第44話 みんなの想いが乗ったシュート

雪は信治が走り出したのを見て、敵陣中央に走りこもうとする。ナターリアもドリブルをするようなそぶりを見せる。

それに釣られてUJIZANEと今までバイタルエリアを守っていた地方騎士団の右ボランチがどちらかをマークするか迷いどちらでも対応できる距離の間合いを取った。この時、自警団はシュタールが左サイドに流れ、王子がバイタルエリア付近でフリーになっている。そして信治がボールを奪った瞬間からバイタルエリア付近に向かって走り出している円の姿があった。

それらを見た地方騎士団の左ボランチは円からのマークを離れて、バイタルエリアのカバーリングを行う。一般的な判断だった。相手のセンターバックも地方騎士団から見て右サイドに偏っている。そして地方騎士団はエクスを信頼していて、必ずボールを奪取して反撃をすると。

信治が走り出したのを見て、ナターリアは雪が作ったスペースへパスを出す。

そのボールに向かって全力で走る信治だった。

頭の中では

ハイパータフネス発動

と文字が浮かんでいる。

ボールまで後一歩。

信治は走る。

ナターリアの信頼を裏切らないために、自警団のみんなが連動して動いているのに自分だけ失敗はできないと言う気持ちをもっている。

ハーフライン上でボールに追いついた。

しかし、信治の前には自陣に戻ってきたエクスがいた。

「早いと言ったけど、あんた関空快速やで。特急の俺に追いつかれてボールをうばいとられるんやで」

信治はふっと笑う。

「関空快速は大阪環状線を走ったり、停車駅が多いから通勤の役にたつんだろ?つまり役割が違う」

「それがどうした、馬鹿にするんか?」

「勝負」

「あんたに勝ち目は無いんやで」

信治はボールを左足に持ち帰ると左に体重をかけて抜こうとする。

それにエクスは反応して態勢を崩した。


切り返しの貴公子発動。


信治の頭にカットインが入る。

信治はボールを持ち直すとエクスの左側を、すなわち右側を通り抜けていく。


「しまった。大阪環状線には内回りと外回りがあるんやった。簡単な二択やん。待てや」

エクスの声を聴いて、信治は決断する。準備は完全に出来上がっている。地方騎士団にとって左サイドに寄り過ぎた守備態勢、フリーの円。練習通りだった。

信治は円に向かってグランダーでサイドチェンジのパスを出した。

今までの自警団では左サイドを中心に戦っていた、地方騎士団の予想外の攻撃法。

一度この攻撃は失敗しているから二度と選択肢に上らないだろうと地方騎士団が判断している油断。そこを突いた攻撃だった。

一瞬ボールウォッチャーになる地方騎士の団員達。

円にはそれで十分だった。

地方騎士団のゴールキーパーも円から見て左サイドによっており、ただゴールに向かってトラップせずに走りこんだ勢いのまま、インサイドキックで真っすぐシュートを放てば良かった。

円の意図に気づいたゴールキーパーが横に飛び、ボールを取ろうとする。

しかし、円の放ったシュートの方が速度が早かった。

円の放ったシュートはゴールネット揺らすのだった。


ぴー


自警団側のゴールが告げられる。


円はサムズアップを信治に送る。

信治も円にサムズアップを返した。


「むぅ、最近円と信治が良い感じなの。信治はどうなの?」

そう言ってナターリアは信治向かって来て左腕をからめとり胸に押し当てて聞いてきた。

「この試合、終わったら良い事しようか?円じゃさせてもらえないような体験。信治の生まれた日本じゃ童貞が30歳を超えると魔法使いファンタジスタになるんでしょ?そうならないようにしてあげるの♪」

そんな事を言っているとナターリアは首根っこを引っ張られる。

「いやいやファンタジスタは|魔法使いと意味が違うわよ。本来はフォワードのいろいろな閃きとプレーでゴールを奪う人の事を言うのよ。伝説的なフォワードにしか言われないのよ。歴代のファンタジスタに謝りなさい。ポジションに戻るわよ」

信治はやんわりとナターリアの腕を離して、一人ポジションに戻っていった。

一応は奉納試合だから、得点をした時の喜びの表出はマナー違反だし、こんなものだと思って信治はポジションに戻る。

[ナターリアさん。パスありがとう。完璧なタイミングだったよ」

「信治も言うの♪これからもよろしくね」

ナターリアは思う。

信治に恋してると。

「ふふっ。信治さんそう言う所はいけないと思います。良いサイドチェンジでしたね」

「雪さんもありがとうございます。スペースを作ってくれたから走りやすかったです」

雪は微苦笑を浮かべる。

信治を信頼すると言う気持ちが少し変わり始めているのを自覚して微苦笑しか浮かべられなかった。

「まぁまぁ。仕事ですしね。試合を楽しみたいですし、試合をするなら勝ちたいですからね」

その時、アレックスの怒号が響く。

「みんな先制点を取ったが、落ち着いてバランスよく攻撃を考えよう。みんな勝つぞ」

信治は雪とアレックスの言葉を反芻している。

負けて良い試合なんてあるはずが無い。

でも苦しい事もあるし、嫌な事もある。だけど楽しいサッカーの試合だった。

とことん楽しもうと思う信治だった。


                               続く


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