社会復帰録タマミ 2
2.
2208年9月17日(土) AM9:30
ルカさんは本当にのんびり適当に始めると言っただけあって、ルカさんはなかなかダイニングの椅子から離れようとしなかった。
今はタブレット端末でニュースを読みながらハナさんが淹れてくれたお茶のお代わりを飲んでいる。
「さて、そろそろ行こうか?」
ルカさんは手を上にあげて大きく伸びをしながらそういった。
渡り廊下を歩いてガレージの方に歩いていく。なぜかはわからないけどミクちゃんもついてきている。
この渡り廊下、増築前にはガレージに繋がっていなかったそうで、それまでは庭を歩いてガレージまで向かっていたそうだ。
ガレージのアクセスが本当によくなったらしく、ルカさんはなんで今まで気づかなかったんだろうとぼやいていた。
ガレージの入り口の前はちょっとした玄関みたいになっている。廊下の脇に設置された大量のつなぎがかけられたハンガーラックから、ルカさんは無造作にその一つを取って私に渡す。
ハンガーラック脇にあるボックスには靴下が大量に積まれている。
あたしもルカさんにならってボックスから靴下を取ってそれを履き、つなぎに袖を通す。シューズラックから昨日のうちに準備しておいたという、あたしの足のサイズに合わせた安全靴というものを履いて、ガレージに入る。
ミクちゃんはただの見学のつもりなのだろう、いつものメイド服のまま、靴も普通のパンプスだ。
「本当はつなぎなんて着たくはないんだけど、さすがにシャツとパンツで作業するのは色々と問題があってね…」
「そう言う割にはルカにぃ、しょっちゅうつなぎ着てなにかやってるよね」
「グヌヌヌ・・・」
ミクちゃんのつっこみが図星だったらしくルカさんはなんか悔しそうな顔をしている。
ドアを開けると、そこには本邸よりも広い空間に何台もの車、それを整備するためであろう、大型の機械や道具がいっぱい置かれていた。
しかし、なんというか独特の空間だ。作業テーブルの前にはスクラップボードが壁にかけてあり、当時の自動車雑誌の記事らしきものに、色々書き込みがしてある。
ほかにもいたるところに紙に描いたメモ、ホワイトボードには何らかの図解と思われる何かが書かれている。
ルカさんは昨日あたしが乗った車よりちょっとずんぐりした感じの車の前に立つ。色々とばらされていて、あらゆるところががらんどうになっている。
「3年に一度開催される日本縦断レース、それのヒストリックカー部門に俺もこのR33スカイラインGT-Rで参加していてね。次は来年の5月に開催されるんだけどそれに向けてこの車を仕上げているんだ。」
「でもあたし、車の知識も機械の知識もありませんよ?」
ルカさんがなんか変な口ぶりで答える。
「そこはほら、初心者にもできる仕事を用意しているからヨ。」
あたしはガレージの端にある小さな部屋に案内された。よくわからない鉄の塊が棚の上に何個も置いてある。
そのうちの一個が作業台の上に鎮座していた。
「タマミさんにはこのエンジンブロックの研磨をお願いしたいのヨ、そのとがっているバリとかをそこにあるやすりとペーパーを使ってこするだけ、それでこの部品が変に引っかからないようにできたらそれでOK。」
何のネタであろうか?ルカさんはたまにわからないジョークを飛ばす。いつもならハナさんが突っ込むのだが今は突っ込み不在なので微妙な空気が流れる。
「なんか簡単そうに思えて、かなり難しい作業に思えるんですけど…」
「実際極めるとなると難しい作業だよ、ただ俺も何個もやっているんだけどさ、どうも自分だけでは限界を感じていてね…それでタマミさんにやってもらいたいんだよ。」
「大丈夫、いくら失敗しても構わないからさ、部品ならいくらでもナノマテリアルプリンターで作れるしね。」
「その…研磨が終わったパーツをプリントはできないんですか?」
「ある程度のレベルならできるけどね。それ以上の産物は極秘、誰もデータをアップロードしたがらないんだよ。まぁ、単純にやっている人が少ないってのもあるんだろうけどね。」
「疲れたり、飽きたりしたらいつでも部屋の外に出て休んでいいから、それとソファーの横にある冷蔵庫の飲み物は好きに飲んでいいよ。」
そういってルカさんは部屋から出て、そのR-33とやらの別の所を弄り始めた。
3.
2208年9月17日(土) AM11:00
一時間近く磨いていただろうか?これでOKなのか私には全然わからない。
最初、どこから始めたらいいのかもわからなくてルカさんに聞いてみたら、こういう時こそインプラント機能を使うと便利だよといって、AIの編集と思わしき研磨の手順をあたしのインプラントに送ってきた。
とはいえ、そのAIの編集による研磨の手順も本当に単純なものだ。最初はリューターやヤスリで大まかに削って、そこからどんどん目の細いペーパーで磨いていく。それぐらいしか書いていない。
道具は間違った使い方をしようとするとインプラントが警告してくれる。
作業自体は本当に単純なものらしく、30分もすればなんとなくの要領はつかめたような気がする。
あたしは小部屋から出て、洗面台で手を洗ってから、ガレージの脇、ソファーと机が置いてある休憩スペースに足を運ぶ。
せっかくなので冷蔵庫の中を覗いてみる。
冷蔵庫の中身はほとんどがマッドブル、ヤジュウエナジーといったエナジードリンク、申し訳程度にボカリや水が入っている。
「お疲れさま、調子はどう?」
ルカさんもちょうど休憩に入るようだ。ヤジュウエナジー青を手にしている。
「なんていうか、どこまでやればいいのか本当によくわからないです。」
「大丈夫、俺もこれで完璧なんて思ったこと一度もないからさ、でも、そこが面白いんだよ。」
「タマミさんがこれでOKと思ったらそれでよし、あとは試してどうなるかを見るだけだから。試すのもインプラントの機能を使えば簡単だしね。」
休憩をしていたらミカさんからインプラントにコールが来る。
『みんな、お昼ごはんができた。ダイニングに集合。』
「それじゃ今日の車いじりはこれで終わりにしようか。」
そういってミカさんはソファーから立ち上がる。
研磨の事はまだ全然わからないが、この時代での生き方については少しだけわかったような気がした。
あたしは、ルカさんと一緒にダイニングへ向かうのだった。
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