第25節 -大疑は大悟の基-

 午前8時過ぎ。朝食を摂り終え、今日の調査活動についてのミーティングを終えたマークתの4人は、ダンジネス国立自然保護区での最後のデータ収集を行うべく調査準備に取り掛かろうとしていた。

 昨夜までの段階で自然異常再生の根本的な原因がアルビジアの異能の力によるものである可能性が極めて高いと認識したことで、科学的見地からの現実的な証明手段は無いと判断。

 依頼された内容についてお手上げとなった以上、自分達に出来るのはこのままの状況が継続した場合に当該地区がどのような変遷を遂げていくのかについてのシミュレーション結果データの提示と、自然復興の為にすべきことをまとめたデータを財団に送る程度のことである。

 その為に今日、現地で最後のデータ収集を行い取りまとめをする予定としている。


 すっきりしない気持ちを抱えつつ、4人全員がヘルメスのデータチェックを終えて調査進行スケジュールと手順の確認を完了した丁度その時だった。

 無機質な電子警報音が全員のヘルメスから鳴り響く。

 ペンションの外を監視している自走式ドローンが何者かの侵入を感知する報せを通知してきたのだ。

「2番ドローンからの通知ですね。玄関方向?」ルーカスが言う。そして全員がドローンから転送された映像を確認する。

 その内容を確認したジョシュアが言った。

「ふむ、侵入者というよりは客人といったところだな。俺達の居場所をどうして知っていたかはさておき、無下に追い返すわけにはいかない。」

 淡いプラチナゴールドの長い髪にジェイドグリーンの瞳の少女。映像に映し出されていた人物は今機構が最も色々な話を聞きたいと願っていた相手であった。

 憂いを帯びた瞳で入口に佇む彼女の姿を確認したイベリスが迷うことなく玄関へと向かい扉を開く。

 そこに立っていたのは紛れもなくアルビジア本人であった。

「おはよう。こんな早くにどうしたの?」思い詰めたような表情をする彼女に向け、努めて穏やかにイベリスは言った。

 すると彼女の口からは思いも寄らなかった返事が返ってきた。

「朝早くからごめんなさい。でもきっと、私に出来ることはこれしか無くて…イベリス、お願い。貴女達の力を貸してください。」

 彼女の言葉にいち早く反応したのは玲那斗である。イベリスの肩に手を置き横に割り込んで言う。

「おはよう、君がアルビジアさんだね。ぜひ話を聞かせてほしい。」

 玲那斗がそう言うと彼女は無言で頷いた。そして玲那斗に促されるままにペンションへと立入る。その後、玲那斗は玄関から周囲を伺った後で扉を閉め、しっかりと鍵を掛けた。

 おそらくこれから彼女と話すことは自分達以外の人間に聞かせるわけにはいかない内容になるだろう。

 そもそも奥まった場所にあるこのペンションにおいて、警戒した所で誰に聞かれるというわけでもないのだが、念には念を入れてというものだ。


 イベリスがアルビジアをダイニングへと案内する。彼女を歓迎する様子でジョシュアとルーカスも道を開ける。

「ここにかけてくれ。」ジョシュアが言う。

「あの、私が立っていますから、皆さん、お座りになってください。」ゆったりとした口調でアルビジアは言った。こんな時でも周囲のことを気に掛ける姿勢からして根がとても真面目で優しいのだろうと誰もが思った。

 もちろん、最初からそれを知っているイベリスも含めて。

「俺は立ち聞きで構わない。理由はこれから話す中で伝わると思うが、貴女は今の俺達にとって歓迎すべき人なんだ。予め言っておくと聞きたいこともたくさんある。」ジョシュアはコップをひとつ取り出すと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し注ぎながら言った。

「分かりました。」

 ジョシュアの言葉に頷くとアルビジアは静かに椅子に腰を下ろした。その横にイベリスが座り、対面の席に玲那斗とルーカスが座る。


 彼女の手元にジョシュアがオレンジジュースを差し出すとアルビジアは会釈して礼を示した。

 こうして全員が話し合いの態勢に入ったところで玲那斗が話を切り出す。

「アルビジアさん、先程貴女は力を貸してほしいと言いましたが、その意味を教えてください。」

 彼女は玲那斗をじっと見つめて言う。

「レナト…いえ、今の貴方は違うのね。今の質問にお答えする前にこちらを…」

 そう言ってアルビジアは一通の手紙をテーブルの中央へ差し出した。

「拝見します。」玲那斗が言う。

 手紙の内容を玲那斗とルーカス、ジョシュアが読む。その手紙はジェイソンがマークתの4人に向けて書いた直筆のものであり、そこに記されていたのは皆が想像した通りのものだった。

 内容として彼女が例のダストデビルに何らかの関わりを持っているのではないかということや、そのことでおそらくは自分が財団に証言者として連れて行かれるであろうこと。それが現実となった時に彼女が1人きりとなるのが心配だということなどが記載してあった。

 加えて、遠い昔にどこからともなく現れた彼女は無国籍、無戸籍の身であり、自分に何かあればたちまち金銭的に生活の術を失ってしまう立場にあること。そんな彼女が初めて知り合いであるという反応を示した人物が自分達の中にいたことが書かれ、そんな自分達だからこそ彼女が1人となったときに助けてあげて欲しいという旨、自分勝手な考えと押し付けを謝罪する内容が記載されていた。


 手紙を読み終えたジョシュアが言う。

「モラレスさんの伝えたいことはよく分かった。それを踏まえた上で、先に言った通り我々も貴女に聞いてみたいことがいくつかある。イベリスと共に俺達がこの場にいるということで察していると思うが、我々は貴女がどのような人物なのかを既に知っている。そのことに間違いがないかを先に確認しておきたい。」

 玲那斗が続ける。「アルビジアさん。貴女はリナリア公国七貴族、エリアス家の令嬢で間違いないですね?」

 彼の言葉に対しアルビジアは答えた。「貴方はそう改まらないで下さい。彼と同じ顔でそう言われると妙な気分になります。」

 玲那斗はジョシュアとルーカスと顔を見合わせた。彼女の隣に座るイベリスも静かに頷く。彼女は間違いなくリナリア公国が存在していた頃に生きていた人物だ。どういった経緯を辿り、どのようにして現世にその身をやつしているのかは不明だが、まずそのことが分かれば話が早い。

「オーケー。では改まるのはやめよう。アルビジア、君に聞きたいことがいくつかある。質問ばかりになってしまうけど大目に見て欲しい。」

「大丈夫。貴方とイベリスがいるなら、何を話しても安心だと思えます。そして、貴方達2人が “大切な仲間” だというそちらの方々にも。お爺様もそうおっしゃっていました。」

「ありがとう。早速だけど一つ目の質問は君が持つ特別な力についてだ。ダンジネス国立自然保護区では科学の力では解明できない2つの現象がここ最近立て続けに起きていた。ひとつは自然環境の異常な再生、もうひとつはセルフェイス財団の特別管理区域を襲ったダストデビル。この2つの現象は君の力で起こしたものだろうか?」

 玲那斗はストレートに質問をした。言葉を濁すことに意味など無い。聞きたいこと、聞くべきことを素直に投げかける。それに対して彼女も真っすぐに答えた。

「はい。それら2つの出来事は私が私の意思によって引き起こしたものです。少々前語りになりますが、今から10年ほど前、私は気付くと長い夢から醒めたようにダンジネス国立自然保護区の中心付近に立っていました。遠い昔に死したと思った私がどうして昔の姿のままで現世に蘇ったのかは今でもわかりません。その後は皆さんも既にご存知の通り、お爺様に引き取って頂いて今までこの地で生活をしてきました。そんな私は生前には出来なかった2つのことが出来るようになっていました。」

 これからが問題の核心部分だ。彼女の能力がどのようなものであるのか、彼女の口から語られようとしている。

「ひとつは大気を自由に操ること。中でも…ディアブロ・デ・ポルヴォ〈塵旋風〉、そう申しましょうか。ダストデビルに非常に近い現象を起こすことが出来るようになっていました。近くにあるか遠くにあるか関わらず、対象を風の刃で物を切り裂くことも、突風によって物を吹き飛ばすことも、風圧によって圧し潰すことも。」

 物腰柔らかそうな彼女の口から飛び出す言葉としては随分と物騒な内容であったが、これで財団管理区域を襲っていた一連の現象、さらに管理区域管制塔を崩落させた現象も彼女の仕業であることは判った。

「そしてもう一つは時計の針を未来に進めること。あらゆるものが未来に辿る結果を瞬間的に実現するもの。私は個人的にプロモシオン・デル・クレシミエント《成長促進》と呼んでいます。対象は植物に限らず、私の目に映るもの全ての物質の時間経過を好きなだけ進めることが出来る、そんなものです。きっと言葉よりお見せした方が早いと思います。そちらのプラムを頂けますか?」

 アルビジアは棚の上に置いてあったまだ完全には熟していない緑色の果実へ手を伸ばして言った。

 ジョシュアがプラムを手に取り彼女へ手渡す。本来は5月頃に収穫が始まる果物で、旬とされるのはそれから1か月は先である。表面がとてもつやつやとした果物だ。

「ありがとうございます。プラムは完全に熟してしまうとすぐに地面に落ちてしまうから、まだ熟していない内に収穫して追熟します。これはかなり早く収穫したのね。そのまま置いても数日で色づいたあとはすぐに痛んでしまう。一番美味しい時がとても短い果実。」彼女はそう言いながらじっとプラムの実を見つめた。

 アルビジアの瞳が淡く緑色に輝く。すると両手で包んだプラムの実がみるみるうちに熟した赤い実へと変貌したのだ。

「どうぞ。」彼女は見事な赤色に熟した身をジョシュアへと手渡した。その力を目の当たりにした一同は言葉を発することも出来ずにただ息を呑んだ。


 この力を振るうことが出来る対象は目に映るもの全てと言った。それはつまり果実や花や樹木だけではなく、人間も同様ということだろうか。確かアンジェリカもそのようなことを最後に言っていた。

「ということは、例えば人に対しても使えると?」玲那斗が言うよりも先にルーカスが言った。

「はい、可能です。」

「成長を早めて子供を大人に、なんてことも出来るのだろうか。」

「したことはありませんが、きっと。ただ、人や動物に対しては無理矢理な行使すればどこかで歪みがくるかもしれません。」

 それはそうだろう。例え出来たとしても、よほど切羽詰まった特別な事情でもない限りは実践することにきっと意味など無い。寿命を縮めるだけだ。

「例えば、どなたかにこの力を使うとすれば、怪我をした時に早く治したりといったときしかありません。」

 次の瞬間アルビジアの瞳が淡く輝いたかと思うと、彼女の左手の甲を風が浅く切り裂いた。じわりと血が滲み始める。

 彼女自身の力で彼女自身の手を切り裂いたのである。

 突然の出来事に驚いた4人が一斉に動こうとしたが、彼女はそれを制止する。今からすることを見ていてほしいというように。

 アルビジアは自分自身で切り裂いた左手の甲を覆うように自身の右手をかざす。先程プラムの実を熟成させたときと同じように瞳が淡く緑色に輝くと、彼女の手の傷はほぼ一瞬で影も形も無くなり、元通りに再生されたのだ。

 冗談だろう?という眼差しで見つめるルーカスの隣で、玲那斗は財団を訪れた時にアンジェリカが口走った言葉を思い出し納得していた。


『第二王妃様の彼女は見かけによらずとっても大胆だった』


 なるほどアンジェリカはこういうことを言っていたのだろう。自身の行動に迷いも躊躇もない。常にぼうっとしているように見えてなかなかに固い意思を持つ人物のようだ。

 アルビジアは言う。「ただし、この力は純粋に時間の経過を早めているに過ぎません。そのものが辿るべき未来の結末を前倒しにしているだけ。だからそのものが辿るべき未来に含まれないものは変えることが出来ない。アイリスとは、きっと逆なのね。」

 彼女の言葉に一同はミクロネシアで出会った少女のことを思い出す。ファティマの奇跡になぞらえて聖母の奇跡を起こしていた少女のことを。

 その言葉にイベリスが反応を示す。

「貴女、アイリスが今この世界にいると知っていたの?」

「2日前の夜、アンジェリカが言っていたの。その話を聞いた時、私がここにいるのだからそういうことがあっても不思議ではないという程度に思っていた。でも貴女や玲那斗が現れてそれは核心に変わったわ。きっと貴女たちは、既にアイリスに会っているのでしょう?」

「純粋にアイリス本人というわけでも無かったのだけれど…それは別の機会に話しましょう。」

 イベリスの反応にアルビジアは首を傾げたが、話が逸れないように玲那斗が言う。

「ありがとう、君の持つ力については良く分かった。」玲那斗は過去の記憶のことはさておき、今彼女に問うべきことに集中する。


「二つ目の質問だ。君がなぜ財団の管理区域を攻撃したのか教えて欲しい。俺達が君に協力できるかどうかはその答えにかかっている。」

「私も聞きたい。アルビジア、貴女は意味もなく他人を傷つけるなんてことは絶対にしないと思うから。」玲那斗に続いてイベリスも言う。

 その質問に対して、アルビジアは目の前に用意されたオレンジジュースへ視線を落としながら答えた。

「財団の使っている薬は危険です。あれは、この世界の自然の形を変えてしまう。本来あるべきものを切り捨て、存在するはずのないものを在るようにして魅せる。あの薬品が使われた土地からは命の声という声が聞こえなくなった。とても悲しくて、静かで…美しい花を咲かせているように見えて、既に死した永遠に変わることのないものを残すだけ。」

 玲那斗はルーカスに視線を送り、その後ジョシュアへと目配せをした。彼女の言う “薬品” というのはセルフェイス財団が自然復興の革新として用いている通称【グリーンゴッド】と呼ばれるものを指しているはずだ。

 正式名は【CGP637-GG】。Cellfaith growth promoter 637 Green Godの略称である。

 既に自然を再生するだけの土壌が失われた場所であっても豊かな自然を再生できるという夢のような薬品だと喧伝されているが、彼女の言葉通りであればその効果は真逆ということになる。

「その話については俺から詳しく聞いてみたい。財団の使っている薬品がどういうものなのか、貴女は知っているのだろうか。」ジョシュアが言う。

「通称、緑の神。メディアでそう呼ばれるあの薬品は生きている土地を殺し、そこに見せかけの自然を植え付けているだけに過ぎない。きっと予め “こうなる” と決まったものを形作っているだけ。私は科学についての知識はありませんし、詳しいことはほとんど何も分かりません。けれど、あの薬が自然にとって良い効果をもたらすものではないということだけははっきりと判ります。」

「つまりそこに動機があるわけだ。」アルビジアの答えに対し玲那斗は言った。

「はい。財団があの薬品を使用してから国立自然保護区はとても静かな地になりました。それまでは例え大地が荒れ果てているように見えても自然の声や命の声というものがよく聞こえていた。荒れていても春になれば草木は伸びるし、毎年訪れる野鳥の声もよく聞こえた。けれど今は違う。」

 アルビジアは自分の感性で受けた印象を話す。その話にルーカスが同意しながら裏付けとなるデータを示した。

「彼女の言う通り、収集したデータ記録上も野鳥の数は激減しているようです。本来であれば湖の周辺は野鳥の撮影スポットとして人気で、多くの愛好家がカメラを手に訪れては写真を撮影するそうです。ですが、今年は野鳥自体が存在しない為かそういう姿も見かけられませんね。」

「野生の動物は環境の変化に敏感だからな。過去に世界中で農薬がばら撒かれていた頃、生態系の破壊が大きな社会問題になった。それと似たようなことがこの地で起きているということだろう。おそらく財団は既にそのことを知っている。つまり革命的な薬品を使用していると喧伝する傍らで、知られてはならない大いなる欠陥があることを隠し続けている可能性があるということになる。」ジョシュアが言う。

「それが許せないのね?」イベリスがアルビジアへ言い、その言葉に彼女は黙って頷いた。

「そこで物理的に薬品が使用された区画ごと破壊しようとしたってわけか。リナリア出身の人物っていうのは躊躇が無いな。」

「ちょっと、ルーカス。」ルーカスが椅子の背もたれに身を預けながら涼しい顔で言ったことに対してイベリスが嗜めるようにいう。しかし、そうは言ったものの、自分にも思い当たる節がある為にばつが悪い表情になることは否めない。

 イベリス、アイリス、アルビジアと続き、マークתのメンバーにとってはこれがリナリア絡みの自分達を起因とする超常現象の三回目である点を考えればそう言われてしまうのも無理はない。

「もうひとつ、反対に国立自然保護区の一画を急激に再生させたのはどうしてなんだ?」

「この土地が生きていると証明したかった。財団の持つ薬品を使わなくても、多くの人々の心がけだけでこの自然は息を吹き返します。」

 ここまで話しを聞いてマークתの4人は彼女が何を思い、何を考えて一連の事件を引き起こしたのかを理解した。

 特別管理区域や管制塔を物理的に破壊した行為はとても褒められたものではないが、自然に対する愛情や情熱は本物だろう。そして、まだ全てを信じて決めつけることは到底出来ないが、突き詰めて言えば財団の使用する薬品そのものが諸悪の根源であることもおそらくは正しい。

 それはこれまでの調査において仮としてデータ採集をした特別管理区域のデータを見たことによる結論である。プロヴィデンスは例の管理区域に対する静かなる警告を幾度となく発していた。

 国立自然保護区のデータと違い、管理区域ではある一定以上先の未来をシミュレーションしようとするとエラーが起きるということもアルビジアの話と組み合わせれば合点がいく。

 薬品が使用されれば土地が死ぬ。代わりに出来上がるのは見せかけの繁栄を築いた上辺だけの自然復興。

 財団がわざわざ大仰な管理区域を設けてグリーンゴッドを試験運用していたことや、大量の監視ドローンを放って誰も近付けようとしなかったことについてもある意味では別の側面から合理的解釈が出来る。

「仮定の域を出ないが、財団の持つ夢の薬品が実は悪魔の薬品で、それを使わせるのをやめさせたかったから破壊行為に踏み切り、薬品を使わなくても得られる未来の可能性を証明したかった。そういうことだな。」

 ジョシュアの要約に対してアルビジアは静かに頷いた。

「アルビジア、君の話しは理解出来た。話してくれてありがとう。あとは俺達に何が出来るのかということだけど。」

 玲那斗の言葉に対し、アルビジアは声を少し震わせながら言った。

「私は財団の管理区域をこの手で破壊したことを後悔はしていません。何か罰を受けるというのであれば私が甘んじて受けます。けれど、行いの結果としてお爺様が財団に連れていかれ、私のことで彼が辛い思いをするのではないかと考えると居ても立っても居られないのです。わがままであるとは分かっています。それでも…」

「辛い思いか。可能性は様々だが、管理区域を破壊したことで多額の賠償金を請求されるなどという話もあり得なくはない。だが、しかしながら破壊した方法が方法だけに、証明や実証となると難しいだろうから線としては薄いか。現行法の元で立証していくには無理がある。」

「では、財団がモラレスさんを連れて行った目的は何かしら?」ルーカスに続けてイベリスが言う。

「それは間違いなく彼女だろう。イベリスが会合の時に提示されたように、財団側もアルビジアが問題に関与しているのではないかと疑っているのは間違いない。そのことについて探る為というのが自然な見方だと思う。ただ、そこから先についてはどういう意図で本人ではなくモラレスさんを連れて行ったのかは確かに疑問だ。」玲那斗は言った。

「財団の意図は不明だが、彼女が見せてくれた手紙を見る限りでは、少なくともモラレス氏自身は自分が連れていかれる可能性が高いと踏んでいたことは明白だ。もしかすると財団はダストデビルの事件そのものよりも、どのようにして彼女と一緒に暮らすことになったのかという経緯について探りたいのかもしれないな。」ジョシュアが言う。

 その意見にルーカスは頷いた。「確かにそれを突き詰めていけば最終的に彼女の動きを封じることは出来るでしょうね。」

「どういうことかしら?」イベリスが首を傾げる。

「手紙に書いてあるんだ。アルビジアは国籍も戸籍も持たない身だ。その上でモラレスさんと長い間一緒に暮らしてきた。そうだな…分かりやすく言えばアルビジアは英国国民だと “認められていない” 人物ということになる。そうした人物が正規の手続きを経ずに長期間に渡って国に滞在することは国が定める法律に違反するということさ。」

「当然、それが知られることになればもうこの国にはいられないし、一度追い出されると最低10年は再入国が認められない。財団の狙いは立証のしようがないダストデビルの原因や犯人を突き止めることではなく、限りなく黒に近いと思っている彼女をこの国から追い出してしまおうということなのかもしれない。内務省に報告して調査をかけるだけ。その方が簡単だからだ。モラレス氏自身だって不法滞在幇助という罪に問われることになるだろう。」玲那斗の説明にルーカスが補足を加えた。

 2人の説明を聞いたイベリスはとてももどかしそうな表情をする。彼女の側に立って手を差し伸べたいが、ルールを破っていると分かっている以上はそれを否定もできない。そんな表情である。

「元々私は自分がどうしてここにいるのかもよく分からない身です。この国から出て行けと言われればそのようにします。ですが、それでお爺様が傷付くことになるのは…とても…とても嫌なのです。」

 アルビジアの言葉に一同は思考の溜め息をつきながら考えた。


 正しさに反していると分かっているものに寄り添い、仮定の上でしか悪だと認められないものを否定する。彼女に一方的に味方をするということはそういうことにも繋がる。それは機構という組織に所属する立場としては簡単に首を縦に振ることが出来る問題ではない。

 一同が黙する中、彼女の意思を汲み取った玲那斗が言う。

「財団が論点ずらしの方法で対処をするというのであれば、自分達も同じように論点をずらした対策を取るのはどうでしょう。」

「具体的には?」ジョシュアが問う。

「モラレスさんとアルビジアが共に暮らしているということに対する問題について我々は一切の関与をしない。その代わり、効能について疑念が生じたグリーンゴッドの調査について介入をする。」玲那斗は端的に述べた。それを聞いたルーカスが言う。

「つまり彼女が抱く “財団に薬品の使用をやめさせたい” という願いを間接的に援護するということか。そもそも、グリーンゴッドの使用が出来ないという事態になれば無理に労力を割いて彼女を国外へ追い出す意味も薄れるという魂胆。それでも財団がやるとすればただの報復。そう受け取ったが。」

 玲那斗はルーカスを横目に見ながら頷く。

 意見を聞いたジョシュアが言う。「それなら機構という組織に所属するチームとして動く分には問題ないだろう。あとは、念入りにことを進めるならば機構独自の規則によって行動できるよう、治外法権・強制調査権を発動する為の正当性の確保は必要だろうな。今のところ俺達の依頼主はセルフェイス財団であり、英国政府から調査要請を受けたわけではない身の上だ。」

「グリーンゴッドについての懸念を証明するデータ収集がより重要になってきますね。」

 会話を進める3人に視線を向けるアルビジアは少し不安そうな表情をするが、イベリスが彼女の手を優しく握る。

「大丈夫よ。みんなは自分達に出来ることの中で一番貴女の助けとなる最善策を考えてくれているの。」

 イベリスの言葉を聞いた玲那斗はアルビジアへ言う。

「アルビジア。俺達に出来ることはきっと限られてくる。正直なところ、この国の法律に関わっていて、それに抵触するところに関しては組織として動く以上、君やモラレスさんを擁護することは出来ない。だけど、グリーンゴッドについてなんとかしたいということであれば力になれると思う。それでも良いだろうか?」

 アルビジアは大きく頷きながら言った。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。」

 続けてジョシュアが言う。「さて、ではグリーンゴッドの懸念について調査をする上で、我々も現地で長い間観察を続けてきた人物の助力が必要なわけだ。じっくり話を聞かせてもらう為に行動を共にして頂きたい。」

 事務的な言葉で言うが、これは言い換えると財団から彼女を守る為の策のひとつだ。

 常に自分達の傍らで協力してもらうことによってアルビジアが一人きりになる状況というものを避ける目的がある。

 ジョシュアは続ける。「玲那斗、イベリス。たった今から彼女と行動を共にし、この地における過去の情報提供を受けるように。」

 ぽかんとした様子でジョシュアを見るイベリスとは対照的に玲那斗はすぐに返事をする。

「了解しました。これより任に当たります。」


 要するにアルビジアの護衛を務めつつ、彼女の監視も引き受けつつ、必要な情報を探るという名目で常に一緒に行動できるようにというジョシュアの計らいである。

 一呼吸遅れてそのことに気付いたイベリスも頷いた。

「本日の調査予定に変更を加える。予定通りの地形データの収集を行いつつ、財団が所有するCGP-637GG “グリーンゴッド” について生じた疑義の調査を行う。」

 ジョシュアの号令によって、マークתの一同は新たなる調査目標を持って行動を開始するのだった。



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