21世紀喪女 5

8.

2208年9月15(木) PM3:30


トイレから戻ったあたしは、奇妙なメカが持ってきた紅茶を飲みつつ、あたしが冷凍睡眠してから、今に至るまでの歴史について講習を受けていた。


この時代では第二次日中戦争と呼ばれている戦争は、あたしが冷凍睡眠した翌年に終戦したそうだ。

したそうだというのは戦争終結には終戦協定なりどちらかが降伏するといったプロセスが必要だからだ。いまだにそれらが行われていないので、厳密には未だ戦時下という事らしい。

とはいっても既に中国および朝鮮半島は既にただの更地だ。

あたしが冷凍睡眠に入った翌年2075年に中国は弾道ミサイルによる核攻撃を実施、しかしそれらはすべて迎撃され、日本は報復にG兵器と呼ばれる着弾すると巨大な重力によってまっ平らな更地にしてしまう特殊兵器により報復攻撃を行った。

中国と韓国の主要な都市群は全て更地になってしまい、当然ながら中国と韓国の指導者層もそれに巻き込まれ死亡、文明を失った中国と韓国は原始時代に逆戻りしてしまったのだ。


ちなみに、このG兵器と呼ばれる兵器、元はメガロシティ建設にむけて大規模な整地を短期間で行うために開発された土木技術らしい…

兵器ではなく土木工事用の機材で攻撃したから大量破壊兵器の類は使用していないというのが日本政府の弁。

世界はそれをどうとったのかは知らないが、G兵器の破壊力と核攻撃を全て迎撃してしまった事実により、ミリタリーバランスは一変。

結果的にアメリカ、EU諸国との関係は希薄なものとなり事実上の孤立状態らしい。

とはいえ、日本だけが一方的に相手を攻撃できる上に、核融合炉技術にナノマテリアル技術、Gリキッドといった最先端技術によって日本一国で全てを賄える現状、無理して他国と付き合う意味もないらしい。


それから15年後の2090年に貨幣制度そのものが撤廃、それに伴いベーシックインカム制度も廃止されたが、衣食住のほぼ全てが無料となり、一部の追加・高級サービスや製品を手に入れるために支払うリソースポイントが国民に支給されるようになっている。

この頃から自身の性別、その他諸々を無視しての人格転送ができるようになり、自身が望む姿、性別になれるようになっている。

それに合わせて名前の変更も自由になり、男が女性の体なのにまさおなんて名前だったり、女が男性の体なのにようこなんて事もないらしい。

さらに名字が廃止されて、今では名前だけになっている。

どうりであたしが目覚めてから大木さんと呼ばれることが一度もなかったわけだ。


さらに、この頃より一種の階級制度が導入され、SからGまでのクラスに割り振られているようになっている。

とはいえ事実上の一番下の階級であるF級でも冷凍睡眠前のあたしよりもいい生活ができるらしいし、最初のスタートとなるC級より下の位になる事もめったにないらしい。

ついでにどこかのTRPGみたいに下の階級は好きにZAPできるなんてこともない。

上の階級の利点は、不動産などの数が限られている資産を入手する際に、下の階級より優先される事と、リソースポイントの配給量が多い事ぐらいだ。

事実、現在活動中の国民の中でD~F級の市民は1%にも満たないとのことだ。

ただ、あたしの様な長期間の冷凍睡眠だけは国家への貢献を一切行わずリソースを無駄に食いつぶす行為とされ、長期間の冷凍睡眠をすればするほど、市民階級は下がるとのこと。

この話が本当だとしたらあたしは1%に満たないF級市民として取り扱われるということだ。

ちなみにG級は大量殺人やテロ行為といった重犯罪を行わない限りはこの位に落とされることは絶対になく、つい最近、実に60年ぶりのG級市民落ちが発生して大きな話題になったらしい。


あとはあたしの精神は自分の脳の他に胴体とデータセンターの2か所に量子通信で常時バックアップがとられており、最悪何らかの事故で脳が死んでも生き返ることができるらしい。

とはいえ、不慮の事故で死んで、その後再生しても、精神に大きなダメージを負うらしく、管理者からも生き返られるからといっても、自分の命を粗末に扱うのはやめるようにと厳しく注意された。

なにしろ長期間冷凍睡眠という事実上の自殺を行った身だ。その件に関しては全く信用がないらしい。


さすがに100年も時間が経つと色んな事が変わっているようだ。


更に現在の世界情勢はアメリカは東西に分かれて内戦中、EUは未だに21世紀と同レベルの資本主義経済を継続中、アフリカは先進国の援助が打ち切られ原始時代に逆戻り、南米諸国、東南アジア諸国も未だに貨幣経済のままだが、人格移植技術だけは受け入れられ、金持ちは昔以上に長生きし、貧乏人は早死という、ある種の格差社会となっているらしい。

唯一の例外が、日本とほぼ同じメガロシティへの人口集中政策を取った台湾であり、現在好きに行き来できる唯一の国であるという。


「お疲れ様です。以上で講習は終了となります。」

インプラントで時計を確認すると、もう夜の七時を回った所だ。

しかし明日からはどうすればいいのだろうか?まさかこの部屋をこれからも使わせてくれるというわけではないだろうし…

「あの…すみません、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう。」

「あたしは明日からどうすればいいのですか?その、いくら衣食住が全て保証されているとはいえ、急に外に放り出されても困ります。」

「はい、その事ですね。ちょうどその件について私からもお話しするところでした。明日、私が依頼した方がタマミ様への生活支援ボランティアとして迎えに来られる手はずになっております。なお、支援期間は一年を予定しています。」

さすがに右も左もわからない状態で外に出すなんていう鬼畜な真似はしないようだ。

「それとタマミ様の市民階級ですが本来であればF級市民として登録されるところですが、特例でC級市民となっております。これはタマミ様が冷凍睡眠に入られた時にはまだ市民階級制度がなかったためです。」

講習で市民制度の話を受けてからF級を覚悟していたからこれはうれしい誤算だ。

冷凍睡眠する前から国のリソースを無駄に浪費していた自身の身の上を考えると、本当にいたりつくせりで申し訳なくなってくる。

「特に他に質問がないようでしたらこれで私は失礼させていただきます。ところで夕食に関しては何か希望はございますでしょうか?」

今日は忙しすぎて夕飯の事なんて何も考えていなかった。急に夕飯のリクエストなんて聞かれても何も思いつかない。

「えっと…ご飯とみそ汁に…それにあうおかずでお願いします。」

「承知いたしました。それではこれで失礼します。」

とっさの事だったのでVRで食べた物をリクエストしてしまった。

しかし何を承知したかはわからないが、さすがにこのリクエストでおかずにラーメンやスパゲッティといった主食に主食を合わせてくるような真似はないだろう。

いや、ここは23世紀なのだ。そのまさかがあるのかもしれない…


数分後、また例の奇妙なメカが夕食と思しき物が載っているトレイを持って室内に入ってきた。

何度見てもこの機械に生身の体をくっつけたような奇妙な造形は好きにはなれない。

それはそうとして、トレイに載っている物を確認してみる。

「ご飯にお味噌汁…具はわかめかな?、秋刀魚の丸焼きに、ほうれんそうのお浸し…」

よかった、どうやら23世紀になっても和食は和食のままらしい。

あたしは安堵しながら秋刀魚に箸を入れたところで妙な違和感を覚える。

この秋刀魚、骨がないのである。

急に不安になってきた。トレイに載っている和食が、急に和食と思わしき何かに変化する。

不安を覚えつつも大根おろし…と思わしき物体に醤油…だと思う液体をかける。

そして秋刀魚らしきものを箸でほぐし、大根おろしと思わしき物体を乗せて一緒にほおばる。

味は普通に秋刀魚と大根おろしと醤油であった。

ご飯とお味噌汁、ほうれんそうのお浸しもちゃんと想像した通りの味だった。

「よかった…ちゃんとした和食だ。」

しかしこの奇妙な秋刀魚といい、前の時代の牛丼屋でも早すぎる時間でリクエストしたものが

出てきたり、気にかかることはたくさんある。

ご飯を食べ終わるとそれを見計らったかのようにまた例のメカがやってきて、トレイを回収、代わりに温かい緑茶の入った湯呑を置いて去っていった。

部屋が妙に無機質なことを除けば、高級旅館もびっくりのおもてなしである。

お茶を飲みながら一服をしていると、管理者から2208年度ボディカタログなるものを渡されたことを思い出す。

「えっとインプラントで呼び出せばいいんだよね?」

ボディカタログと考えるとインプラントがそれを察知して、自動で私のインプラントに入っている書物ライブラリから2208年度ボディカタログを選択する。

どうやら、多少あいまいな指示でもそれをくみ取って動作するようだ。

手持ちぶさたになったあたしは暇つぶしにもらったボディカタログを閲覧する。


ページをめくると最大手といわれるMZRKマテリアル社のボディが色々載っている。なるほど男女ともに均整の取れた美しい体をしている。みんながこんな体なら、体のラインが強調された服ばっかりにもなるわけだ。

ページをめくっていくと次はMOGファクトリーの体が表示される。ここも色々とすごい、とにかく女性の魅力的なパーツを強調させたらこうなりましたって感じだ。

更にページを進めていくと、どんどんコアなニーズ向けのボディメーカーになっていく。

「SYOアドバンステクノロジー…男の娘、少年型専門のボディメーカーってかなりニッチね…ええ!?男性器と女性器両方つけられるの!?」

あたしはカルチャーショックを受ける。よくよくみると大抵のボディは両方つけることが可能のようだ。片方しか対応してないボディの方が珍しいらしい。

「Lolandテクノロジー…小型ボディでハードプレイに対応、直径10cmオーバーを二本同時挿入しても問題ない柔軟性と高耐久力、再生能力を実現…」

「マッスルイノベーション…自分で筋肉を作りたい人向けの筋肉オタク向けのボディか…餓死防止用緊急ブドウ糖供給ユニットって…これ何に使うの?」

コアなボディになればなるほどよくわからないユニットや機能が付いてくる。そして・・・

「わからっせ社、種づけおじさんボディって何?確か管理者は以前の体を再現するにはMOGファクトリーか、ここにお願いして特別に女性ボディを作ってもらうしかないって言っていたけれど…」

このわからっせ社、そうとうマニアックなメーカーらしく男女両方つけられるのが多数派の中で男性器オンリーを貫いている。

「超強力睾丸、ガロンTって何なのよ…」

読めば読むほど頭が痛くなってくる。

100年で日本の倫理観は相当に変化したようだ…

再度時計を確認すると時間は夜の10時を指し示していた。

「少し早いけどもう寝よう…」

あたしは少し重い足取りで身体洗浄機に入り体を洗浄して、そのままベッドに倒れこんだ。

今回は試しにインプラントから洗浄の指示を出してみたのだが、洗浄の項目に歯磨きあったから試してみたら、口に触手を咥えさせられ、まるで口内を凌辱されたような気分だった。

未来も昔と大して変わらないと思ったらこれである。そういえばなぜか洗面所に歯ブラシが置いてあった。つまりは今の時代でもあの歯磨き機能を使いたくない人間が一定数いるのであろう。

あたしも次からはそうしようと心に決め、そして眠りに落ちた。

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