第3話 事件の予感! 神田明神の地下には……

◾隆臣



 ようやく地面に到着した。



「ふぅ、さっきはマジで死ぬかと思ったぜ……」


「はい。わたしもとっても怖かったです」



 見ると凛の細っこい脚が小刻みに震えているのがわかった。生まれたての小鹿のように。



「怖かったのによく頑張ったな」


「これくらいへっちゃらですっ! 落ちても隆臣と一緒に死ねますしっ!」



 頭をなでなでしながら言うと、凛は薄い胸を張りつつにっこり笑顔で恐ろしいことを言ってきた。



「さらっと怖いこと言わないで! ヤンデレ属性だったの?」


「?」



 俺の言葉に凛は首をかしげた。白銀のツインテールと切りそろえられた前髪が同時に揺れる。

 その仕草がたまらなくかわいくて、俺はつい表情が緩んでしまう。



「まあとにかく、先に進もう」



 そう言って歩き出そうとした俺に、



「ま、待ってください! わたし、脚がガクガクして……」



 老人のようにヨボヨボ歩く凛。



「え? まさかそんなに怖かったの?」


「はい……」


「高所恐怖症? スカイツリーに行ったときは楽しそうにガラスの床の上で跳んではしゃいでたのに」


「それとこれとは違いますっ! あれは落ちる危険性はありませんが、こっちはあんなはしごなので落ちる危険性があるじゃないですか! それがダメなんですっ!」



 それを聞いてジョーカーはやれやれといった様子で、



「頼りないご主人だわ。ほんとうに」


「それどういうこと?」


「あら? 怒っちゃった?」


「からかうなんてひどいっ!」



 ほっぺたをぷくーっと膨らませて激怒する凛。かわいい。



「ふふふっ」



 それを見て上品に笑うジョーカー。

 ジョーカーはお嬢様っぽい性格だ。所作がちょっぴり上品で、それが背伸びしてる感があってかわいいんだけど。

 すると凛はほっぺたを膨らませたまま俺の腕に抱きついてきた。

 そして上目遣いで、



「だっこ……してください」

 と。


「え?」


「だっこ……」



 目をうるうるさせて手を差し出してくる。

 ちくしょうかわいい! かわいすぎる! 完全に反則なかわいさだ!



「おう。わかった」



 そう言って俺は凛をお姫様のように抱き上げる。

 凛の体は驚くほど軽くて小さく、強く抱きしめれば骨が折れてしまいそうなくらいだ。

 幼い子特有の温かな体温が伝わってくる。すっごく気持ちがいい。ずっとこのままでいたいくらいだ。



「ふふ。目線が高いですっ」



 凛は頬を少し赤らめながら満足そうにほほえんでいる。



「あらら? 凛ちゃんは赤ちゃん返りでちゅか?」



 ジョーカーが凛をあおった。



「違うから~!」



 涙目で叫ぶ凛。



「ふふふ。そうなんでちゅか〜」



 ジョーカーは意地悪く笑う。まったくこいつらは本当に仲がいいな。



「おーい! はやくおいでよー! こっちになんかあるよー?」



 先を歩いていたエースの声が暗闇の中に浮かぶ小さな光の方から聞こえてきた。



「おう。今行く」



 俺は凛を抱えたままジョーカーを引き連れてエースのところに向かった。




「神社の地下にこんな空間が……」



 エースがスマホのライトで照らして見詰める先には、暗くて奥までは見渡せないがだいたい体育館1個程度の広さの空洞があった。

 中央には大きな石造りの十字架が美しくてかわいらしい花々や装飾に囲まれて地面に突き刺さっている。

 近づいて見てみると、その十字架の表面には、


 Linka von Schwarzburg-Rudolstadt

 Geboren 1646

 Tot 1659


 と書かれていた。



「墓? どうしてこんなところに」


「ドイツ語で文字が彫られていますね。まさかこれが御神体ってことでしょうか?」



「墓が御神体の神社ってどんな神社だよ。しかも名前も知らない人の墓だぞ? そもそも読めないけど。リンカ・ヴォン……」



 俺と凛のやり取りを聞いていたエースが、



「もしかしたら他にも何かあるかもしれないし、もう少し探索してみようよ」



 このような提案をしてくれた。

 その提案に全員が賛成し、俺とエース、凛とジョーカーの二手に別れて地下空間を探索することになった。




 俺とエースは外周付近を調べることになった。

 暗いので自分たちの位置がわからなくならないように壁に沿って進むことにする。



「あの十字架の墓もそうだけど、この地下空間……なんか雰囲気が違うよな。上手く言い表せないけど……なんか変」


「うん、私もそう感じてるよ」


「それに土の質が違う……一体ここはなんなんだ」



 俺は地面の土を拾ってスマホで照らしながら言った。

 そうこう会話しながら歩いているうちに俺とエースは外周を一周していた。



■凛



 わたしとジョーカーは墓とその周りを探索していました。



「どうしてこんなところに外国人のお墓があるんだろう?」



 わたしはジョーカーに尋ねてみます。



「さあ、わたしに聞かれたってわからないわよ。あ、でもリンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタットって彫られてるわよ。まさかこの墓って本当にあの禁忌の魔女のお墓なのかしら?」



 わたしも彫られた文字をじーっと見てみます。読めないので英語ではありません。読めないけど……文字が示す意味だけはどういうわけがわかります。たしかに間違いなくリンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタットと彫られています。

 リンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタットというのは17世紀に禁忌の魔女や黒の魔女と恐れられた史上最強の魔女のことです。ヨーロッパでは彼女の命日を祝日にするほどの憎悪の対象であり、黒魔女伝説としておとぎ話になるほど有名です。日本では歴史の授業で少し学習する程度ですが。



「禁忌の魔女のお墓が日本にあるなんておかしいよ。きっと誰かがイタズラでこんなことしたんだよ」



 わたしたちは話しながら十字架の反対側に回り込みます。



「あ、ジョーカー、こっちにも何か彫られてるよ?」



 わたしは十字架の裏側に彫られている文字をライトで照らして逆の手でなぞりながら、



「ドイツ語なんて読めないはずなのに、どうしてわかるんだろう。『背中を押せ。そこからすべてが始まる』……だってさ」


「この空間自体、時空が歪んだみたいな感じがするし……そもそもここって何のためにあるのかしら? 本当に神社の地下なの? きっと読めない言語がわかるってことも含めて、ここはわたしたちには知りえない何か特殊な力がはたらいている空間なのかもしれないわ」



 と、ジョーカー。



「特殊……魔術と何か関係があるのかな?」


「おそらくね。いや……絶対にそうだわ。こんな現象、魔法以外にはありえないもの」



 魔術とは魔法という物理法則下では起こりえない現象を導くための手段で、その規模から大魔術と小魔術に大別されています。

 ジョーカーは手をポンと叩いて、



「あとでエースに見てもらうわよ。きっと何かわかるかも」


「そうだね。そうしよう」



 To be continued!⇒

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