目を覚ます。見たことのある空間。最初のときの暗黒はなく、黒とオレンジ色がそれぞれ混ざり合うかのように辺りを染めている。

先ほど開けた箱に目を落とすと箱には少しの水色が混じっていた。



顔を上げると潜在意識が呆然と立ち尽くしていた。



意識をこっちに戻したのお前か?



僕じゃないよ。僕が思ってたより早く現実の体が危ないみたいだ



どういうことだ?



僕らの意思が介入せずに戻ってきたってなると現実の体が危うくて脳機能が低下してる可能性が高い



そうか…



お互いの口が閉じ少しの沈黙になる。



なぁ、俺が見ていた記憶をお前も一緒に見ることは出来るのか?



できるよ僕も一緒に見てた



そうか。

お前の力で記憶の改ざんは出来るか?



それは僕の力が及ぶ範囲じゃないから出来ない



そうか…



お互いに淡々と質問と回答を繰り返す。



マリが出てきただろ



マリちゃんね。君のイマジナリーフレンドだ



マリはお父さんとお母さんがいなくなってから見えるようになった。頼れる親戚がいないのと友達が一人もいなかったことが見えるきっかけだった思う。凛と薫と仲良くなってからはそれっきりだったけど



マリはいつでも俺の味方だった。凛と薫に出会うまでは、俺の一番の心の拠り所だった。マリが見えてたから俺はお父さんとお母さんがいなくても生きていけたと思う





お前も知ってるだろ。マリは嘘をつけない



潜在意識は顔色を変えずにこちらを見ている。

同じく表情を変えずに見つめた。



なぁ、俺の意識が途切れたあとマリはなんて言ったんだ?



俯く。なんて答えればいいか考えているようだ。だけど、それで確信した。お前はおれのために。



覚悟を決めたかのように潜在意識は少しづつ言葉を発していく。



僕は…



子どもを諭すような声で少しづつ。



僕はね、君のことを大切に思ってる。だって君は僕で僕は君だ。文字通り一心同体なんだ



言葉を発するとともに諭すような声が涙ぐんでいった。



わかってるさ。俺のためにやってくれたんだろ。

お前は俺がトラウマを克服すると信じて喪失したトラウマの箱を開けた。

だけど俺はお前の期待に応えられなかった。それだけだ。お前はなにも悪くない



俺はもう1人の自分を抱きしめた。



ありがとな。

へへ、俺がこんなにも自分のことを大事にするタイプだと思わなかったよ



僕は知ってたよ。君が自他ともに認める愛情深い人だって



散らばっていた箱が遠くの方から消えていく。まるで液体から気体になるように蒸発して消失する。



僕との対話は自己の再発見と再認識だ。人はそれを自分探しだったり、内なる自分と呼ぶ。そして得た答えを本当の自分って言うんだ



俺の意識だけじゃ見つけられないってわけだ



例外はあるけどね



あれだけあった箱が全て消えていった。



自分と向き合うのに辛かったことも苦しかったことも無視することは出来ない。

人は現実を受け止めて初めて前に進むことができる



それ薫の言葉だろ。あいつ昔から妙にませてたからな



そう、彼の言葉だ。今言われるとグッとくるでしょ



薫には昔から勇気づけられてきた。もう2年も会ってないのに、まさか昔のあいつの言葉で勇気をもらうとは思わなかったな



薫君の言葉と雰囲気は周りの人間を成長させる。彼は不思議な人だ



そうだな。俺はお前が1番不思議だよ。俺の経験がお前を生み出したのに俺より大人の感じがする



ペルソナだよ。僕は大人の仮面を被っているにすぎない。本当は君となんら変わらない



ペルソナね。俺もお前みたいになれるってことか



なれるさ。でもね、仮面なんか被らない方がいい。ありのままでいいんだ。本当の君を魅せてほしい



それ、凛の言葉な。本当の君をみせてほしいのとこ



ふふ、よく覚えているね。君は過去のことがあってから心を閉ざしていた。人の好意や愛情から避けていた。彼女は初めからそれを見破っていまの言葉を君に伝えたのかもね



愛情は自分から歩み寄らないといけない。人から貰うだけじゃ本当の愛情を知ることは出来ないから



それも彼女の言葉だ。彼女も薫君同様に不思議な人だ



顔を上げて遠くを見つめる。果てしなく感じていた空間が徐々に狭まってきている。



もしも2人がいたときに箱を開けたら結果は違ってたかもな



そう、かもしれないね…



おいおい、しょげるなよ。お前に文句言ってるわけじゃないからな。あいつらの存在の大きさを実感してるだけだ



はは、たった1個の箱でずいぶん心が成熟したね



お前が狙ってあの箱を選んだんだろ。バレてるからな



それは違う。僕の狙いはトラウマの原因を挿げ替えることだった。だからマリちゃんが出てきたとき僕は戦慄したよ。そういえばマリちゃんこのとき、あのこと言っちゃうなって



でも結果オーライだったよ。君が叔父さんの優しさに気づき、凛と薫2人のことを思い出して自ら会いたいと願った。人と関わるのを嫌っていた君がだ。そして僕との対話で2人の君への想いを汲んだことにより君の心が動き出した



今の君なら一人でも前に進める



いや、俺は1人じゃない。お前がいるだろ。それにここにはいないけど俺には凛と薫もいるしな



目の前の自分が微笑む。それはとても自然な笑みで思わず口元が緩んでいく。



じゃあそろそろ箱出してくれよ。隠していた自分の記憶と向き合う時間だ



今度は僕の期待に応えてね



潜在意識が祈りのポーズをとる。



あれ…



どうした?



僕にもわからないんだけど



箱が…



君のトラウマの箱が見当たらないんだ…

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