。わたしはゆく」
「チッ、どうなっても知らねえぞ」
地下室に降りるとネリが呪文を唱えて鬼火をひとつ作り出した。アイシャは携行用の小さな丸盾を腕に装備し、それに触れて燈火の呪文を唱えた。すると丸盾がまばゆい光を帯び、十分な光源となる。
地下空洞への穴はまだファムケによって壊されたままだ。穴の縁には梯子がかけられており、ふたりはそれで下へ降りた。
「意外とでかいな……奥はどのくらいまであるんだ?」
と、地下空洞の岩肌に触れながらネリ。
「見当もつかん。アーミテイジがここへ遺棄していた死体を引きあげてから、調査はしていない。地下空洞は危険だ。ガスが充満していたり、モンスターが住み着いている場合もあるからな」
アイシャが光る丸盾を高く掲げると、闇が払われ周囲が見通せた。あたりは開けていて、かなり広い空間だ。天井となる上部は見あげるほどの高さだった。アーミテイジは長いあいだ、女たちの血を吸ったあとここへ死体を棄てていたのだ。その数は、一〇〇体以上にまでおよんだという。ラクスフェルドはじまって以来の猟奇事件だ。
最初の空間は一方向へ向けて徐々にすぼまり、緩く下ってさらに奥へとつづいている。アイシャとネリはそちらへ進んだ。
天然の地下空洞は足場が悪い。もどかしそうに、しかしできるだけ急いでアイシャは足を進めている。それへネリが言った。
「こんなこと言うのはなんだが、メイラーとかいう国王騎士、まだ生きていると思うか?」
「そう願う」
アイシャは、やや間を置いて抑揚なく言った。それを聞いたネリはふと、以前から気になっていたことを彼女に訊いてみた。
「てか、おまえらさあ、いったいどういう関係なんだ?」
「関係とは?」
「あの国王騎士とおまえは、男と女の間柄なのかって訊いてんの」
アイシャが足下の出っぱりに躓いて、よろけた。
「なにをばかな。わたしとあいつは、特になにも……」
「うそつけ。じゃあ、なんでそんなにあせってる?」
「なにもあせってなどいない」
アイシャの強い口調にネリはほくそ笑んだ。神聖騎士として、彼女とは短いつきあいではない。口ではああ言っているものの、アイシャの様子がいつもとちがうのは容易に見て取れる。
「ははあ──なら、おまえらあれだ、ほんとは気になってるのにお互い素直じゃないから、なかなか関係が進展しないまま、じれったい状態がつづいてると」
「おい、勝手に決めつけるな!」
立ち止まりネリのほうへ首を回すと、アイシャは語気を荒げた。もしもその場が明るければ、彼女の頬が赤くなっているのがはっきり見えたことだろう。
あからさまに動揺するアイシャを、ネリは暗がりからおもしろそうに眺めていた。が、ふいに彼は表情を引き締め、食ってかかろうとするアイシャを手で制した。そして神妙な様子で周囲に目を走らせる。
「待て。いま、妙な気配がした──」
「気配?」
憤慨していたアイシャも気を取り直してあたりを見やる。しかし、周囲には別段おかしなところなどなかった。ただ、幽霊が数体さまよっている以外は。
「もしかして、幽霊たちのことか?」
アイシャが言うと、ネリはぎょとなり身を縮こまらせた。
「なっ、マジかよ!?」
「なんだ、おまえ見えていなかったのか」
「見たくねえよ、そんなもん」
「たぶんアーミテイジに殺された女の霊だろう。地下空洞に入ったころから、ずっといたんだぞ」
「ど、どのくらいいるんだよ?」
「かなりの数だが、怖がることはない。ただの幽霊だ。こちらに害を為すようにも見えん」
とアイシャ。
顔を歪ませ目を細めたネリは、息をのんで近傍を見渡す。しかし彼の目には鬼火の光に照らされる地下空洞の岩壁が映るだけだった。幽霊を感知するには、信心深さや霊感体質の有無などが関わってくる。そのどちらもないエセ僧侶のネリには、だから幽霊が見えないのである。
やれやれ、とんだ相棒だ。アイシャは嘆息し、首から提げているユエニのメダリオンに手を触れた。そして彼女が呪文をささやくと、金属製のメダルが白く輝きはじめる。清浄な光輝はすぐに幽霊たちを追い散らした。この退魔の呪文はアンデッドを滅ぼす効果はないが、近づけなくすることは可能だ。
幽霊の気配が消えたことに、ほっとするネリ。
「恩に着るぜ。こんなことなら、おれも本気で出家するかな……」
「ばかを言ってる場合じゃない。先を急ぐぞ」
アイシャは言うと、身をひるがえしてまたすぐに歩き出した。
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