社会復帰録タマミ
社会復帰録タマミ 1
1.
2208年9月17日(土) AM7:30
ピピピピ…頭に直接鳴り響くめざしのアラームと共に目をつぶっているのにも関わらず表示されるAR表示で「起床時刻です」の表示にあたしはビックリして飛び起きた。
管理者に使うことを推奨された目覚まし機能だったが、効果はてきめんである。
あたしとしてはもう少し手加減してくれるとありがたいのだが…
あたしはベッドから身を起こし、室内にあるクローゼットから新しいTシャツとパンツを取り出し身に着ける。
あたしが自室としてあてがわれた部屋は本邸から少し離れた別館だ。この別館は先月ミカさんが引っ越してきたことで部屋が足りなくなったことで建て増ししたばっかりの建物らしい。
ミカさんが自室として使っている部屋が本来の客間だったとのこと。
連絡通路はルカさん達がいる本邸、あたしの部屋がある別館、ガレージに繋がっている。
あたしは自室の横にあるトイレで用を足し、その脇にある洗面台で顔を洗い歯を磨く。
あたしがルカさんにとりあえずの最低限のルールとして言われたことは一つだけ、朝の八時過ぎの朝食にはちゃんと顔を出す事。それだけである。
歯を磨き終わり、本邸へ続く通路を歩く、本邸に足を踏み入れると、すぐ左にハナさんとミクちゃんの部屋がある。そして右には謎の部屋。
ルカさんが家の中を案内して回る時、この部屋だけはただの物置だから、物が多すぎて危険だからという理由で、中を見せてもらえなかった。
鍵も他の部屋はすべて開けられるのにこの部屋だけはなぜか開けることができない。
しかしあたしにはいい考えがある。
あたし一人の力では絶対に無理だったが、ナノマテリアルプリンターとインプラントでのAI自動設計機能のおかげで昨日のうちに仕掛けは作る事が出来た。
使えるかどうかはあたしの部屋のドアで実証済みである。あとはこの家の誰かがあのドアを開けるのを待つだけだ。
あたしはドアにその仕掛けをこっそり設置した。仕掛けはドアの脇のランプの陰になっている。家人が必要以上に注意深くなければこの仕掛けには気づけないはずだ。気づいたら気づいたでその時は正面から問い質すだけだ。
あたしがダイニングに向かって廊下を歩いていると、ちょうどミカさんが目を覚ましたところらしく、まだ眠そうな顔をして部屋から出てきた。
「ミカさん、おはようございます。」
「ん、おはよう。」
ミカさんはそのまま部屋のほぼ正面にある扉を開けて洗面所へ入っていった。
本邸の洗面所、トイレ、身体洗浄機、風呂場はここにある。
そう、大事な事なので二度言うが、風呂場があるのである。
数人が一緒に入れるほどの立派なお風呂場だ。普段はルカさんしか使わないらしい。
当然ながら昨日はあたしも使わせてもらった。風呂場には謎の大きなエアマットが立てかけてあったが、あたしは意識的にその存在を見なかったことにした。
あたしがダイニングに入ると、ルカさんがキッチンでご飯を作っている所だった。
ハナさんとミクちゃんはリビングの方でくつろいでいる。
こういうのはいわゆるメイドさんであるハナさんやミクちゃんの仕事な気がするが、朝食作りはルカさんの仕事らしい。
「ルカさん、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
ルカさんは料理しながらあたしの挨拶に答える。
「あ、タマミさん、タマミさんは苦手なものある?今日のご飯は納豆と卵焼きとみそ汁なんだけど。」
「いえ、あたしは特に好き嫌いはないので大丈夫です。」
見事なまでにお約束な和食の朝食だ。特に好き嫌いのないあたしはそう答える。
「ルカにぃ~またそれ?ほんとワンパターンすぎ!」
ミクちゃんがリビングから今日の献立を聞いて文句をつける。
どうやらこのメニューはしょっちゅうらしい。
「今日の卵焼きはネギ入りだから微妙に違うぞ。」
「たいしてかわってないよそれ。」
ルカさんが反論するがミクちゃんに軽くいなされる。
「ミャーン」
黒猫のミトちゃんがあたしの足にすり寄って挨拶してくる。
ミトちゃんは誰にでも人懐っこくて、ムギちゃんの方は少し人見知りな性格なようだ。
ムギちゃんはミクちゃんの膝に座りながらじっとこっちを観察している。
リビングの方に行ってもいいがどうやらもうすぐ出来上がりそうなのでダイニングの方の椅子に座る。
いつの間にかハナさんもこっちの方に来ていて、出来上がった料理をこちらのダイニングテーブルに運んでいる。
ミカさんもやってきて椅子に座る、ミクちゃんもいつの間にか私の隣に座って待機していた。
それぞれの席の前に料理が並べられ、ルカさんとハナさんも席につき、朝食の時間となった。
ルカさんの家の食卓はあまり会話がない、仲が悪いとかそういうのでなく、みんなご飯を食べる時は食べる事に集中したいタイプのようだ。
あたしもあまり食事中の会話は得意な方ではないので助かっている。
朝食を食べ終わり、食後のお茶をハナさんが淹れてくれた。
ハナさんは洗い物を、他のみんなはダイニングで思い思いにくつろいでいる。
「それで、タマミさんの社会復帰に向けての今後のスケジュールなんだけどさ。」
ルカさんはあたしの今後の事について話し始める。
「とりあえず、何か一つ家事を受け持ってもらって、その他は期間を区切って、みんなの過ごし方を見てもらったり、一緒にやってもらったりしようと思うんだ。」
「そういえば少し気になったんですけど朝食はルカさんが作っていましたし、洗い物はハナさんがやっていましたよね?服の洗濯と同じように雑用メカさんにやってもらえればいいだけじゃないんですか?」
あたしはさっきから気になっていた疑問をルカさんに問いかける。
「あえて自分の手で家事をやっているんだ。広すぎて大変な掃除や、手洗い専用の服が多くて大変な洗濯は雑用メカにやってもらっているけど、基本はできる限り自分達の手でやっている。」
「今の時代は無理して労働しなくていい分、時間が有り余っているんだ。だから意識してやることを作らないと暇を持て余して耐えられないんだよ。」
あたしは冷凍睡眠する前のあたしの暮らしぶりを思い出し、少し恥ずかしくなっていた。
「タマミさんにはそうだな…ミクと一緒に猫の身の回りの世話をしてくれないかな?具体的には餌やり、トイレの掃除、食器類を洗う事だね。」
「そういえばミク、猫のトイレ掃除って何時ぐらいにやっていたっけ?」
「だいたい朝の七時ぐらいだよ~」
「そういうわけだから今までよりちょっと早起きになるけど大丈夫かな?」
あまり早起きは得意ではないのだが、30分ぐらいならどうにかなるだろう。
「ミク、タマミさんが起きないようだったら顔に落書きしても構わないぞ。」
前言撤回、何が何でも起きなければならない。
「それと他の時間は今月は俺と一緒に行動しようか?」
「ほかに何か決まり事とかはないんですか?」
「特には無いかな?強いて言うなら嫌なことは無理してやらなくてもいいよ、あくまでもこれはタマミさんにこの時代の過ごし方、生き方を学んでもらうのが目的だからね。」
「ちなみに俺の今日の予定は午前中は車いじり、午後は同人誌のネタ出しのためのインプット作業…ようするに読書だね。」
「まぁいつもの事だけど、車いじりはのんびり適当に始めるつもりだから、今はのんびりしといてよ」
ルカさんはそう言ってお茶をすすった。
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