第13話 魔王と天使の新しい日々
魔王が天使をペットとして飼っている。
事実とは異なる形ではありますが、天使の存在は魔王城内部でも広がりました。
一応箝口令がしかれており、魔王城外部に話が漏れないようにしています。
ゆくゆくは外にも天使の存在を明かしたい、とはウリムベルは思いましたが、秘書エンゲから止められました。
「四天王も通して準備を整えますので、それまでは様子を見ながらにしましょう。」
徐々に受け入れられる地盤を固める方針で、四天王も動いているようです。
まだまだ魔王城という限られた範囲ではありますが、グダリエルのいられる場所は広がりました。
グダリエルはあくまで魔界の敵である天使です。あまり天使に好待遇でお世話をするのは対外的に宜しくないという事で、天使が居ることに慣れない今の内はエンゲが主に面倒を見るという事になりました。
それと同時に、秘書エンゲはウリムベルにひとつの提案をします。
「グダリエルさんに一つお部屋を用意したら如何でしょう?」
元々、魔王の部屋で暮らすのがやむを得ない選択肢だったので、せっかく魔王城内に知れ渡ったのだから、グダリエル用に部屋を用意したらどうか、という提案です。
女の子と同じ部屋で過ごすのも気が引けていた事もあり、そろそろベッドで寝るのも腰が痛いという事もあったので、ウリムベルはグダリエルにも「お前用の部屋を用意しようか」提案してみました。
「うん。」
てっきり、一緒に寝ると言った時のように駄々を捏ねると思っていたら、あっさりと肯定されました。
それはそれで寂しいような気はしつつ、ウリムベルは魔王城の一室をグダリエルの部屋にするように手配しました。
今日はそのグダリエルの部屋の用意ができたところでした。
今まで用意した服などを全て新しい部屋に移そうと、荷物を抱えて部屋に向かったグダリエルは、初めて自分の部屋を見て、目を輝かせました。
「わぁ……。」
ウリムベルの部屋よりは一回りも二回りも小さいのですが、ベッドやテーブル、クローゼット、お手洗いに洗面所に浴室等を備え付けられた生活には困らない空間です。元々は城の使用人向けに設けられていた部屋の余りでしたが、一人で暮らす分には十分に快適な部屋と言えるでしょう。
荷物運びを手伝うウリムベルは、開け放たれた部屋を見て感激しているグダリエルを見て、微笑ましく思いました。
グダリエルはウリムベルを見上げます。
「こんなお部屋を使っていいの?」
「いいに決まってるだろ。お前の部屋だぞ。」
「ありがとう、ウリムベル。」
にっこりと笑うグダリエル。照れ臭そうにしつつ、ウリムベルは部屋に荷物を持ち込みます。
「食事はこれからは時間に声を掛けるから食堂で取る事になるからな。あと、洗濯とか掃除とかできるか? 一応部屋に洗濯機とか掃除機とか諸々の電化製品は揃ってるんだが……。」
「がんばる。」
「無理なら言えよ。」
「うん。」
「鍵はこれだ。鍵の閉め忘れはしないように。魔王城に入ってくる不届き者は居ないけど念のためにな。」
「うん。」
ウリムベルは一人暮らしをする娘を心配する親の様にあれこれ心配してあれこれ言います。一人暮らしと言っても同じ建物の別の部屋に行くだけなのですが。
「魔王様。」
そんなウリムベルの後ろから声が掛かります。
眼鏡をかけたスーツ姿の女性魔族、魔王秘書のエンゲです。
既にグダリエルとも顔合わせをしているエンゲも、今日の部屋の移動に同行しています。
「そろそろ私が引き継ぎますので、魔王様はお戻りになっても大丈夫ですよ。」
「えっ。でも、俺も手伝」
「女性でないと話しづらい事もありますので。」
エンゲが付いてきたのは同性で身の回りのことを教えられるように、という事でした。あくまで異性同士という事でウリムベルには分からない事や触れない方がいい部分もあるのでしょう。
「わ、わかった。」
ウリムベルはエンゲに言われて一旦引きました。
「グダリエルさん。では部屋の方へ。」
「んあ。」
エンゲに連れられて部屋の中に入るグダリエル。部屋の扉をパタンと閉じます。ここからはエンゲが色々と教えてくれるのだろうと思ったウリムベルは、一旦自室へと戻りました。
(大丈夫かなぁ……。)
ウリムベルはそわそわしながら、久し振りに一人きりになった部屋のソファで座ります。
やがて、部屋の外からノックの音がしました。
グダリエルだろうか? とすぐに部屋を開けるウリムベルでしたが、そこにいたのはエンゲとグダリエルでした。
「どうした?」
「魔王様。グダリエルさんをお風呂に入れてましたか?」
唐突な質問でした。ウリムベルは答えます。
「いや。天使は風呂に入らないらしい。」
「それ、本当ですか?」
エンゲが真顔で問います。
グダリエルは確かに「天使はお風呂に入らない」と言っていました。お手洗いにはいくそうですが、風呂には入らないそうです。
ウリムベルがグダリエルを見ます。目を逸らしています。
「……ちょっと待っててくれ。」
ウリムベルは電話に向かいます。
電話を掛ける先は"だらだら亭"。天使が切り盛りする料理点です。
「もしもし。ウリムベルだ。」
『あれ? 魔王様? どうしたんだ?』
電話に出たのはアベリエルです。
「すまん。天使について聞きたい事があって。」
『聞きたい事?』
「天使は風呂に入るのか?」
『な、なんでいきなりそんな事を……?』
若干引いてるような声が聞こえて、ウリムベルは慌てました。
一応ボーイッシュな格好をしていたアベリエルですが、女の子なのです。
「す、すまん! 変な意味じゃないんだ! グダリエルが『天使は風呂に入らない』って言ってたから、本当なのか知りたくて!」
『い、いや。普通に入るけど。それグダリエル嘘吐いてないか?』
ここにきてまさかの新事実です。
「あ、ありがとう。突然変な事聞いたみたいになってすまん。」
『は、はい。お役に立てたなら。』
若干変な空気になったまま電話を切ります。そして、すぐに部屋の前に戻って、ウリムベルはグダリエルを見下ろしました。
「……お前、嘘吐いた?」
「…………。」
「こっち見なさい。」
グダリエルは潤んだ目で見上げました。
「……どうして嘘吐いた?」
「…………ぐだはお風呂がきらい。」
お風呂が嫌いなので嘘をついたとの事でした。
そんなやり取りを横で見ていたエンゲが、呆れ顔でウリムベルを見ます。
「なんか犬みたいな臭いがしたので気になって。気付かなかったんですか?」
「…………そ、そりゃまじまじと女の子のにおいなんて嗅ぐわけないだろ。」
「…………ま、まぁ確かにそうですね。」
エンゲも納得しました。
エンゲはすすすと離れようとしているグダリエルの手をがしっと掴みます。
「……私は今からグダリエルさんを洗ってきます。」
「いやだ。」
「嫌じゃありません。……放っておいたら入浴しなさそうですね。これからは毎日洗わないと。」
「やだやだやだ!」
のんびりと動くグダリエルが今までにないくらいに暴れています。そこまで風呂嫌いなのかとウリムベルが唖然として見ています。それに負けじと腕を引っ張るエンゲとの争いを呆然として見ています。
「助けてウリムベル!」
半泣きで助けを求めるグダリエル。
「いや、助けないぞ。」
ウリムベルは呆れた顔で見ていました。
ずるずると引き摺られていくグダリエルを見送って、ウリムベルは部屋に戻りました。
(あいつ大丈夫なのか……?)
ウリムベルは余計に不安になりました。
先程さらっと毎日洗わないととエンゲが言っていたので、ちょいちょい彼女が面倒は見てくれそうなので、その点では安心できるのかも知れません。
しかし、お風呂を嫌がって、無理矢理洗われる様を思い浮かべてウリムベルは思います。
(やっぱ犬みたいなんだよなぁ……。さっき犬みたいな臭いしたとか言われてたし。)
タユタの一件からどうしてもグダリエルが犬のように見えて仕方ないウリムベルです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コンコンコン、とドアをノックする音が聞こえて、ウリムベルは部屋のドアを開けました。
部屋の前には髪の毛が少しふわっとしたグダリエルが立っていました。
ウリムベルを半泣きで恨めしげに見上げています。
「……どうして助けてくれなかった。」
「……いや、風呂入らないとばっちいだろ。」
どうやら恨み言を言いに来たようです。
口を尖らせてむすっとしています。余程お風呂は嫌いだったようです。
髪の毛がふわっとしている辺り、洗われた後にきちんと渇かされているようです。エンゲはきちんと綺麗にしてくれたようです。
「エンゲはどうした?」
「……お部屋のお掃除をしてる。」
「掃除?」
「……お部屋のお掃除が終わるまでウリムベルのとこにいて、って。」
何があったのでしょうか。
何にせよエンゲにここに行くように言われて来たようです。
結局この部屋に来るんだなぁ、と思いつつ、ウリムベルは中に入れてやりました。
ソファに座らせてやり、部屋に備え付けられた小さい冷蔵庫からひとつジュースの缶を取り出し、前に置いてやります。
「ほら。」
「…………ありがとう。」
ちょっとご機嫌斜めだったグダリエルの、尖った口が少し引っ込みました。
向かいのソファに座って、ウリムベルは尋ねます。
「どうしてそんなに風呂が嫌なんだ。」
「ごしごしされるのいや。目にシャンプーが入るといたくていや。」
子供の様な理由でした。
「ごしごしって、そんなに乱暴に洗われたか?」
「エンゲはそんなにいたくしなかった。」
「天界ではそんなにいたかったのか。」
「いっぱいごしごしされる。」
どうやら天界での記憶がきっかけのようです。
「エンゲは痛くしなかったんだろ? じゃあいいだろう。」
「でも、シャンプーが目に入っていたい。」
「じゃあ、シャンプーハット使ってもらえばいいだろ。」
「なあにそれ?」
「シャンプーが目に入らなくなる帽子だ。」
「そんなのあるの?」
「ああ。じゃあ、用意するようエンゲに言っておく。」
これで多少はグダリエルのお風呂嫌いも直ればいいのだが、とウリムベルは考えます。
グダリエルは、シャンプーハットの話を聞いて、少し安心した様子でウリムベルの出したジュースを口にしました。そして、幸せそうに頬を緩めます。
元々ウリムベルはあまり冷蔵庫を使っていなかったのですが、グダリエル用にジュースを入れていました。部屋を移った今、それも必要なさそうです。
(……でも、グダリエルの部屋に置いたら、入れたもの全部飲むんだろうなぁ。)
少しだけ冷蔵庫をグダリエルの部屋に置いてやる事を考えたウリムベルでしたが、容易に顛末を予想できたので思い直しました。
グダリエルが部屋を移る事により、不要になった冷蔵庫の中のジュース。これに気付いたウリムベルは更に考えます。
グダリエルの存在が城内に知れ渡った事で変わること。
グダリエルが部屋を移った事により変わること。
「そう言えば、よく自分の部屋から迷わず此処まで来られたな。」
「教えてもらった。」
「誰に?」
「耳の長いおねえさん。」
今ひとつ誰のことだかウリムベルにも分からなかったのですが、多分城で働いている誰かでしょう。グダリエルは道を聞いてここまで来たようです。既にグダリエルが城内に居る事は知れ渡っているので、城内を歩くのも問題なさそうです。
(そうか。城の中であれば、グダリエルもある程度自由に動けるんだな。)
魔王城内に入ってはいけない部屋などはそうそう多くなく、立ち入り禁止の部屋はそもそも施錠されています。多少はグダリエルを自由にさせても問題ないだろうとウリムベルは考えました。
ある程度城内で働く者達に迷惑を掛けない程度に、自由を認めてやっても良いのかもしれません。
(これは後でエンゲに相談すればいいか。)
城の中でやってはいけない行動のレクチャーや、出歩く事への周知などは大体エンゲに任せればやってくれるでしょう。こうなると、改めて彼女に天使の存在を知って貰った事はウリムベルにとって非常に有り難い事でした。エンゲは天使の存在を知った後のあれこれの手配なども嫌がらずにやってくれています。
そんな事を考えていると、丁度ドアをノックする音が聞こえ、エンゲの声が聞こえました。
ウリムベルがドアを開けに行くと、くたびれた様子のエンゲがいます。
「随分とくたびれてるな。」
「……グダリエルさんに随分と暴れられましたので。洗おうとしたら抵抗して、洗った後に拭こうとしたら逃げて、ドライヤーかけようとすると逃げて……部屋の中がびちょびちょになりましたよ。」
「ああ……それで掃除って言ってたのか。色々とすまんな、手を焼かせて。」
「いえ。一度慣れると大人しかったんですけどね。」
「そういえば、シャンプーが嫌いみたいだからシャンプーハットを用意してやるといいかもしれない。」
「そうですね。用意しますよ。」
そんな苦労しているエンゲを傍目に、当の天使は暢気にジュースに満足げにしています。その様子を見たエンゲがぽつりと言います。
「……明日からは何かご褒美か何かで釣ったらいいのかも知れませんね。」
「ああ。割と食べ物で釣れるからそれがいいと思うぞ。」
経験談からウリムベルも何気なく言うのですが、その話を聞いたエンゲは怪訝な顔をしています。何か変な事でもあったのかとウリムベルは少し気になりました。
「どうした?」
「いえ。」
結局エンゲは怪訝な顔の理由を話さないまま、気にするウリムベルから目を逸らしました。何かおかしな事でも言っただろうか?と気にしつつ、ウリムベルは良い機会だと先程考えていた事をエンゲに話します。
「グダリエルをある程度自由に城の中で歩かせてやりたいんだが、入って困る場所とかなかったよな?」
「ええ。既に天使の存在は周知されてますので監視の目は常にありますし、入って困る部屋は施錠されてるので問題ないかと。庭くらいであれば自由に出て貰っても大丈夫ですよ。」
あっさりとオーケーが出ました。続けて、エンゲが言います。
「……そろそろいいですかね。とりあえず、お部屋のお掃除が終わりましたのでグダリエルさんに伝えに来ました。お声かけ願えますか?」
「ん? ああ、ご苦労。おーい、グダリエル。部屋の掃除が終わったそうだ。」
そう告げると、グダリエルは丁度ジュースを飲み終えたようで、くるりと入口の方を向きました。
「エンゲ。」
心なしか嬉しそうに見えます。何だかんだで懐いてきているようです。ててて、と缶を持ったまま走ってきます。その様子を見て、真面目で表情の硬いエンゲが、僅かに頬を緩めます。
「グダリエルさん。別にすぐに戻らなくてもいいんですよ?」
「ううん。約束。」
「ああ。そうでしたね。じゃあ行きましょうか。」
ウリムベルは「約束?」と首を傾げますが、エンゲはフフと笑って言いました。
「秘密です。」
「ひみつ。」
どうやらエンゲとグダリエルだけの秘密のようです。気になりましたが、仲の良さそうな様子を微笑ましく思いつつ、ウリムベルはこれ以上聞きませんでした。
「そうか。」
「ばいばい。ウリムベル。」
「では失礼致します。」
手を振って部屋から離れていくグダリエルを見て、ほんの少し寂しいと思いつつ、ウリムベルは部屋へと戻りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます