第11話 それは家族のようなもの




 魔界南部で監視の目を光らせるノームの元に、大慌てで戻ってきた妖精が、事態の急変を告げます。


「…………え?」


 色々と報告したい事がある様子だった妖精でしたが、何よりも先に伝えたい内容として結論を先に伝えます。


「タユタが"何か"を報告する為に魔王城に向かってる……?」


 妖精は魔界東部で"だらだら亭"を見張っていた妖精です。タユタの動きを見張っていた妖精でした。その後、妖精が簡潔に説明したのは「タユタが"だらだら亭"で魔王と天使について掴んだ後に、そのまま魔王城に向かい始めた」という事でした。


「嘘だろ……もう気付かれたのか……? 早すぎる……!」


 遅れて、魔界北部に送っていた偵察の妖精が大慌てで飛んできます。ノームは妖精女王の力を借りて、魔界各地に妖精の偵察を飛ばしています。北部は東部よりも遠いため、飛ぶ速度が速い妖精を送っていたのですが、僅かな時間差で戻ってきたという偶然な状況にノームは嫌な予感を感じました。

 魔界北部の要請の報告を聞いて、ノームの嫌な予感は的中します。


「…………チナシまで慌てて飛び出した? 中央に向かってる?」


 チナシまでもが中央……魔王城のある地域に向かっているというのです。タユタとチナシの行動が一致したのは何かの偶然なのか?


「…………チナシは電話を取った後に、顔を真っ青にして飛び出した。電話……電話って事は……まさか……?」


 ノームは最悪のケースを考えます。

 タユタとチナシの行動が一致したのは偶然ではなく関連性があるというケースです。


 タユタは"だらだら亭"で魔王と天使の情報を得ました。"だらだら亭"に魔王と天使に辿り着く痕跡が残された事はノームも把握していましたが、タユタがいずれ辿りつく可能性は危惧しつつも、ここまで早いとは想像していませんでした。

 その後タユタは早々に魔王城に向かっています。きっと得た情報から何かを仕掛けるつもりです。ノームが「真面目バカ」と評するタユタは、思い立ったらすぐに行動します。実際そういうやつです。間違いなく天使の一件で動いているのでしょう。


 その後、チナシが電話を取って動き始めました。

 その電話がたとえば"タユタの行動に関するもの"だったとしたら?

 チナシが天使の調査で秘密裏に各地に密偵を送り込んでいる事はノームも把握しています。その中で、他の四天王の動向を探っていても不思議ではありません。特に周辺管理の甘いタユタなどは調べるのも難しくないでしょう。

 タユタの元に密かに送っていた密偵が、タユタが何かを掴んで魔王城に出向いていった……これを電話で報告していたとしたら。

 後ろめたい何かがあって密偵を放っていたチナシが顔色を変えるのも頷けます。

 タユタの辿り着いたものが正解であれ不正解であれ、魔王の元に出向くという行動を起こされた時点で、タユタの報告次第で魔王からの心証を損ねる可能性があります。

 チナシとしてはそんな危険な状況は見過ごせないでしょう。自身も出向き、タユタを妨害するか、せめて同席して無茶苦茶な事を魔王に吹き込まないように立ち会いたいと思うのではないでしょうか。


 全てに辻褄が合います。それに気付いた瞬間、ノームは拠点を飛び出します。頭に乗った妖精女王スロームルが慌てます。


「ど、どうするつもりよ!」

「タユタとチナシが喧嘩を始めても面倒だし、あいつらを魔王様と会わせても面倒だ。どちらにせよ立ち会って場をコントロールしないと。」


 拠点の大樹イズエイブから飛び降りて、木の根元にある巨大な洞の中に向かってノームは叫びます。


「"森の王"! 足が欲しい! 狼の力を借りてもいいか!」


 洞の中からは重々しく空気を振るわせる声が聞こえました。


『『どうしたんだい、ぼうや。そんなにも慌てて。』』

「詳しく話すと長くなるんだけど……とにかく、魔王様のピンチだ!」


 洞の中から唸り声が聞こえます。


『『そうかい。おい、ローガ。ぼうやを載せてってやりな。』』


 その呼び掛けに応じたように、森の奥から黒い狼が走ってきます。黒い狼はノームの脇に立つと、ノームを見上げました。


『乗りな。中央の手前まででいいのか?』

「できる限り急ぎたい。霧で姿は隠すから、中央まで乗り込んでいってくれ。」

『あいよ。』


 ノームは黒い狼ローガに飛び乗り、ローガと一緒に霧を纏い、普段四天王の前に見せる霧の巨人へと姿を変えます。霧の巨人は狼の足で、凄まじいスピードで駆け出しました。


(密かに探る分には妖精に勝る密偵はいないけど、伝達の速さでは流石に電話には負けるよな……。既にタユタもチナシも大分魔王城に近付いてると考えた方がいい。ゆっくりはしていられない。)


 ノームは急ぎ中央へと向かいます。


 



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 魔界中央にある大きな広場は騒然としていました。

 騒動の中央にいるのは、東部を治める魔界四天王"流麗"のタユタ。

 気絶し倒れる複数の魔族の中心で、ギャラリーに囲まれながら息一つ切らさずにタユタは立っていました。


「なんだなんだ?」

「魔界四天王のタユタが喧嘩してるって。」

「誰と?」

「分からんけどすごいぞ。流石は魔界四天王だ。」


 ギャラリーは心配しているというよりショーのひとつとして楽しんでいるようです。

 実際死者は出ておらず、喧嘩の範疇で納まっていること。魔界では時折闘技大会なども開かれる事から、こういった決闘などは一種のエンターテイメントとなっていること。タユタが騒ぎを起こすのにも魔界の住民も慣れていることなどもあり、問題にはなっていないようです。

 そんな騒ぎの中心に、すとっ、と更に乱入者が現れます。

 上から降ってきたその青い長髪の男を、タユタは冷めた目で睨み付けました。


「随分なご挨拶じゃないか、チナシ。」


 現れたのは魔界四天王"冷血"のチナシ。四天王が更に参上した事で広場は沸き立ちます。

 チナシは引き攣った笑みを浮かべながら、タユタに話しかけます。


「これはこれは、うちの部下が大変な失礼をしたね。ところで、魔王様のお膝元で、君は一体何をしているんだい?」

「貴様には関係のない事だ。……そう思っていたがその焦りよう、どうやら無関係でもないらしい。」


 タユタはにやりと不敵に笑います。チナシは引き攣った笑みを消し、無表情になります。ビリビリとした殺気を漂わせ、両手をだらりと前に垂らします。

 それがチナシの臨戦態勢だと察知したのか、腰に差した刀にタユタが手を添えます。


「…………困るなぁ。また君は騒ぎを起こすつもりかい? 魔王様にご迷惑だと思わないのか? そのつもりなら、悪いが邪魔させてもらうよ。」

「邪魔をする理由は魔王様の為なのか? まぁいい。邪魔をするなら叩き伏せる。」


 四天王同士の争いという事で、ギャラリーが沸き立ちます。


「すげぇ! 四天王同士の勝負なんて初めて見るぞ!」

「どっちが勝つと思う!?」


 割と魔界の住民は暢気です。

 チナシがだらりとした姿勢から、一気にタユタに距離を詰めます。魔界の住民達の目には一瞬でチナシが消えたように見えたでしょう。しかし、タユタはその一瞬を見逃さずに、一瞬の抜刀術でチナシの爪の一突きを弾きました。

 タユタの目の前で火花が散ります。魔界の住民はそこで初めて交戦があった事に気付きます。爪を弾かれたチナシは後ろに飛び退き、小さく舌打ちをしました。


「腹が立つよ……! 馬鹿の癖に腕だけは立つ……!」

「ほう。口だけではないようだが……。」


 タユタは大して動じずに、少しだけチナシに感心したように顎に手を当てました。既に鞘に納めた刀に改めて手を添えます。

 チナシが手のひらからどろりと赤い血を湧き上がらせます。血は生きているかのようにうねり、ぱきぱきと凍り付いていきます。鋭く尖った血のつららは、まるで剣のようです。


「加減もしていられないらしいね……!」

「加減をしてたのか。さっきの雑魚よりマシだと思ったが、この程度かとがっかりしていたところだったんだ。今のじゃれ合い以上のものがあるなら嬉しいが。」

「減らず口を!」


 チナシとタユタが再び衝突しようとしたその時。

 二名の間に割って入る様に、巨大な男が上から降ってきました。地面をガコン!と叩き割って現れた巨体を見て、飛び出そうとしたチナシと、抜刀しようとしたタユタが動きを止める。


「面白そうな事をやってるじゃねぇか? 俺も混ぜろよォ!」


 現れたのは筋骨隆々の坊主頭の大男、魔界四天王"崩山"のガラクです。

 更なる四天王の登場にギャラリーが湧き上がります。

 拳を握り、臨戦態勢に入るガラク。チナシは思わぬ乱入者を前にして舌打ちします。


(何故ガラクまで……! まさか……タユタと手を結んでいるのか……!?)


 チナシがタユタの監視に出していた配下が、タユタが何らかの秘密を掴んで魔王城に向かっているとの報告を受けたチナシは、タユタを妨害しようと中央に駆け付けました。タユタとの交戦は覚悟の上だったのですが、ガラクの参戦までは予想外です。


(流石にこいつまで相手取るのは分が悪い……!)


 タユタの実力はチナシも初見でしたが、ガラクは時折魔王と模擬戦を行っている為、その実力をチナシも見ています。その上で十分に厄介な相手という評価を出しています。タユタの実力も想定以上だったこともあり、この二名を相手取るのに躊躇うチナシでしたが……。


「おお、ガラク。貴様もきたのか。どうしたんだ一体。」

「あァ? どうしたって……てめぇらこそどうしたんだよ、こんなところで喧嘩おっ始めて。」


 タユタとガラクが普通に会話し始めました。どうやら、示し合わせて居合わせた訳ではなさそうです。チナシは拍子抜けして、僅かに力を緩めました。


「いや、魔王様に報告というか相談をしようと魔王城に向かっていたのだが、急にチナシの部下が突っかかってきてな。その上、チナシまで喧嘩売りに来たから応戦してやったのだ。」

「あ? 報告? 相談? なんだそりゃ?」

「それは魔王様に話すから。同席するか? というか、ガラクは何の用で来た?」

「いや、俺ぁチナシが血相変えて中央に向かったって聞いたからよ。何事かと思って見に来たんだよ。」


 殺し合うくらいの勢いで争っていたかと思いきや、唐突に世間話くらいの軽さでタユタとガラクが話し始めます。実力者二名が相手という事でチナシも手を出しあぐねて、その会話を苛立ちながら聞いています。


「チナシが急いでいた? ……私に構ってる暇あるのか?」

「お前の邪魔する為に急いでたんじゃねぇか? ほら、また面倒事起こすと思って。」

「そんな、私がいつも面倒事起こしてるみたいな言い方じゃないか。」

「いや、起こすじゃねぇか。始末書何回書いてんだよ。」

「二桁からは数えるのを辞めたが、三桁は行ってないぞ。」

「いや、異常だろその数は。」


 ガラクはチナシの方を向きます。


「おい、チナシ。このバカ止めに来ただけか?」


 どうやら、後ろめたい事があるというのはガラクにもバレていないと気付くチナシ。これはチャンスとここぞとばかりに便乗します。


「あ、ああ。そうさ。そのバカが余計な事をすると聞いたから未然に防ぎにきたのさ。」


 一転して、この場の厄介者はタユタという事になります。ガラクも「またか」と呆れ顔でタユタの方を振り返ります。


 そこで、更に乱入者が現れます。


 ギャラリーを飛び越え、ズシンと着地するのは、霧の様なぼやけた身体の巨人、魔界四天王"霧幻"のノーム。


「何事だ!」


 てっきりギャラリーを作ってタユタとチナシあたりが騒ぎを起こしているものと思い、割って入ろうと登場したノーム。

 既に会話で落ち着き始めていた他の四天王三名が揃ってそちらに視線を向けます。

 思いの外落ち着いた空気に、逆にノームが空気を読めていないような雰囲気になっています。

 ガラクが頭をぽりぽりと掻いて、「あー」と気まずそうに話し始めます。


「俺はチナシが慌てて飛び出したから追い掛けてきた。チナシはタユタが問題を起こそうとしたから止めに来た。タユタが魔王様に何か用事があって此処に来た。……そんな状況なんだがノーム、お前は?」


 大まかな状況説明をガラクから受けて、ノームは戸惑いながらも答えます。


「……我は、タユタとチナシが中央に向かっていると聞き、馳せ参じたのだが。」

「じゃあ、結局タユタが悪いんじゃねぇか。」


 結局全ての起点はタユタのようです。

 タユタ除く四天王全員の視線がタユタを向きます。


「わ、私が悪いのか? い、いやおかしいだろ! 私は魔王様に用事があるだけで、貴様らが勝手に騒いだんだろが!」


 チナシからしたら、タユタの妨害ができればいい思っています。タユタのいつもの問題行動だと全員が思って止めるのであれば願ってもない事です。

 ノームからしたら、タユタの暴走が止められればいいと思っています。チナシの思惑は置いといて、タユタを今止められるのは願ってもない事です。

 ガラクはチナシの不穏な動きを探りにきたので特に思惑はないのですが、"また"タユタ恒例の面倒事だと思っています。

 完全にタユタだけがアウェーな状況です。


 ギャラリーは魔界四天王の終結にざわざわしていますが、この状況ならばタユタを一旦諦めさせる方向で話が進みそうです。


 チナシやノームがそう思っていたその矢先、更なる予想外の乱入者が現れます。


「お前ら……何を大騒ぎしている……?」


 ギャラリーが更にざわめいて道を空けていきます。

 その道から現れた乱入者を見て、チナシとノームは目眩がしました。唯一、事態を理解していないタユタだけが嬉しそうに声をあげます。


「ま、魔王様!!!!」


 魔王ウリムベルのエントリーです。

 いつも怖い顔がいつも以上に怖い事になっています。

 そりゃ、魔王城もある魔界中央で四天王が集まって大騒ぎしていたら、魔王も気付くに決まっています。


「…………なぁ、お前ら何をしていたんだ?」


 その声からは怒りが滲み出ています。


「……なぁ、ノーム?」

「僕!?」


 思わず四天王の前ではキャラ作りしている「我」の一人称を忘れて、ノームが取り乱します。

 今来たばかりで争いを止めに来ただけなのに、とんだとばっちりです。若干泣きそうになりながら、ノームは説明しようとしますが……。


「わたくしめから説明を!!!」


 タユタが割って入ります。


「…………お前はいいよ。」


 魔王が嫌そうに言います。


「全ては私がきっかけです!!!」


 タユタが自慢げに言います。


「そうだと思ったから、お前以外に話を聞こうと思ったんだよ。」


 どうやらノームに怒っている訳ではなさそうなのでノームは一安心します。

 

「実は、魔王様に報告と相談があって参りました!!!!」


 それでもお構いなしに自身の用件を告げるタユタ。図太すぎます。

 そしてこれにはチナシとノームは慌てます。

 何とか追い返す方向で話が進みかけたのに、この場で直談判を始めました。こればかりは止めようがありません。状況が再び一転します。


 ウリムベルは怪訝な表情で、タユタの方を見ます。


「報告と相談?」

「はい!!!」

「それは急を要する事か?」

「できる限り早い方が、魔王様の為になるかと!!!」

「心当たりがないんだが……何の話だ?」 

「ここでは申し上げづらいのですが……。」


 こんだけ大騒ぎしておいて今更何に気を遣うのか、とウリムベルは思っていたのですが……。


「"だらだら亭"の一件について。」

「ぐほっ……!」


 ウリムベルはむせました。

 "だらだら亭"、そこはウリムベルがこの前の休日に訪ねた天使達が経営する料理店です。ウリムベルが天使を伴って来店した店舗の名前が出て、思わず動揺しました。

 ウリムベルが慌てて四天王達を見ます。ただならぬ反応はバレているようです。


 確かに、タユタの言う通り、こんなところでは話せません。


「……分かった。お前一人で来い。」

「はっ!!!」

「他の四天王は帰れ。タユタとだけ話をする。」


 他の四天王は気が気ではありません。

 チナシが食って掛かります。


「し、しかし魔王様……! タユタの厄介事で魔王様のお手を煩わせる訳には……!」

「黙れ。」


 ウリムベルは一蹴しました。ぎろりとその目で睨まれると、チナシはすくみ上がります。

 しかし、チナシは引きません。

 にやりと笑みを浮かべると、無礼を承知で切り込みます。


「……おや? もしかして、『我々に聞かれてはまずいこと』でもありましたか?」


 ウリムベルはぎくりとしました。

 実際、広く知られては困る事なので、チナシの指摘は当たっています。


(無礼は承知の上……! しかし、私の手の届かぬところでタユタに好きにはさせられない……!)


 チナシはチナシで、ここで無礼を働こうとも、タユタのみの情報がウリムベルに渡る事を許せません。

 チナシが懸念している、『天使が侵入したかもしれない』という懸念。これは、たとえタユタであろうとも、侵入した天使が見つかった時点で判明する問題です。

 未だチナシの捜索の甲斐もなく見つからない天使。直近で発生する『緊急事態』というものの心当たりは、チナシにはそれしか思い浮かびませんでした。

 急に魔王城を目指して報告に動き始めたタユタの動き。それを見たらチナシも黙っては居られません。黙ったら立場が悪くなるだけです。


 チナシの無礼な物言いは、しかしウリムベルには刺さりました。


(ここで拒んだら、逆に疑いの目が向くのではないか……?)


 ウリムベルは考えます。

 タユタが"だらだら亭"で知ったこと。それは恐らく十中八九は天使の話題でしょう。タユタの報告とやらでそれが明るみに出る可能性は限り無く高いです。

 それが四天王に知られるリスクを恐れて、遠ざけたいとウリムベルは思いました。

 しかし、今こうして『聞かれたくない報告がある』事を勘繰られているのであれば、四天王達は探りを入れてくるのは目に見えています。

 もしも、ウリムベルの居ないところでそれを知られた場合、どのように曲解されるのか分かったものではありません。


 『ウリムベルが把握しているところで知らせること』と『ウリムベルの与り知らぬ所で知られること』を天秤にかけて、ウリムベルは前者の方がリスクが低いと判断しました。


 はぁ、溜め息をついてウリムベルは降参します。


「……いいだろう。話を聞きたいというものはついてこい。」


 あっさりと諦めが付いたのは、ウリムベルにもとある決心ができていた事が大きいのかもしれません。

 天使グダリエルと言葉を交わして抱いた決心です。

 彼女にここに居て欲しい。そんな自分の気持ちと向き合った今、ウリムベルはいつかは彼女がここに居られるように、周囲にも認めさせる覚悟を抱いていました。


 "いつか"が少々早くなりましたが、タユタとチナシに追い詰められた事で逆に踏ん切りがついたのです。


「先程の無礼大変失礼しました。如何なる処罰も受ける覚悟です。その上で、その報告の席に同席させて頂きたく。」


 膝を突き、頭を垂れるチナシ。


「俺も混ぜてくれよ。聞けるってんなら聞いときてぇ。」


 ガラクも参加するようです。


「……我も参加させて頂きましょうぞ。」


 ノームも参加を表明します。

 ノームは、四天王の中でいち早く魔王と天使の関係に勘付いていました。恐らくタユタから出る話題がそれであると知った上で、その話で魔王に追究が行く場合はフォローをするつもりでいます。チナシの駆け引きにより同席できる機会が与えられたのは願ってもない事でした。


 こうして、タユタがきっかけで起こった四天王の小競り合いは、四天王を全員参加させたタユタの報告会へと発展します。





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 魔王城第一会議室に、魔王と四天王、魔王秘書エンゲが集います。

 今日は普段の定例会とはまた違った緊張感が漂っています。


 今日の会議の中心にいるのはタユタ。

 彼女は立ち上がり、魔王への報告を開始しました。


「魔王様。本日はお時間を頂きありがとうございます。」

「前置きはいい。本題に入れ。」

「はっ。では早速話に入りましょう。」


 ウリムベルに促され、タユタは真剣な表情で話し始めます。


「結論から参りましょう。魔王様は最近ペットを飼い始めましたね?」












 会議参加者の全員の頭の上に疑問符が浮かんだようでした。

 全員が全員「何言ってるんだコイツ」という顔をしています。

 てっきり、"だらだら亭"にグダリエルと訪問した事を暴かれるのかと思っていたウリムベル。

 てっきり、魔王と天使の関わりを暴露するのかと思っていたエンゲとノーム。

 てっきり、魔界に侵入した天使の話を出されると思っていたチナシ。

 全員神妙な顔をしていたので、すごい議題が出るのかと思っていたガラク。


 全員、虚を突かれて、何を言っていいのか分からない状態です。

 

「……ん? ……魔王様は最近ペットを飼い始めましたね?」


 タユタがわざわざ言い直しました。別に聞こえてなかった訳じゃありません。

 あらためてその意味不明な質問を聞かされて、全員が聞き間違いではなかった事を再確認できたのは良かったのですが。


 ウリムベルはとりあえず答えます。


「いや……飼ってないが。」

「隠したいお気持ちは分かります。しかし、私は知ってしまったのです。」


 ウリムベルは正直に答えたつもりでしたが、タユタは胸を抑えて同情したような顔で言います。


「東部にある料理点"だらだら亭"に、天使を連れてきたでしょう?」










 会議参加者の全員の頭の上に感嘆符が浮かんだようでした。

 ビックリしすぎて飛び跳ねるようにガタン!と全員がテーブルに足を打ち付けました。

 一番出てくると緊張していた話題がこのタイミングで突然出てきたウリムベル。

 警戒していた話題をこのタイミングで突然出てきたエンゲとノーム。

 恐れていた話題が想像だにしない方向から飛び出してきたチナシ。

 全然心当たりの無かった話が急に出てきて訳が分からないガラク。


 全員、またも虚を突かれて言葉が出てこない状況です。


「私はもう知っているんです。隠す必要はありません。」

「ごめん。本当にちょっと待って。全然頭が追い付かない。」


 ウリムベルがもういっぱいいっぱいです。

 散々緊張させておいて、急に「ペット飼い始めました?」と世間話でがくっと落としておいて、いきなりさらっと天使の、グダリエルの話を出してきて緊張を跳ね上げさせる激しい揺さぶり。

 話の流れが滅茶苦茶すぎてウリムベルは混乱しきっています。むせて咳き込んで、えづいて若干吐きそうになっています。


「……仕方ない。魔王様に代わり私が説明しよう。」


 タユタが勝手にウリムベルを代弁するとか言い始めました。

 普段はタユタに噛み付くチナシでさえ、割って入る事ができません。


「魔王様は、天使をペットとして飼っているのだ。」







 ウリムベルはようやく理解しました。


(こいつ、グダリエルをペットとか言ってるのか!?)


 好きになった女の子をペット呼ばわりされた怒りが湧く……とかではなく、あまりにも想像の斜め下の見解にウリムベルは怒りや呆れを通り越して驚愕しました。


(イカれてるのかこいつ!?)


 ウリムベルがわたわたとしています。このイカれたやつに何と言って言い聞かせたらいいのか言葉が出てきません。


「あ、あのな、あのなぁ!!! おま、お前なぁ!!! 天使をペットって……お前よくそんな事言えるな!!!」


 ウリムベルからは全然言い聞かせるような言葉が出てきませんでした。

 タユタは「あっ」と口に手を当てます。何かに気付いたようです。


「失礼しました!!! "家族"と言った方が宜しかったでしょうか!?」

「えっ? か、かぞく……?」


 タユタはうんうんと頷きながら言います。


「私の母も最近犬を飼い始めたのですが、ペットとか言うと怒るんですよ。『この子は私の息子だー!』って。今やペットも家族というべき親しき存在。私の配慮が足りていませんでした。」


 そういう事じゃないのです。

 

「私も昔、捨て犬を拾ってきて飼っていた事があったんです。ずっと犬を飼いたかったんですが、母はダメだと言いました。」

「なんで突然自分語りを。」

「私は母にバレたら返してこいと言われると思い、こっそりと自分の部屋で飼っていたんです。毎日ご飯を少しだけ残して持ち出して、それを与えたりして。」


 タユタはバン!とテーブルを叩いて、熱く叫びます。


「魔王様も私と同じなのだ!!!!!!」


 あまりにも迫真の叫びすぎて、全員ビクッとしました。


「天界から落ちてきた天使。巣から落ちた小鳥のようなものだ。魔王様はそれを拾った。魔王様はそれを飼いたかったが、魔界では天使は敵とされている。天使を飼っていたら怒られる。だから、魔王様はこっそりと天使を飼わざるを得なかった……。」


 哀れむように悲しげな表情を浮かべて、タユタが熱弁します。

 なんで天使が落ちてきたと分かるのか、とか。

 なんで巣から落ちた小鳥みたいだからといって『天使を飼う』というトンデモ発想に至るのか、とか。

 なんでウリムベルがペットを飼いたがっていた、という体で話が進んでいるのか、とか。

 ツッコミ所が多すぎて、誰もツッコミを入れられません。


「私の領地にある料理点に、お忍びでいらしたのも、皆に秘密にする為ですね?」


 実は最初のカミングアウトからさらりと『天使と一緒に魔王が料理点を訪れた』という重要な話を当たり前のように話しているのですが、誰もそこに触れられません。

 そういえば、"だらだら亭"を切り盛りするのも天使です。タユタも通っているという料理店の店主と同じ種族を、ペットにするとかいう狂気の発想がよくもまぁできたな、とウリムベルは段々とタユタが怖くなっていきます。


「だが!!! 私が知った以上は、そんな悲しい思いはさせない!!! 魔王様は天使を飼っている!!! それを貴様等にも認めて欲しい!!!」


 グッと拳を握って、タユタは四天王達を見回しました。


 今の流れで何を認めろと? とでも聞きたそうな表情をしています。


 ウリムベルは頭を抱えました。

 タユタがやばい奴だとは知っていたのですが、ここまでやばい奴だとは思っていませんでした。

 天使との関わりが分かったところでタユタは肯定してくれるようです。それだけは有り難いとウリムベルも思いました。形を致命的に勘違いしていますが。


 他の四天王に何と言うべきなのか。ペットというところを訂正すべきなのか。何から話をすればいいか考えます。


 ウリムベルが次の言葉を考えていると、先手を打ったのはガラクでした。

 唯一、天使の話云々に関して外側にいた男です。彼が純粋な疑問を投げ掛けました。


「……あのよぉ。色々と理解が追い付いてねぇんだが。……"ペット云々"ってのは一旦置いといて。本当に魔王様のところに天使がいるのかよ?」


 まともな疑問です。そもそも天使がいるかいないかすらハッキリしていないのです。ガラクの質問は本来ならウリムベルも恐れていたところなのですが、タユタの滅茶苦茶な流れの中ではむしろ助け船にすら思えました。


「…………ああ。」


 ウリムベルは肯定します。まずはこれで四天王達に、『魔王の元に天使がいる』というところまでは伝わった筈です。

 これに反感を抱かれるのかどうか、ウリムベルは恐る恐るガラクの顔を見ましたが、ガラクは頭をガリガリと掻いて、「うーん」と悩ましげに唸りました。


「……まぁ、何となくは分かるぜ? そもそもどうして天使なんかを手元に置いてるのかは分からねぇけどよぉ……それを言い出せずに隠してたってところは分かったよ。そりゃ天使は敵だと言われてる魔界で、そんな事はいいづれぇわな。」


 ガラクは反感を抱くまでではないようで、天使を隠していた事までは理解を示しているようです。


「なんで魔王様は天使を手元に置いてるんだ? そもそもその天使はどこから来たんだ? ……みてぇな疑問は色々とあるが、細々聞くのも面倒くせぇ。」


 ガラクは腕を組んで胸を張りました。フン、と鼻息を鳴らして、どっかりと構えます。


「あんたが匿ってやってるって事は、あんたはその天使をスパイやら敵やらだと思わなかったんだろ? あんたが信じてやってるって時点で、俺ぁその天使をあれこれ疑いやしねぇよ。俺ぁあんたを信頼してるからな。」

「ガラク……。」


 ガラクの言葉に少しじーんとするウリムベル。

 そのガラクの発言を聞いたチナシはばつが悪そうにしています。少しだけ、引き攣った笑みを浮かべながら、チナシは口を開きました。


「……まぁ、流石は魔王様と言いますか。天使を奴隷にしたという事でしょうか? それとも捕虜でしょうか?」

「お前ペットを奴隷や捕虜扱いして許されると思うなよ?」


 タユタが凄い目力でチナシを睨みます。普段は言い返すチナシですがあまりにも圧が凄かったので今回ばかりは若干怯みます。


「……ごほん。ペットというのが何処まで本気なのか知りませんが、""として御側に置くのであれば、私からは何も申し上げませんよ。」


 チナシは目を細めて、ウリムベルをじろりと睨みました。


を間違えれば、頭の固い古老どもが反感を抱く事はどうかお忘れなきよう。」


 チナシの意外な反応に、ウリムベルは目を丸くしました。

 魔族至上主義者であり、天使対策担当として天使の対応をしてきた代表であるチナシこそ、四天王の中で最も天使を傍に置くことに反感を抱くとウリムベルは思っていました。

 しかし、チナシは自身からは何も言うことはないと言いました。

 その上で、"天使の扱い方"次第では、古老……古い魔族達の反感を買うと忠告しているのです。


「……分かった。その忠告は覚えておこう。」


 やれやれといった様子で、ふぅ、とチナシが溜め息を吐きます。

 思えば、タユタのみを報告の為に呼び寄せるという流れを変えたのもチナシです。ウリムベルには厳しいところを突いてきてはいますが、結果的にはウリムベルにとっては有り難い流れに誘導してくれているようにも見えます。


(意外と、良い奴なのか?)


 ウリムベルは少しチナシを見直しました。


 対するチナシはと言うと、進言した通りに"周囲の目"というものを気にしていたので、本来であればウリムベルが天使を傍に置くことには反対したいというのが本心でした。

 しかし、先駆けてガラクが"魔王への信頼"を理由に認めると場の流れを誘導した事、そしてガラクがさりげなく触れた"天使が何処から来たのか"という疑問点があげられた事で、これ以上話を広げないよう認めざるを得なくなっていました。


(万が一、魔法ゲート付近の痕跡の持ち主が魔王様が抱える天使だった場合……侵入経路が明るみに出るのは非常に不味い。)


 チナシが虚偽の報告をした魔法ゲート付近の"天使の痕跡"。

 もしもこれ以上天使の事に踏み込もうとすると、魔界への侵入経路に話題が及び、チナシの報告に焦点が当たるかも知れません。


(タユタが適当に言っていた、"落ちてきた"という話に乗るのが丸く収まる。私にとっても、魔王様にとっても。)


 魔法ゲート付近の天使の痕跡。

 これに魔王の天使が関わっているとなると、チナシの虚偽報告と失態が明るみなる……事もありますが、チナシが「魔王にとって良くない」と判断する問題があるようです。


 ガラクに続いて、チナシが魔王が天使を飼っているのを認めていく中、霧の中でノームは考えます。


(……もしかして、タユタの言うことはあながち間違いではないのか?)


 『魔王が愛玩動物に向けるような愛情を持って、天使を保護した。』

 ノームからしたら、エンゲの掲げる色恋沙汰説よりもそちらの方が理解しやすい理由でした。『ペット』という言い方こそ、倫理的に問題ある聞こえ方がしますが、感覚としてはそれと近いのではないかとノームは考えました。

 その上で、チナシの忠告を聞いて、思います。


(反天使派に魔王様と天使の関係を納得させるには、『ペットにしている』……あくまで下位の所有物としているとした方が受け入れやすいのかも知れない。)


 タユタがそこまで計算しているとはノームには思えませんでしたが、中々に的を射ている考え方だと感心します。

 『魔王が天使との共存を望むのであれば、それを肯定する』という立ち位置のノームには、タユタの考えを否定する理由がありませんでした。


「我は問題ないと思いますぞ。敵対する天使をペットにして従えたとなれば、魔王様の格も上がりましょう。」

「……ノームさん?」


 じろりとエンゲが睨みます。

 恋愛説を推しているエンゲからしたら、許せない事なのでしょう。


「おっと、ペットではなく家族でしたかな? まぁ、"事実"がと決まっているのなら、他者の言葉の選び方など些細な事でしょう。今の失言は多めに見て頂けますと幸いです。」


 ノームの遠回しな言い回しは、エンゲにも伝わったようです。納得は行っていないようでしたが、今の「ペット」という言葉選びが方便だという事は伝わったようです。

 チナシとノームの言葉から、ウリムベルも彼らの言わんとしている事を把握しました。


("今はまだ"、グダリエルへの想いを表に出すべきではないのだろう。多くの反発を買い、逆にグダリエルを不幸にするかも知れない。)


 本来であれば、グダリエルをペット扱いする事にウリムベルは納得していません。


(いずれは、誰しもに納得させる。だが、今はまだ段階的にでも認めさせて行くべきなのかも知れない。)


 それは折衷案。ウリムベルはぐっと自身の感情を抑えて、それを受け入れます。


 その折衷案を、タユタが魔族の天使への敵対感情、反発などを意識して用意したのかは分かりません。本気でペットとして飼ってると思っているのかもしれません。

 しかし、結果としてそれは四天王全員を納得させる事になりました。結果論ではありますが、ウリムベルははじめてタユタのお節介に感謝します。


 そんなウリムベルの内心を知ってか知らずか、タユタは四天王全員の返答に満足した様子でニカッと笑いました。

 

「珍しく四天王全員の意見が纏まったな! これで、魔王様が天使を飼うのは公認となった! 魔王様、これで公に天使を連れて歩けますね! 本日の会議はこれにて解散!」


 こうして、タユタが強引に開始した会議は、タユタが無理矢理締めました。

 望んだ形ではないものの、秘密にしていた天使の存在は、魔界四天王達にも認められたようです。

 会議が終わって、色々と疲れ果てた四天王達がはぁ~~~っと息を吐いて力を抜きます。


 そんな中、タユタが疲れ果てたウリムベルに近寄ってきました。


「魔王様!」

「……どうした? まだ何かあるのか?」

「魔王様の飼ってる天使を見に行ってもいいでしょうか!?」


 今となっては否定する必要もありません。ウリムベルは溜め息をつきつつ、ふっと笑って席を立ちました。


「いいぞ。ついてこい。」


 変な方向ではありますが、一歩前進……したのでしょうか?




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