21世紀喪女 6
9.
2208年9月16(金) AM9:00
朝食を食べた俺はリビングのソファーに座りタブレットでアルバムを見ていた。
今日の昼前に管理者に頼まれた100年寝太郎を迎えに行くにあたって、当時の記憶を思い出しておきたかったからだ。
楽しい思い出は静止画で、嫌な思い出は動画で記録されるとはよく言ったもので、10代の恥ずかしい思い出は今でもはっきりと思い出せるのに、楽しかった思い出はこうやってアルバムに残しておかないと思い出すのも難しい。
タブレットには俺が一番最初の体だった頃の自分と当時の妻が写っている。
当時76歳、写真無しでは、夜ぐっすり眠れないのと、尿漏れに悩まされていた記憶しか思い出せない。
俺が最初に人格移植を行ったのはまだ日本が資本主義国家で、人格移植が有料だった頃だ。
当時の人格移植に必要なお値段は1千万円、当時の妻と共にこれを受けるために老後の貯金、退職金、不動産、全てをつぎ込んでなんとか2千万円を工面した。
それで得られるものは、年金の打ち切り、介護保険料の没収、もう一度労働できる権利だ。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて一部のお金に困っていない上流階級を除いたら、この時代に人格移植を行う者は稀だった。
それでも全てをなげうって若返ったのは当時の俺と妻に子供がいなかったからだ。
妻が子供を作らなかったことをとても後悔していたのと、俺が尿漏れに悩まされていなければ俺は人格移植を決意しなかっただろう。
俺が写真を見て当時を思い出していると、ミクがやってきて横からアルバムをのぞき込んできた。
「ルカにぃ、この人誰?京都にいた外国人観光客みたい。」
「俺だよ、一番最初の体の時のね、この頃は日本も今のEUみたいにまだ資本主義国家で、人格移植も今みたいに簡単に行えなかったんだ。」
タブレットを操作して時代を先に進めていく。
2年後、若返った俺と当時の妻、そして生まれたばかりの息子が映っている。
78歳で子供を作るなんてとんだ高齢出産だと妻と笑いあった記憶がある。
「ルカ、これはあなた?」
気が付くと後ろからミカがタブレットをのぞき込んでいた。
「ああ、ちょうど最初の人格移植を行った時のね。」
確かこの頃にGリキッドの実用化とナノマテリアルプリンタ技術が実用化されたはずだ。
タブレットを操作してさらに時代を先に進めていく。
当時は子供ができて嬉しかったのか、この頃の写真は他の10倍近くある。
写っているのは自分の息子か、妻か俺が息子と一緒に写っている写真だ。
自分と当時の妻、そして小学生になったばかりの息子が映っている。
小学校の入学式の写真だ。
この頃にベーシックインカム制度が始まって、人格移植も無料になったはずだ。
これ幸いにと俺も仕事を辞めたのを覚えている。
労働から解放され、息子と一緒に過ごす時間を取れるようになったおかげで、この頃の写真はいろんな所で息子と妻が写った写真がいっぱいある。
ミカは俺の過去に興味を持ったのかさっきからずっとタブレットを注視している。ミクの方はとっくに飽きて、向こうで猫たちと遊んでいる。
写真が進むごとに息子が成長して大きくなっていく。
確かこの頃に第二次日中戦争が始まって冷凍睡眠ブームが起きたんだ。
俺は息子がまだ小学生だったのもあって、いくら無料で冷凍睡眠できると言われてもする気にはなれなかった。
当時小さい子供を持っていた家族はみんなそんな感じだ。
自分たちはよくても子供が冷凍睡眠から覚めたら、当時の友達はみんな大きくなっていましたなんて残酷すぎる。
たしかこの頃に例の100年寝太郎…タマミって名前だったか、彼女が冷凍睡眠に入ったって話だ。
当時の記憶がよみがえってくる。確かこの頃は自分の手で石鹸とタオル、シャワーで体を洗い、トイレには普通にトイレットペーパーが備え付けられていた頃だ。
食事もフードプリンターはまだなくて今でいう天然物、養殖物オンリーだったし、生活的には21世紀初頭とさほど変化はなかった。
時計を見ると既に10時を回っていた。
そろそろ着替えて、彼女を迎えに行かなければ。
そう思ってタブレットの電源を落とそうとすると、ミカに止められた。
「私はもっと見たい。」
個人的には自分のアルバムを人に見られるのは気恥ずかしくて好きではないのだが、ミカの無言の圧力に負け、俺は自分のインプラントからタブレットの記憶領域にアルバムを転送、それをミカに渡し、出かける準備を始めるのであった。
10.
2208年9月16(金) AM9:00
『タマミ様、もう朝の九時ですよ?そろそろ起きてはどうでしょうか?』
「ヒャッ!!」
あたしは管理者の頭に直接呼びかけてくる声に驚いて目を覚ました。
インプラントで時間を見ると確かに朝の九時を少し回ったところだった。
『タマミ様、健康的な生活のためにもインプラントの目覚まし機能を使用し、規則的な生活を送る事を推奨します。』
そうか、時計機能があるのなら目覚まし機能もあるよね。
よく考えたらすぐに気が付きそうなことに何で気が付かなかったのかと、自分の察しの悪さに自己嫌悪しながら、あたしはトイレに入った。
不健康で常にどこか不調を訴えていた以前のあたしの体と違って、今の体は健康そのものだ。おかげでお通じの調子もよく、それだけで今日が素晴らしい一日になるように思えてくる。
「ただ…問題はこれよね…」
昨日VRの講習を終えた後にトイレに入ったあたしは、用を足した後にトイレットペーパーがどこにもない事に気が付いた。
私が冷凍睡眠に入る前から存在したウォシュレットみたいに、対応するボタンを押せば全部自動でやってくれますよと管理者に言われて、ビデボタン押したらやっぱり触手が出てきて、あたしのデリケートゾーンを洗浄、乾燥を終えたら、その触手が取れてそのままあたしの尿と一緒に流されていった。
たぶんおしりを押せば小と同じようにあたしのデリケートゾーンその2を綺麗に拭き清めた上に乾燥まで行ってくれるのだろう。
問題はその横のもう一つのボタンだ。
アナル洗浄
おしりボタンとどう違うのだ?私には今一つその理由が理解できなかった。
待つのだあたし、なんだかんだ言ってこういう設備のボタンは多少時代による変化はあっても、概ねその機能そのものの意味は同じだったはずだ。
ここは普通におしりボタンを押すのが正解のはずだ。下手な好奇心は身を亡ぼすだけだ。いやしかし気になる…ええい!女は度胸だ!
あたしは意を決してアナル洗浄ボタンを押した。
案の定、触手が出てきてあたしのデリケートゾーンその2を水で清めていく、その後触手は全自動で濡れたあたしのデリケートゾーンその2を拭いて乾燥させる。
なんだ、大して変わらないではないか、おそらくデリケートゾーンその2の洗浄の仕方が微妙に違うだけに違いない。
そう思った矢先、触手は妙にぬめった何かをあたしのデリケートゾーンその2に塗りたくってきた。
「ピヤッ!!」
変な声が出てしまう。
それにしても我ながらかわいい声である。
以前のあたしならこんなかわいい声ではなく野獣の咆哮と例えられるような野太い声が出ていたはずだ。
しかし一体何だというのだ、せっかくきれいになったのになんでわざわざこんな物を塗ってくるのだろうか?
そう思った矢先、本来であれば出す事専門であるデリケートゾーンその2に何かが侵入してきた。
大変お見苦しい場面のため編集によりカットさせていただきます。
-BGM パッヘルベル カノン-
10分後、あたしは触手の魔の手からようやく解放された。
あたしはこの未来の病的なまでの衛生観念に対して苦言を申すべく管理者にコールする。
『ちょっと管理者さん、お話があるんですけど。』
『はい、どうかされましたか。』
『トイレの大の後の洗浄で表面だけでなく、中まで洗浄するのはさすがにやりすぎだとおもうんですけど!?』
あたしの指摘は間違っていないはずだ。いくら清潔が大事だといっても限度というものがある。
『確認しました、タマミ様は排泄後にアナル洗浄を使われましたね。』
『そうよ、それが何か問題でも?』
『アナル洗浄は肛門性交…アナルセックスをする方がアナルセックスをする前に使用するモードでございます。通常の排泄後の洗浄はおしりボタンです。』
肛門性交…普通の性交ですら経験のないあたしだが、その内容ぐらいは知っている。むしろそういう方面の本は大好物なのでよく読んでいた。
彼らの熱い情事の裏にはこんな涙ぐましい努力があったのだ。
必要以上にすっきりしてしまったお腹をさすりつつ、トイレから脱出し、洗面台に向かう。
顔を洗い、そして歯ブラシを手に取り、歯を磨く。
今ほど歯ブラシという存在が未来でも形を変えずに残っていることに感謝したことはない。
もし歯ブラシという存在が廃れていたなら、あたしは毎日あの触手を咥える羽目になっていたはずだからだ。
あたしが部屋に戻るといつもの奇妙なメカが朝食を持ってきたところだった。
朝食を置いた奇妙なメカは、私が使った歯ブラシ、タオル、シーツ類を回収して去っていった。
入れ替わりでまた別のメカが、新しい歯ブラシ、タオル、シーツ類を持ってきて私が食べている傍らでベッドメイキングを始める。
未だに見た目は好きにはなれないが、甲斐甲斐しく私の身の回りを世話をしてくれる彼らに幾分か親近感がわいてきた。
手持ちぶさたになった私は、インプラントで壁のモニターを操作してみる。
ワールドニュースを選ぶと、ニュースキャスターが世界情勢を読み上げる映像が表示された。
EUが日本に対して今からでも遅くないから対AI個人情報管理条約に批准するように、勧告しているらしい。
あたしが冷凍睡眠に入る前にも似たようなニュースを見た記憶がある。
世界全体では飢饉、疫病、戦争等により今も絶賛人口減少中とのこと。
あたしが思ったよりもこの世界は大してユートピアではないらしい。
そんな事をかんがえながらモニターを眺めていると管理者からコールが入る。
どうやらあたしの生活支援ボランティアが到着したのでロビーに来てほしいとのこと。
あたしはコートを羽織るとコートのボタンを留めて、下に着ている水着を隠してから、メカに案内されてロビーに向かった。
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