社会復帰録タマミ 8

19.

2208年12月29日(木) AM9:00


あたしは冬コミの待機列に一人並んでいた。

サークルチケットは5枚渡されるらしく、あたし含めて待機列に並ぶ必要は全く必要ないのだが、この時代の待機列はおもしろいから一度はみておいたほうがいいよと言われ、試しに並んでみる事にした。

配布物全てがデータでの配布である、この時代のコミケには会場前に限定グッズが売り切れるといった事は無いとのこと。


コミケは未だにこの国で行われるイベントでは最大級のイベントらしい。

主催者の意思でVRでの同時開催は一切なし、参加したければ嫌でもこの現実世界に出てくるしかない。


インプラントでスキャンすると並んでいる人のほぼ全員が人間かA級アンドロイドである。

今までどこへ行っても人がまばらだったというのに、いったいどこからこんな人間がでてきたのだと思えるぐらいの人たちだ。

あたしの様に普段からこの世界で生きているであろう人、ほぼ全員が当たり前のようにあたしが痴女ルックと称した体形が浮き出る服を着用している。

そして普段はコフィンユニットで24時間VRで引きこもっているであろう人、男女問わず血色が悪く、あきらかにちぐはぐな服を着ていることが多い。

さらに自身はVRから出たくはないけどどうしても参加したい人はマリオネットを使って参加している。おそらくVRでの本人とも変わらないであろうマリオネットから、とりあえず外に出れればいいやといった、適当な見た目のマリオネットもいる。

ただし、コミケ開催時はメガロシティ内のレンタルマリオネットも払底してしまうらしく、そういう人は顔の部分にモニターがはめ込まれた急造ドロイドを使っている。

他にも海外から来たであろう観光客たちも列に並んでいる。


20.

2208年12月29日(木) AM9:30


列が動き始めた。昔のコミケとは違い、数が限られたグッズがない事もあり、各入口に均等に人がいく様にボランティアの人が誘導している。

様々なイベントがアンドロイドやドロイドを使わないと人手が足りないこの時代に、すべて人間かA級アンドロイドの手で行われるイベントは本当に貴重らしい。


21.

2208年12月29日(木) AM10:15


100年以上たってもかわらない10時の開場の拍手の後、ボランティアに誘導されあたしは会場内に入った。

ミカさんに、ついでにいくつかのサークルに立ち寄って代わりにあいさつしてきてほしいとのことなので、まっすぐミカさんのサークルスペースには行かず、インプラントに記憶させておいたメモに従い、サークルを回る。

そのまましばらくいろんなスペースを見て回り、昼過ぎに店番をしているミカさんとルカさん、それとミクちゃんに代わり、あたしとハナさんが店番をする手はずだ。

それにしても冷凍睡眠前から憧れはしても、いけなかったコミケに100年越しに参加するのは不思議な気分だ。


22.

2208年12月30日(金) AM10:00


今日は朝からハナさん、ミクちゃんと一緒に店番、昼過ぎからルカさんとミカさんが店番の予定だ。

ハナさんとミクちゃんは今日もいつもの外行用の衣装であるNラバー製のメイド服を着ている。

そして今日はあたしも同じくNラバー製のメイド服を着用している。

せっかくなので、みんなで衣装を合わせて店番をしようというハナさんの意見によりこうなった。

材質はともかくメイド服ならいいかなと思って了承したのだがこのNラバーの服結構独特な着心地だ。

体を動かすたびにゴムとゴムが擦れ合って変わった音がするし、普通の服とは違ってぴったり吸い付いてくる。

ちなみにこのNラバーの衣装、造形はともかく材質的にはこの時代でもわりと尖っている方らしい。

ちなみにハナさんとミクちゃんにこのNラバー製の服について聞いてみたが、ハナさんはマスターが喜んでくれるから、ミクちゃんはこの体にぴったりの感触が好きとのこと。


開場するとうわさに聞く地響きが聞こえてくる。

ハナさんのサークルはなかなかに人気サークルらしく、人が絶えない。

しかし昔と違い金銭のやり取りもなく、データを情報端末やインプラントに送信するだけなので列の流れはスムーズである。

しかしそれでも、サークルによっては待機列ができているのがさすがコミケだ。

それと金銭的に解放されたオタク達は逞しい。

ちょっとでも気になるサークルは片っ端からデータを取得している。


昼になりルカさんとミカさんが帰ってきた。

昨日もそうだったが、交代前にルカさんとミカさんが既に取得したデータを共有する。

これで個人的に応援、挨拶の声をかけたいサークルを除いてお二人が事前に入手したサークルはわざわざ行く必要もなく、効率的なサークル周りができるというわけだ。

こうしてあたしは、冷凍睡眠前ならキャリーでも持って帰れない膨大な戦利品を手にし、二日目のコミケを終えるのだった。


23.

2208年12月31日(土) PM1:00


今日のローテーションは、午前中はルカさんとミカさん、ミクちゃん、午後からあたしとハナさんとミクちゃんだ。

ミクちゃんはサークルを回るより自分の本をもらいに来てくれる人達の顔を見たいということで今日は全日ブースにいるつもりらしい。

あたしは午前中に気になるブースを一通り見終えて、ルカさんのサークルブースに戻ってきた。

ミクちゃんはニコニコしている。どうやらミクちゃん作の絵本はなかなかに人気なようだ。

ルカさんの方は微妙な顔をしている、どうやら今回のミクちゃんの絵本で自身の性生活を赤裸々にされてしまったおかげで、いつもの常連さんにネタにされてしまったようだ。

ミカさんはあいかわらず飄々としているような気がしないでもないが、少し視点を下ろすと妙にもじもじしているような気がしないでもない。

さぁ次はあたし達がこの羞恥プレイに耐える番だ!

あの冷凍睡眠ポッドに入る前の出来事に比べたらきっとこの程度は楽なもののはずだ!


24.

2208年12月31日(土) PM4:00


辛い…午後はめぼしのサークルを見終わって、他に気になるサークル探しをする人が多いのか、即座にデータを取得せずに、見本誌を一度見る人が多くなってきた。

ミクちゃんの絵本を読んでから私達を見る。

露骨に卑下な笑い方をする人はいないが、それでもあたしたちがモデルになっているのを確認されるのはかなり恥ずかしい。

ミクちゃんだけは楽しそうに希望者にデータを送信していた。

ミクちゃんは本当に逞しい子である…

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