社会復帰録タマミ 3

4.

2208年9月18日(土) AM6:50


昨日より少し早めのアラームであたしは目を覚ました。

今日からミクちゃんと一緒に猫のお世話をすることになる。

洗面台で顔を洗う、どうやらいたずら書きは回避できたようだ。

本邸のリビングへ向かうとミクちゃんも着替え終わったらしくクローゼットルームから出てきたところだった。

今日のミクちゃんのメイド服はいわゆるフレンチメイドというやつだ。

ハナさんとミクちゃんのメイド服は何種類もあって日によって着ている服が違う。

ただ一部のおそろいの服をのぞけばハナさんはすっきりとした古風なスタイル、ミクちゃんはフリフリの多いかわいい系の服を着ていることが多い。

「ミクちゃん、おはよう」

「おはよう~タマミねぇ」

ミクちゃんは本当に天真爛漫で天使のような存在だ。一人っ子だったあたしにはこのお姉ちゃんと呼ばれるのが本当にたまらない。

「それでね~お仕事だけど最初におトイレの掃除、それが終わったら食器を洗って餌と水をいれてあげるの。」

ミクちゃんが今日の仕事の手順について簡単に説明する。

猫ちゃんのトイレはリビングの端、トイレがリビングから見えないようにパーテーションで簡単に囲ってある。

「ミクがミトのおトイレ掃除するから、タマミねぇはムギのおトイレお願いね。」

そういって、ミクちゃんはあたしに使い捨てのゴム手袋と、ビニール袋、スコップをあたしに手渡してきた。

ミクちゃんはゴム手袋をし、スコップでふんしの中を探って猫のうんちをビニール袋に入れていく。

あたしもそれに倣う。

「23世紀にもなったら猫のおトイレぐらい全自動で掃除できそうなものなのに、そうじゃないんですね。」

「ん~全自動のおトイレはあるよ?でもミクはこうやって手でお掃除する方が好き。」

よくわからない、全自動でやってくれた方が清潔でいいようにあたしには思える。

「それにね、ミトやムギはこういうのちゃんと見ているんだよ。」

ミクちゃんがそう言って視線を動かすと、そこにはあたしたちのトイレ掃除を監督している猫ちゃんたちがいた。

尿で固まった砂を同様にビニール袋に入れ、汚れたふちを使い捨てのアルコールタオルでふきあげる。減った猫砂を補充して、使い捨ての手袋をビニール袋に放り込んで口を閉じたらお掃除完了だ。

すると、警戒心が強くて今まであたしに近づいたことのなかったムギちゃんがあたしのそばに寄ってきて体を摺り寄せてきた。

「ちゃんとお世話していたら猫ちゃんも感謝してくれるんだよ。だからミクは自分の手でやる方が好き。」

なるほど、確かにこれはミクちゃんの言う通り機械に任せるにはもったいない仕事かもしれない。


5.

2208年9月20日(月) AM8:30


「今日の午前中はジムでトレーニングね。」

朝食後、ルカさんが今日の予定を伝えてきた。

「マスター、本日は私も同行してよろしいでしょうか?私も気分転換に体を動かしたい気分なのです。」

「だったらミクもいく!!」

「この体は特別トレーニングしなくても体形や健康も維持できると聞きました。どうしてそれでも運動するんですか?」

冷凍睡眠前は家でろくに運動もせず引きこもっていた身だ。ジムなんて陽キャが行く施設、いくら顔も体もきれいになった身とはいえ抵抗感はある。

「理由の一つは精神的な充足、あとは社交かな?」

「そういえばあたし、トレーニング用の服とか一切持っていないんですけど…」

「ご安心ください。私が昨日のうちに一式準備いたしました。」

あいかわらずハナさんの仕事は早い。

「ちょっと人数が多いから今日は2台で行こう、ハナはポルシェターボの方を使ってくれ。」

「承知いたしました。」

あたしたちはクローゼットルームで外に出かけるために着替えていた。

相変わらず誰も特に隠そうとせずどうどうとしている。

ん?ハナさんの股間にもなんか御立派様らしきものがあるような気が…ミクちゃんにも御立派とはいえなくてもかわいらしい何かが付いているように見えた。

多分気のせいだ。そうだと思いたい。

あたしが先日コーディネートしてもらった服を着る中、他のみんなも思い思いの服を着ている。

ただ気のせいかみんなルカさんと同じようななんかテカッている材質の服に着替えている。

ハナさんとミクちゃんは家で着ているメイド服と同じようなデザインだけど生地がルカさんが着ているのと同じような材質だ。ちなみに下着も同じ材質。

ミカさんは白色を基調としたコーデだ。こっちもやっぱりルカさんと同じような材質で、あたしが最初に痴女ルックと称した水着みたいな服に同じ材質のロングタイツを組み合わせている。

「あの~前から気になっていたんですけど、皆さんが着ている服の材質って何なんですか?」

「ああ、Nラバーの事ね。」

ルカさん曰くNラバーとは簡単に言えば通気性を確保したゴムの服らしい。ちなみにハナさんとミクちゃんの衣装はルカさんの趣味、ミカさんはたまたま趣味が一緒だっただけとのこと。

こうなるとあたしの21世紀スタイルの方が変に思えてくる。いやまて、ちゃんと21世紀スタイルというスタイルが確立しているのだ、みんな着ているからって安易に痴女ルックにはしるのはよくない!


ルカさんの車にあたしとミカさん、もう一台の車にハナさんとミクちゃんが乗ってルカさんがいつも通っているというジムに到着した。

階段を上り更衣室に入る。更衣室は一つだけ、本当に男女の区別が存在しないらしい。

そしてあたしはハナさんが用意してくれたというトレーニングウェアを鞄から取り出す。

「ナニコレ…」

入っていたのは桜色のNラバー製のレオタードだ、角度はかなり鋭角で相当に際どいデザインだ。

周囲を見渡すと他のみんなはそれが当たり前のようにこのNラバー製のレオタードを着用している。

デザインはほぼ一緒、ルカさん、ハナさん、ミクちゃんは黒色、ミカさんは白色だ。

そして全員、股間の御立派様が隠れてはいるがレオタード越しにくっきり写って自己主張をしている。

「あの~ルカさん、これちょっと攻めすぎじゃありません?」

「いや、これでもだいぶおとなしめの方だよ。」

信じられないことにこれが未来でのジムのスタイルらしい…

ルカさんのアドバイスに従って、『ジム内でのソーシャル設定を知り合いにのみ接触可』に変更して、トレーニングエリアに入る。

どうやら本当にあたしたちの服装はこれでもおとなしめのようだ。

ルカさんが談笑している一団にあいさつをする。どうやら常連の知り合いのようだ。

ルカさんが手招きをしてあたしを呼ぶ。

「最近家で一緒に住むことになったタマミさんです。第二次日中戦争の頃からずっと冷凍睡眠していたので、皆さんとはほぼ同年代になると思います。」

常連さんの見かけは上は20代、下は一桁台にしか見えないがどうやらみんなあたしと同世代らしい。

なんとなくスキャンモードであたりの人々の年齢を見ていくと、3桁の大台に乗っている人がかなり多い気がする。

しかし確かにみんなかなり攻めた服装だ、それどころか全裸の人までいる。

とはいえやはり生まれは同年代、あたしが最近直面したトイレや身体洗浄機の話をするとみんな笑いながらも同意してくれた。

「タマミさん、これ試してみませんか?」

ハナさんがあたしをベンチプレスのブースに呼び寄せる。

ベンチプレス、効果はよくわからないがよく漫画やアニメでも出てきた設備だ。

両端にそれぞれ20kgの重しが付いている。

「ちょっとまってください、40kgなんてこんな重いのあたしには無理です!」

「いえ、棒の重さも合わせると60kgです、タマミさんのボディの限界重量に合わせてありますから十分可能な重さですよ。」

半信半疑になりながらも、ハナさんからバーベルの持ち方、呼吸の仕方などを教えてもらってから、バーベルを持ち上げ、息を吸いながら胸のあたりまで降ろして、息を吐きながら持ち上げる。

なるほど…本当にボディのスペック通り持ち上がるようだ。しかしそれでもきつくて汗が噴き出てくる。

「あと3回、2回、最後の1回!頑張ってください。」

ハナさんがあたしの補助に回って励ましてくれる。

「10回達成おめでとうございます、あと2セット頑張りましょう。」

ええ!?これだけでもきついのにあと2セットもするの?

スクワットやら懸垂等の色々なトレーニングをして、軽い休憩をした後、私はトレッドミルの上をヒーヒー言いながら走っていた。

「タマミさんあと15分です!がんばってください。」

ほぼ同性能のボディだというハナさんは右隣で一緒に走りながらも、バテバテな私を鼓舞する。

同性能だというのにハナさんはまだ余裕そうだ。

左隣ではミクちゃんが走っている。設定は私よりも速めの設定だ。

Lolandテクノロジー社製のボディはその幼い見た目に反して相当身体性能が高いらしい。

やっぱりミクちゃんも涼しそうな顔をして走っている。

15分後、トレッドミルから解放されたあたしは休憩スペースで力尽きていた。

ルカさんがあたしにスポーツドリンクが入ったボトルを手渡す。

「どう、トレーニングをした感想は?」

「だいぶきついです…でも悪い気分ではないです…」

「いくらボディが対応しているからといってもその能力を使ってないと、不思議なことにスペック通りの性能がでないんだよね。」

「僕は単純にスペックの限界まで自身を追い込むことで生きている実感を得られるのが好きってのもあるけど、そうでなくてもたまには体を使ってあげないとだめだよ。」

「ルカさんの言いたいこと今はわかる気がします。」

平均年齢が60を切る中で3桁の大台に乗る人がジムのなかにこれだけいるってことは、どうやら長生きしている人ほど定期的に運動している人が多いようだ。

次回も一緒に行こう、あれだけ辛い体験をしたのに不思議と気分は前向きだった。

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