21世紀喪女 4

7.

2208年9月14日(水) PM1:30


お昼ご飯はカルボナーラだった。

引きこもっていたあたしにとっては2年ぶりのまともな食事だ。それとも100年以上ぶりと言うべきか?


食後に出されたオレンジジュースを飲みながらくつろいでいると、部屋の扉がノックされる。

「はい、どうぞ」

あたしが入室を促すと、リクルートスーツに眼鏡、髪をひっつめにした、リクルーター女が入ってきた。なんだ、ちゃんとした服もあるじゃないか。だとしたらひょっとしてこれはどっきり番組ではなかろうか?

「ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「午前中に管理者を名乗るコンピューターからこんなピチピチの服をこの時代では当たり前の服って渡されたんですけど、これってどっきりなんですか?」

「いえ、どっきりではありませんよ、私は管理者のマリオネットです。確かに50年以上見た目を更新していませんので少々格好が時代がかっているかもしれませんね。ああ、マリオネットというのは私や他の方々が量子通信で操作している生体人形の事です。とりあえず今は私自身が管理者自身だと考えていただいて結構です。」

管理者自身が自分の姿格好を時代がかっていると表現する。どうやら本当にあたしが着ているこれが今の当たり前の服装のようだ。

「それと、なんかあたしの顔が今までと違って…その美人になりすぎているような気がするんですけど…?」

美人になれて嬉しくないわけはないが、どうしてこうなったのかは聞かねばならない。

「タマミ様の身体データ、冷凍睡眠センターでの一連のやりとりをカメラ映像より分析しました結果、タマミ様が自身の肉体に大きなコンプレックスを抱えてらっしゃるのではと推測いたしました。

そのため勝手にではございますが、ボディメーカー最大手のMZRKマテリアル製のボディをベースにオリジナルのタマミ様の顔の特徴を反映させる形でカスタムボディを制作させていただきました。

もし、私の推測がタマミ様の意にそぐわない結果でございましたら、再度ボディの方は作り直させていただきます。

ただ…以前のタマミ様のボディの形状はスタンダードボディから大きくかけ離れておりまして、内蔵系に異常が発生しないように再現しようといたしますと、MOGファクトリー製のボディから特徴である胸と尻を不格好に成形して腹部への脂肪量を最大にしていただくか、わからっせ社さんに今回だけ特別に女性用ボディの特注をお願いするぐらいしか方法はございませんね。」

壁面モニターに二つのボディが表示され、左側のとにかくおっぱい、お尻、太ももと、女性のアピール部分を全部盛りしたようなボデイが不格好に変形していく。

もう一つの右のボディに至ってはベースは男性用ボディだ。しかも40~50くらいの息も臭そうなおっさんのやつ。

「いえ!今のままで大丈夫です!」

「そうですか、もし今の体に不満があるようでしたら、再度のボディの変更については、今回は無償で実施させていただきます。」

そうすると私の視界の端にまたポップアップが表示される。

『2208年度ボディカタログ』

ああそうだ、これに関しても聞かなければならい。

「さっきからあたしの視界になんか表示が出たりするんですがこれはいったいなんなのでしょうか?」

「それはインプラントの機能ですね、22世紀初めに一般的になり始めた技術です、欠点は後付け、および修理が不可能な点ですね。不具合が起きた場合はボディ毎交換するしか方法がありません。とはいっても違法なダークネットやVRに接続しない限りは不具合はまず発生しませんのでご安心ください。」

「つまりは私の時代のスマホみたいなものでしょうか?」

「それが一番近いですね、せっかくですからまずはインプラントの使い方から講習を始めましょう。」


こうして私の最初に受ける講習はインプラントの使い方についてになった。

とはいっても、意識することでメニューやらモニターを出すといった操作のコツを覚えればあとはそんなに難しくはなかった。聞いたところによると、インプラントはボディ交換が可能になる12歳までは装着できないので、今でも以前のスマホのような携帯端末も普通に存在するとのことだ。


「次はVRに接続してみましょう、今は私が管理者権限を使用して、指定したスタンドアロンの空間にしか接続できないようにしてあります。」

「スタンドアロンの空間ということは、それとは違ってその…インターネット的なもので繋がった空間もあるという事ですか?」

「むしろそちらが本質ですね。

ただ何も知らないタマミ様をそこに送り出すのは少々危険が伴いますので、まずは私が用意した空間で慣れることから始めましょう。

まずはそちらのベッドに横になってください。」


あたしは管理者の指示に従い、ベッドに横になる。

「VRの接続にはコフィンユニットをつかったフルダイブと、インプラントのみで行う簡易ダイブがございます。どちらの接続を使用しても、VR内では差がないですが簡易ダイブの場合、食事、排泄、洗浄、睡眠といった生存に必要な行動はVRを一度終了して行う必要があります。

コフィンユニットを使えば、それらの生存に必要な行動をするためにVRを終了する必要はございません。24時間ずっとVRにいる必要がある場合は、コフィンユニットを使う必要があるという事ですね。

それではメニューを表示してVR接続を選択してください。」

あたしは管理者の指示に従い、メニューを表示、VR接続を選択した。

ARモニター(管理者に教えてもらった。)に先ほど管理者が言っていた注意書きと、安全が確保された場所で使用してくださいとの注意書きの下にダイブのボタンがある。

あたしがダイブのボタンを押すと視界が真っ暗になり、次に何もない白い空間であたしは目を覚ました。


あたしは体を起こして周囲を見回す。

地平線までひたすら真っ白い空間が広がっている。

この世界に存在するのは…あたしが今、腰をかけている粗末なパイプベッドに、そまつなダイニングテーブル、机の上にはなぜか、ごはんとみそ汁が置いてある。

すると何もない所からドアが現れ、そこから管理者が入ってきた。

「無事、VRにダイブできたようですね。感覚はどうですか?」

「奇妙な空間にいるという認識以外はVR前とほとんど変わらないように感じます。」

「それがこのインプラントを使用したVRダイブです。物をつかめばちゃんと触覚があるし、机の角に足の指をぶつければちゃんと痛いです。エリアによっては特定の痛覚をカットしていたり、弱くしていたりしていますが、基本的には現実と同じように作られています。

それでは机にあるご飯とお味噌汁を食べてみてください。」

あたしは指示に従いご飯を手に取り、口に運ぶ、ちゃんと味がある!みそ汁も同様だ、少し熱くて舌をやけどしてしまった。

「このようにVR内でも食事などはできます。しかし先ほども申しましたように、実際に食べているわけではないので油断をすると餓死等につながります。とはいっても違法な場所にでも接続しない限り、そうなる前に警告がでますし、それを無視した場合強制切断となりますのでそこまで気にする必要はございません。

次は…服の着方からお教えしましょう。」


あたしは今頃になって全裸である事に気が付いた。

それからあとは服の着方から道具の取り出し方、ポータルを利用したエリアの移動、生身で空を飛ぶといった現実世界では不可能な動作など、最低限必要な操作を学んだ。


「これでVR内での操作は完璧ですね。それではVRからログアウトしましょう。」

あたしは管理者の指示に従い、メニューからログアウトを選択する。

選択するとまた目の前が暗くなり、気が付くとさっきまでいた部屋の天井があった。

「お疲れ様です、初めてのVRはどうでしたか?」

「何というか…とてもすごいです。これなら24時間ずっとでもいられるような気がします!」

「確かにVRでは現実以上の事が簡単に体験できます。でも注意してください。いくらそれが現実とそっくりだとしても、それは虚像でしかないのです。」

そういう管理者の顔はどこか物寂しげだ。

「それでは少し休憩を挟んだらタマミ様が冷凍睡眠に入られてから今までの簡単な歴史と現状の世界情勢について講義しましょう。

それと、おトイレの方は大丈夫ですか?簡易ダイブを使用した時に、ついうっかりやらかしてしまう事の一つなんですよ。」

あたしは管理者に注意を受けてから自分の膀胱が限界に近い事に気が付き慌ててトイレに駆け込んだ。

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