第15話 魔王と決闘
「魔王様。例の果たし状が届きましたよ。」
魔王秘書エンゲが持ってきた書状を受け取り、執務中の魔王ウリムベルはふむと顎を撫でました。
「もうそんな時期だったか? 随分と早い気がするが。」
「確かに、通例よりも大分早いですね。」
ウリムベルが書状を開くと、それは決闘を申込む果たし状でした。
差出人は魔界四天王の一角、ガラク。
大して珍くもなさそうに書状を読み終えたウリムベルは、承諾印を押してエンゲに返します。
さも自然に決闘を受けるのは、この決闘が恒例行事と化しているからです。
魔界四天王ガラク。
山崩しの伝説から"
スキンヘッドの厳つい男で、四天王に就任する前から腕一本で魔界西部の荒くれ者達を治めていた男です。
彼は魔界四天王として魔王の下に形式上は就いていますが、未だに魔王への挑戦を止めない珍しい魔族です。未だに数ヶ月に一度程度、ウリムベルに対して果たし状を送りつけ、ウリムベルもこれに応じます。
「魔界四天王になろうが、俺ぁあんたの首を狙い続けるぜ?」
というのがガラクの言葉であり、ウリムベルはそれを承知の上で魔界四天王にガラクの席を作りました。
反抗心を持っている者を傍に置くなんて、と猛反対した者もいれば、その懐の深さと余裕に対して畏敬の念を抱いた者もいたりと反応は様々だったそうですが。
そんな訳で、ガラクは未だに決闘の申込みをしてくるのです。
魔界四天王として魔界西部の統治を任せる条件のひとつとして、ウリムベルはガラクからの決闘は受けるという契約をしていました。
これに対して未だに反感を抱く魔族はいるのですが、ウリムベルはこの決闘の申込みを面倒には思っていませんでした。
彼が戦いを好むから……という訳ではありません。
ガラクとしては、荒くれ者達に対して「簡単に魔王に下った」というイメージをもたれれば、力で治めてきた土地の統治に差し障りが出るでしょう。四天王となった今でも魔王への挑戦心があると示す決闘は、特に荒くれ者の集まる魔界西部の統治を維持する為のある種の行事のようなものでもあるのです。
一方のウリムベルからしても、近年では争いもなくすっかり力を見せる機会がなくなっている事もあり、丁度いい運動としても魔族に魔王の力を見せつける機会としても都合の良い行事になっています。
そんな訳で、今回の決闘もあっさりとウリムベルは承諾しました。
「すぐに承諾の連絡と、会場の手配を。」
エンゲは押印された書状を受け取ります。
そして、尋ねます。
「今回の決闘の観戦に、グダリエルさんは招待するんですか?」
「え?」
思わぬ質問に、ウリムベルは間の抜けた顔になってしまいます。
ウリムベルとガラクの決闘は毎回魔界西部にある闘技場を使い行い、事前に告知も出されて観客も入れられます。観戦もできる興業のようなものです。
確かに、観戦する事はできるのですが……。
「……いやぁ。そんな野蛮なものを見せていいものか。それに、西部に連れて行くのも気が引けるし。」
「格好良いところを見せたくないんですか?」
ウリムベルは悩みます。
確かに、魔王っぽいところをグダリエルに見せた事はなかったような気がします。
今のところパパっぽいと思われているようなので、ここらで一つ魔王として格好良いところを見せてみたいかも……と思いつつ、いやいやとウリムベルは首を横に振ります。
「な、なんで格好良いところを見せる必要があるんだ。」
「……照れなくてもいいんですよ。格好良いところ見せたいんでしょう?」
「べ、別に?」
じとーっとエンゲが見ています。ウリムベルは目を逸らしました。
ふぅ、と溜め息を一つついて、エンゲは言います。
「……格好良い云々は冗談として。たまにはお外に連れて行って差し上げても良いのでは。変装すればさして気にもされないでしょうし、特別席に居れば余計なトラブルもないでしょう。何なら、護衛としてタユタさん辺りを付ければいいんじゃないですか? 彼女もグダリエルさんと仲が良いようですし。」
「む、むぅ。」
確かに、グダリエルも城内を歩き回れるようにはなったものの、外に連れて行く機会はあまりありません。天使の存在が周知されているのはあくまで魔王城内部までです。更に、西部は治安がそこまで宜しくないのも問題でした。
しかし、来賓用の特別席であれば他の観客と絡む事もないでしょう。変装も、以前に東部に出かけた際のリュックがあれば問題なさそうです。更にエンゲが言った通り、魔界四天王のタユタまで護衛に付けたら万全でしょう。流石にガラクと立場上は同格の彼女がいて喧嘩を売る怖い物知らずは居ない筈です。
……体の良い理由ができたので、ウリムベルは少しとぼけたフリをしながら答えました。
「そ、それならいいかもしれないな?」
その様子を見て、ふぅ、ともう一つ溜め息をついてエンゲは思います。
(本当に世話の焼ける……。)
エンゲのせっかくの提案も素直に聞き入れられない難儀な性格のウリムベルに呆れつつ、エンゲは早速手配に移ります。
そんな訳で、ウリムベルとガラクの決闘を、グダリエルも観戦しにいく事になりました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
決闘当日。
闘技場は既に熱気に満ちていました。観客席は埋まっており、魔王と四天王の対決を待ち詫びています。
ガラスに囲まれた最上段に位置する来賓向けの特別席には、エンゲとグダリエルが座っています。
そこにトレイに乗せた飲み物とポップコーンを運んで、魔界四天王タユタが入ってきました。
「お待たせ~。ジュース買ってきたぞ~。」
完全に緩い空気感で入ってきたタユタは先に座っていたグダリエルの隣に座りました。一応名目としては魔王の客人の護衛として来ていますが、完全に観戦気分です。
「ほら、グダリエル。」
「ありがとう。」
グダリエルはタユタからジュースとポップコーンを受け取ります。
お礼を言いましたが、どことなく浮かない表情にも見えました。
その様子に気付いたタユタが尋ねます。
「ポップコーン嫌いか?」
「ううん。食べた事ない。」
一粒掴んでぱくりと食べると「おいしい。」と呟きますが、それでもどこか浮かない表情です。
「具合でも悪いのか?」
「ううん。」
エンゲもグダリエルの様子がおかしい事には気付いていました。
出かけられると教えた時にも、断りはしなかったものの、あまり嬉しそうにはしていませんでした。
エンゲもグダリエルの顔を覗き込みます。
「もしかして、決闘を見に来るのがあまり嬉しくありませんでしたか?」
エンゲがそう聞くと、タユタが先んじて言います。
「それなら心配要らないぞ! 魔王様は強いからな! 怪我もせずに勝つだろう!」
「……ウリムベルは強いの?」
グダリエルが尋ねます。
「それはもうデタラメに強いぞ! 何度もガラクとは決闘しているが、一度として傷ひとつ負う事はなかったくらいだ!」
「そうなんだ。」
グダリエルは相も変わらず生返事です。
エンゲはその様子を見て、少し心配になりました。
(格好良いところを見せて恋のサポートをしようと思ったのですが……もしかして、心配して気が気じゃないんでしょうか?)
タユタがベタ褒めしていますが、今ひとつ大袈裟に聞こえて信じられていないのではないか、とエンゲは思いました。
しかし、困った事にタユタの言っている事が誇張でもないのです。エンゲも過去何度もウリムベルとガラクの決闘を見てきましたが、ウリムベルは本当に傷ひとつ負わずに勝ってきました。というより、ウリムベルが今まで傷を負わされたところエンゲが見たのは、幼少時のウリムベルの父、先代魔王トロルベルとの訓練の時くらいでした。
「グダリエルさん、大丈夫ですよ。本当に魔王様は強いので。」
「んあ。わかった。エンゲが言うならそうなんだ。」
「ちょっと待てグダリエル。それは私の言う事を信用してないって事か?」
「…………ううん。」
「その間はなんだ!」
そこでくすりとグダリエルは笑いました。
エンゲはこういうときだけはタユタが居て良かったと思います。基本うるさくて厄介事を持ち込むトラブルメーカーではありますが、ムードメーカーとも言えるでしょう。エンゲはこういう賑やかしはできません。
「とにかく! 心配は無用だぞ! 気が晴れないなら、魔王様とガラクの試合までは時間があるし、
一応魔王ウリムベルと四天王ガラクの決闘と銘打たれたイベントではありますが、それを更に盛り上げる為にか、企画者側が前座としていくつかの試合を組んでいます。それで賭けなどもやっていたりと、本当に一つのイベントのようなものになっています。ウリムベルとガラクの決闘までには時間がまだありました。
「きっとグダリエルが食べた事のないものもあるぞ!」
「んあ。いく。」
「じゃあ、私も行きましょう。」
女子三名は揃って席を立ちます。
そして、会場内の出店巡りの為に特別席を出ました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ウリムベルはそわそわしていました。
今までの決闘も同じような規模で催し物として開催されていましたが、今回は今までに無く緊張していました。
個室として与えられた控え室で、落ち着きのない様子でうろうろとしています。
(グダリエルが見に来ているんだよな……。いや、別に良いところ見せようとか思ってないんだけどな。)
自分で自分に言い訳しつつ、そわそわしているウリムベル。
そんな彼の控え室にノックの音が響きました。
ドキッと跳ね上がるウリムベル。彼の出番はまだ先の筈です。
(も、もしかして、グダリエルかな? 試合前に逢いに来たとか? いや、まさかな。)
そんな事を思いながら、ウリムベルはドアを開きました。
其処に立っていたのは、スキンヘッドの巨漢。
これから決闘する筈のガラクでした。
「…………露骨にガッカリしてなんすか?」
「…………いや、別に?」
露骨にガッカリした顔をして、溜め息をついたウリムベル。今、試合などそっちのけで女子達は食べ歩きに興じている事をウリムベルは知りません。
ガラクはウリムベルの落胆に対して、深く溜め息をつきました。
「落ち着きがねぇなぁ。集中もできてねぇ。随分と腑抜けたんじゃねぇっすか、魔王様よぉ。」
「…………なに?」
挑発的な声色に、ウリムベルは眉をひそめます。ガラクは不敵に笑い、ウリムベルを見下ろします。
「それはメスの天使の影響かよ?」
「…………。」
そわそわしていたのは実際に天使が原因なので、何と答えたらいいのかと困ったウリムベル。返事に困っていると、「ハッ」とガラクは笑いました。
「良い顔できるじゃないっすか。怒ったんすか?」
ウリムベルは怒ったのではなく、返事に困って難しい表情をしていたのですが、どうやら今の挑発で怒ったと勘違いされたようです。
「別に怒ってないが。」
「良いっすよ。取り繕わなくても。存分に怒ってくれ。その上で、無礼を承知で言わせて貰うぜ。」
ガラクがぐいと顔を寄せます。
「天使を飼うだとか言いだしたのを聞いて、俺ぁあんたがすっかり腑抜けちまったのかと心配してたんですよ。ペットを愛でてるつもりなのか、女に現を抜かしてるつもりなのか、何を考えてるのか分からねぇけど……あんたから牙が抜けちまったんじゃねぇかってね。」
「…………俺が天使を飼っている事に文句でもあるのか?」
ウリムベルはガラクを睨みます。それに動じる事なく、ガラクは「ハハッ」と笑いました。
「文句があったらどうすんだよ?」
明らかな挑発でした。ウリムベルはふぅと息を吐きます。
ウリムベルは挑発に答えず、静かにガラクを睨んでいました。
「…………俺が文句を言うかどうかは、あんた次第だ。それを確かめる為に、わざわざ決闘を申し込んだ。これであんたに落胆する事があれば、文句も出てくるかもしれねぇな?」
そう言うと、ガラクは顔を離し、にやりと不敵に笑いました。
「落胆させるんじゃねぇぞ。」
ガラクは身を翻し、廊下を歩いて去って行きます。
その背中を追わずに、ウリムベルは扉を閉じました。
どうしてガラクは普段よりも短いスパンで決闘を申し込んできたのか。
その答えが分かりました。彼は天使を飼いだしたというウリムベルを試しているのです。天使を匿うという行為が、ウリムベルが腑抜けたからではないかと疑っているのです。
今回の決闘で、ガラクはウリムベルを試すつもりなのです。
(…………俺の元のイメージってどんなんだったんだ。)
天使をちょっと匿ったくらいで、腑抜けたと言われました。
どんな冷血魔王だと思われていたんだ、とウリムベルはしょんぼりします。
実際、ウリムベルは非情な魔王という訳ではないのですが、口数が多くない上に顔が怖いので誤解されがちなのです。
そう誤解されていた自覚はあったのですが、ガラクからもそう思われていた事に若干へこみました。
それはそれとして、ガラクが発破を掛けてきた以上は、情けない試合はできなくなりました。
そわそわとしていたウリムベルは、椅子に腰掛け深呼吸します。先程までの落ち着きのない姿はありませんでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『さぁ、本日のメインイベントがやって参りました!』
実況の声が会場に鳴り響き、観客の歓声が上がります。
色々な食べ物に囲まれながら、グダリエル、エンゲ、タユタは特別席でもぐもぐしていました。
ごくりと飲み込み、タユタがグダリエルの方を見ます。
「ようやく来たぞ!」
「んも。」
もぐもぐしながらグダリエルが頷きました。
『東の方角! 魔界の頂点! 魔界の王! 燃え盛る赤を纏う、誰が呼んだか異名は"
耳を劈くような歓声と共に、ウリムベルが入場してきました。観客達の声など意に介さないように歩く姿には余裕さえ感じます。
ウリムベルはちらりと特別席の方を見ました。
(……なんかめっちゃ食ってる。)
グダリエル含む女子三名がものすごく色々と食べている様子が見えました。
試合よりも食事の方に気が向いているのではないかと思うくらいにすごい食べています。
手でも振ろうかと思ったウリムベルは思い留まりました。
『続いて西の方角! 荒くれ者の集まる魔界西部を治める豪腕! 山崩しの伝説を持つ巨漢! 魔界四天王"崩山"、"ガラク"ゥゥゥゥゥゥ!!!』
ウリムベルを見下ろす程の巨体のスキンヘッドの大男が、ズシン、ズシン、と入場してきます。それに合わせて汚い野次のような歓声が上がります。どうやら西部の荒くれ者達はガラクを応援しているようです。
はじめてその巨大な相手を見たグダリエルは、ごくりと食べ物と息を呑みました。
「おっきい……。こわい……。」
そんなグダリエルを見て、タユタはグダリエルの頭にぽんと手を乗せました。
「大丈夫。アレに魔王様は何度も勝ってる。」
「……ほんと?」
「本当だ。心配なのも分かる。私の言葉も信じられないのも分かるが……。」
タユタはグダリエルの手を握って、にかっと笑いました。
「魔王様を信じろ。」
グダリエルは、タユタの目を見てこくりと頷きました。
その様子を見て、エンゲは少し安心しました。
(タユタを連れてきたのは正解でした。少しこのイベントはグダリエルさんには刺激が強かったかも知れませんね。)
かく言うエンゲも魔王の勝利を信じて疑わないのですが、確かにあのサイズ差の大男相手に無事で居られるとは思わないでしょう。無駄な心配を掛けてしまっていた事に気付きます。
(最初の浮かない表情はそれが原因だったのでしょうか?)
そんな事を考えながらも、エンゲも試合場へと視線を戻しました。
湧き立つ会場。
両者が向かい合います。
『それでは本日のメインイベント! 魔王ウリムベルVS魔界四天王ガラク! ……試合…………開始ィ!!!』
試合開始のコールが響きます。
それと同時にガラクの巨体が一瞬で地面を踏み砕き、ウリムベルの前へと移動しました。
一瞬でウリムベルの身体の半分ほどもありそうな巨大な拳が彼に迫ります。その動きに気付いたグダリエルは咄嗟に怯えて目を閉じました。
ゴッ!
鈍い音が響きました。ウリムベルが潰された音なのか。
グダリエルは目を閉じたまま開けられません。そんな彼女に、手をぎゅっと握るタユタが言いました。
「大丈夫だ。」
タユタの言葉を信じて、グダリエルは目を開けます。
ガラクの巨大な拳は、ウリムベルの頭に当たっていました。
しかし、ウリムベルは潰れていません。
平然と、ガードすらせずに、棒立ちしていました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ガラクががむしゃらに拳を連打します。巨体に似合わぬスピードの猛ラッシュです。それはウリムベルの小さい身体に激しく叩き付けられていますが、ウリムベルはまるで動きませんでした。
グダリエルはぽかんとしてその様子を見ています。
そんな彼女に、タユタは得意気な顔をして話し始めました。
「魔王様の強さの理由は実にシンプルだ! その一つがあれ、『デタラメに硬い』!」
ボコボコに殴られながらも、ウリムベルは動きません。身体にも傷ひとつ付かない……それどころか、服に汚れすら付いていません。
「あの御方は、殴ろうが斬ろうが魔法をぶっ放そうが、まるで動じない! デタラメに頑丈なのだ!」
やがて、ガラクの猛ラッシュが止まります。
息を僅かに切らし始めたガラクに対して、ウリムベルは冷めた表情で問い掛けました。
「どうした? もう終わりか?」
「まだだぁ!!!」
両腕を合わせ、オーラを纏わせ、ガラクは拳を振り上げます。巨大なハンマーのようなその両腕を、そのままウリムベルに振り下ろしました。
今度は、ゴツン、という音すら聞こえません。
ハンマーは、ウリムベルの掌によって受け止められていました。
その様子を見たタユタがドヤ顔で言いました。
「第二の理由、『デタラメに力が強い』! あの御方の怪力は、あのデカブツのガラクすらも凌駕する!」
片手で防いだガラクの拳を、ウリムベルは腕の力だけで押し返しました。それだけで、ガラクの巨体が後方に飛ばされます。ズシンと巨体で着地したガラクは、相変わらずのそのデタラメな力に冷や汗を流しました。
「畜生……まるでナマってねぇじゃねぇか……!」
会場がざわついています。
半ば恒例化している光景ながら、相変わらずの魔王の力に、今まで試合を見たことがある者も、見た事のない者も、驚愕していました。
ガラクが構えを変えます。
デタラメに殴り掛かっていた喧嘩殺法から、武術の型のような構えを取ります。
「それじゃ、今回のとっておきだ……!」
グッと拳を脇腹の辺りに構えて、ガラクが気を溜めます。
大技の予感に会場が静まり返ります。
それでも尚、ウリムベルは慌てる様子もなく、じっとガラクの出方を待っていました。
「破ッ!!!」
ガラクの姿が消えます。
それと同時に、ウリムベルにガラクの正拳突きが叩き込まれました。
今度はそのまま受けずに、ウリムベルは両手の掌を合わせ、正拳突きを受け止めていました。
僅かにウリムベルの袖が破れていました。
それを見たウリムベルが、にやりと不敵に笑いました。
「ほう。俺の魔力の盾を突破するか。腕を上げたな、ガラク。」
ガラクはぎしりと歯ぎしりしました。
しかし、どことなくその顔は嬉しそうにも見えました。
「クッソ……! 魔力の盾を破れても駄目なのかよ……!」
ウリムベルは身の回りに魔力の盾を纏っています。彼の服すら汚せないのは、その魔力の盾があるからです。
しかし、魔力の盾の下にある彼の肉体は、その魔力の盾以上の硬度を誇っています。
ガラクの新しい"とっておき"は、魔力の盾を突破しましたが、ウリムベルの肉体に傷を付けるまでには至りませんでした。
「これで終わりか?」
ウリムベルがガラクの拳を押し返しながら尋ねます。ガラクも腰を入れて拳を押し付けたり引いたりしていますが、ウリムベルの手を引きはがすこともできないようです。捕らわれた右手を押し引きしながら、左手でウリムベルを殴りつけますがまるで動じません。
「…………これ以上見せ場がないのなら、終わらせて貰うぞ。」
ふわり、とガラクの巨体が浮き上がります。
見上げるような巨体を、ウリムベルは軽々と持ち上げました。
そして、その身体をぽい、と軽々と放り投げます。
ガラクは着地し、身構えます。
しかし、身構えるよりも先に、ウリムベルがガラクの目の前にいました。
ガラクの顎にウリムベルの掌が当てられます。いつの間にか飛び上がっていたウリムベルの身体に、ガラクの巨体が再び持ち上げられていました。
ズドン! と今までで一番大きな音が響きました。
ガラクの巨体が、地面に叩き付けられた音です。
「ガハッ!」
そんな声を上げて、ガラクが倒れました。
それを見ていたタユタが、得意気に語ります。
「エンゲ。グダリエル。今の見えていなかっただろう。魔王様はガラクを地面に叩き付けると同時に、一瞬で一六発、ヤツのボディに拳を入れていた。私でなければ見逃していただろうな。あれはもう立てないぞ。」
タユタの言葉の通り、ガラクはガクガクと身体を動かしていますが、立ち上がってきません。
「これで満足か?」
ウリムベルが立ったまま、横たわるガラクを見下ろし尋ねます。
ガラクは「ハハ」と渇いた笑いを漏らして、目を閉じました。
「…………参ったよ。なんでぇ、ナマったどころかいつになくキレてるじゃねぇか。」
勝敗は決しました。
『勝者、『ウリムベル・ナタス・グ・ラエブ』!!!』
勝者のウリムベルは、倒れているガラクをひょいと持ち上げて担ぎました。そして、特別席に向けて軽くひらひらと手を振りました。
「魔王様ーーー! 流石ですーーー!」
大声で手をブンブンと振るタユタ。
「ちょっとうるさいです。」
エンゲが耳を塞ぎながら、タユタを諫めました。
それと合わせて、エンゲはちらりとグダリエルを見ます。
グダリエルはぽけーっとした表情で、ウリムベルを見下ろしていました。
「グダリエルさんは手を振ってあげたらどうです?」
「…………んあ。」
はっとして、グダリエルは小さく手を振りました。
ほんのりと頬が赤くなっているようにエンゲには見えました。
(これはもしかして……?)
エンゲは思わずにやりと笑いました。
グダリエルが小さく手を振っているのは、ウリムベルの視力でハッキリと見えました。心の中でガッツポーズをしつつ、ウリムベルはガラクを運んで退場します。
担がれたままのガラクは、ウリムベルの上から言いました。
「…………試すような真似して悪かったよ。」
「いや。気が引き締まった。」
「やっぱ、敵わねぇなぁ。」
「手数も増えてる。重さも増してる。あの盾を破った技も良かった。」
「だと良いんだがよ……。もう歩けるよ。降ろしてくだせぇ。」
ウリムベルはガラクを降ろします。
「……この後お時間いいっすかね。お連れもいるのは知ってるし、そこまで時間取らないんで。」
「別に構わん。」
ウリムベルはあっさり了承します。
「この後、俺の控え室まで来て下さい。そこで話しますんで。」
ガラクの似合わない真剣な様子に、ウリムベルは何やら不穏なものを感じ取りました。彼も何やら訳アリのようで……。
一体どんな話が出てくるのでしょうか。
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