第10話 四つの思惑、一つの疑念



 魔王ウリムベルと天使グダリエルの間に進展があった一方その頃。

 彼らを取り巻く者達は、そんな事を全く知らずに動いていました。

 魔王直属の最高戦力"魔界四天王"。

 四分割された土地をそれぞれ管理する者達は、魔王の思惑とは別に動きます。



 


 魔界西部を治める魔界四天王の一角、"崩山ほうざん"のガラク。

 丸坊主の筋肉の塊のような大男です。

 彼は巨大な岩の上で、座禅を組んで目を閉じています。 


「ガラク様。」

「…………。」

「ガラク様!」

「…………。」

「ガラク様!!!」

「…………。」

「ガーラークーさーまー!!!!!!」

「…………。」

「この筋肉ハゲダルマ!!!!!!!!!」

「うるせぇんだよ! 聞こえてねぇ訳じゃねぇんだよ! 無視してんだよ! 精神統一して集中してんだ、見りゃ分かるだろ! 邪魔すんなって事だよ! あと最後の悪口なんだ、やんのかコラァ!」

「ひええっ!」


 耳元で叫んでいる相手に、ガラクはブチギレました。

 わざとらしく怯えて飛び退くのは人型魔族"魔人"のトルエップ。顔に色とりどりのメイクを施した派手な服装の男です。

 泣きそうな顔をしながら、目を潤ませもせずに言いました。


「いやだってぇ! 他の四天王に動きがあったら報告しろって言ったのガラク様じゃなぁいですかぁ~!」

「そんなん修行が終わってからでいいだろうが! 空気読めや!」

「ぴえん! あぁんまりだぁ~! ………………いやまぁ、そうですよねぇ! はい! 嫌がらせのつもりで声を掛けましたぁ! 精神統一の邪魔をしようとってブヘェッ!!!」


 ゲンコツを食らってトルエップは岩に叩き付けられました。


「で、動きがあったのか?」


 岩が割れるくらいに叩き付けられながらも、トルエップは平然とひょこっと立ち上がって答えます。


「北のチナシがコソコソ魔界のあちこちにネズミを放ってるみたいだよぉ~。何やら天使の調査をしているとかとか。」

「天使だァ? ああ、そういや定例会でそんな報告してたなぁ。まだ探ってんのか?」

「まぁ~、本当に怪しいなら堂々と中央に報告して、大々的に調査すればいいと思うんだけどねぇ~? どうしてコソコソと秘密裏に調査してるのかなぁ~?」

「回りくどいのは嫌いなんだよ。とっとと言え。」

「ぴえん! 怖いぃ! …………っと、マジ怒るのは勘弁ですよぉ? 早い話、天使関連の対応を任されてる身として、不祥事を隠したいのか、それか何かを掴んでいるのか。そのどっちかじゃないかなぁ~? ボクちゃんじゃこれ以上深くは探れないけどねぇ~?」


 ガラクは顎に手を当てて考えます。


「…………そりゃ、魔王様とか魔界にとって迷惑な話なのか?」

「不祥事の隠蔽なら、まぁ迷惑じゃないんじゃないかなぁ~? 秘密裏に面倒事を片付けるならむしろ魔王様のお手を煩わせないんじゃなぁい? 政争には使える、チナシを蹴落とせるネタかも知れないけど、ガラク様はそういうの興味ないでしょ?」

「ああ、興味ねぇな。」


 世襲制の魔王が治めるとはいえ、魔界にも権力争いはあります。

 魔王を引き摺り降ろす、四天王に取って代わる、各地の領主の座を狙う者達も息を潜めています。

 ガラクという男はそう言ったものとは無縁です。力のみで魔王に見出され、力のみで四天王の座を守る根っからの腕力の男です。

 

 トルエップは「でもでも」と続けます。


「もしも、"何かを掴んでいる"なら……その内容次第じゃあ、立派な魔王様への背信行為じゃないかなぁ~?」

「…………何かってのはなんだ?」

「さぁねぇ? でもでもぉ、たとえば……。」


 口を耳元まで避けさせて、牙の並んだ口で笑みをトルエップは言いました。


「魔王様を、今の魔王の座から引き摺り降ろす為のネタとかぁ?」

「あ?」

「たとえば、の話だぁよぉ~!」


 トルエップは尚もケタケタと笑いながら話します。

 

「たとえば、とは言え、見過ごせないよねぇ~? 万に一つ、もし魔王様を裏切っているのであれば……。」

「…………捨て置けねぇな。確かに。……で、万に一つがあるなら、俺ぁ何をするべきだ?」

「北部に殴り込んじゃあ、それはもう戦争だよねぇ~? そんな混乱は逆に魔王様のご迷惑になるよねぇ~? だけど、ガラク様の支配下でなら、『西部の自治のためって名目なら』、動いてもお咎めを受ける謂われはないと思わないかなぁ?」

「結論を言え。」


 トルエップは手のひらを開きます。すると、ぽんとネズミの人形が現れました。


「西部で探りを入れてる、チナシのネズミをとっ捕まえちゃうのさぁ~! 別に理由なんて要らないよぉ~! そんなのでっち上げちゃえばいいんだしねぇ~! 西部をコソコソ探られたんだよぉ~? 非はあっちにあるのさ!」

「……なるほどな。」

「とっ捕まえた後に、尋問してみてもいいかもねぇ~? それでチナシの狙いが知れたらラッキーだよねぇ? まぁ、これは硬く口止めされてるか、そもそも狙いまでは教えられてない可能性が高いかもねぇ~? それならそれで、チナシのネズミを突きだして、怪しい動きを告発すればいいのさぁ~!」


 トルエップは手のひらに載せたネズミの人形をぐしゃりと握り潰します。割れた欠片すら残さずに、ネズミの人形は手のひらから消えました。

 トルエップからの提案を受けたガラクは、顎に手を当て考えます。


「…………ネズミをとっ捕まえろ。」

「了解、ボス。その命令が欲しかったのさ。」 


 魔界西部を治める四天王"崩山"のガラク。力押しの彼の右腕である側近の魔人"道化"トルエップ。 

 西部の荒くれ者達を黙らせる腕力はガラクが振るい、知恵はトルエップが巡らせる。

 本来ならとっくに出し抜かれている筈の脳筋ガラクが西部の支配者の座に登り詰め、未だに留まっているのはトルエップの働きが大きい。


「お前は頭を使え。力は俺が使う。」

「元々そういうお約束だからねぇ~? キミに足りない頭はボクちゃんが、ボクちゃんに足りない力はキミが……これがボクちゃん達のやり方なのさ!」




 魔界四天王のガラクは、トルエップの助言を受けて、怪しい動きを見せる四天王チナシへの対策の為に動き出します。

 魔王への背信行為を認めない為に。

 根底にあるのは魔王への忠誠か、それとも……。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 疑いの目が向いているとはつゆ知らず、魔界北部のトップ、魔界四天王の"冷血れいけつ"のチナシは苛立ちながらデスクを指で叩いていました。


 以前に彼が見つけた天使の痕跡については既に魔王に報告済みです。


【人間界調査用の魔法ゲート付近に天使の羽を発見した。魔法ゲートに触られた形跡はなし。魔界側には痕跡はなし。魔法ゲートが発見された可能性は限り無く低いが、魔界への入口を探している可能性はある。引き続き警備を強化する。】


 人間界と魔界を繋ぐのは、南部にある"天蓋"だけではありません。

 物理的な門である"天蓋"とは別に、各地方には人間界と繋がる"魔法ゲート"が設置されています。これは、魔法的手段により物質や生物を転送するもので、これを通して一部の人間との交流を行っています。

 北部には人間界の無人のエリアに繋がる魔界ゲートを設置しており、人間界の調査の為に用いられています。


 調査隊が発見した"天使の痕跡"とは、この魔法ゲート付近に落ちている"天使の羽"でした。


 魔法ゲートは巧妙に偽装されており、恐らく天使には発見できないとチナシは考えています。実際、魔法ゲートがバレているのならとっくに天使は侵攻してくるとチナシは考えているので、まずバレていないだろうと考えます。


 問題なのは"魔界側"のゲート付近にも、天使の痕跡はあった事です。


 チナシは、魔王への報告を偽りました。痕跡は"人間界側"にしかないと報告したのです。

 チナシはまず天使がゲートに気付く事は有り得ないと考えます。しかし、魔界側に痕跡があったのであれば、ゲートに気付かれた可能性、既に天使に侵入されている可能性は大幅に上がります。


(もしも、北部のゲートから天使の侵入を許したとなれば……これは私の失態だ……。)


 失態を魔王に知られる訳にはいかない。それ故に、チナシは魔王への報告を意図的に隠し、部下を動員して魔界内の天使の調査に乗り出しました。


 チナシの部下は、チナシの思想に同調する"魔族至上主義者"の集まりであり、チナシが四天王に就任する前からの身内のような配下で固められています。

 魔界有数の魔人貴族、自身らを高潔な一族と称する"吸血鬼"。

 

「いずれ魔王の座を当主チナシ様に。」

「魔界に吸血鬼の時代を。」

「そして、いずれは全ての世界を魔族の、吸血鬼の手中に。」


 そんな目標をチナシ配下の吸血鬼達は掲げます。


「天使侵入の失態は隠さねば。失脚の原因は潰さねばなりませぬ。」


 そうして、チナシの配下達は躍起になって、見つかる前に侵入した天使を捉えようと動きます。

 全ては当主チナシの為に。当主チナシがいずれ魔界の頂点に、世界の頂点に立つ為に。吸血鬼の時代を創るのだ。


 血気盛んに盛り上がり、当主であるチナシを祭り上げ、チナシの命を受けて天使捜索に動く吸血鬼達。

 その野心は他の四天王達にも見透かされています。故に、他の四天王達はチナシを危険視しています。

 そんな野心を抱きながらも四天王の座に残るチナシに不信感は抱いていますが、魔王の決定に異を唱える事はしません。

 タユタは「魔王様は野心あるものも評価している器の大きな御方だ。」と、ガラクは「魔王様にとっては小物の不相応な野望は脅威にもならないのだ。」と、ノームは「多分気付いてないんじゃないかな。気付いたところで問題なさそうだけど。」と、それぞれがチナシを危険視しながら、それを受け入れる魔王の器を信じているのです。





 その吸血鬼の矜持や、周りから警戒されている野心とやらを、鼻で笑い、チナシはギチリと唇を噛み締めました。





("そんな事"はどうでもいい……!)


 吸血鬼の覇権の為に。

 そんな謳い文句は所詮は配下となる吸血鬼達の言い分でしかありません。

 チナシはそれを積極的に拒む事もなければ、肯定した事もありません。


(たとえ"あの御方"を偽ろうとも……"あの御方"に失望される事だけはあってはならないのだ……!)


 青い長髪を掻き乱し、チナシは頭を抱えました。

 そして、取り乱した後に胸に手を当て祈りを捧げます。


(我が唯一の主……至高にして究極……歴代最強にして最高の御方……第十三代魔王"ウリムベル・ナタス・グ・ラエブ"殿下……!)


 チナシの思想で重視されるものはたった一つ。

 第十三代魔王"ウリムベル・ナタス・グ・ラエブ"のみ。


(天使も……人間も……魔族も……吸血鬼も……全て! 全てがあの御方の下にある! どうして、あのバカどもは分からない! 魔王の座を私に? あの御方に取って代わる者などいるものか!)


 それは盲信じみた忠誠。

 チナシは魔族至上主義として、魔族以外の種族を見下している訳でも、吸血鬼以外の種族を見下している訳でもありません。

 魔王ウリムベル以外の全てを、"自分も含めて"下らないと見下げ果てているのです。


(失望されてはならない……! あの御方の"所有物"に相応しい私になるのだ……! 吸血鬼の一族などその踏み台……! 全てはあの御方の為に……!)


 "冷血"チナシは、血を沸き上がらせるように熱くなりながら自身に言い聞かせます。

 あの御方の為であれば、あの御方を差し置いて王として吸血鬼達に崇められる事にも耐えてみせます。

 あの御方の為であれば、あの御方を欺いてでも美しい自分であろうとします。

 あの御方の為であれば……。


 狂気じみた盲信はどこから来るものなのか。

 それはチナシ自身しか知りません。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 魔界南部の大半を占める広大な森"霧の森"。

 一年中深い魔法の霧に包まれておりまともに行き先も分からない迷いの森は、人間界と魔界の間にある"天蓋てんがい"と呼ばれる物理的な門の後にある、魔法の門とも言えるでしょう。

 森には獣型や植物型などの意思疎通のできない魔族や、妖精や小人のような小さな魔族が暮らしています。


 そんな"霧の森"にそびえる一本の巨木は始まりの樹"イズエイブ"と呼ばれています。森の主にして、全ての霧の発生源であると言われる"森の王"の住居です。


 "森の王"の住まううろの上には、また別の住居があります。

 そここそが魔界南部を治める魔界四天王"霧幻むげん"のノームの家です。


「困った事になったなぁ……。」


 ふわふわと飛び回る無数の蛍のような光に囲まれながら、少年の姿をしたノームは頭を抱えました。

 飛び回る光は"妖精"。妖精は一部の者にのみ聞こえる声で、ノームの耳元で囁きます。妖精達はノームが魔界各地に飛ばしており、魔界内の情勢を探る小さな密偵なのです。

 妖精達を指揮するのは、ノームの頭の上に座る手のひらサイズの人型の妖精、妖精女王"スロームル"です。魔界四天王ノームの"あくまで同列の協力者"として、魔界南部の統治者の助力をしています。


「どうするのよ! これじゃ色々と明るみになるのも時間の問題よ!」


 スロームルは他の妖精よりも甲高い大きな声で、ノームの頭をぺしぺしと叩きます。

 ノームが頭を抱えている理由は、魔王と四天王に関して、ずっと見張っていた問題に変化があったからです。


 定例会での魔王の"天蓋"と"天使"の問題への反応を見て、タユタとチナシが何かを察して動こうとしていました。

 いち早く魔王の秘密の答えに行き着いたノームは、彼らが同じ答えに行き着かないようにコントロールしようと動きました。


 ノームのタユタの評価は「真面目バカ」。真面目で愚直な暴走しやすい女性ですが、"決定的な証拠"正しい答えには行き着かないだろうと判断していました。

 一方のチナシの評価は「保守的意識高い系」。自己評価が異常に高く、特に魔人という種に誇りを持ち、他のものを見下し、それでいて向上心が高く常に上を目指しながら、失態を恐れる傲慢で臆病な男。

 そこでノームはタユタは見張りつつも基本は放置で、チナシにはいつでも対応できるように部下を送り込んで監視していました。


 ノームが頭を抱える理由は、その読みが見事に全部外れたという事です。


 まず想定外だったのが、この問題の蚊帳の外にいた四天王ガラクが、問題には気付かないままチナシの不穏な動きにだけ気付いた事です。

 ガラクはあの会議の場で唯一魔王の異常に気付いていない男でした。ノームのガラクの評価は「脳筋」です。決してこういう駆け引きの場に口を挟まないと思っていました。「そういう小細工はお前らだけでやれ」とでも言うのかと思いきや、チナシの工作に対して動き出したのです。

 計算外だったのは、ガラクの参謀、側近のトルエップの情報網。それと、チナシが思いの他焦って大きく動いている事です。


 それだけなら、ノームも決定的な証拠に行き着かないよう、チナシの妨害をすればいいだけかと思っていました。


 もう一つ、想定外だったのは魔王の動きでした。

 魔王がこの前の休日に、急に外出したのです。問題の渦中にある"天使"を連れて。


 魔王のプライベートには踏み込むまいと、魔王の秘密には触れまいと……というよりは、もうほぼほぼ見えていた魔王の秘密にこれ以上気にする事はなかろうと、監視をしていなかったのです。


 魔王と天使の外出をノームが知ったのは、魔界東部の"タユタがよく姿を現す場所"に配置した妖精達の報告からでした。本来はタユタへの監視の目として用意したものです。


 魔界東部異形街、タユタが時折訪れる料理点"だらだら亭"。

 魔王と天使はそこに現れました。

 そして、妖精からの報告でノームも初めて知ったのは、その"だらだら亭"を切り盛りするのも天使達であったという事です。


 魔王と天使がいるのは勘付いていたので想定の範囲内でした。魔王と天使が共に食事に出かける仲なのは想定の範囲外でした。


(本当に、エンゲさんが言っていた通りの関係なのか?)


 もう一つ想定外だったのが、魔王と天使が出かけたこと……それも、よりにもよって魔王と天使が訪れたのが、タユタの馴染みの店であった事です。

 タユタがその料理点の店主と魔王の繋がりに気付くかは分かりませんが、もしも気付いて魔王と天使が来た事が伝わればタユタも秘密に行き着きます。


 タユタに秘密が知られればろくな事になりません。

 それを利用してどうこうする野心はないものの、「魔王様の為に」彼女が動くと面倒臭い事になった事例は数えきれません。

 悪意のないトラブルメーカー、それが四天王タユタなのです。


 今のままでは知られてしまうのは時間の問題でしょう。

 ノームは変わらず監視の目を張り、妙な動きをした時に牽制すればいいと考えます。

 しかし、その一方で、更にもう一つの想定外の要素が彼を悩ませます。


 タユタを探るつもりで"だらだら亭"を張っていて気付いたもう一つの想定外、"異形街で暮らす天使"、アベリエルとリベリエルです。

 東部異形街はタユタの管轄です。その中にある"だらだら亭"に通うタユタが、その天使に気付いていないという事はあるのでしょうか?

 タユタは人間界で迫害されている魔族の保護等も担当してきます。魔界外から魔族を連れ込んでくる事も多々あります。天使が魔界に紛れ込んだとしたなら、その時に連れ込んだと考えるのが自然でしょう。


(……保護して連れてきたのなら、タユタは"天使"を受け入れる事に対しては寛大なのか?)


 魔界と天界は対立しています。当然、魔族と天使も対立しています。

 しかし、近年表立った争いはほぼありません。睨み合いが続いている状態です。

 その為、「天使は敵」という風潮はあるものの、若い世代の魔族には天使に対する明確な敵対意識は薄れている傾向があります。実際、今状況を整理しているノームもまた、天使に対して明確な敵意を示さない魔族の一体です。


 今まで考えてもいなかった、一つの可能性をノームは考えはじめています。


(タユタは、どっち側なのだろうか?)


 "天使容認派"か"天使否定派"か。

 魔界の歴史的には"天使否定派"が多いと見るのが自然です。しかし、「天使を保護してきた」となると途端に見方は変わってきます。

 実はタユタは"天使容認派"なのではないか?

 もしもそうだった場合、魔王と天使の関係性を守る上で、タユタは味方にできるのではないか?


 ノームの中に一つのプランが生まれます。


「スロームル。引き続き四天王の動向の監視は頼むよ。逐一報告するように妖精達に指令を出してもらえるかな。」

「え? 別に構わないけど……どうするつもりなの?」

「もう一つ。監視の中で特に注視して欲しい事がある。」

「不穏な動向以外に何を見るのよ?」

「"天使への感情"。」

「天使への感情?」


 魔王がよりよく過ごせる為に、ノームは魔王が天使との共存を望むのであれば、助力をするつもりでいます。

 隠しながら過ごすつもりなら、それを隠すのに極力協力するつもりでいました。

 しかし、もしもそれがバレる事が避けられないのだとしたら……?


「まずは"頭"を抑えるのさ。魔界各地のトップをね。」

「分かりやすく言いなさいよ!」


 ノームはにやりと不敵に笑います。子供な見た目に似合わぬ表情でした。


「四天王をこちらに引き込む。」


 ノームの根底にある思想は、常に「魔王の為に」です。

 決して「魔界の為に」ではありません。


「喧嘩をしよう。"魔界の歴史"と。」




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 魔界東部異形街に構える料理点"だらだら亭"。

 天使アベリエルとリベリエルが経営する店は、本日貸し切りとなっています。


「うーむ、絶品。」


 満足げに名物のイモウシのハンバーグを食すのは、魔界東部を治める魔界四天王"流麗"のタユタでした。


「いつにも増して美味い! アベリエル、また腕を上げたな?」

「前と特に作り方変えてないけど。」

「え。」

「多分タユタ様の心持ちの問題じゃないですかね?」

「……なるほど! 私がいつになくご機嫌だから美味しく感じるのか! わっはっは!」


 アベリエルがあっさり否定するので、リベリエルがフォローすると、タユタは愉快そうに笑いました。

 周りの四天王からは真面目バカなどと評されていて、魔王からもその秘書からもアホの子扱いされて散々な評価のタユタではありますが、東部では、特に異形街では多くの住民が彼女に恩義を抱き、抜群の人気と支持率を誇ります。顔を出すと騒がれて取り囲まれるので、"だらだら亭"には定休日にお忍びで訪れる事が多いのです。

 アベリエルとリベリエルからしても命も生きる道も救ってくれた恩人であり、彼女の為に店を貸し切りにするのは満更でもないようです。それなりの付き合いという事もあり、今では気さくに接するタユタに合わせて、天使達も大分砕けた態度で話ができるようになりました。


「何か良い事でもあったんですか?」

「あったというか、これから良い事があるというか。実は今日は食事に来たというのもあったんだが、貴様等に会いにきたのだ。」

「ウチらに?」

 

 アベリエルは満更でもない様子で頬を赤らめます。リベリエルも照れ臭そうに目を逸らします。そんな天使達の反応には気付かずに、タユタは今日の目的を話し始めます。


「実は、情報収集に来たのだ。」

「…………あぁ。」

「……そういう事ですか。」


 自分達との会合が目的ではないと知ってあからさまに落ち込む天使達。

 そんな反応も気にせず、彼女達の気持ちにも気付かずに、タユタはフフンと得意気に笑います。


「実は幼馴染みの占い師から聞いてな。"だらだら亭"で私の探している情報が聞けるらしい。」

「幼馴染み……?」

「ふーん……。」


 あからさまにつまらなさそうになる天使達に気付く事もなく、タユタは同じ調子で続けます。


「魔王様がこの店に来たりしてないか?」


 つまらなさそうに聞いていたアベリエルとリベリエルは、その話には少し驚いて目を見開きました。タユタの幼馴染みだという占い師。どうやらインチキではないようだと天使達は思いました。

 

「えーと……。」


 リベリエルは迷います。視線をアベリエルに送ると、アベリエルの方もリベリエルの意図を汲み取りました。

 確かにタユタが今言ったように、この店には最近魔王が訪れました。

 しかし、それを話してしまっていいものかと天使達は迷っているのです。


 魔王は訳アリの天使を連れて、お忍びでやってきました。


「ちょっと待って貰っていいですか?」

「ん? いいぞ。」


 リベリエルはアベリエルの手を引いて厨房へと引っ込みます。

 

「……どうしましょうか? 話してもいいと思う?」

「……いやぁ……魔王様もお忍びで来てた訳だしなぁ。」

「……でも、タユタ様あんなにウキウキで来たのよ。」

「……知らないっつったらへこむだろうな。」

「……でも、タユタ様ならいいんじゃない? 私達天使でも受け入れてくれる方よ? むしろ魔王様とグダリエルの味方になってくれるんじゃないかしら?」

「……そうだなぁ……タユタ様のへこみ顔も見たくないしな。」


 天使達は即席会議を終えて、厨房から戻りました。


「ん? どうした? もういいのか?」

「はい。実は、これはオフレコでお願いしたいんですけど……。」

「この間、魔王様が来たんだよ。お忍びで。」

「なんと!」


 タユタが嬉しそうに手を打って喜びます。


「何を召し上がられたんだ?」

「いえ、お昼時でコーヒーだけを。」

「コーヒーの為だけに来たのか?」

「…………実は、連れの為に店に来て。」

「連れ? 誰だそれは。」

「えっと……"天使"です。」

「ほう、天使か。………………天使?」


 タユタは怪訝な表情で固まります。


「どうやら訳アリの天使の子を拾ったらしく、その子の服を仕立てにきたところで会いまして……。」

「そいつが腹空かせてたからウチらの店に呼んだんだ。ついでに、天使の話も聞きたかったみたいで。」

「魔王様が……"天使"を……拾った……?」


 タユタは真顔で固まります。

 どうやら訳が分かっていないようです。

 もしかしたら、言ってはまずかったのだろうか? と天使達は不安になり始めました。


「え、えっと……魔王様のところに、天使が落ちてきたみたいで。」

「それを拾って保護してやってるみたいだ。」

「落ちてきた天使……拾って保護……?」


 完全にタユタが真顔で固まっています。

 その様子を見てアベリエルとリベリエルはひそひそと話しました。


「…………何かまずかったかしら?」

「…………そういやタユタ様、熱烈な魔王様ファンだしな。」

「…………嫉妬とか?」

「…………恋愛感情には見えなかったのに。」


 タユタは完全にショートしたように固まっています。

 何か言った方がいいのかと、天使達がおろおろしていると……。


 カッ!とタユタの目が見開きました。


「天蓋の損傷……天使の痕跡……そ、そういう事だったのか!!!


 ガッ!と立ち上がって、タユタが天井を仰ぎます。


「あ、あの……タユタ様?」

「そ、そういう事ってどういう事だ?」

「恩に着る! アベリエル! リベリエル! それが私の知りたかった情報だ!」


 グッと両手でガッツポーズを作り、タユタがにやりと笑います。


「こうしてはいられない……! すぐにでも……!」


 アベリエルとリベリエルはハッとしました。


((タユタ様、何かするつもりだ……!!!))


 天使達も知っています。タユタが何かしようとすると割とろくでもない事になることを。

 慌てて天使達は止めに入ります。


「あ、あの! ま、魔王様もお忍びで来てた事なので……どうかこの件はご内密に!」

「な、なんか勝手な事したら逆に迷惑だと思うなぁ~?」

「フフフ、安心しろ! ご迷惑はお掛けしない! 魔王様のお役に立たねば!!!」

「そ、そうじゃないんです!」

「落ち着けタユタ様! 魔王様も訳あって内緒にしてるんじゃないか!?」

「内緒にせざるを得ない窮屈な状況……やはり急がねば!!!」

「あ~~~! もう~~~! 違うんですってば!!!」

「頼むから一旦待ってくれ! 多分これウチらも魔王様に怒られるやつだ!」

「大丈夫だ! 怒られる事はない! きっとお喜びになる!」

「頼むから思い直して下さいタユタ様!」

「あんたそれで何度怒られたか覚えてないのか!?」

「私は前向きなんだ……! 過去の失態は取り戻す!」


 こうなったらもうこの真面目バカは止まりません。

 本当に魔王様の為だと思っており、必ず為になると信じて止まないので、説得などで止めようがないのです。

 アベリエルとリベリエルはもう必死です。間違いなくこの流れだと問題を起こします。そうなると、余計な事を密告したアベリエルとリベリエルもお叱りを受けます。そして何より魔王とグダリエルに迷惑をかけてしまいます。

 それで何とか説得しようとするのですが、当然止められません。


(魔王様ごめんなさい……!)

(こういう所がなければ問答無用で格好良いのに……!)


 後悔先に立たず。もう手遅れです。

 もう怒られる覚悟を決めて、リベリエルは恐る恐る尋ねます。

 

「あ、あの……何をなさるんです……?」

「フフフ……!」


 得意気に語り始めるタユタ。









 それを聞いたアベリエルとリベリエルが絶句します。


「ちょ、ちょっと待って! 本当に待って! 勘違いしてます! 絶対にタユタ様は勘違いをしています!」

「これはダメだって! 絶対にやばい!」


 想像以上のプランがタユタの口から飛び出して、天使達は顔面蒼白です。

 なんと、タユタはこれから的外れな事をしようとしているどころか、魔王の身に起こった事についての認識すらも大きく勘違いしていたのです。




 必死に勘違いを訂正しようと、思い直すように説得する天使達。

 しかし、タユタには通じません。何を言っても暖簾に腕押しです。

 もう半泣きで必死に止めるのですが、まるで聞く耳を持ちません。ここまで強情な存在がいてよいのでしょうか。


 長時間に渡る説得の末……。


「私はこれから準備に向かう! 情報に感謝する! ご飯も美味しかったぞ! では!」


 天使達は負けました。




 一つの疑念を巡って、四つの思惑が交差します。

 果たして、魔王と天使の運命や如何に……。




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