社会復帰録タマミ 7
14.
2208年11月17日(木) AM9:00
改めて今日からハナさんといっしょに行動することになった。
とはいえ、月、水、金はあたしもルカさんとミカさんと一緒にジムでトレーニングすることに決めたから、ハナさんと一緒に行動するのはそれ以外の日だ。
ハナさんの趣味はガーデニングと漫画を描くこと。
今更ながらルカさんも漫画を描くことを趣味としていると言っていたが、手伝った記憶はない。
ハナさんと皿洗いをした後、一緒に家の前のプランターで作業をする。
とはいえ季節はもう11月、花は既に半ばしおれた感じで、活気はない。
今日は来年の春に向けて、これらの花をプランターから取り除き、新しい土を入れるのが今日の仕事の事。
仕事自体は大したことではない、作業自体は午前中のうちに完了した。
ハナさんはやっぱり二人でやると効率が全然違いますねと上機嫌だ。
ミカさんが作った昼食を食べ、午後からは漫画を描くことになった。
自慢じゃないがあたしは漫画は読む専門で描いたことは一度もない。
ただ、ハナさんの鼻息が妙に荒いのが気になる。
ミカさんの作った昼食を食べた後、ハナさんの部屋に向かう。
いつもは昼食後の後片付けもハナさんが行っているが、今日はミカさんが代わりに担当している。
ハナさんのへやはミクちゃんと共同だ。
とはいえ、部屋自体があたしやルカさん達の部屋よりも大きいので、狭いという感じはしない。
ハナさんのスペースらしい空間には、冷凍睡眠前のあたしの時代でも薄高本を除いて珍しくなり始めた紙の本、机にはパソコンとタブレットと思わしき物体が設置されている。
その脇に今回のために準備されたであろうパソコンとタブレットが、やっぱり仮置きといった感じの机の上に設置されている。
ハナさんは本棚の前に行き、あたしが冷凍睡眠前にも慣れ親しんだ薄高本としか思えない本を一冊取り出しあたしに手渡した。
タイトルは『オス薔薇品評会~僕のお尻の薔薇を育ててください~』、あたしは少々の不安と大きな期待をもってページをめくる。
内容は時は21世紀初頭、財閥の御曹司である貴樹が、庶民の男である洋平を見初め自分のものとする。しかし貴樹の愛情表現は倒錯したものであった。しかし洋平はその倒錯した愛を受け止め自身の薔薇を貴樹に差し出し、その年に開かれるオス薔薇品評会に向けて愛を深めつつも洋平の薔薇も育てていくといった内容だ。
あたし的には少々ハードにも感じるが十分にストライクな内容だ。
あたしが本を読み終えハナさんの方を見ると、今までのおしとやかなハナさんとは思えない気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
でも人の事は言えない、多分あたしも読んでいるときは似たような顔をしていたのだろう。
「実はタマミ様は私と同類なのではと思っていたのです。どうやらその通りで本当に良かったです。」
相変わらず綺麗な顔が台無しの気持ち悪い笑みであたしにそう話しかける。
「実はそのとおりで、あたしも冷凍睡眠前からこういう本はよく読んでいました。」
多分あたしもハナさんと同じくすごく気持ちの悪い笑顔をしているのだろう。
ハナさんが握手を求めてきたのであたしもそれに応じる。
お互い両手で固い握手を行ったとき、あたしは人生の盟友に出会ったことができたような気がした。
仕事は予想していた通りというか、案の定というかハナさんの描く漫画のアシスタントである。
今は何も操作がわからないあたしに対してハナさんがトーン張りや、ペン入れの方法などを教えてくれている。
ミカさんの時にも思ったことだが、全てインプラントで行えばできそうなことをわざわざ手でやっているような気がする。
そのことをハナさんに聞いてみる。
「タマミさんの言う通り、実際インプラントを使用すれば簡単に好みの画風で作品を作る事ができます。ただそれ以上、自分だけのオリジナルを作るには実際に自分の手を動かして作る以外、方法はないのです。おかしな話ですがオリジナルを作り出すには一度、自分の手で出力するという動作を経由しないとうまくいかないのです。」
どうやら、あたしの考えているような仕組みもあるらしい。
しかしながら今でも主流は自分の手で描くこと。昔ながらの紙とペンで作品を作る人も少なくないらしい。
言い方が悪いが、ハナさんの様な作られた存在であっても人間の脳を再現している以上、同様の手順を踏まないと新しいものを作り出せないというのはなんだか不思議な感じがする。
15.
2208年12月8日(木) PM18:00
今日はルカさんとミカさんの誕生日だ。
ルカさんはこれで223歳、ミカさんは76歳となる。
贈り物文化はナノマテリアルプリンターで大体の物は作れてしまうので廃れてしまっている。
大事なのはその日を祝う事というらしい。
今日はハナさんが二人のために誕生日ケーキを焼いた。
内容はスタンダードなイチゴのショートケーキ
イチゴは天然物、初めて知ったのだがルカさんのお宅では植物類は基本天然物を使っているらしい。肉や魚は必要なリソースポイントもそれなりに必要だが、バイオ素材の材料となる植物は、ドロイドを活用した農園により十分な供給がなされているので、必要なリソースポイントも本当に微々たるものらしい。
今日は特別な日なので、奮発してお肉も天然物を使用する。
献立はスタンダードな寄せ鍋に、食後のデザートとしてバースデーケーキだ。
どちらもルカさんの大好物だという。ミカさんにも今日の献立についてリクエストを送ったのだがルカさんにあわせてくれればいいとのことだったので、このような献立になった。
そういえばあたしが最後にこんな感じで誕生日を祝ってもらったのはいつだっただろうか?
最近はあまり思い出さなくなった冷凍睡眠前の事を思い出しちょっと、悲しい気持ちになった。
16.
2208年12月23日(金) PM13:00
あたしは修羅場にいた。
正確に言えばハナさんの修羅場にあたしが巻き込まれているというのが正しい表現だ。
本来なら今はミクちゃんと一緒に何かをする予定のはずなのだが、ハナさんに頼み込まれて、今もアシスタント作業をしている。
ハナさんの熱心な指導もあって、半月程度でトーンや影、ベタ塗といった、アシスタントとして最低限の技能を身に着ける事が出来た。いや、今の状況を顧みるにハナさんはこの状況を見越してあたしにアシスタント技能を叩きこんだと言った方が正しいのかもしれない。
数日前からハナさんは家事の一切をしていない。すべてルカさんとミカさんに放り投げている。
冬コミはあたしがいた時代とほぼ同じで12月29日から31日までの三日間、昔は参加者の人数が会場の広さに追いつかず、四日開催とか五日開催とかになったこともあったらしいが、今はファクトリーエリアにある倉庫を改装した会場を使うことで広さを確保、3日間の開催に戻っている。
配布物はすべてナノマテリアルプリンタ用のデータとデジタルデータの2種類での配布、実本が欲しい場合はナノマテリアルプリンタで各々が出力する形なので、実際の締め切りはハナさんがサークル参加する30日の開場前なのだが、ルカさんが決めたルールで締め切りは23日。
24日、25日はクリスマスを祝うのと、26日~28日はコミケ当日に向けた調整日に充てるためだといいう。
つまり、今日中に原稿が上がらなければハナさんは新刊を落としてしまうことになる。
今回の新刊はオス薔薇品評会シリーズの最終章、貴樹と洋平がはれて結婚してハッピーエンドとなる重要なお話だ。
ハナさんは、メイド服を脱ぎ捨て、あたしと同じダボシャツとパンツ一丁、椅子の上に胡坐をかきながら必死の形相で描き続けている。
ルカさんが差し入れに持ってきたマッドブルとヤジュウエナジーを描き続けながら飲みほすその姿はもはや別人だ。
そんなハナさんにあてられ、あたしも必死にアシスタント作業をこなすのであった。
17.
2208年12月24日(土) AM8:00
昨日の原稿はなんとか締め切り30分前、23時半に仕上がった。
昨日で精魂尽き果てたのであろうか、ハナさんは一応ちゃんとメイド服は着ているもののダイニングテーブルに突っ伏している。
いつもならルカさんを手伝って出来上がった料理を配膳しているのだが、もうそんな気力もないらしい。
18.
2208年12月24日(土) PM3:00
あたしはリビングでマテリアルプリンタで出力されたハナさんの同人誌を読んでいた。
机の上にはルカさんが書いたというぴっちりスーツふたなり美少女機械凌辱物、ミカさんが書いたというファンタジー物の小説が置かれている。
ミクちゃんを除く4人が各々の成果物を読みあっている。
それにしてもルカさんがBL物を読んでいる姿はどことなくシュールだ。
ミクちゃんが一冊の絵本を手にしてこっちにやってきた。
「ルカにぃ、ミクも本描いてみたの、読んでみて~」
ルカさんがミクちゃんに渡された本を受け取り目を通し始める。
こちらから見える表紙の人達、何となくあたし達にそっくりな気がする。
「ミク、AI作成で、木沢悦子先生の絵柄を使ったのかな?」
「そだよ~」
ルカさんが知っている漫画家らしい。
ルカさんがページをめくるたびになぜか微妙な顔になっていく。
そして最後のページを読み終え机に本を置くと同時に、
「やっぱりうざくんじゃないか!」
頭を抱えながら謎のワードを大声で叫んで突っ伏してしまった。
あたしも気になってミクちゃんが作ったという絵本を読んでみる。
表紙を見る限り、やはり内容は自分の家族についてのようだ。
表紙のみんなの中にあたしもいて嬉しい。
絵柄はやわらかい優しい絵柄でミクちゃんらしいかわいい絵本だなと思いつつページを進めていく。
ルカさんやミカさん、ハナさんにあたしの事についてミクちゃんの視点で描かれている。
あたしは一緒に猫ちゃんのお世話をする仲、一緒にお仕事できて楽しいと書かれている。
なんだ、すごくほのぼのとしたいい内容じゃないか、あたしはページを進める。
絵柄はそのままで例の部屋でのあたしたちが描かれている…文章もさっきまでの天真爛漫なミクちゃんとはうってかわり、ものすごく淫靡な内容になっている。
「ルカにぃ、これルカにぃのサークルに委託出展してもいいよね?」
なんてことだ、やめてくれ、あたしの初体験についても描かれていて、5連結したあたしたちの姿が、先ほどのページと変わらない、かわいいファンシーな絵柄で描かれているのだ。
ルカさんは思いっきり苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
そうだ、ルカさん、これは絶対にこの世には出しちゃいけない。この内容は世には出さず闇に葬るのが正解のはずだ!
「…いいよ。」
ルカさんはすべてをあきらめた様子で力なく答えた。まて、いいのか?ルカさん的にもこの本は出してはまずいはずだ!
「ルカさん、本当にこれ出展しちゃっていいんですか?いくら23世紀が性におおらかだと言ってもこれはまずいと思います!」
「残念ながらこの時代、自分の性体験をこういう風に本にするっていうのはそこまで珍しくないジャンルなんだ…そうである以上、俺も気乗りはしないけれどミクの意思を尊重するべきなんだ…」
こうしてあたしの恥ずかしい初体験が赤裸々に語られた絵本が冬コミに出展されることが決定した。
おかげで今日の夕食はクリスマスイヴということで、クリスマスケーキに天然物の鶏を使ったフライドチキン、同じく天然物の牛肉を使ったビーフシチューといった御馳走が並んだにもかかわらず、ショックであまり味を覚えていない。
23世紀、あたしもだいぶ馴染んだように思っていたがやはりまだまだあたしが思っている以上にぶっとんだ世の中のようだ…
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