21世紀喪女

21世紀喪女 1

1.

2074年6月20日(水) PM2:00


あたしは、自分が嫌いだ。

この目、この鼻、この口、この顔の全てが嫌いだ。

まるで男のようながっちりとした肩幅、貧相な胸、行先を間違って肥え太ったお腹に足、張りなんてものは一切感じられないお尻、この体のすべてが嫌いだ。

神様というものが本当にいると言うのなら、どうしてこんな失敗作をこの世に生み出したのか問い質したい。

私が高校入学と同時にこの容姿が理由でいじめられ、家に引きこもった頃、国民全体へのベーシックインカム制度が始まり、無理に働かなくてもよくなった。それに加えて高額だった新しい体への人格転送、事実上の不老不死の技術が無料になった。

でもそれがなんだというのだ。

こんな醜い姿で不老不死で生き続ける?冗談じゃない。

ただ、ベーシックインカム制度はありがたかった。居心地の悪い家を飛び出し、アパートで独り暮らしを始めた。買い物は通販で全てどうにかなる。それをいいことにろくに運動もせず、ジャンクフードでお腹を満たす。

ただでさえ醜い容姿が、増える体重と共に更に醜くなっていく。

テレビを見ると去年から始まった中国との戦争の戦況がニュースとして流れている。ナノマテリアルプリンター技術を生かしたドロイド軍団によって、中国の侵攻は朝鮮半島で食い止められてはいるものの、AIはそこが攻撃の限界点だと判断し、それ以上は進軍せずに国境を挟んでにらみ合っている状態らしい。

重い体を何とか持ち上げ、棚からまとめ買いしておいたポテチの袋を取る。

私としては中国が核兵器かなんかを日本に撃ち込んでくれれば、全てが終わってくれるんじゃないかと期待している。

新しいニュースが入る。緊急速報だ。

韓国が裏切ったらしい、これにより日本の防衛ラインは大幅に後退、これからは水際での防衛を強いられる可能性が高いとのこと。

いいぞ、がんばれ中国。こんな世界なんて全て壊してしまえ。これで自分が眠っているうちにすべてが終わればさらにいう事なしだ。

ニュースが次の話題に進む。冷凍睡眠についての話題だ。このいつ終わるかもわからない戦争に耐えきれず、冷凍睡眠に入る事で戦争が終わるまで寝て待つ人が増えているとのことだ。これから冷凍睡眠に入る男性がインタビューに答えている。

さすがに50年も経てば戦争は終わっているだろうし、もし負けたとしても、それに気が付くことなく安らかに逝ける、日本が勝ったなら50年後の平和な世界を楽しめる。どうせ戦争で戦うのはドロイドとアンドロイド達だ。自分達が冷凍睡眠に入ったところで何も問題ないだろうとのこと。

私は名前も知らないこの男の他力本願さに感動した。

そうか、死ぬのを寝て待てばいいのか!あたしはスマホを取り出し冷凍睡眠センターのページにアクセス。冷凍睡眠希望者の登録を行った。

返事はすぐにきた、最短だと一か月後の7月20日に冷凍睡眠可能らしい。それまでに身辺整理を済ませてくださいと書かれている。

あたしは、7月20日に予約を入れ、身辺整理という名の部屋のごみの処分を始めた。


2.

2074年7月20日(金) PM1:30


あたしはタクシーに乗って指定された冷凍睡眠センターにやってきた。

前日にアパートを引き払い昨晩はホテルに泊まった。

あの時のホテルマンのひきつった笑顔が脳裏に浮かぶ。

なんでこういう時に限ってアンドロイドじゃないのか…タクシーの運転手もアンドロイドではなく人間だった。

今は冷凍睡眠センターの待合で座って待っているが、周りの目が痛い。

それも当然だ、着ている服は明らかにサイズが合っていない、家に引きこもっていた時の、ろくに洗濯もしていないシャツとパンツじゃさすがにまずいと思って、通販で服を買ったのだがそれがまずかった。XLを買ったのに、それすらもピチピチになるとは…自分でもここまで醜く太っているとは思っていなかった。

大木珠美さん、おられますか?

スタッフがあたしの名前を呼ぶ。

「はい、あたしです。」

スタッフの顔はやはりひきつっている。

「大木珠美さん、冷凍睡眠期間500年となっていますが50年の間違いでしょうか?」

どうやらあまりにも冷凍睡眠期間が長すぎて、入力間違いだと思われたようだ。

「いえ、間違っていません。500年でお願いします。」

「そ…そうですか…でしたらこれから準備に入りますので私についてきてください。」

冷凍睡眠準備室4と書かれた部屋に案内される。

「こちらの部屋で体毛を全て剃らせていただきます。」

なんだって?そんなの聞いていない!

「どうしても剃らないとダメなんですか?」

「はい、毛髪類は冷凍睡眠を行う際に事故の原因となりますので…

ご安心ください、これらの作業は全て機械がやってくれます。大木さんはただ立っているだけで大丈夫です。」

もう一生分の恥をかいているんだ。今更何を躊躇する必要があるのだ。

私は意を決して準備室の中に入った。


3.

2074年7月20日(金) PM2:30


最悪だ…あまりにも太りすぎていて、股のデリケートゾーンの剃毛が機械ではうまくいかず、アンドロイドの手作業で剃られる羽目になってしまった。

しかも部屋の中に置いてあった病院着は全然サイズが合っていない。

今日一日でどれだけ恥をかいたのかもうわからない。

今は職員に先導されて冷凍睡眠ポッドに向かっている所だ。

先導していた職員が立ち止まって、扉の前のコンソールを叩いている。

どうやらこの部屋にあたしが使う冷凍睡眠ポッドがあるらしい。

扉が開き、中に入るとそこには大きな柱の周りに八つの冷凍睡眠ポッドが設置されていた。

うち五つは既に使用中らしい。

職員はポッドの一つを操作してポッドのキャノピーを解放した。

「それでは、大木さんこちらのポッドに裸になって入ってください。」

職員の指示に従い服を脱ぎ、ポッドに入る。もうここまで来ると恥ずかしさとかそういうものは既にマヒしてしまっていた。

「あの~すみません、ちょっときついです…」

私の大きく肥えた体は、どうにかポッドには収まったが正直ぎりぎりだ。

「とにかく体が収まればどうにかなるのでがまんしてください。再度確認いたしますが、冷凍睡眠期間は500年、間違いないですね?」

「500年で間違いないです。」

やはりそんなに長期間冷凍睡眠する人間はいないのだろう、職員はしつこいまでに念入りに再確認をしてくる。

「冷凍睡眠期間を500年でセットしました。次にあなたが目覚める時には世界は大きく変わっているでしょう。おやすみなさい。お元気で。」

余計なお世話だ、これで終わりだ。あたしは永遠の眠りに入るのだ。

キャノピーが閉じ、睡眠導入ガスが注入される、説明ではこの後冷凍装置が作動、肉体を冷凍保存する手はずだ。

そしてあたしは意識を手放した。

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