第17話 天使の陰謀
魔王城、天使グダリエルの部屋。
日課のお風呂を終えたグダリエルは、一緒にお風呂に入った魔王秘書エンゲに対して声を掛けました。
「エンゲ。」
「はい。なんですか?」
グダリエルはいつものぼんやりした表情を、少しだけ真剣そうにきりっとさせて、エンゲに言います。
「ウリムベルにプレゼントがしたい。」
「プレゼント、ですか?」
きょとんとして尋ねるエンゲ。あまりにも唐突の事で何の事やらさっぱりです。
グダリエルは両手の指を絡ませて、もじもじしています。
「えっと……えっと……。」
何か言葉を選んでいるようでした。
「えっと……"ありがとう"の気持ちに、なにかをおくりたい。ぐだが自分で用意したものをおくりたい。」
魔王ウリムベルにこれまで色々とお世話になっている事に引け目を感じていたのでしょうか。エンゲはそう考えました。
何故突然そんな事を言い出したのかは分かりませんでしたが、エンゲはグダリエルに渡したプレゼントが影響しているのかな?と考えます。
お風呂にきちんと入れるご褒美として、エンゲがグダリエルに上げた本棚。
そこにぎっしりと詰められたエンゲオススメの布教用の"少女漫画"セット。
ウリムベルとの恋仲を推し進めるために仕組まれたエンゲのお節介です。
そういうものを見て、何か思うところがあったのかな?と思っていると、グダリエルは続いて意外な言葉を続けました。
「だから、まおーじょうでおしごとしてもいい?」
「はい?」
魔王城でお仕事してもいい? という意外な質問にエンゲは素っ頓狂な声を上げました。
プレゼントを贈りたいというのは分かりました。しかし、そこから魔王城でお仕事をする事にどう繋がるのかが分かりません。
「えっと……お仕事、ですか?」
「うん。」
「何のですか?」
「おそうじと、おさらあらいと、おにわのおていれのおてつだい。」
どうしてそんな仕事内容がグダリエルの口から出てくるのか、エンゲは訳が分かりません。
「えっと……そのどうしてそんなお仕事をしたいんですか?」
「おしごとをして、ウリムベルにあげるプレゼントを用意する。」
ますますエンゲは分からなくなります。お仕事をする事とプレゼントの用意がどうして関わってくるのでしょうか。
エンゲが理解できていない事はグダリエルにも見て取れたようで、「えっと、えっと」と言葉を選びながら何とか説明しようとしてます。
「ピースのおそうじをてつだう。」
「ピース?」
「んあ。」
ピース。人形を操る不思議な力を持った魔族です。
魔王城の掃除係として雇われている、住み込みの使用人です。
そういえば、彼女とグダリエルが話しているのはエンゲも見ていました。
「ピースのおそうじをてつだって、"ほうしゅう"に"どれす"をもらう。」
「報酬にドレス……?」
「ピースがつくってくれる。」
「……ピースのお掃除を手伝って、報酬としてピースにドレスを作って貰いたい、という事ですか?」
「んあ。」
段々とエンゲが話の流れを理解してきました。
グダリエルはウリムベルの為に、自分で用意したプレゼントをしたいようです。
その為に、魔王城内でお仕事をして、自分で得た正当な報酬でプレゼントを贈りたいのです。
ピースと何かしらの経緯で知り合った彼女は、ピースの仕事を手伝う事で、彼女にドレスを仕立てて貰う事を相談したのでしょう。
「ピースは『いい』っていってた。けど、『まおーさまのきょかがないとわからない』っていってた。」
「成る程。ピース自身は承諾しているけれど、ピースは魔王様の許可がないとやっていいのか分からないと言っているんですね?」
「んあ。」
確かに、魔王城内では"魔王のペット"という扱いで城に置かれているグダリエルを、勝手に労働力として利用する事は配下からしたらまずいのではと思えるでしょう。
……とはいえ、グダリエルの目的は、ウリムベルにプレゼントを贈ることです。
そのお伺いをウリムベルに立ててしまえば、プレゼントを贈る準備をしている事をウリムベルの耳に入れてしまう事になります。
これではサプライズは台無しです。
「大体分かってきました。それで、他のお皿洗いというのは?」
「クックルのおさらあらいをてつだって、おかしのつくりかたをおしえてもらう。"ほうしゅう"に"ざいりょう"をもらって、おかしをつくる。」
スライムの料理人、クックル。
魔王城の食事を一手に引き受ける料理人です。
彼とグダリエルが接していたのもエンゲは見ています。
「それで、レネドラゴの"おにわのおていれ"をてつだって、"ほうしゅう"に"おはなのたね"をもらう。」
「お花の種、ですか。」
庭師のレネドラゴ。
グダリエルは庭先にまで関係性を築いているようです。
ドレスに、お菓子に、お花……これがグダリエルの用意したいプレゼントのようです。
これらを自分の力で用意したいが為に、それぞれを報酬として用意してくれるお城の使用人達のお手伝いをしたい、というのがグダリエルの相談でした。
家の手伝いをしてお小遣いを貯めて、それで親のプレゼントを買うような、そんな考えなのでしょう。
「そのお仕事をするのに、魔王様の許可がいる。でも、魔王様には相談できないので、私に相談したい……それであってますか?」
「んあ。」
グダリエルは頷きます。
エンゲはその天使の企みを微笑ましく思いました。にこりと笑って、その白いふわふわの頭を撫でて、エンゲは言います。
「分かりました。私が責任を取ります。魔王様には内緒にしましょう。その上で私が許可を出します。」
「んあ……! ありがとう、エンゲ!」
「但し、魔王様の執務時間だけにしましょう。そうしないとバレてしまいますからね。」
「んあ。」
「では、今話した三名には私からも許可の話をしておきます。その上で勤務時間の調整は私の方でしておきます。」
「んあ。」
「調整が終わったら、どうすればいいのかお話に来ます。そこから始めて下さいね。」
「んあ。」
エンゲがしっかり調整する事に話はまとまり、魔王に秘密の天使の陰謀が動き始めました。
果たして、グダリエルは無事にプレゼントをウリムベルに渡すことができるのでしょうか。
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