第12節 -目に見えないもの-

 昼食を終えたラーニーは代表執務室にサミュエルと2人で集まり、例の特別管理区域を襲っているダストデビルの対策について話し合っていた。

 現象が発生した際に破壊されるのは決まって警備ドローンや監視カメラの類であり、自然環境そのものにはほとんど被害も無く、現地で業務をこなしている職員には過去を含めて被害が及んだことは無い。

 明らかに特定の対象を狙っているとしか思えない点から見て俄かには信じがたいが “誰かによる意図的な攻撃” という線から対策を考える必要性に至ったのだ。

 ホログラムモニターを搭載したテーブルを囲んだ2人は昨日の襲撃がどのように起きたのかをまず検証することから開始し、続いてその中で気になる点や注目点が無いかを探っていった。


「昨日撮影された映像データ及び画像データの中で特筆すべき点を申し上げれば、やはりダストデビルが発生したタイミングになろうかと存じます。」

「保護区内を監視させていた超小型ドローンが捉えたという少女の動きとダストデビルの発生タイミングがあまりにもピッタリだという点か。しかし、だからといって生身の人間が何の仕掛けも無しにあのような現象を起こせるわけがない。タイミングという点においては注目すべきことではあるが、決定的ではない。結局は棚上げせざるを得ないか…」

 幾度となく検証を重ねてみたが、どうにも納得のいく答えは出て来ない。遠くに見えた少女とダストデビルを結び付けようとするには、起きている現象の内容や規模から考えても些か無理がある。

 しかし、結び付けられるものが彼女の存在しかないというのもまた事実であった。

「サム。次はいつあの現象が起きると思う?」

「やはり次も起きるとお考えなのですね。」

「無論だ。目的も意味も含めて分からないことだらけではあるがね。」

 ラーニーは机上に展開したホログラムモニターを閉じるとソファへ深くもたれかかった。そして天井を見上げながら言う。

「なぁ、サム。僕たちが今やっていることは本当に正しいことなのか。この地球という星の中にある自然を自分達の手で復興する。それだけなら良い。だが、この行いは長い年月という視点で考えるならばまるで理念に逆行する行為だ。自然が本来持つ “未来” を摘み取る行為に等しい。それに、あの女がもたらした薬は僕達に新たな名声をもたらしたかもしれないが、僕らが抱える “秘密” が漏れた際の代償もまた大きい。」

 サミュエルは答える。「正誤の判断などわたくしにはとても。個人的な考えで意見を申し上げるならば、正直なところ “分かり兼ねる” というのが答えではあります。」

「はっきり言ってくれる。正しいとも思わないが間違っているとも言い切れないか。」

「その通りです。正誤というのは常に何かを成した結果として表れるもの。今の状況でどちらかと問うことに意味などないでしょう。貴方様が為すべきと思った通りにされれば良いことかと。」

「簡単に言う。やめたくてもやめられないという現実は無視できるものじゃない。それとサム、もうひとつ良いかい?」

「何なりと。」

 ラーニーはサミュエルの返事を聞き、一呼吸ほど間をおいて言う。

「機構の彼女。イベリスという少女をどう思う。」

「ロティーに何か言われましたか?強いて言えば貴方のお母様に似ていらっしゃる。もちろん容姿が、ということではありません。あの信念を持った真っすぐな眼差し。優しくもあり、とても力強い。」

「口に出したくはないが、あのアンジェリカという女は僕たちが依頼した調査について彼女が鍵になると言った。真意は計りかねるが、その言葉について不思議と間違っているとは思わない。僕は彼女、イベリスさんともっと話をしてみたいと思っている。」

「そう望まれるのであれば今一度ここへ招かれてはいかがでしょう。例の現象や調査について、何か得られるものがあるやもしれません。」

「そうだね。今夜辺りにブライアン大尉へ連絡をとってみよう。少し彼女と会話する時間が取れないか、と。」

 ラーニーは天井へ向けていた視線を窓の向こうへと移す。珍しい晴れ模様の空。今の自分の心の内とは正反対だ。

 ずっと見つめていると吸い込まれそうになるほど澄んだ空を見ていると、ふとサミュエルが言った。

「ラーニー様、これはいわゆるお節介というものかもしれませんが、貴方様を大切に思う人物は身近にも控えております。もし、心の内が苦しくなるようなことがあれば、その時は遠慮なくお頼りください。」

「あぁ、分かっているつもりだとも。」

 ラーニーはその澄んだ緑色の瞳を空に向けたまま答えた。


                 * * *


 遠くに佇む少女の元から戻ってきたイベリスを3人は出迎える。

「あの子は昨日マーケットで会った子だよな。何の話だったんだ?」ルーカスが尋ねる。

「ちょっとした世間話よ。毎日ここに来るの?っていう。」

 イベリスは穏やかな表情で答え、敢えて話を逸らすようにジョシュアへ言う。

「隊長。午後の調査はどうするの?」

 質問をはぐらかすなど、正直な彼女が普段見せない様子に面食らったジョシュアは反応が遅れたが、先程3人で話した午後からの予定を伝えた。

「あぁ、午後は二手に分かれて調査しようと思う。玲那斗とイベリスはリド=オン=シーの海岸から海洋調査をしてくれ。本筋からは外れるが、自然環境調査というなら一度はやっておくべきだ。俺とルーカスで保護区内を別の角度から調査してみようと思う。海洋調査はヘルメスから行う程度の簡易的なもので構わない。水質チェックを含めて何か変わったものやデータがないか確認してほしい。」

「了解しました。さぁ行きましょう、玲那斗。」

 調査内容を確認したイベリスは元気よく返事をするとリド=オン=シーの町がある方向へ歩き出そうとする。

 そんな彼女を見て玲那斗はすぐに制止した。「イベリス、ちょっと待った。」

 きょとんとした表情で振り返る彼女に親指であるものを指差しながら言う。

「あれに乗って行こう。折り畳み式電気バイクだ。」

「まぁ、あれは乗り物だったの?今まで重たいだけのただの箱だと思っていたわ。」目を輝かせながらイベリスは言う。

「持ち運びに便利なんだ。普段は滅多に使う場面が無いんだが、今回は大活躍しそうだ。これなら5分もあれば海岸まで辿り着くと思う。俺が運転するから後ろに乗りな。」

 玲那斗はそう言いながら箱型をした物体を輸送車から下ろし、あっという間にバイク型に変形させた。


 内燃機関のみで走る自動車が世界中で禁止の方向に向かう以前から、機構では電気自動車や水素を燃料とした自動車等の独自開発を進めていた。

 先程、玲那斗が持ち出した電気バイクもその開発過程で生まれたものである。

 1981年に日本のとあるメーカーが生み出した折り畳み式バイクを彷彿とさせる箱型の見た目をしたこの車種は、持ち運びが簡単というメリットに加え、充電設備が賄える地域でなら非常に運用がしやすい。

 車以上に小回りも効く上に、積載量こそ少ないが小物くらいの荷物ならある程度は収容できることから今回のような調査では特に重宝されている。

 無人島の調査など、充電設備が見込めない地域では太陽光蓄電池を搭載したモバイルスクーターの運用が主となり、設備が見込める地域ではバイクの運用を主とするなど調査地に応じた使い分けをしているのだ。


 玲那斗は早速バイクの電源を入れてモーターを稼働させる。

「準備OKだ。さぁ、乗った乗った。念の為ヘルメットは忘れないように。」

「これを被れば良いのね?」嬉々としてヘルメットを装着したイベリスは玲那斗の乗るバイクの後ろへと乗った。

 2人がリド=オン=シーに向かう前にジョシュアが言う。

「玲那斗、夕方4時にここに戻ってきて欲しい。」

「承知しました。では、リド=オン=シーでの海岸調査に行ってまいります。」

 ハンドサインで合図をした玲那斗はイベリスと共にリド=オン=シーへと向かって走り始めた。


 2人の乗るバイクの後ろ姿を眺めながらルーカスが言う。

「可愛らしいバイクもあの2人が乗ると様になるから不思議なもんですね。」

「そうだな。ところでルーカス、ひとつ頼みを聞いてくれないか。」

「何でしょう?」

 改まって言うジョシュアを不思議に思いながらもルーカスは返事をした。

「少し調べて欲しいことがある。」

 ジョシュアはそう言うと、トリニティを運用してデータ収集をしてもらいたい場所や内容を事細かにルーカスへと伝えた。


                 * * *


「うーん、そっかー。やっぱり調べちゃうかー。気になるもんねー☆さすがは機構が誇るエース小隊。特に今回は隊長さんの勘が冴えてるぅー☆」

 ダンジネス国立自然保護区内の一画。機構の輸送車が停車している位置より遥かに離れた草陰にアンジェリカは隠れていた。

「ここでかくれんぼすることに意味なんて無いんだけどさー。うーん。特に用事があるわけでもないしー?放っておく方が面白そうだしー?ふふふ☆」

 太陽の光を遮るように広げた掌をおでこに当ててじっと眺める。その視界にあるのはジョシュアとルーカス、そして特別管理区域を眺める1人の少女の姿だ。

 前のめりになりつつ、短いスカートがわざと揺れるように腰を横に振りながら上機嫌に遠くを観察して独り言を呟く。

「あの人たちが本気で財団の管理区域を調べちゃうと “あれ” の中身がいつかはバレちゃうから、そこに私が関わっていたことも必然的に分かってしまうのがネックだよねぇ~。ただ今ここで調べ始めるというのは財団にとっては願ったり叶ったりの展開?になるのかな。ひとまず、お坊ちゃんの目標は自分達が関与しない形でプロジェクトを停止させることだろうし。機構が勝手に “待った!” をかけてくれるなら万々歳だよねー。あとは財団があれの効能全てを “知っていたか知らなかったか” の論点ずらしゲームに突入ぅ!するだけ、っと。」

 懸念すべき重要な内容を話しているはずではあるが、その表情にはとても満ち足りたような充足感の漂う爽やかな笑みが湛えられている。

 ネックなどと言いつつ、この地に彼らを呼び寄せるよう財団の当主へ進言したのは他でもない自分自身である為、実際のところは深く考えてすらいない。

 むしろこの後に財団と機構とあの少女の間でどのような修羅場へと展開してくのか…もはやそれだけがアンジェリカにとっての楽しみごとなのだ。


 出来るだけ大げさに、出来るだけ醜く、出来るだけ汚く争ってもらうこと。


 それを遠く離れた特等席からただただ眺める。それがアンジェリカにとっての極上の楽しみである。

 本来の目的はまた別にあるのだが、その過程を楽しむ為の一種のショーと言っても過言ではない。

 全ては来たる日の目的の為。

 ハンガリーでの出来事も、ミクロネシア連邦での出来事も、現在のドイツでの出来事も、当然このイングランドでの出来事も全てその為の布石に過ぎない。


「一日は千年のようであり、千年もまた一日のようである。微睡みに沈みゆく者にとって、刻の流れは永久に等しく同じである。」


 世界に向けた警告をアンジェリカは謳う。

 可愛らしい瞳に深い深い暗闇を秘め、幾千年もの時を経ても本質的に何も変わらない人間の性を嗤う。

 その囁きを残し、彼女はその場から一瞬で姿を消した。



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