Bonus.3 - tr.2『さよなら私のイチヨン』(後編)

<< □ |> ○ || >>


 早速、部室で各自のスマホに挿してテイスティング大会が始まる。


「ふむふむ、まぁ、普通に良くないか?」

「そうね、これで1000円でお釣りがくるのは驚異的ですわ」

「音がふっくらして良い感じね~」

「ヒビキ先輩が言うとご飯の話みたいだね☆」

「デュフフフ、このコスパ、このデザイン、流石はビクター驚異のメカニズム!!」

「ヴィー先輩、さっきからテンションが……!?」

「あー、ヴィーは時々変なスイッチが入るから気にするな」


 真貴は大机で真っ白に燃え尽きた風の響一郎を気にしつつも、先輩諸氏のレビューに好奇心を抑えきれず、箱を開けた。

 彼女に渡されたのはミントブルーに彩られた響室チャンバーのHA-FX14[Z]。

 普段使っているEarp○dsを外し、Lightning-3.5mmアダプタにFX14のプラグを挿す。

 確かに価格が倍のEarp○dsのそれと比べてもコネクタ周りの造りはかっちりしている。

 ただ、アダプタのケーブルからだとL字型プラグは却って邪魔になってしまうのが惜しい。

 その辺は逆にイヤホンジャックを備えたスマホや他の機器だとまた事情が異なってくるだろう。

 Earp○dsで特に不満は無いので、正直、言う程の差は無いだろうと思っていた。価格も半分だし――。


 ――あれ?

 最初はEarp○dsと比べてもこもこした音だなぁ、と思った。


 実はEarp○dsはこと△pple製品とのコンビにおいては価格以上の性能を発揮する。

 純正Lightnigアダプタを含むiPh○ne系の"程よくエッジの立ったカマボコ系"とも言うべき、音域をコンパクトに纏めた上で高域と低域の端を気持ち上げ気味にした音作り――これを"音の良いラジカセ的な"と表現した人も居たが――との組み合わせで絶妙なバランスを発揮するので、これで不満が出る人は極めて少数派だろう。

 ごくごく一般的JKの真貴とてその範疇であった――筈なのだが。


 ――なんか、気持ち、いいな……。

 そのEarp○dsとて世の低価格イヤホンの例に漏れず音のメリハリを強調したチューニングはなされている。

 しかし、贅を尽くした高級機種はまだしも、コストの限られた機種で全てを満たすことは至難の業であり、一方を立てれば必ず他が犠牲になる。

 Earp○dsを含む多くの機種は概ね、ここで解像感や繊細感といった部分が犠牲になる。まぁ、ハキハキしてはいるが大味になるのだ。

 この辺りは好みの問題であるし、音源の種類にも依るため、それが一概に悪い訳ではない。ないのだが。


 ――音がふっくら、ってこの低音が包み込んでくる感じかぁ……。

 世に少なからずある低音特化系イヤホンの場合、ある帯域の音をほぼピンポイントで強調するようなチューニングがなされており、それはそれでバスドラやベースにキレが出て爽快感があるのだが、ブーストが強すぎる場合、耳鳴りしそうな程の圧迫感があるのもまた事実。

 しかし、このイヤホン、低音の出方が独特で、全体にピラミッドバランスとでも言うか、低音が比較的まろやかで、それが全体の音を下支えしている感じがする。

 特定の方向から音が飛んでくる感じではなく、それこそ全体から包み込まれている感じがするのだ。音場がコンパクトなために広がり感はEarp○dsに一歩譲るが。

 寝ホン向きと響一郎が言っていた意味が解るような気がして――気が――きょ……。


 ( ˘ω˘ )スヤァ……。


<< □ |> ○ || >>


「――さん、真貴さんっ!!」

「へ!? ふぇっ!?」


 突然、ソニアに肩を揺すぶられて眠りから醒める。


「――ふぇ? あれ? ここ部室!?」

 私、なんで――と言いかけて思い出す。

 いつの間にか寝落ちしてたんだ――。

 このイヤホン、眠りに誘う音質なのかしら? それで寝ホンって――?


 愕然となり固まっている真貴にひそひそと言葉を交わす先輩諸氏。

「――あざとい。寝起きJKとか、あざと可愛い。ぐぬぬ、負け」

「ヴィーちゃん、何と勝負してんのさ(^^;」

「真貴ちゃん、まだ眠いのかしら~~」

「おーい真貴くーん、寝顔は見られてないから安心したまえ」

「そういうことでは無いと思いますわよ」


 固まっている真貴を横目に撤収の準備に掛かる。

 ソニアがまだ灰になっている響一郎に「ほら帰りますわよ」と急かしている。 


♪さーいーたー、さーいーたー、いーちよんのはーなーがー。

♪なーらんだー、なーらんだー、赤、白、茶色ー。

♪ピンクにミント、青、黒、金――。


 まだぶつぶつと例の歌を呟いている響一郎を「男子たる者、シャキッとなさい!!」と遂にキレてソニアがどやしつけたところで真貴は漸く我に返った。

「いや、その元凶が言うかそれ」

「まぁ、みんな同罪っちゃそうだけどねー☆」

 2年生コンビのツッコミに思わず漏れた笑みに「あ、私もか」と笑い出した真貴を全員が不思議そうに見ていた。


<< □ |> ○ || >>


「……あのー、ソニア先輩?」

 この時期になると日が落ちるのは早く、もう少しで真っ暗である。

 一人ふらふらと前を行く響一郎を後方から見守るように歩いて行く女子部員一同。

「なぁに?」

「イヤホン、貰っちゃっても良かったんでしょうか?」

「あぁ、そのことね。貴女あなたは気にする必要無くてよ」

「でも、なんか急いで買いに行ってたみたいですし――」

「とは言え、死蔵させても勿体なかろう」

「それな」

「ま、可愛いJKが使った方がイヤホンも喜んでんじゃね?」

 そういう問題じゃ――と言いかけた真貴に、

「まぁ、代わりと言っては何だが、明日は、を、な」

「そうそう、で欣喜雀躍しない男子が居りましょうや!!」

 真紅とソニアがドヤ顔気味に返す。

「ってもそれ、殆どヒビキ先輩が作ったんじゃんね☆」

「仕方が無い、ボクらにはスキルが……スキルがっ……」

 呆れ気味にツッコむ三沙織と「ぐぬぬ」とばかりに両手を握りしめ歯噛みするヴィー。

「飾り付けはやって貰ったし、いいのよ~~」

「――嗚呼、ヒビキちゃんマジ女神。それに引き換え――」

「そこでどうしてこちらを見るのかしら?」

「そ、そうだぞ。そもそも得手不得手というものが――」

 何時になくタジタジとなるソニアと真紅が珍しく、冷蔵庫に鎮座しているを思い出して思わず顔が綻ぶ真貴。


 そう。響一郎は知らない。

 部室の冷蔵庫に隠匿された電音部女子部員共同製作(土台は日々希)のバースデーケーキを。

 そしてすっかり忘れてしまっている。

 明日が自分の16歳の誕生日であることを。


♪Happy Birthday to you ……


[L] ||||||||||||||||||||||||||

-dB 40 30 20 10 5 0 2 4 6 8 +dB

[R] |||||||||||||||||||||||


 えー、なんか評論部分がどえらく長くなってしまったため、前後編に致しました。これだからヲタクって奴は……あ、俺か(テヘペロ

 当初は響一郎が真っ白くなったままで例の歌を唄っているところで終わる予定でしたが、流石に哀れに過ぎたため、ちょいと変更。

 最後のシーンを書きながら「爆発しやがれこの野郎」と勝手に怒っておりました。(←理不尽)


 尚、書いている間はFX14とEarp○dsを取っ替え引っ替え試聴、本体はiPhone SE(初代)。真貴の使用機器(SE2を想定)に近い物を使用。

 音源は現代曲がYoasobi「もう少しだけ」Ado「阿修羅ちゃん」(以上mp3/256)、米津玄師「STRAY SHEEP」、あいみょん「風とリボン」、

 昭和歌謡は「歌姫」シリーズ、薬師丸ひろ子・レベッカのアルバム、他(以上CD→ALAC)、

 アニソンは歴代マクロス(主にΔとF)、新旧エヴァ、サンライズ系ロボ、松本零士関係(ヤマト、エメラルダス、1000年女王)、他。(以上CD→ALAC、一部45rpm/EP)

 最後のシーンを書いてる最中にワルキューレの『Happy Birthday』が流れてきたときは「おぉーっ!!」となりました、いやー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る