第28節 -機構の思惑-

 国立自然保護区からペンションへと引き上げたジョシュアとルーカスは2人だけとなったダイニングに必要機材を並べ、セントラル1に対してグリーンゴッドに対する懸念の報告を上げる。

 これまで入手したデータから、グリーンゴッドによる効果は本来の自然環境の在り方から逸脱した特異なものであり、薬品が使用された土壌やその上に並び立つ植物及び果実には動植物を細胞レベルで変異させる危険性があるという報告をまとめていた。



送信者:マークת ジョシュア・ブライアン大尉

宛先:セントラル1 司令本部

件名:【行動】CGP637-GGの効能に疑義あり

結論:速やかな情報精査の後、英国政府に対して本件内容の伝達及び公式なる強制調査行動の許諾申請を求める。

詳細:セルフェイス財団の所有するCGP637-GG、通称グリーンゴッドと呼ばれる新型農薬について地球環境に対する著しい悪影響を与える可能性を確認。疑義の解消がなされるまで全世界における試験運用の停止を進言す。即時調査を要する重大な懸念事項は下記のとおりである。


1.当該薬品は自然環境そのものの再生を促すものではない疑い

2.当該薬品による自然再生の結果は表面的な物理テクスチャの可能性

3.当該薬品が使用された土地に対する深刻な土壌汚染の疑い

4.動植物の細胞レベルで悪影響を与えるウィルスベクターを保有する可能性を確認

5.ウィルスベクターによるDNA改変により生殖障害及び子孫の身体機能障害の恐れ

6.当該薬品が使用された土地の浄化は不可能である可能性


添付資料の確認及び至急の精査を要請する。




「セントラルへの報告はこれで完了だ。おそらく1時間もしない内に総監から直接英国政府に対して緊急の伝達が行われるだろうな。」ジョシュアが言う。

「そうすれば協定に基づいた調査活動の許諾が下りますね。それにしても、今のところ採集できるデータだけを改めて精査してみても問題しか浮上してきません。破壊された管理区域から読み取ったデータ上では土地の汚染濃度測定すらまともに出来ないときました。それが薬品によるものなのか、それともアルビジアの力によるものなのかは分かりませんが。」ルーカスは手元の端末で表示される解析データを眺めて言う。その眉間にはやるせなさを表すような皺が寄っている。

「現状解析できない情報についてはプロヴィデンスに対する処理要求権限の引き上げが行われれば進展するかもしれない。何せ未知の農薬だ。アクセスできないデータベース上に解決の糸口が転がっている可能性もある。とにもかくにも俺達に今出来ることはここまでだな。残る問題は財団側がこの件を知った上で薬品の運用を強行していたのか否かという点になるが。疑義照会に対してどこまで答えると思う?」

「何も話さないと思います。例え彼らがこの重大な副作用の件を全て知っていたとして、事実確認を行った際に問い詰めても首を縦には振らないでしょうね。そうすれば今度は財団が追及を受ける立場になるわけですから。世界中で起きる全ての問題の責任を取らされることになります。」

「そうだな、俺もそう思う。だが、事実を把握していたか否かに限らずグリーンゴッドの運用停止命令を出せる可能性が高まったことは良い。これが通れば彼女だってもう強硬な手段に出ることは無いだろう。」

「巡り巡って財団が彼女に目を付ける理由も薄れる、というわけですね。」

「財団が彼女の特異性に目を付けなければという条件付きだがな。」

 アルビジアと約束したことに対する責務を大方果たした安堵から、ジョシュアとルーカスは肩の荷が僅かに下りるのを感じていた。


 ジョシュアは自分用に用意した眠気覚ましの熱いコーヒーを口にしながらルーカスへ言う。

「それはそれとして、もし仮に財団がグリーンゴッドの致命的な欠陥に気付いていたとして、どうして使用を強行するような態度を続けているのかという疑念もある。お前はどう思う?」

「現状、世界各国で運用開始が予定されていますし、計画自体は進み続けています。今の時点で “やっぱり駄目でした。中止してください。” と自分達から言えないのでは?」一番考えられる可能性をルーカスは口にした。

「計画に要した莫大な費用などの賠償義務と説明責任が生じる可能性があるから、か。のらりくらりと問題が発覚するまで計画を進めて、完全に後戻りできなくなった頃に発覚したのであればまた違った対応になるかもしれないと…お粗末な話ではある。」

「紳士的ではありませんが、こうした問題で常に議論されるのは使用された結果何が起きたかよりも “誰が責任を取るのか” という罪の擦り付け合いです。」

「それに巻き込まれる関係ない人々にとってはこれ以上ない苦痛だな。過去の財団の在り方からみて、そうではないと思いたいが今は何とも言えない。」

「 “可能性” が “事実” になるまでは晴れない疑念です。」

 科学の申し子とも言うべきルーカスの言葉にジョシュアは頷いた。疑義照会に対する返答によっては灰色の懸念が限りなく黒に近付く場合もある。そうなれば相手が例えこれまで善なる自然環境保護に貢献してきた財団であっても、機構として果たすべき責務を全うしなければならない。

 つまり財団そのものを潰す覚悟で調査をしなければならないという意味だ。


 2人が財団がどういった返答をしてくるのかについて思いを巡らせていた時、ジョシュアのヘルメスがメッセージの受信を告げる。

 財団支部から疑義照会に対する返答が届いたのだ。

「噂をすればなんとやらだ。」

 ジョシュアは早速ヘルメスに受信した回答データをホログラムモニターで表示する。

 その内容に目を通したジョシュアとルーカスは思わず眉をひそめた。


『本件に対する回答は明日午前10時に当支部においてラーニー・セルフェイスより説明します。』


 メッセージにはそう記載があったが、2人が眉をひそめたのは次の一文に対してであった。


『尚、本会合における参加者はイグレシアス隊員のみに限定します。』


 首を横に振りながら呆気にとられた様子でルーカスが言う。

「財団の若旦那はよほどイベリスにご執心なようで。地位にかこつけて寝取るのは良くない。どうしますか?隊長。」

 小さな溜め息を漏らしながらジョシュアは言う。「前回の会合でイベリスがモニタリングしたデータをチェックした限りでは本気のようだったからな。玲那斗にこのことを連絡してくれ。後の判断は “彼女達” と共にいる玲那斗と本人に任せるとな。」

「了解しました。」

 事実上の “思うようにやれ” という命令にルーカスは快く応じた。


                 * * *


 僅かに明るかった外の景色も完全に暗くなり随分と時間が経った。曇天の空模様の下、人工的な照明のない場所は太陽が沈むと本当の暗闇が訪れる。

 明かりもまばらなリド=オン=シーの海岸沿いの住宅街の中、玲那斗とイベリスは打ち合わせ通りにアルビジアの監視と護衛も兼ねてジェイソンの自宅へと上がっていた。今夜はここで一夜を過ごすことになる。


 日が暮れた後、アルビジアの用意した手料理をごちそうになり、ひと時の休息を取った後は片付けを手伝った。

 数刻前のこと、彼女の作る手料理の美味しさに玲那斗とイベリスは思わず二人で顔を見合わせて驚いたものだ。

 並んだメニューはあり合わせの野菜を用いたスープと卵料理にマッシュポテトというシンプルなものだったが、その味付けは秀逸であった。

 千年の時を超えて現世へと顕現した彼女は十年の歳月を経て、すっかりと時代というものに馴染んでいるらしい。元々アルビジアが料理などが好きで得意という家庭的な子であることを十分に知っていたイベリスですら適応ぶりに驚かされた。

 彼女としてはイベリスの方が短い間にずっと現代に適応しているように見えるというが、2人から見ると普通の暮らしを営むアルビジアの方がよほど馴染んでいるように見える。

 長期にわたって内務省入国管理局などから何の沙汰もないという状況に思わず納得してしまうほどに、まるで最初からこの地で暮らしていたかのような貫禄がある。


 そして今、3人はアルビジアの部屋で集まっている。必要最低限の明かりを灯した部屋で輪になってこれまでのことや明日からのことを話し合おうというところだ。

 リナリアに強い縁を持つ3人だからこそ話し合えることもあるかもしれない。昔話に花を咲かせるつもりなど無いが、少なくともそれぞれのことをもっとよく知る必要はあるだろう。

 目下のところはこれまでの財団の行動に関する詳細をアルビジアから確認しつつ、明日の動きについて話し合うことが急務だ。

 玲那斗はイベリスへ目配せをして言う。

「イベリス、家屋周辺の警戒はどうだい?」

「異常無しよ。私の分身体の視界に入る所では何も確認出来ないし、探知機代わりに放っている光の波長を乱すような存在も確認出来ない。小型ドローンの類も無いわね。」左目を青く輝かせながらイベリスは言った。

 彼女が光の虚像によって自身の分身ともいうべき存在を作り、遠隔で動かす時はその存在距離に応じて瞳の色がスペクトル順に変化する。近距離の場合は青に、遠距離になるほど赤色に輝くといった具合だ。

 現在の所、自宅から少しだけ離れた場所に分身体を投影し周囲一帯を監視している。その視界に入る情報は彼女の左目で全て確認が取れる為、怪しい人影などがあればすぐに察知できるというわけだ。

「ありがとう、助かるよ。」

「たまには役に立たないとね。」

 顔を見合わせた2人はそう言って互いの信頼を確認し合うように微笑む。


 そして玲那斗はアルビジアへと視線を向けて話を切り出す。

「さて、いよいよ腰を据えて君とゆっくり話をする時間を取れるわけだけども。」

「はい。」アルビジアは一言だけ返事をする。

「まずはここ1年余りの財団の動きについて聞いてみたい。メディアが報じたダストデビルの被害報告を精査したところ、この地でダストデビルが発生し始めたのはこの3か月ほどの間のことだそうだが、それらは全て君の手で起こしていたことで間違いないかい?」

「はい。」

「ふむ。だけど、君にも動機があったはずだ。何も無くしてあそこまでのことはしないだろう。きっと今朝俺達に話してくれたことがそのまま答えになると思うけど、その詳細を教えて欲しい。」

 この質問の答えはつまり財団がこの1年の間にそれまでと変わった動きをし始めたことを示唆する決定的な意見となるはずだ。

 アルビジアは意味もなく何かを傷付けるために積極的に行動を起こすタイプでは決してない。むしろ、決定的に “破壊しなければ” という強い意思が存在しなければ何もしようとはしないはずである。玲那斗はその答えを見定めようとする。

「財団が使っていた薬品。紛い物の自然。偽りの神の御業。そのようなものを持ち込み、生きていた自然を彼らは殺そうとした。いえ、実際に殺してしまった。」

「記録によるとセルフェイス財団が初めてCGP637-GGの存在を公表したのはちょうど1年前頃だった。ダンジネス国立自然保護区で管理区域を開発し、そこで経過観察の実験をし始めた時期とも重なる。」玲那斗は彼女の話と記録の整合性を確認した。

「メディアが流す話を初めて聞いた時、千年もの時を経て人の叡智はついに自然と共存する為の魔法へと手を掛けたのだと思いました。そう考えると嬉しい気持ちもありました。でも真実は違った。」

 アルビジアはそう言うと視線を伏し目がちにしながら続けた。

「ある日、薬品の使用によって自然環境が見事な再生を遂げたとメディアが報じている様子を見ました。玲那斗の言う通り、1年ほど前のことだったと思います。この地へ初めて顕現を果たした時から、ずっとこの地を眺め続けてきた私にとってそれは喜ぶべきものだと思った。国立自然保護区がどのように変わったのか、薬品が使用されてから間もなくいつものように保護区へと足を運びましたが、そこで感じたものは想像していたものとはかけ離れたものだったのです。」

「メディアが再生を報じて以後、しばらくの間は多くの人々で国立自然保護区は賑わいを見せたみたいね。この時はまだ野生動物の個体数や周囲の環境状況に目に見えた変化はなかったはず。それでも貴女は異常を感じた。」

 アルビジアの話にイベリスが言う。その言葉に彼女は頷いた。

「見せかけの繁栄。表面だけを取り繕った紛い物。あの美しさは氷のように冷たかった。なぜ誰も気が付かないのか。この土地は嘆きの声を上げながら息絶えようとしているのに、と。」

「最初こそ大勢の人も訪れたし周囲の環境にも変化は起きていなかったように見えた。しかし、きっと事実は君の言う通り深刻な事態を土地そのものの土壌に及ぼしていたんだろう。ある時を財団が極端な動きの変化を見せた時期がある。」

 玲那斗は初めて保護区管理区域に薬品が使用されて半年が経過した後のデータをヘルメスのホログラムモニターで表示した。

「去年の11月中旬、それまでは大勢の人々に公開していた管理区域の情報を厳しく統制し始めた。まるで人の目に触れることを拒むかのように、徹底的に情報の漏洩がされないように態度を急変させたと言っても良い。監視ドローンの数を増やし、巨大なフェンスを建設して誰も近付けないようにした。表向きはこれからの経過観察が重要な試験データの採集に繋がる為ということだったが、明らかに重大な異常を確認したというべきだろう。財団に関わりを持たない専門家や研究者の立ち入りは例外なく全て拒絶されている。今でもグリーンゴッドという薬品に関する詳細は謎のベールに包まれたままだ。」

「野鳥の姿が途絶え始めたのはこの少し前の時期からね。野生動物は人より圧倒的に感覚が優れている分、土地に起きた変化を敏感に察知したのかしら。」イベリスもデータを眺めながら同意を示した。

「そう、最初は野鳥の賑やかな声が消え、次に周囲に生息していた野生動物も消えました。冬が近付いたからという理由ではなく、明らかにその付近を避けるように動物たちは行動し始めた。それまでの9年間、眺め続けていた日常とはまるで違う景色が広がっていきました。」

 玲那斗は頷いた。彼女の言う説明は記録上に残されている “事実” と照らし合わせながら考えて疑問を抱くような部分は無い。むしろ、財団の突飛な情報開示拒否とも取れる動きの方が不自然だ。

「昨年の11月。財団が唐突に強硬な態度を示し始めたこの時点で、仮に彼らが薬品を使用したことによる副作用に気付いたとして、彼らはなぜ運用停止をしようとしなかったのかは疑問が残る。ルーカスから届いた報告では世界的な動きに合わせて計画そのものを停止することが難しい状況に陥っていたのではないかということだったが。」

「アルビジア、貴女は1人でそれを確かめようとしたの?」イベリスが言う。

「私には自然の断末魔が聞こえました。月日を経るごとに、その声は静寂へと変わっていって…今ではもう死に絶えてしまった亡骸そのもの。イベリス、貴女も感じたでしょう?あの土地は広範囲に渡って既に汚染が広がっている。今は正常な大地も時間を掛けて同じようになっていくに違いない。彼ら財団は本来大勢の人に対して言うべき情報を隠している。」

「なるほど。その思いが募っていった結果がダストデビルによる管理区域の攻撃ということか。財団が管理区域を閉鎖して数か月が経ってから攻撃し始めたというのもそうしたことが理由なわけだな。」玲那斗は呟いた。

 アルビジアが言葉を紡ぐ。

「私は彼らの存在を否定しているわけではありません。この世界の中に、自然を愛して、自然を守るために手を尽くしてくれようとする彼らのような存在がいることをとても好ましく思っていたのですから。それが、こんな…」

「その分、余計にやるせないか。」

 ヘルメスのホログラムモニターを閉じて玲那斗は言った。


 自然環境問題に取り組むことで巨万の富を得てきたセルフェイス財団。つまりその行いには富という対価を得るだけの功績があったということになる。

 そのような組織が環境破壊をもたらす薬品を用い、さらに自分達の保身の為にその副作用について黙秘を貫くなど考えたくはないだろう。

「管理区域を失くしたとはいえ、財団はまだ薬品の備蓄を大量に所有しているはずだ。その気になれば再開発後に再度使用するだろうし、何なら保護区の別の区域へすぐにでも薬品を投入するかもしれない。根本的な解決を図る為にはグリーンゴッドの使用を強制的に停止させるだけの根拠の提示を世界に示す必要がある。その為に隊長とルーカスがセントラル1へ報告を上げ、英国政府から正式な調査許諾の取り付けを行っている。こちらは奏功しそうだ。問題は…」

「私ね。」玲那斗が言いかけたところでイベリスが言う。

 冴えない表情で言うイベリスをアルビジアが不思議そうな目で見つめる。

「アルビジア。俺達機構は財団に対して薬品の効果について疑義が生じたという報告を出した。そして対象となる疑義の内容についての説明を求めたんだ。君が知りたかった “財団は問題を認識していたのか” というところをクリアにする為にね。」

「その結果、明日話をするから私1人で支部に来てほしいというのが彼らの要求よ。」

 イベリスの言葉を聞いたアルビジアは少し戸惑った様子で手で口を覆った。

「夕食をとる前にルーカスから財団側の回答について連絡があったんだ。答えにならない返事を寄こしたところを見ると、はっきりと疑義について否定は出来ないってことかもしれないな。君の予感と俺達の懸念と仮定は徐々に確信に変わりつつある。」

「話に行くのは良いのだけれど、きっとまた論点をずらしながら “機構を抜けて財団へ来て欲しい” という話をするつもりだわ。」溜め息交じりにイベリスは言った。

「財団支部の中に公式に立ち入るチャンスでもある。彼らが話す話さないに限らず秘匿したデータなり何なりの情報を得る方法でもあればな。」玲那斗は気乗りしない雰囲気を出しつつ言う。

「それは泥棒。」アルビジアが言う。

 彼女のストレートな物言いを聞いた玲那斗は笑った。

「その通りだね。でも大丈夫、その為に英国政府に対して正式な調査権限の許諾申請を行っている最中なんだ。ただ、想定以上に時間がかかっているみたいだが。」

「財団側が政府に手を回したのかしら?」イベリスが言う。

「何とも言えないな。それにいくら財団と言えども政府に対してそこまでの働きかけが出来るかどうか。そして彼らが本当はどういう考えを持っているのかも分からないし。ルーカスの話では、本当は薬品の副作用に気付いていて使用と計画を停止したいが、世界中で稼働している実験計画の中止が難しいのと、副作用のことを知っていることが露呈すれば自分達の立場が危うくなるというところを恐れている可能性があるってことだった。あり得ない話じゃない。」

 アルビジアは2人の話を聞きながら上げかけた顔を少し下げて悩むような様子を見せる。彼女の様子を見た玲那斗は言う。

「アルビジア、いずれにしてもあの薬品に重大な懸念があるというのは事実だし、俺達もそういう問題を抱えていると分かった以上そのままには絶対にしない。約束は守る。もし、俺達のやり方がうまくいけば君が財団に対して攻撃的な意思を持つ必要はなくなるし、そうなれば財団も君を警戒する為にわざわざお爺さんを自分達の元に留めるなんてこともしないと思う。相手がどういう動きをするか分からないからはっきりとは言えないけど、今は俺達を信じて欲しい。」

 その言葉を聞いたアルビジアは玲那斗の目を見ながらしっかりと頷いた。

「はい、信じています。」


 それはまるで長年連れ添った間柄同士が行うかのようなやり取りにも見えた。隣で聞いていたイベリスはほんの少しだけ切ない気持ちを感じはしたが、自分の立場と責務について思いを至らせて何も考えないようにした。

 っと、その時である。

 唐突に室内にふわりとした甘い香りが漂う。イベリスのものでもアルビジアのものでもない。

 鼻孔の奥に直接当ててくるような甘い香り。思わず意識と思考を奪われそうになるような甘美な香り。

 3人の中でいち早くこれが何を示すのか気付いた玲那斗が誰もいない虚空に向かって言う。


「そこにいるのか?アンジェリカ。」


 するとくすくすと無邪気に笑う幼い少女の声が室内にこだました。間もなく、どこからともなく彼女は姿を現す。

 暗がりでも見間違えようのない桃色ツインテールと特徴的な服装。短いスカートをひらひらと揺らしながら肩から下げるライオンのかばんを大事そうに抱きかかえている。

 そしてアスターヒューの瞳に年相応の可愛らしい笑みを湛えて言った。

「せい☆かーい!ぐっど・いぶに~んぐ☆ 祝福されたお三方?あ、玲那斗は違うかー。ごめんごめーん、ふふふふ♡」


 周囲に立ち昇った紫色の煙が解けると同時に、アンジェリカは3人の前にはっきりと姿を現したのだった。



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