21世紀喪女 3

6.

2208年9月14日(水) AM9:00


うう~ん…あれ?確かあたしは500年間の冷凍睡眠という名を借りた永遠の眠りについたはずだ。今は何時ごろだろう、真っ暗だし体を動かそうにも何らかの拘束具で押さえつけられているのか、全く動かない。冷凍睡眠に入る段階でポッド内がギチギチだったので、すっぽりはまって身動きが取れない可能性も頭によぎったが、それはあまりにも情けないのでそうではないと思いたい。


『タマミ様、お目覚めでしょうか?』

どうにか体を動かそうと努力していたところ、急に頭の中に直接誰かが話しかけてきた。

あたしは今どうなっているか問い質そうと喋ろうと努力するが口も動かせないし、声も出ない。

『無理にしゃべろうとしなくても大丈夫ですよ。頭の中で思うだけで会話できます。』

これは…そうか!やはり500年もの間に人類は滅びたのだ!おそらく私のポッドはほかの星から来た宇宙人が偶然回収して、私を再生させたのだ!なんという超展開!

『残念ながら人類は滅びてもいませんし、タマミ様が所属する日本国政府も未だ健在です。』

どうやらあたしのしょうもない思考が相手に漏れていたようだ。私の予想に反して普通に500年経ってしまったのだろうか?

『残念ながらまだ500年も経っておりません、現在は2208年9月14日、タマミ様が冷凍睡眠に入られてから134年と1月と25日が経過しております。』

またもや思考が漏れていたらしい…しかしまだ134年しか経ってないのになんで起こされたのだろうか?

『どうしてあたしを起こしたのですか?あたしは500年の設定で冷凍睡眠に入ったはずです。あと365年経ったら起こしてください』

『残念ながらそれはできなくなりました。先日長期休眠防止法が施行になりまして、冷凍睡眠期間の上限は50年となりました。よってタマミ様は既に50年を超過しておりますので、こうして冷凍睡眠を解除、解凍処置を行わせていただきました。』

『だったらその上限50年で再度冷凍睡眠の方をお願いします!』

『残念ながら、法案により50年以上冷凍睡眠された方は1年間の待機期間をおかないと、再度冷凍睡眠には入れません。』

『それにしてもこの状況はどうなっているの?何も見えないし体も動かせないなんて、冷凍睡眠中にあたしの体に何か異常でも起きてしまったの?』

『ご安心ください、スキャンした結果特に何も異状はございません、今はまだタマミ様の覚醒に向けて準備を行っている段階です。本日は事前説明のために一時的に脳を覚醒状態にさせていただきました。次に目覚める時には冷凍睡眠に入る前同様、ちゃんと動けるようになりますのでご安心ください。それでは再度、脳を睡眠状態にさせていただきます。』

『ちょっと待って!話はまだ終わって…』

あたしは何か話そうとしたが、その前にあたしはまた意識を手放してしまった。


7.2208年9月15日(木) AM9:00


『・・・を開始、現在の意識の転送率50%…60…70…』

機械特有の無機質なシステム音声が頭に響く、どうやらあたしの元の体は状態がひどいのか、新しい体に入れ替えているようだ。

まったく、あたしなんかを覚醒させたところで無駄飯ぐらいを一つ増やすだけ、冷凍睡眠で眠らせてくれた方がよっぽど低コストでエコだというのに…

『転送率100%…エラーチェック異常なし、インプラントと脳の接続…オールグリーン、意識転送作業はすべて完了しました。』

あたしの顔をすっぽりとふさぐ形で、私の視覚を妨げていた装置が収納される。ポッドの中はよくわからない青いジェルで満たされていて、鼻と口を覆う形でマスクらしきものが付けられている。

青いジェルがポッドから排出され、マスクも取り外され収納される。

キャノピーが開き、背もたれが持ち上がり、強制的に私を横になった状態から座った状態に移行させる。

なんだか視界のわきに色々と文字が流れている。何々…

「今回はMZRKマテリアル製カスタムボディを選んで頂き誠にありがとうございます。本ボディでMZRKランドにお越しいただいた場合、ささやかな粗品を進呈しております。ご来園お待ちしております。」

MZRKマテリアル製?人格転送技術は自身のクローンを使用して行われるはずだ。私は今の体の状態を確認するべく視線を下に移す。

陰毛が全くない…あの冷凍睡眠前にアンドロイドさん達が四苦八苦して剃っていた私の剛毛は跡形もなく、毛穴すら存在していなかった。

それにお腹だ!あれだけあたしを醜く彩っていたお腹の脂肪がさっぱり消え去り、あくまで痩せすぎとはいかない程度の控えめな脂肪が私のウェストに収まっている。

おっぱいもつつましやかだが張りもあって形のいい丸いふくらみができている。

さすがに100年以上も経つと、クローンボディ技術も進化したようだ。

とりあえずポッドから出ようとポッドのふちに手をかけ立ち上がろうとしたとき、あたしの右に奇妙な物体が置かれていることに気づいた。

「これ…脳だよね…?」

あたしの右側にはコードにつながれた脳が入ったケースが接続された機械、そしてその機械のケーブルは私のポッドに繋がっている。

あたしがしばし脳を眺めていると、天井からアームが伸びてきて、その脳が入ったケースをつかみ、また天井へと消えていった。

『おはようございます、タマミ様』

まただ、昨日と同じ声がまたあたしの頭の中に聞こえる。

「おはよう…それであなたはいったい誰なの?」

私は誰もいない部屋で自分の口で昨日からの質問を発する。

『今回の解凍にともない、タマミ様の新しい脳にはインプラントが備え付けられています。実際に口に出さなくても、考えるだけで大丈夫ですよ。』

『じゃあもう一度聞くけど、あなたはいったい誰なの?』

『私はこのメガロシティ東京を管理統括する管理コンピューター群、マスターコンピューター、管理者とも呼ばれていますね。」

冷凍睡眠する前から日本は国政のほとんどをAIに頼るようになっていたけど、この時代ではそれがさらに顕著らしい。

『それともう一つ質問だけど、さっきあたしの右に置いてあった脳みたいなものは何?』

『あれはタマミ様の脳でございます。』

信じたくなかったがやはりあれはあたしの脳みそだったらしい。

『あたしの元の体はどこにやったの?』

『タマミ様の体は約30年ほど前に廃棄処分となっております。冷凍睡眠者に使うリソースの削減のため、当時の法改正により、冷凍睡眠で保管する部位は脳のみとなりました。』

『それであの脳みそ、もう一人のあたしはどうなるの?』

『あれにタマミ様の意識は残っておりません、ただの抜け殻です。それと予定ではリサイクル炉に廃棄処分となっております。』

『それよりもいつまでもこの状態だと体が冷えてしまいますよ。あちらの扉の先に身体洗浄機がございます。そこで体のジェルを洗い流していただきましたら、お着替えを用意していますので、それに着替えてください。』

たしかにいまだに体がべとべとしてちょっと気持ちが悪い、早くシャワーで洗い流したい気分だ。

あたしは身体洗浄機とやらがある部屋のドアを開け中に入る。

「なにこれ・・・?」

部屋の中に入るとそれそのものがいわゆる身体洗浄機なのだろうが、問題はその形状だ。

明らかに生ものとしか見えない腕にこれまた艶めかしい突起が付いたブラシがついている。なんというか、あたしにはエッチなゲームに出てくる触手達にしか見えない。

あたしは慌てて管理者とやらを呼ぶ

『ねぇ!これなに!』

『これは身体洗浄機ですよ。』

『どうみてもエッチなゲームにでてくる触手じゃない。』

『これは生体部品を用いた現在最もポピュラーな身体洗浄器ですよ。生体部品が多用されているのは使用ごとに切り離し、新しいものに取り換えるためです。つまり毎回新しいブラシで体を洗う事ができますので、とても衛生的なんですよ。』

見た目とは裏腹にどうやらかなり高性能らしい…

『で、これどう使えばいいの?』

『インプラントで指示を送っていただくか…ああ、まだタマミ様はインプラントの使い方を学んでいませんでしたね。洗ってと口頭で指示すればあとは立っているだけで自動ですべてやってくれますよ。』

とりあえず口で命令すれば動いてくれるらしい。

「洗って。」

あたしが口頭で指示するやいなや、触手達は私の体にまとわりつき激しい凌辱を…特にするわけでもなく普通に洗い始めた。

なるほど、確かにこれは便利だ。まるで自分が車になった気分になる以外はとてもいい。

洗浄の後、体や髪の拭きあげから乾燥まで自動でやってくれてまさにいたれりつくせりだ。

あたしが洗浄機のある部屋からでると、服の入った籠を持った奇妙なメカがやってきた。

円柱形の頭と胴体が一体化した体にやっぱり生ものの手足がついている。正直あたしはこのセンスは好きになれない。

それはともかく、裸のままでいるのも問題なので、メカが差し出した籠の中に入っている服を手に取る。

「・・・なにこれ?」

生地は肌触りのいいサテンっぽい感じだ。しかし問題はその服のデザインだ。

これはもはや服というより水着じゃないか。1980年代の歴史映像で見た自動車レースのレースクイーンとやらがこんな感じの服を着ていた。

あたしは再度管理者を呼びつける。

『ちょっと管理者!』

『どうかいたしましたか?』

『どうもこうもないわよ!これただの水着じゃない!こんなので外で歩いたら確実に犯罪よ!』

『ここ最近の流行りで衣装を準備させていただいたのですが、お気に召されなかったでしょうか?』

『ちょっとまって、普通に街中でみんなこんな感じの服を着て出歩いているわけ?』

『ええ、女性ボディをお持ちの皆様は特にこのような服が多いですね。』

こんなピチピチの服を綺麗でスタイルのいい女の人だけでなく、冷凍睡眠前の私のようなデブや50や60のおばちゃんですら着ているのか…あたしは少し気が遠くなってきた。

よく見ると一応羽織る物やスカートらしきものもある事に気が付いた。

オレンジ色の水着の上に白のミニスカートを身に着けカーキ色の薄手のロングコートを羽織る。

靴は白色のショートブーツだ。

コートのボタンを留めて、下に来ている服が見えないようにする。

これでなんとか痴女ルックは回避できるだろう。いくら体形がよくなったといっても、首から上にある、あたしの殺人的に不細工な顔でコートの下に着ている物を露出させるのは一種の犯罪だ。

それからあたしは奇妙な姿をしたメカに誘導され、ある一室に通された。

部屋の中はベッドにおひとりさま向けのダイニングテーブルと椅子、壁面と一体化したモニターに、二つある扉は片方はトイレ、もう一つは洗面台と身体洗浄機の部屋だ。

『お疲れ様です、ちょうどお昼の時間ですし昼食をお持ちいたします。インプラントの使い方の講習、社会のルールなどについては昼食後に行いましょう。』

まだ目覚めてほんの数時間だというのにどっと疲れが押し寄せてきた。自身に気合を入れなおすために、洗面台で手を洗って、顔を洗う。備え付けのタオルで顔を拭き終えた時、私の顔が鏡に映った。

あいもかわらず醜い顔…じゃない?

たしかに目元や口元など私の元の顔の名残を感じさせるものがあるにはあるが、そこには昔の48人やら108人やらいたアイドルグループのセンターですら夢じゃないほどの美少女が鏡に映っていた。

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