第16話 天使と陰謀





 ウリムベルは決闘後に、ガラクの控え室を訪れました。

 そこにはガラクの他に、カラフルなメイクの道化のような男が待っていました。


「誰だ?」

「お初にお目に掛かりまする。ワタクシ、四天王ガラクの参謀を務めさせて頂いております、トルエップと申します。」


 恭しく頭を下げた道化、トルエップ。

 ガラクに参謀などが居た事を始めて知ったウリムベルはほうと少し驚きました。

 参謀、という事はガラクの代わりに頭を使う立場なのでしょう。ウリムベルの知る限りでは脳筋のガラクがよく統治などできるな、と思っていましたが、この参謀の知恵を借りているのだろうと納得しました。


「悪ぃな魔王様。言ってなかったけど話はコイツからさせてもらうぜ。」

「構わん。」

「では、僭越ながら……。」


 トルエップは話し始めます。


「手短に結論を先に話しましょう。要点は2点です。『魔界に魔王様の保護している天使"以外にも"天使が侵入している可能性があります』。そして、『それを知った四天王チナシが不穏な動きを見せている』。」

「ふむ。」


 『魔王様の保護している天使』というのは、グダリエルの事でしょう。トルエップが言うのは、グダリエル以外の天使が侵入している可能性があるという事です。


(アベリエルとリベリエルの事か?)


 魔界東部の異形街の料理点"だらだら亭"の店主、アベリエルとリベリエル。

 タユタが拾ってきた天使です。グダリエル以外の天使と言えば心当たりはあったので、ウリムベルはその辺りの話なのかと考えます。


「まず1点目の詳細について駆け足で。以前にチナシが報告した天使の痕跡。あれ虚偽報告でした。天使の痕跡は魔界側にも落ちていました。証拠はチナシ側に確保されていて提示できませんが。……どうして知ったのかは2点目の説明でお話しましょう。」


 チナシの報告、というのは『人間界と魔界を繋ぐ"人間界側"の魔法ゲート付近に、天使の痕跡が見つかった』というものでした。それが虚偽で実際は"魔界側"にも痕跡があったというのです。

 そうであれば、確かに天使が魔界側に来ている可能性も高くなります。


「恐らくチナシは天使の侵入がバレれば、魔法ゲート管理者の自身の不手際として責任を問われると思ったのでしょう。もしくは、その弱みを握られる事を恐れたのかも知れません。敢えて『人間界側には痕跡があった』と説明したのは、自身の兵隊を調査に回す為。何も報告せずに大規模な調査隊を送り込むと不審がられます。人間界側でも調査をする為の口実作りに、敢えて断片的に報告したのでしょう。」


 成る程、とウリムベルは頷きます。

 筋は通っている……ように思えましたが、ウリムベルには少し引っ掛かるものがあるようでした。頷きつつもどうにも腑に落ちないという表情です。

 しかし、確信もできず、言葉にもしづらかったので今は黙ってトルエップの報告に耳を傾けます。


「2点目は、西部に侵入して不審な動きをしていたチナシの手下を捕縛しました。」

「何?」

「何やら調査をしていたようでして。進入禁止のエリアにまで踏み込んでいたのでそれを捕縛しました。マーク自体はそれ以前からしていたんですがね。」


 不審な動きというのは、手下を使った調査の事のようです。


「捕縛して、尋問を……あっ、拷問とかはしていませんよ? 尋問をしていても口は固かったのですが、少々引き出せた情報としては『天使のスパイを探している』との事で。」

「天使のスパイ?」

「魔界に侵入して天界に情報を流すスパイがいるのだとか。それ以上深い情報は聞き出せませんでした。」


 魔界に侵入して天界に情報を流すスパイ。

 それを聞いてウリムベルは不安を抱きました。

 実際にそういうスパイの存在に心当たりはありません。

 しかし、そういう情報が流れる事で、魔界に逃れてきた天使達の立場が悪くなるかも知れません。

 グダリエル、アベリエル、リベリエルと天使の知り合いがいるウリムベルにとっては、これはかなり困った話でした。

 ガラクは腕を組みながら話を聞いていましたが、そこでようやく口を開きました。


「これを魔王様に伝えたのは、この情報が広まるか、チナシにスパイとやらの存在を証明されたら、天使を飼ってるあんたの立場も悪くなると思ったからだ。」


 ガラクはどうやらウリムベルの懸念に近いものを気にしていたようです。

 天使達の身を案じているウリムベルとは別に、天使を匿う魔王の立場を気にしているという違いはありましたが。


「魔王は天使と通じているだの、そんな印象操作であんたの立場を貶められちゃ困るからよ。俺ぁ、あんたを力で超えたいからなぁ。」


 フン、とそっぽを向くガラク。

 それは本心なのか、はたまた強がりなのか。

 何にせよ、魔王の立場を案じての報告だったようです。

 トルエップは続けて話します。 


「こちらも調査は継続しますが、魔王様のお耳にも早々に入れておいた方がいいかと思いまして。ガラクに相談し、決闘の機会に接触する方法を考えました。チナシの組織力は侮れません。ガラクが不審な動きを見せたり、不審な書状があれば警戒されてしまいますのでね。」


 どうやら、通例よりも早い決闘の申込みにはこういう理由があったようです。


「それだけじゃねぇ。試合前に煽ったように、天使を飼い始めて腑抜けてねぇかも知りたかったんだよ。それに……あんたがどの程度、天使の為に動けるのかを知りたかったってぇ事もある。」


 ガラクはウリムベルをギロリと見下ろしました。


「あんたは天使の為にチナシを切る覚悟はあるのか? それとも魔王って立場の為に天使を切る覚悟はあるのか? ……それとも、黙って有耶無耶にして、魔王の立場を貶めるのか?」


 ウリムベルはギロリとガラクを睨み返します。

 するとガラクはニヤリと笑いました。


「……その答えも今日の喧嘩で分かったよ。いつも以上に気合いの入った拳だった。試すような真似して悪かった。これなら俺もサッパリとあんたに力を貸せる。」


 どうやら、天使の件で煽ってきたのは、天使に対するウリムベルの想いをはかる為だったようです。ガラクは既にあの決闘の結果で納得したようでした。


「俺ぁあんたの決定に従うぜ。もしも、その決定に逆らう様な西部のバカ共がいるなら俺がぶん殴って黙らせてやる。あと、チナシをぶん殴りに行くなら俺も手伝うぜ。」

「ぶん殴るまではしなくていい。その気持ちは受け取っておく。」

 

 ガラクは天使の一件について、完全に味方についてくれるようです。

 しかし、一方でチナシの問題が新たに浮上しました。


 トルエップが「あのー」と一言割って入ります。


「ひとまず、本日はそちらの報告だけ。詳細は後日別の手段でお伝えしますよぉ。お連れの方をお待たせするのも悪いですし。」

「ああ。そうだった。すまんな。」


 一旦、ウリムベルはこの話を持ち帰る事にしました。





 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 決闘の帰り、ウリムベルはグダリエルとエンゲと合流しました。

 行きは準備のあるウリムベルだけ先に来ていたのですが、帰りは一緒にという事になっていました。

 エンゲが行きに乗ってきた車の後部座席に、グダリエルと並んで腰掛けています。走った方が早いと別に帰っていったタユタがいなくなったので、社内には三名のみです。

 エンゲの運転する車の中で、グダリエルがじっと黙っているので、耐えかねたウリムベルが先に声を掛けました。


「あー……今日はどうだった?」


 しばらく車に乗っているのですが、グダリエルは無言でした。何か機嫌でも損ねてしまったのだろうか、とウリムベルは気にしていました。

 そう尋ねられると、グダリエルはウリムベルの方を向きました。


「どこも痛くなかった?」

「え?」


 ガラクが激しく殴っていましたが、ウリムベルは袖が少し破れた程度で無傷です。

 しかし、確かにああいう光景を見慣れていないグダリエルからすれば、ボコボコに殴られているように見えたのでしょう。


「全然大丈夫だぞ。袖がちょっと破れたくらいだ。」

「ほんと?」

「本当だ。ほら、見てみろ。」


 ウリムベルが横を向いて身体全体を見せます。服の袖が僅かに破れた程度で、他には傷や汚れはありません。それをじーっと観察すると、グダリエルは納得した様子でふぅと息を吐き、今度は窓の景色を見始めました。


「よかった。」


 グダリエルは心配していたのだろうか、とウリムベルは思いました。

 ウリムベルからしたら恒例行事であり、大して危惧もしていないイベントだったのですが、グダリエルからしたら刺激が強かったのかも知れないと今更ながらに反省します。


「心配掛けて悪かったな。怖かったか。」


 グダリエルは返事をしませんでした。

 何やら様子がおかしいと、ウリムベルも察しました。


「どうした? 何かあったか?」

「ううん。」


 グダリエルはウリムベルの方を向かずに答えます。

 ウリムベルが困ってエンゲの方を見ると、エンゲはバックミラー越しに首を横に振りました。エンゲにも心当たりはないようです。

 何かあったかと聞いても答えない辺り、あまり深く尋ねない方がいいのだろうか、とウリムベルは考えます。


(何かマズイ事でもしたか? それともやっぱり決闘の観戦に誘ったのがよくなかったのか? 一体全体……。) 


 そんな事を考えながら、ウリムベルが難しい表情をしていると、グダリエルは顔を向けずに言いました。


「かっこよかった。」

「え?」


 それ以上はグダリエルは何も言いませんでした。

 エンゲがバックミラー越しに微かに微笑みます。

 

「今何て言った?」

「もう言わない。」


 ウリムベルも聞こえてはいたのですが、聞き間違いではないかと思い、もう一度聞きたいと思いました。そこに返ってきた反応で、ウリムベルはますます分からなくなります。


(怒っている……訳ではないのか?)


 怒っていないのであれば、ウリムベルはこれ以上しつこく話しかけるつもりはありません。先程言われた事が聞き間違えでなければ、照れ臭くもありウリムベルもそれ以上は深く聞きませんでした。


 その様子をバックミラー越しに見ていた秘書エンゲは、運転しながらにやりとします。


(おやおや。悪くない雰囲気ではないですか。)


 エンゲはしめしめとにやけながら車を走らせます。

 天使と魔王の関係の進展に満足げです。


 そこからは特に会話もなく、車は帰路へとつきます。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 車に揺られている内に、いつの間にかすやすやと眠っていたグダリエルを部屋まで運び終えてから、ウリムベルはエンゲを執務室に呼び付けました。

 ガラクから聞かされた情報を、ウリムベルは共有します。


 チナシの報告の中に虚偽の内容があった事。

 チナシの配下の者が密かに天使のスパイを調査している事。


 それらを聞かされたエンゲは少し難しい表情を浮かべて、メモに取った報告内容を眺めて眼鏡を持ち上げました。


「……成る程。中々に面倒な事になっているようですね。」


 エンゲはメモを閉じて、ウリムベルの方を見ます。

 

「この"天使のスパイ"というのも眉唾物ですが、天使への悪印象を招くという意味では看過できませんね。」


 エンゲの見解もガラクと同じもののようです。

 天使への悪印象が強まれば、匿っている天使、グダリエルの立場も受け入れられづらくなります。エンゲは暫くメモの表紙をペンの背でとんとんと叩きながら何か考えていました。

 しばらくして考えが纏まったのか、エンゲは再びウリムベルの方を見ます。


「魔王様としてはどのように対処をなさるおつもりなのですか?」


 ウリムベルも帰路でこの問題について考えていなかった訳ではありません。


「ガラクは協力的な姿勢を見せてくれてはいるが、チナシの対処までは任せられない。四天王同士が対立するとなると派閥同士の抗争に発展しかねない。俺が直接チナシの元に出向くつもりだ。」


 ウリムベルはチナシとも対話をするつもりでいました。

 あまり四天王との関わり合いを好まなかったウリムベルが迷わずこう言った選択をできたのは、四天王のタユタやガラクと、グダリエルの一件を通して話ができた事が大きいのでしょう。

 もしくはグダリエルとの交流自体が彼の中の何かを変えたのかも知れません。

 天使だろうと、何を考えているのか分からない四天王だろうと、話せば何かが見えてくる。

 チナシとも対話ができるのではないか、とウリムベルは考えていました。


 エンゲは少し意外そうにその答えを聞いて、頭を下げます。


「……分かりました。何かお手伝いできる事があれば言って下さい。できる限りのお手伝いはさせて頂きます。」

「ああ。一応、下準備はしてから向かう。必要であれば声を掛ける。」


 ウリムベルは席を立ち、執務室を後にしようとします。

 そんなウリムベルの背中に向けて、エンゲは声を掛けました。


「変わりましたね。」

「何?」


 ウリムベルが振り返ると、エンゲは僅かに頬を緩めました。


「失礼しました。何でもありません。」

「……そうか。」


 ウリムベルは気になりましたがそれ以上聞き返す事なく部屋を出ました。

 何となくではありましたが、エンゲの言っている事はウリムベルにも理解できていました。

 グダリエルの事を最初は隠していた事にせよ、何処か四天王との関わりを嫌っていた事にせよ、かつてのウリムベルは他者との関わりを重んじていませんでした。

 その時から比べれば、確かに今のウリムベルは変わったのかも知れません。

 



 天使に関して様々な思惑が絡み合います。

 魔族と天使の関係はこれからどう動いていくのでしょうか。



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