第4節 -ダスト・デビル-

「以上が今回貴方がたへ依頼したい調査内容の詳細です。改めて宜しくお願いします。」

 真剣な表情でラーニーは言った。


 セルフェイス財団の管理区域外での自然再生現象。

 具体的な話はこうだ。4月の復活祭の日を過ぎた頃、突如としてダンジネス国立自然保護区内の荒野に存在する植物が鮮やかさを取り戻して豊かに生い茂り、花は咲き乱れ、周囲にある湖は澄んだ色を取り戻したという。

 範囲としては限定的ではあるが、明らかに周囲と比較して異常なほどの自然再生が起きたという。それは調べるまでもなく見ただけで歴然とわかるほどに。

 その事象が初観測された4月6日以降、財団から調査隊が派遣されて調べてはみたものの、 “自然が回復した” と目に見える所感以上のことは何も分からず、どうしてそういったことが起きたのかについてはまるで謎に包まれているという。

 現地で調査にあたった職員曰く、『まるで数百年かけて行われる自然の再生が一夜にしてなったように見える。』ということらしい。

 英国内のメディアでも大々的に報道されたこの現象について、専門家や関係機関の調査チームも現地で活動したが財団の職員による調査結果と何ら変わらない結論しか導くことは出来なかった。

 そうした経過を辿った結果、本格的な原因調査、原理解明の為に世界特殊事象研究機構に白羽の矢が立ったというわけだ。

 今回の謎の現象について根本的な解明が出来れば、今はまだ確立されていない未知の方法による自然再生が可能となるかもしれないという期待がかけられている。


 ラーニーの話を聞き終えたジョシュアが言う。

「我々としても今回の調査任務に携わることが出来て光栄です。自然環境保護の為に貢献が出来るよう尽力することをお約束しましょう。」

「とても心強い。あり得ない自然再生…この謎さえ解くことが出来れば薬品の力など借りなくても良い日が訪れるかもしれない。それは素晴らしい未来を築き上げる為にきっと必要なことです。」ラーニーは感慨深そうな様子で言った。

 マークתと彼の間での話し合いが終わりを迎えようとしていたその時、彼の手元に置かれたスマートデバイスが唐突に騒々しい音を立てて鳴った。明らかに通常のものとは違う雰囲気の着信音。その発信元表示を見た彼の表情は戸惑いの色を浮かべている。緊急の報せだろうか。

「申し訳ありません。少し失礼します。」

「お構いなく。」

 ジョシュアが身振りで電話に出るように促し、ラーニーは4人へ謝罪の会釈をしてデバイスを手に取った。

「何があった?」第一声で状況の確認を行う。緊迫した声のトーンから察するに、やはり何か緊急の報せが入ったらしい。

「いつも通り対処したら良い。 “被害” 状況は後でまとめてで構わない。頼む。」

 そう言って電話を切ると、ラーニーは深い溜め息をついてデバイスを机の上へ置いた。

「緊急の報せですか?」ルーカスが問う。

「えぇ。これは皆さんにもお伝えしなければならないことなのですが、ここ数か月の間に我々財団が管理する特別保護区域内で “ある事件” が頻発しているのです。」

 彼の言葉に一同の顔も険しくなる。

「事件…ですか?」困惑した表情でイベリスが言った。

「はい。ダンジネス国立自然保護区内の一画に、我々財団が自然環境再生プログラムを実施する為に管理している区域があります。成長促進剤CGP637-GG…通称グリーンゴッドと呼ばれる新型薬品を試験的に運用している区域なのですが、最近そこで外部からの侵入者などの異常がないか監視にあたっている警備ドローンが謎の現象によってことごとく破壊されるという事件が起きているのです。」

「差し支えなければ詳しくお聞かせ願えますか?我々の調査にも影響が出るかもしれません。」やや身を乗り出すようにジョシュアは言った。

「もちろん。知っている情報は今から全てお伝えします。」深く呼吸を吸ってラーニーは話を続ける。

「全てお話しますが、お伝えできる情報もそう多くはありません。端的に言うと、突然発生するダストデビルによって監視ドローンが破壊されるのです。」

 ルーカスは少し訝し気な表情を浮かべて質問した。「ダストデビルがドローンを破壊する現象ですか?」

 ラーニーは静かに首を縦に振って頷いた。


 ダストデビル〈塵旋風〉というのは地表で発生した上昇気流によって大気中へ渦巻き状の突風が発生する現象である。地表の砂ぼこりなどを集めて舞い上がった風が竜巻のように見える現象だ。

 特に何も遮るものがない平野部で、晴天や強風といった条件さえ整えば比較的発生する頻度の高い現象であり、そう珍しいものではない。

 小規模なものであれば建物などに被害を与える心配も皆無な現象だ。だが、ラーニーの話によると、そのダストデビルは財団の警備ドローンを “破壊” したのだという。

 ただの突風の一種が破壊といえるほどの状況を作るとは考えにくいが、彼は確かにそう言った。


「自分でも妙なことを言っているという自覚はあります。特にその現象が何なのかについて深く理解をしているであろう皆様に対して申し上げるのは些か抵抗があるのですが、これはまぎれもない事実です。特別保護区域内において発生したダストデビルが警備ドローンを立て続けに何台も破壊しています。つい先程も2台の警備ドローンがあっさりと破壊されました。」

 ラーニーは手元のデバイスを操作して、今しがた管理区域の警備を担当する部署から送られてきた映像をホログラムスクリーンで機構の全員に見えるように投影した。

 そこには筐体に限りなく多くの切り傷が刻まれた無惨な姿のドローンが映し出されている。

 やや語弊があるが、かまいたちにでもあったかのような…とても突風に巻き込まれただけで再現されるものとは思えない。

「被害にあったドローンが撮影した映像はありますか?」玲那斗が言う。

「はい、こちらがその映像です。」

 ラーニーが手元のデバイスから別のデータを呼び出すと映像が切り替わり、今度は破壊されたドローン視点からの映像が再生された。

 区域内に異常がないかドローンが監視撮影している最中、どこからともなくダストデビルが突然巻き起こったかと思うと、急速にドローンへ向かって接近してくる様子が映し出されている。

 やがてドローンを包み込むように突風が衝突すると、今度は金属を抉るような凄まじい切断音が鳴り響き、唐突に記録映像は終了した。

 ダストデビルが発生してからドローンが切り刻まれ、行動不能に陥るまでの間は僅かに10秒足らずである。


「自然現象とは思えませんが、何者かが意図的に起こせるような現象とも考えられない。常軌を逸した…まさに超常現象と呼ぶにふさわしいレベルの怪現象です。こうした被害は今月に入ってこれが3度目で、この3か月の間に実に20台ものドローンが同じように破壊されています。対策をとろうにもどうしたらいいのか見当もつきませんし、現象が起きないことを文字通り祈ることしか出来ません。お手上げです。」

 ラーニーは投影したホログラムスクリーンを終了すると、真剣な眼差しを4人へ向けて言った。

「この現象は我々が管理する保護区域内でのみ確認されています。よって、皆さんが調査に向かわれるダンジネス国立自然保護区内の別区域でこの現象に遭遇する可能性は極めて低い、いえ限りなくゼロに近いと申し上げても良いでしょう。決まって我々の管理区域だけが狙われることから、僕はこの現象を人為的なものとしてみています。誰が、どのような手段で破壊を行い、それが何を目的にしているのかはわかりませんが。」

「詳細を教えて頂きありがとうございます。」代表してジョシュアが言った。

「いえ、すぐにでもお伝えしなければならないことでした。遭遇する確率が限りなくゼロに近いとはいえ、絶対とは限りません。無責任な物言いになるようで気が引けますが、どうかお気を付け下さい。」

 そう言うと同時にラーニーは席を立ちあがった。するとタイミングを完璧に見計らったかのようにサミュエルが室内に入室した。

「それでは、僕はこの後のスケジュールがありますのでこの辺りで。屋敷の外までサムに案内させますので後に続いてください。」

 マークתの一同は一斉に立ち上がると全員が一礼をして出口へと向かう。そこではサミュエルが深々と礼をして佇んでいた。

「本日は貴重なお時間を我々財団の為に割いて頂きありがとうございました。これより皆様を玄関までご案内いたします。」

 サミュエルがそう言って部屋を退出しようとした時、ラーニーは彼を呼び止めた。

「そうだ、サム。僕の連絡先を彼らに伝えておいてくれ。」

「承知いたしました。」

 サミュエルの返事を聞いた後にラーニーは言った。

「皆さん、何かあればいつでもいいので連絡をしてきてください。必要であればどんなサポートも惜しみません。」

「重ね重ね、ありがとうございます。」ジョシュアが会釈をする。

 そうしてサミュエルとマークתの4人は代表執務室を後にした。


 部屋の扉が閉まると同時に1人残ったラーニーが機構の面々が去った方を向いたまま神妙な顔付きで呟く。

「イベリス…なるほど、あの女の言う通り。とても興味深いお方だ。別の機会にじっくり話をしてみたいものだな。」

 そう言うと今度は窓の外に目を向け、曇天の空を見上げながらこれから先に起きるだろう出来事について思考を巡らせた。


                 * * *


「調査依頼にやる気モリモリなお姫様☆それに対してー、辛辣ぅなお嬢様!なんて面白い構図♡ ワクワクが止まらないわね。ハートビートが高鳴る、高鳴る!」財団支部内にある一室で少女が言う。

 学生服と軍服を組み合わせたような特徴的な服に身を包み、デフォルメされたライオンの鞄を斜め掛けにした少女は、差してもいない日差しを避ける為の “日差し避け” を左手で作りながら窓の外を見やった。

 たった今、サミュエルに連れられて再び庭園まで案内されたマークתの一行が自分達の乗ってきた車へ乗り込むところだ。

 アスターヒューと呼ばれる美しい紫色の瞳でその光景をじっと見つめ、その後くるりと室内へと向き直る。

 一歩、二歩と少女が室内で歩みを進めると桃色のツインテールがふわりふわりと揺れた。

 周囲には意識を溶かしそうなほどの甘い花のような香りが立ち込める。


「役者は揃い、ついに賽は投げられた。緑の神、眠りの妃、そして光の王妃。当主さんも予想通り、いえ、予定通り彼女に興味を示したみたいだし、これからが楽しみね?お楽しみはー、さ・い・ご・ま・で☆」


 愛くるしい声でそう言い、くすくすと笑う少女は声だけを残して赤紫色の霧が散るようにその場から姿を消したのだった。



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