第38話 少女たちの前夜祭 夕焼けの雪さん編
信治は自警団の宿舎の前で雪と待ち合わせをしていた。
村は明日行われる地方騎士団との演習すなわち親善試合で盛り上がりを見せている。
普段出ない屋台やらちょっと高めな肉類やワインやビールが売られている。
そんな活気づいた村を目に静かに信治は落ち着かなかった。今から雪との二人で屋台を見て回るのだ。デート、初デートと思うと落ち着かない。落ち着かなくて時間よりも早く待ち合わせの場所に来ている。どんな話をしよう?嫌われないかな?話題がない。嫌われたくない。いろいろな感情が渦巻いている。
思考が混乱しているので、周りを見ていなかった。
信治に対して雪から声をかけられる。
「信治さん、お待たせしました」
「待ってないよ」
そういいながら雪の方を向いて少し観察する信治であった。
半袖の花柄の白いワンピースを着ている。自然と雪の胸元に目が行く。
いや耐えて見せる。鋼の意思で。
「どこかおかしいですか?じっと見られると恥ずかしいです」
そう言いながら雪は微笑んでいる。
「ごめん、女性と触れ合う機会が少なかったからつい。あんまりにも雪さんが魅力的過ぎて」
「えっ・・・そんな魅力的だなんて。恥ずかしいです。こっちの世界に来て言われた事ありません」
「嘘はついてないよ。実は生前も含めて初めての女性との買い物だからちょっとドキドキしてるんだ。でも魅力的なのは本当だよ」
「・・・初めての初デートですか?それが私なんかで良いんでしょうか?」
真っ赤になって雪はうつむいている。
でも正直にそれを告白する信治の事を雪はかわいいと思っている。
恋愛感情ではなく、母性本能をくすぐられているとも感じているが、どっちでも良いと思っている。どっちにしても信治に好意を持っている事に間違いはないのだ。忘れてきた久しぶりの感情を雪は思い出して懐かしいとも感じている。
信治は深く息を吸った。
「雪さんで良かったと思う。ありがとう」
「信治さんは自分を飾らない人なんですね。素敵です」
「そうかな?初めていわれたよ。ダサくないかな?」
「魅力的だと思いますよ。私もこっちの世界に来てからの初デートです。一緒に楽しみましょう。屋台を見て回りませんか?」
「そうしよう。村の噴水広場からサッカーコートの道沿いに屋台がでているみたいだね」
「ええ。明日は
「もちろん。体脂肪率と食欲の戦いを制してみせるよ。そろそろ行こう」
「まずは噴水広場の方を見て回りましょう」
歩いて三分くらいで噴水広場についた。
「いろいろお店出ているね」
「ええ。親善試合なんて数年に一度の事ですし、奉納試合の建前の下でアルコールや肉類の販売が自由になりますからね。村人はみんな楽しみにしているんです」
「確かに娯楽が昔の世界に比べてないからお祭りとか盛り上がりそうだね」
「ええ、実はファンタジー世界の小説を読んでいた事もあるんですが、肉類とか当たり前に出てくるものだと思っていたんです。どうもこの村では生産されていないみたいですね。大量生産でいろいろ変えた日本の豊かさは幸せな事だったんですね。でも大きな都市では消費量があるみたいで販売されているみたいです。海沿いの村や都市では魚は当たり前の様に食べられているみたいです。異世界とは言えシビアなんだなと思うと不思議感じがしますね」
「何か江戸時代みたいだね。馬や牛は労働力を提供して、食用にはしないだったかな?仏教の影響もあるけど、そんな豊かでなかったはずだよね」
「ええ、私もそうだったと記憶しています。あの屋台少しみていきませんか?」
「いいよ。どんな屋台?」
「行ってみてからの楽しみですよ」
そう言って自然と信治と手をつなぐ雪だった。
信治は照れる。その一方雪は計画道理とか、計画してないとか信治と手をつなぐのが嫌じゃないとか一瞬で考えて混乱している。
いけないけど・・・良いよねとも思う。別に男性にリードしてもらったり、金銭的な事を期待しているわけじゃないんだから。雪は誰に対して言い訳しているんだろうとか思う。
ドキドキが止まらない。
そのころ、信治もドキドキが止まらなかった。女性に手をつながれるのは初めてだ。そう母親と学生時代のフォークダンス以来の事だ。どうしよう?などと信治も考えていると屋台についた。髪飾りやくしやヘアブラシとかシャンプーを打っている屋台だった。
雪さんは髪の毛について、真剣に悩んでいるんだなぁと信治は今朝の事を思い出して屋台の商品を見ている。そこで髪の毛をくくるゴムが目に入る。試合中は雪さんはポニーテールなんだったと信治は思い出し、今日のお礼だとあ思えば安くて、あまり重たくない贈り物になると瞬時に判断する。信治は雪の方を見ると、雪は真剣に整髪料の成分を読んでいる。チャンスは今しかない。
「おじさんこれ」
「ありがとう。彼女さんへのプレゼントかい?」
「いいから早く」
「あいよ。銅貨三枚だよ」
信治は手早く銅貨を取り出し、店主に渡す。いつも視野の広い雪さんなのにこんな時は集中して周りが目に入らないのだなと思う信治である。
「すいません。やっぱり整髪料はやめておきます」
「あら残念。信治さんは何か買いましたか?」
「まぁね。次どこ行こう」
「サッカーコートの方に歩いていきましょう」
サッカーコートにつくとそこは無人だった。
日も落ち、静かな空間が広がっている。
そこでぽつりと信治が口を開いた。
「いよいよ、明日だね」
「作戦のポイントは信治さんですけど、怖くありませんか?」
「正直、体の痛みとかよりうまくプレーできるかどうかの方が怖いよ。正直、全体練習で確かめてないからね」
「困ったらナターリアさんにヘディングでボールを渡してください。中盤の底に入ってからの全ての距離へのパス精度は非常に高いですからね。試合を組み立ててくれます」
「ナターリアさんへのマークにつく選手がいないと良いけどね。暗い話にしちゃってごめんね」
「いえいえ。・・・私だめですね。サッカーの事を考えずにリフレッシュすると決めていたのに、結局サッカーの話をしてサッカーコートに向かっています」
「仕方ないよ。みんなサッカーが好きで好きで、それで悔しい思いをして屈折し気持ちを持っていたから異世界に来ているんだから。僕も明日の不安と楽しみの両方あるよ」
「ふふ、同じですね。サッカーを楽しめるのは良いですね」
「あの雪さん、もしよかったらこれを受け取ってくれないかな?初デートのお礼として、でも期待しないでね」
小さな紙袋を信治は雪さんに渡した。
神妙に受け取る雪。
「開けて良いですか?」
「良いよ。大したものじゃないからね」
雪は紙袋を開ける。
そこには髪の毛をポニーテールにするための黒いゴムが入っていた。
それを見ると雪はぎゅっと紙袋事抱きしめる。
「うれしいです。プレゼントもらった事がなかったからこんなにうれしいとは思いませんでした」
とても幸せそうな顔をして雪は下を向く。
ゴーン、ゴーン。教会の鐘がなる。45分を告げる鐘だ。
「最後に指切りしてくれませんか?」
「良いよ。何を約束するのかな?」
「明日は決してケガをするプレーをしないという約束です。信治さんはまじめで責任感が強いですから無理をしてしまいそうで、そんな人を多く見てきましたからね」
「約束するよ」
そう言って信治は小指を出した。
雪も小指を出す。
「指切りげんまん約束を破ったらハリセンボン飲ます」
「ありがとうございます。それでナターリアさんは噴水広場で待っています。行ってきてください」
「一緒に戻らないのかな?」
「えっと幸せをもう少し感じていたくて」
消え入りそうな声で、信治の耳には届かなかった。
「何でもないです。早く行ってあげてください。走ったらだめですよ」
「はい。今日はありがとう。この後の花火と明日もよろしくね」
雪は願った。最高の笑顔で送り出せますようにと。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。いってらっしゃ」
「行ってきます」
そう言い残して村に戻る信治に対して、笑顔で送り出す雪だった。
続く
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