第10.5話 天使の暇潰し




 ウリムベルとグダリエルのお出かけを経て、関係性に進展がありましたが、先週と特に生活が変わる事はありません。

 ウリムベルはお仕事に出かけ、グダリエルは魔王の部屋でお留守番をしています。


「ひま……。」


 グダリエルは暇を持て余していました。

 先週までは部屋で眠っている事で暇潰しをしていたグダリエルでしたが、今週に入ってからはどうにも眠れません。

 何故だかはグダリエル自身も理解できていませんでしたが、とにかく眠くなりませんでした。

 午前はお昼の休憩時間にウリムベルが帰ってくるのが待ち遠しくて、午後にはお仕事が終わってウリムベルが帰ってくるのが待ち遠しくて、そわそわして眠れません。

 起きていると思いの外、その待ち時間が長いとグダリエルは感じるのでした。


 ベッドに寝転びながら、今週ずっと手元に持っているエミアテージュの花の栞を眺めます。これはお出かけの際に庭先でウリムベルに摘んで貰ったエミアテージュの花を押し花にして栞にしたものです。

 その水色の綺麗な花を見上げながら、グダリエルは頬を緩めるのでした。


 水色はグダリエルの好きな色です。

 はじめて、ウリムベルが選んで買ってきてくれたワンピースと同じ色です。

 水色に、白い水玉模様を浮かべた、雲の浮かぶ空のようなワンピース。

 彼からのはじめての贈り物。本当は天界を思い出してしまう青空は好きではありませんでしたが、それからグダリエルは水色が好きになりました。


 グダリエルは栞を眺めながら思い出します。

 そういえば、ウリムベルは本は自由に読んで良いと言っていました。

 この栞を使ってみたいという事もあり、グダリエルは本棚へと歩きます。


 本棚には背にややこしいタイトルが書かれた本がずらりと並んでいます。

 どうやら多くがお勉強やお仕事の本のようです。こういう本は読んでも分かりません。

 なんとか自分でも読めるものはないかとグダリエルが探していくと、一冊気になるものがありました。


「魔界観光ガイド……。」


 魔界の観光を案内する本でしょうか。他の難しい本はタイトルから内容が分からずグダリエルでは手が伸びなかったのですが、これなら分かりそうです。魔界がどういうところなのか、興味もあったのでグダリエルはこの本を本棚から引っ張り出しました。


「……あれ?」


 引き出して初めて、本からいくつもの付箋がはみ出している事にグダリエルは気付きます。そこそこ厚みのある本だったので、グダリエルはその付箋が気になりつつも、一旦ソファまで魔界観光ガイドを持っていきました。


 テーブルに置いて、気になる付箋の挟まったページを開きます。

 最初に開いたページには、この前のお出かけで見に行った魔桜公園が紹介されていました。そのページ内にも、ペンで線が入れられていたりします。

 続けて付箋のあるページを捲ると、ショッピング街や他の観光地が載っています。どれも女の子向けの場所でした。

 付箋は分厚い本の前の方から後ろの方まで点在しており、本をまるまる一冊読み込んだのだと言うことが想像できます。

 魔桜公園であったり、女の子向けの観光地をチェックしている事から、グダリエルは気付きます。これは自分とのお出かけの為にチェックしてくれていたのではないかと。


「……こんなに考えてくれてたんだ。」


 全部を回る事は当然できないとして、きっといくつものプランを考えてくれていたのだと、グダリエルにも分かりました。

 外に出た時、庭先で花壇の花を見ていたグダリエルを見て、この中から花壇で知られる魔桜公園を選んでくれたのでしょう。


 お出かけの中でたくさんの「好き」を聞かされて、グダリエルは嬉しいと思いました。しかし、こんな見えないところの優しさを見て、グダリエルはもっと嬉しく思いました。


 ぱらり、ぱらり、と本を捲り、グダリエルは思います。


(もらってばっかりでいいのかな。)


 天使としての力もなく、何も知らない女の子。

 帰るあてもなく、自分だけで外に出ることもできず、何かを自分で得ることもできない女の子。

 そんな女の子に一体何ができるでしょうか。

 それでも、グダリエルは思います。


(……なにかおかえししたいな。)


 その願いが叶う日はくるのでしょうか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る