マッド四国 怒りのお遍路ロード 3
3.
2208年3月21日(月) PM13:00
「では皆さん、時間になりましたのでこれから事前説明会を開催いたします」
リクルーター女は事務的に、しかしよく通る声でしゃべり始めた。
スキャンモードで彼女をスキャンする、名前は…表示されない。代わりに所属という項目があり管理者という表記がある事に気が付く。
つまりこのリクルーター女はこのメガロシティのすべてをコントロールしているマスターコンピューターのアバターということか。
「まず最初に再度確認いたしますが、今回の仕事は非常に高い危険を伴います。我々としてもできうる限りバックアップユニットに頼るような状況にならないように努力しますが、そのような事にもなりうるような危険な仕事と理解していただけると助かります。それでは辞退される方はいらっしゃいますか?」
…誰も辞退する気はないようだ。
「全員参加ということでよろしいですね?それではこれから今回あなた方に依頼する仕事について説明いたします。」
プロジェクターが作動し四国の衛星写真が映し出される。そして赤くマーキングされたエリアが4つ、おそらくこの4つが今回の配達先なのだろう。
「今回の仕事は求人情報に記載した通り、これら4つのナチュラリストのコミュニティに生活支援物資を送ることが目的になります。」
そういうと四国の衛星写真に配達ルートと思わしきオレンジ色の線が四国をぐるっと一周する形で追加される。
「我々は3か月に一度、このルートを使用して、4つのコミュニティに物資と技術、医療支援スタッフの派遣を行ってまいりました。」
オレンジ色の線に反時計回りの矢印が描かれる。
「我々はこのルート、香川、愛媛、高知、徳島の順で支援物資の配達を行っておりました。しかし前回、香川うどん団と名乗る略奪者集団が最初の目的地、香川に向かっている際に、輸送トラックを襲撃、トラックに乗っていたスタッフは全員殺害されるという事態にまで発展しました。」
破壊されたトラックの車列が映し出される。
「幸いすべてのスタッフは量子テレポート通信で同期されたバックアップユニットのおかげで再生することができましたが、やはり脳を破壊されるという衝撃は再生後にも大きなトラウマとなり、現在も彼らは精神ケアプログラムにのっとり治療中です」
プロジェクターに大型のトレーラー付きアメリカントラックが映し出される。
「我々も前回の失敗から学び、輸送トレーラーに武装を搭載することを決定いたしました。標準装備として屋根にレーザータレットを装備、また側面に護衛のドロイドユニットを搭載、襲撃時にはこれらで防御態勢を構築します。また車内には自衛用のスマートガンが搭載されています。スマートガンにはオートターゲット機能を搭載、とにかく引き金を引けば相手に当たるようにできています。」
「さらに今回は移動ルートを変更し、最初は徳島、それから高知、愛媛、香川の順番で荷物を配達することとします。これにより万が一襲撃を受け、荷物が略奪されたとしても被害は香川だけに収まります。」
「皆さんに依頼したい仕事は二つ、一つは各コミュニティに支援物資を配達すること、そして同行する支援スタッフ達が支援作業できるエリアを確保、ベースの設営をすることです。」
「後者は既に支援スタッフの作業スペースを設置する場所は各コミュニティと調整済みです。設営作業自体は搭載されたドロイドたちが行うのであなた方が何かをする必要はありません。」
「また襲撃を受けた場合、その時より最優先事項はあなた方の生命の確保に変更されます。食い止められない、命の危険が迫った時は躊躇なく撤退してください。」
「最後に今回の輸送スタッフのリーダーはルカさんとします。」
ちょっと待ってくれ、勝手にリーダーにされては困る。俺は慌てて反論した。
「ちょっとまってください、なぜ僕なのでしょうか?」
「コンピューターの分析の結果、ルカさんが最適だという答えが出た。それが理由です。」
「はぁ…」
コンピューターの結果と言われては反論するだけ無駄だ。諦めるしかない。
「それではこれにて説明を終了いたします。皆さんの方からはほかに質問はございますでしょうか?」
「ちょっといいかしら?」
エーリカが質問をした。
「そのトラックですけど、出発前までに私の要望通りに改造することは可能かしら?」
「もちろん可能です、必要な装備、機材、言っていただければなんでも準備いたします。ただし改装にはそれなりの時間が必要ですので、要望は出発三日前までに連絡していただくようお願いします。」
「こっちも質問いいか?」
マックスの方もなにかあるようだ。
「自衛用の装備が全てスマート武器ということなんだが、本当に敵を判別することができるのか?俺が聞いた情報によると、敵さん、全員皮下に埋め込んだメタタグを取り除いていたらしいじゃないか。」
「今回レーザーターレットをはじめとしたスマート武器はメタタグ非装着者に対して、初期設定で全て攻撃対象となっています。我々も衛星や航空ドローン等で、できる限り敵の位置を察知できるようサポートいたします。当然コミュニティのエリアに入った時にはこの非装着者への無差別攻撃はオフになるように設定されますのでご安心ください。」
「それでも俺は不安だな、自衛用に自前のノステク武器を持っていくのはだめか?」
「問題ありません、ただし万が一、ノステク銃で一般人を誤射してしまった場合、あなたの貢献ランク、リソースポイントの査定に影響があるということだけは忘れないでください。」
「ほかに質問はございませんか?」
「僕も質問いいですか?」
「もちろん、どうぞ」
「そもそも危険な任務に人間とA級アンドロイドで挑む必要があるのでしょうか?トラックは量子通信で自動操縦が可能ですし、人材にしてもC級やD級アンドロイド、またはマリオネットを遠隔操作で動かせば、人の命の心配なんてしなくていいと思うのですが?」
「それに関しては我々メガロシティ側とナチュラリストコミュニティとの取り決めがあるからです。直接のやり取りは人間としか行わない、それが本来のナチュラリストコミュニティの要望でした。しかし我々としても人間だけでの支援活動には限界があるということで、どうにか人間と同じように立ち振る舞えるA級アンドロイドだけは何とか認めてもらったのです。またこの取り決めを知っているのはコミュニティーのリーダーとその一部のみです。」
「それにしても物資が届かなくて困るのはナチュラリストコミュニティ側の方だし、待っていれば向こうから勝手に折れてくれるのでは?」
「…」
リクルーター女は考え込むように黙り込んで動かなくなった。
そして30秒ほど無音の時間が過ぎた後に再度喋り始めた。
「あなた方には真実をお教えしてもいいかもしれませんね、この仕事の依頼は我々コンピューターがあなた方、人類への試練としてお膳立てしたものです。お膳立てしたといってもさすがに香川うどん団なんて略奪者集団まで準備していませんよ?わたしはこの状況に便乗しただけです。」
「みなさんも知っての通り、現在メガロシティに住まう3分の2の人間が、VR世界に引きこもってしまっている状態です。過剰な便利さが彼らの向上心を奪ってしまったのかもしれません。しかしあなた方の様に危険とわかっていてもそれに立ち向かう力を持っている人達がいるのも事実です。
既に太陽系内の小惑星を開発し、資源開発を行うまでに我々のテクノロジーは進化しています。
近い将来、人類は外宇宙へと旅立つことになるでしょう。その時まで遺伝子の多様性を保ち、来るべき時代に送り出せる人材を確保するのが私の役目なのです。」
「それでは、これ以上質問がないようでしたらこれで説明会は終了いたします。トラックのカスタムなどについてはたった今、あなた方のインプラントに送りました連絡先に連絡していただければすぐに対処いたします。それでは皆様お疲れさまでした。」
そういってリクルーター女はまた何もない空間から現れたドアを開け去っていった。
「…とりあえず戻ろう。」
俺はインプラントにアクセスし、VR空間からのログアウトを選択する。
選択した瞬間一瞬目の前が真っ暗になった後、特殊ジェルで青く彩られた空間に戻った。
コフィン内を満たしていた特殊ジェルが排出され、体に装着された各種アタッチメントが体から離れていく、そしてコフィンのキャノピーが開いた。
右を見ると、ハナとミクもちょうどコフィンから出るところだった。
時計を見ると既に16時を回っている。思っていた以上に自分はVR空間に長居していたようだ。
「とりあえず、体を洗ってご飯を食べようか」
俺は二人にそう提案するとハナとミクも無言でうなずいた。
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