第8話 これはいわゆるデートというやつ(前編)




 ウリムベルはベッドですやすや眠っているグダリエルを起こさない程度に絞った光の中で、デスクで本を開いていました。


「……散歩に良いのは東部の魔桜公園か。丁度いい季節だしな。センジュ服飾店も近いし、公園に向かう途中で昼食を買って食わせてやればいいか。」


 開いているのは魔界の観光ガイドです。

 ウリムベルは明日のグダリエルとのお出かけの計画を立てています。


「そうか、ここにはカフェもあるのか。ならここで軽食を取ってもいいか。……花畑とか好きだろうか。いや、それともショッピングとかのが好きか? 食べ歩きとかの方が好きだったり?」


 そこまで考えてウリムベルは気付きます。

 グダリエルの事を、そこまで自分は知らないのだと。

 ウリムベルがグダリエルと出会って一週間程度、仕事中は留守番をさせているので過ごした時間はそこまで多くありません。深く知る機会もありませんでした。

 何を食べさせても美味しいと食べ、何を与えても嬉しいと喜ぶ。嘘をつけるような器用な子には見えませんので本心ではあるのでしょう。しかし、本当に好きなものはなんなのだろう。

 ウリムベルは母のフウリンが尋ねてきた時に言った言葉を思い返します。


 もっとちゃんとグダちゃんとお話しなさい。


 そう言われた時、ウリムベルには強く言葉が響きました。確かにフウリンに言われたように、グダリエルとはそこまで話せていないのかも知れないと思いました。

 他にもフウリンとのやり取りで思い出すのはグダリエルの反応です。

 「天界に帰りたい?」という質問に、黙りこくってしまったグダリエル。

 思い返せば彼女は今まで天界から落ちた事を全く悲観的に捉えていませんでした。すぐにでも帰りたいと焦る事も、天界を恋しく思って悲しむ事もありませんでした。

 それは楽天的でふわふわとした性格だからとウリムベルは何となく思っていました。しかし、本当に彼女はそんな性格なだけなのでしょうか? 彼女の性格すらもきちんとウリムベルは知りません。


 考えても何も分かりません。何故なら、何も知らないからです。

 それでも考えます。そして、答えを出せるようにグダリエルの事をもっと知りたいと思いました。


「当日聞きながらプランを立てればいいか。ある程度の観光コースは頭に入れて置いて……。」


 何が好きなのか。何をしたいのか。明日のお出かけはそれを聞くのに良い機会です。

 ウリムベルはその好みに応えられるように彼女をエスコートをするのです。


「……なんかデートっぽいな。」


 いや、「ぽい」じゃなくて、それってデートなのではないでしょうか。

 ウリムベルはそういうところに鈍いので気付きません。ウリムベルに恋愛経験はないのです。


 そんなこんなでカタログを眺めながら、ウリムベルはデートプランを練る夜を過ごしました。






 ~~~~~~~~~~~~~~~~~




「まおー、大丈夫?」

「ああ……大丈夫。」


 ウリムベルの顔色が悪いです。目の下にはくっきりとクマが浮かんでいました。

 ウリムベルは緊張しすぎて眠れなかったのです。

 グダリエルは心配そうにウリムベルの顔を見上げています。


「……疲れてるならおやすみしていいよ?」

「いや……約束だからな。心配しなくていいぞ。俺は魔王だ。人一倍身体が丈夫なのだ。フフフ。」


 ウリムベルのテンションが少しおかしいです。徹夜明けで若干ハイになっています。

 心配するなとウリムベルが言ったので、不安そうだったグダリエルはにこりと優しく嬉しそうに笑いました。


 お気に入りの水玉模様のワンピースに、センジュから貰った翼を隠す大きなリュック。日差しが強いのでウリムベルのお古の麦わら帽子と、お古のシューズ。今日のグダリエルはピクニックにでも出かけそうな装いです。


「それじゃあ出かけよう。休日で殆ど人はいないだろうがひっそりとな。」


 予定通り、二人のお出かけが始まりました。

 魔王城は休日には最低限の要員しかいません。ウリムベルはひっそりと、とは言いましたが特に誰とも出会わずに城から抜けられるでしょう。見つかったら見つかったで、天使の特徴は隠しているので、親戚の子とでも嘘を吐けばいいでしょう。


 特に問題はなく、ウリムベルとグダリエルは予想通りにあっさり城から出られました。


「ふわぁ……!」


 グダリエルは空を見上げます。

 今までは魔王の部屋に突っ込んできて、ずっと部屋に匿われていました。

 そんな彼女が窓越しではなく、初めて直接見た外の景色。

 城の表には人間界とは少し違いますが、色とりどりの花が咲き誇り、地の底である筈なのに魔法の風が優しく頬を撫でます。

 そして、太陽の代わりに青白い光を放つ魔光まこうが朝の時間の高さに上がり、魔界を明るく照らしています。

 グダリエルは目を輝かせています。


「きれい……。」

「そうか?」

「ぐだは魔界はもっとまっくらな場所かと思ってた。」

「まぁ、地底にあるからな。人間達もそう思うらしいぞ。」


 ててて、と走って行き、グダリエルはしゃがみ込んで庭の花壇にある小さな水色の花を眺めます。

 本当であればこの後もっと遠出する予定なので、こんなところで足止めするのは困る……と、ウリムベルは思ったのですが、無邪気に喜ぶグダリエルを無下にもできず、苦笑して傍に歩み寄りました。

 グダリエルが振り返り、ウリムベルを見上げます。


「これ、なんてお花? ぐだ見たことない」

「ん? 確か……"エミアテージュ"……だったか? すまん、あまり花には詳しくないんだ。」

「えみあてーじゅ?」

「そこそこ珍しい花らしい。人間界にはない、とは聞いたが。天界でも見た事ないか?」

「んあ。ぐだは知らない。」


 花の名前を覚えていて良かったと一安心しつつ、ウリムベルは花に興味を示したグダリエルが気になりました。


「グダリエルは花が好きなのか?」

「ぐだ、お花は好き。えみあてーじゅ、すごく好き。」

「そういえば、水色が好きなんだっけか?」

「んあ。お空の色。」


 ウリムベルは前に出かける時にふと聞いた事を思い出します。そして、うっかりに気付きます。

 あの時ウリムベルがグダリエルに色を尋ねたのは、彼女の翼を隠すリュックサックを用意する為でした。彼女の好みの色のものを用意してやろうと思ったのです。

 しかし、仕立屋のセンジュから図らずも譲り受けた事もあり、すっかり忘れていました。センジュから貰ったリュックは白いものでした。

  

(あの後ドタバタしてた上に、都合良くリュックを貰えたから失念していた……。)


 後悔してももう遅いです。逆に今謝ってもおかしな事になるので、ウリムベルは心の中でだけ反省しました。

 気を取り直して、グダリエルは水色が好きだと言いました。それは空の色だからだそうです。


「そうか。魔界では空が見えないからなぁ。寂しくないか?」

「寂しくない。」


 魔界は地底にあり、空を見る事はできません。

 グダリエルは寂しくないと言いましたが、少し可哀想だと思ったウリムベル。

 彼はふと思い付き、グダリエルの隣にしゃがみ込み、花壇のエミアテージュを一輪摘みました。

 そしてそれをウリムベルの前に差し出します。


「ほら。」

「んあ?」

「やる。手元に空の色があれば、もっと寂しくないだろ?」

「……いいの?」

「俺の城の花壇だからな。」


 本当は魔王でも勝手に花壇を荒らしたら庭師に怒られるのですが、そこは言いっこなしです。あとでバレたら平謝りしようとウリムベルは覚悟を決めました。

 グダリエルがエミアテージュの花を手に取ります。ぽかんとそれを見つめています。

 てっきりご飯を与えた時みたいに大喜びするかとウリムベルは思ったのですが、思ったよりも反応が薄いです。


「…………ありがとう。」


 嬉しい事には天真爛漫な明るい笑顔で応えていたグダリエルからは想像も付かない、しおらしい反応でした。

 ちょっぴりどきりとするウリムベル。グダリエルは時折、子供っぽい可愛いらしさではない一面を見せます。その度にウリムベルは緊張します。


「よ、よし! 花が好きなら後でもっと沢山見られるところに連れていってやる! とりあえず庭にいないでとっとと出かけるぞ!」

「…………んあ。」


 勢いよく立ち上がるウリムベルと、その後でそっと立ち上がるグダリエル。ウリムベルは先に歩き出し、その後にグダリエルは続きました。




 最初に目指すは魔界東部の異形街、センジュ服飾店です。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 初めて乗る魔界バスに目を輝かせていたグダリエル。ウリムベルもそれを微笑ましく眺めていたら、気付けばもう異形街です。

 最初は街中を闊歩する異形にグダリエルが怯えないか、とウリムベルは心配もしましたが、相手が大きかろうが異質な姿であろうが、グダリエルは平然と擦れ違うとぺこりとお辞儀をして挨拶をしました。どうやら異形を見ても怖くないようです。相手の異形も見慣れない人型魔族を恐る恐る見ていましたが、挨拶を受けると安心したように笑顔を返しました。


 そうして、何の問題なくセンジュ服飾店へと辿り着きます。


「ドアがいっぱい……。」

「ここが今日の最初の目的地。センジュ服飾店だ。ここでグダリエルの服を仕立ててもらう。」


 店のドアには準備中の看板が下げられています。

 しかし、昨日の訪問時に店主のセンジュは「準備中でもノックしていい」と言っていました。何でも気まぐれで閉めている事もあるとか。

 ウリムベルは看板に構わずにドアをノックします。すると、少し遅れて店内からガチャリと音が鳴りました。ドアは開かずに声だけが返ってきます。


「鍵開けたから入っていいわよぉ。看板はそのままでいいからねん。」


 センジュの声でした。入れて貰えるようです。

 ウリムベルは「看板はそのままでいい」というのが気になりましたが、言われた通りに準備中の看板はそのままにドアを開きます。

 店に入ると依然ウリムベルがきた時とは内装が変わっています。服を着たマネキン達は新しい道を作っており、その奥のテーブルについてセンジュが待っていました。


「いらっしゃあい、お兄さん。」


 周りのマネキンを物珍しそうにきょろきょろ見回すグダリエルの手を引いて、ウリムベルはセンジュの方へと歩いて行きます。テーブルには空のティーカップが置かれており、ちょうどセンジュはそこにコーヒーを注いでいるところでした。

 センジュはウリムベルの傍らにいるグダリエルを見て頬を緩ませます。


「あらぁ~! 可愛い天使ちゃん! はじめまして、こんにちは!」

「はじめまして、こんにちは。んあ……おてていっぱい……。」

「ええ、お手々いっぱいでしょう? これだけあると色々と便利なのよねん。」


 センジュはうねうねと背中から生えた八本の腕を動かして見せます。それを見たグダリエルは目を輝かせました。


「かっこいい。」

「あらあら、それは初めて言われたわねぇ。うふふ。」


 センジュは嬉しそうに笑いました。

 その様子を微笑ましそうに見ているウリムベル。彼の手に持っていた紙袋が浮き上がります。突然浮いた紙袋に思わずウリムベルがぎょっと驚くと、紙袋はそのままセンジュの目の前に落ちました。どうやらセンジュが糸で紙袋をひったくったようです。

 驚いたウリムベルを見て、センジュはくすくすと笑います。


「サイズとか見るから天使ちゃん借りるわよん。ちゃちゃっと済ませるからコーヒーでも飲んで待っててねぇ。」

「ああ。」

「さ、おいで天使ちゃん。お店の奥で服を直してあげるからねぇ。」


 センジュが手招きをします。心配そうにグダリエルがウリムベルを見るので、ウリムベルは「大丈夫」と頷きました。そう言われて安心したのか、グダリエルは素直にセンジュに着いていきます。

 ウリムベルは席に座り、出されたコーヒーに口をつけました。


 カランカラン、と扉のベルが鳴ります。センジュ服飾店のドアに掛けられた、入店を知らせるベルです。


 おや? とウリムベルは思いました。先程入店時に「準備中」の看板は掛けっぱなしになっていました。普通の客であれば入ってこない筈です。

 ウリムベルが入口を見ます。扉を開けて入ってきたのは二名の女性でした。


 どちらも大きな帽子を被り、背中に大きなリュックを背負っています。

 一人は肩ぐらいまで伸ばした短い紫色の髪の、ボーイッシュな服装。

 もう一人は腰まで伸ばした桃色の髪、ふわっとしたガーリッシュな服装。

 対照的な印象を与える二名の女性は、大きな扉を開けて腕を組みながら入ってきました。


 ウリムベルがぎょっとします。対する女性客もぎょっとします。


「だ、誰だよ……。」


 紫髪の女性がスッと桃髪の女性の前に手を出し、守るように立ちながら言います。ウリムベルも「お前こそ誰だ」と言いたいところでしたが、敵意を抱かれないように穏やかに言いました。


「あー……連れの服を仕立てて貰ってる、客だ。」


 正直に自分の立場を明かします。しかし、紫髪の女性の警戒は解けません。


「今日は貸し切りって聞いてるぞ?」


 ウリムベルも初耳でした。

 この女性客が貸し切っているという事でしょうか。しかし、センジュはそんな事を言っていませんし、この時間帯に来る事は了承していました。

 センジュが貸し切りの約束を失念していたのでしょうか。しかし、ウリムベルはセンジュが「準備中の看板はそのままでいい」と言っていた事を思い出します。


(あれは貸し切りだから、って事なのか? じゃあ、なんで俺達も店に入れたんだ?)


 考えても答えは出ません。何と答えれば良いのかとウリムベルは悩みます。

 とっととセンジュを呼べば良かったのですが気付いていません。


「…………す、すまん。貸し切りって話は俺も知らん。なんというか……その……怪しい者ではないんだ。本当に。」

「……怪しいんだが。」


 余計に警戒されてしまったようです。

 しかし、助け船は思わぬところから来ました。


「アベちゃん。この人、お顔は怖いけど嘘は吐いてなさそうよ。何か手違いがあったんじゃないかしら? ほら、センジュさんの事だし。」


 桃色髪の女性が言いました。ちょっと「顔が怖い」にウリムベルは傷付いていいのか、助け船を出して貰って安心していいのか複雑な気持ちになりました。

 桃色髪の女性に諭されると、紫髪の女性はむすっとしつつも警戒を弱めたのか、腕を降ろして力を抜きました。


「あら、いらっしゃ~い。」


 丁度そのタイミングで店主のセンジュが戻ってきます。八本の手には服やらハサミやら糸やら針やら様々なものを持っています。


「おい、センジュ。どういうこったよ。貸し切りじゃねーのか。このオッサン誰だよ。」

(オッサンは傷付くんだが。)


 紫髪の女性がむすっと問い掛けると、センジュは「はて?」ととぼけて答えます。


「『今日は貸し切りにしとくからおいで』と言ったわよねぇ? 別にの貸し切りとは言ってないわよん?」

「はぁ?」

「だーかーらー、こっちのお兄さんとお連れさん、それとアベちゃんリベちゃんの貸し切りにしてるじゃない。」

「……聞いてねーぞ?」

「言ってないもの。まぁ、そんなにぷんすこ怒らなくてもいいじゃない。」

「よくねーよ! 何のために貸し切りって話に……。」


 言い合いを始めるセンジュと紫髪の女性。

 ウリムベルからしたら貸し切りという話も初耳ですし、わざわざ同じタイミングで他の客が来るように仕向けていた事も想像していません。完全に置いてけぼりです。


 そんな中、またしても助け船を出したのは桃色髪の女性でした。


「アベちゃん。一旦落ち着こう。」

「リベリエル! ウチらの立場が……!」

「"それ"も問題なさそうじゃない?」


 桃色髪の女性……紫髪の女性に"リベリエル"と呼ばれた女性はすっとセンジュの出てきた扉の方を指差しました。

 そこには扉の奥からひょっこりと翼と顔を覗かせるグダリエルがいました。

 それに気付いたウリムベルが慌てます。隠していたグダリエルの天使の翼が、女性客に見られました。

 しかし、その焦りは杞憂に終わります。


 リベリエルは帽子を外します。その頭の上には、"天使の輪っか"が浮いていました。


 それを見て驚いているウリムベルの側まで来て、センジュは得意気ににやりと笑いました。


「紹介するわ。あっちの髪が長いのは"リベリエル"。あっちの髪の短いのは"アベリエル"。見ての通り天使よん。」




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 テーブルを五名で囲みます。コーヒーを注ぎながらセンジュは話し始めました。


「リベリエルとアベリエルは異形街で暮らしてる"堕天使"。普段うちで服を仕立ててる常連さん。」


 "堕天使"とは天界から追放された天使の事です。

 ウリムベルはこの店に天使のマネキンを見掛けて、天使の客が居る事までは察していましたが、まさか会えるとは思っていませんでした。


 桃色髪の天使、リベリエルがにっこりとグダリエルに笑顔を向けます。


「私はリベリエルって言うの。お名前は?」

「グダリエル。はじめまして、こんにちは。」

「うふふ。こんにちは。」


 グダリエルに話しかけるリベリエルはまるでお姉さんのようです。小柄なグダリエルと比べると背も高く大人びて見えます。

 もう片方の紫髪の天使、アベリエルは頬杖を突きながら興味深そうにグダリエルを眺めていました。


「白い髪なんて珍しいなぁ。……というか、頭の輪っかどうしたよ?」

「割った。」

「割ったて……うーん、まぁ天界に居なけりゃ関係ないか。」


 どちらの天使も親しげにグダリエルと接しています。やはり天使という事で互いに警戒心は薄いようです。

 その様子をウリムベルが肩身が狭そうに見ていると、アベリエルの視線が向きました。


「んで、こっちのオッサンは?」

「……オッサンは傷付くからやめろ。」

「まおー。」

「ちょっ……!」


 まともに話をする状況になったので、オッサン呼びに訂正を求めていたら、グダリエルが先にウリムベルの紹介をしました。

 まおー。つまり魔王です。

 ウリムベルは慌ててグダリエルの口を塞ぎます。しかしもう手遅れです。

 ウリムベルはお忍びでここに来ていました。魔王という正体がバレると色々と面倒だと思ったからです。


「まおー……? アッハハ! それ偽名? 大層な名前ねぇ! 魔王みたいな……!」


 センジュがケタケタと笑います。どうやら、ウリムベルが魔王だと気付いていないようです。

 特徴の赤い髪は帽子で隠し、赤い眼はサングラスで隠しているからでしょうか。

 

「……………………マジで魔王様じゃん。」


 やっぱりダメでした。まじまじと見て気付いたようです。

 諦めて、ウリムベルは深く溜め息をつきました。


 ウリムベルが魔王である事を隠していたのは、魔王が天使と関わりを持っている事を知られない為です。魔族の代表である魔王と天使の繋がりが知られると民衆がどう動くのか読めません。

 それとは別に、今知られたら困る理由が生じていました。それは天使が目の前にいることです。魔族と天使は敵。その魔族の代表が目の前にいるとなると、天使達はどう思うのでしょうか。


 ウリムベルは天使達の顔色を窺いました。






「……魔王様……ってあの魔王様ですか!? 第十三代魔王"ウリムベル・ナタス・グ・ラエブ"様!?」

「お、オッサンとか言ってすんませんした! ウチらファンです! 握手してください!」


 それは意外な反応でした。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 これはアベリエルとリベリエルが話した彼女達の過去の出来事です。


 かつて、天界の"とある秘密"(これはとても言えないものだそうです)を知ってしまったアベリエルとリベリエルは、天界に裏切られたと感じ、天界から降りる選択をしたそうです。

 "堕天"の選択をした事から天使の力の多くを剥奪された彼女達は人間界で生きていこうとしたようですが、ある日悪い人間に捕まってしまったのだそうです。

 他にも魔族などの珍しい種族を捕まえていた悪い人間に、酷い目に遭わされて、売り飛ばされそうになった時の事でした。


 魔族の奴隷売買を阻止せんと、美しい女剣士が現れました。


 女剣士は華麗な剣技で悪い人間を倒していき、たった一名で悪い人間の群れを倒してしまったそうです。

 その女剣士こそ人間界で誘拐された魔族の救出任務に出向いていた魔界四天王"流麗"のタユタでした。

 彼女の部下達の手で檻から助け出される魔族達。

 しかし、檻の中にはアベリエルとリベリエルという天使が。そして、人間の奴隷も混ざっておりました。


「タユタ様! 人間と…………天使も奴隷にいます。如何いたしましょう。」


 タユタの部下がそう言うと、アベリエルとリベリエルの閉じ込められた檻の前にタユタは立ち、彼女達を見下ろして言いました。


「貴様らには帰る場所はあるのか?」


 問い掛けの意図は分かりませんでしたが、その鋭い目には嘘は通じないと悟ったリベリエルは、怯えながら答えました。


「……ありません。」


 その答えを聞いたタユタは、目にも止まらぬ抜刀で、鉄の檻を切り裂きました。

 魔族にとって天使は敵です。このまま殺されてしまうのでしょうか。

 しかし、天界にも居場所はなく、人間界ですらも売り物として扱われて、生きる場所も希望もない彼女達は殺されてもいいと思いました。

 揃って死ねるのであればそれだけで幸せだと覚悟を決めて目を閉じたその時でした。


「全員保護しろ。領地に連れて帰る。」


 タユタはそう言って、檻の中の天使や人間達に背を向けました。

 アベリエルとリベリエルは驚き、目を開きました。他の人間の奴隷も、部下も驚いています。


「し、しかしタユタ様……人間はまだしも、天使は……。」

「天使が何処に居る?」


 タユタは背を向けたまま言いました。


「天使の帰る場所は天界だろう。何処にも帰れない天使が居るものか。」

「し、しかしどう見ても……。」

「黙れ。」


 後ろを軽く振り返り、タユタは言います。


「"見た目が違う"。それがどうした?」


 その一言で部下は黙りこくってしまいました。

 この時のアベリエルとリベリエルは分からなかったのですが、その一言は"異形街"を取り纏めるタユタが言うからこそ部下に響いたのでしょう。それ以上部下は反論せずに、彼女達を含めて全ての人間も天使も保護しました。

 彼女達はタユタによって救われたのです。

 その後、タユタは保護した奴隷全員に住居や働き口を与えて新しい居場所を与えました。

 アベリエルとリベリエルは異形街に住まいを与えられ、今では天使の特徴を隠しつつではありますが、異形街に料理店を構えて平和な生活を送れているのです。





「時折、タユタ様がお店にいらっしゃるんです。その時にいつも魔王様の武勇伝や素晴らしさを聞かされてまして。アベちゃんったらすっかりファンになっちゃったんですよ。私も、あのタユタ様が憧れる方には一度お会いしたいと思っていまして……。」


 ウリムベルは不安になりました。タユタは一体何をこの天使に吹き込んだのでしょうか。

 タユタは魔王を過大評価しすぎています。彼女は度々その忠誠心がが振り切って暴走するのでウリムベルはかなり警戒しています。

 タユタは魔王が絡まなければ真面目で懐の深い四天王に相応しい器なのですが、魔王が絡むとやばいのです。


 話を聞き終えたウリムベルは書き終えたサインをアベリエルに手渡しました。


「あざっす! うおおおおお! 魔王様のサイン!」


 サインなんてした事ないので名前を普通に書いただけですが、アベリエルは大喜びです。


 何はともあれ、好意的に接してくれる天使でウリムベルは一安心しました。


「いやぁ~、まさか天使のお客さんを連れてくるのが魔王様だったとは……気付きませんでしたよぉ、なんか失礼しちゃってませんあたし?」

「いや、俺も来ている事を隠したかったから気にするな。……くれぐれも俺が天使を連れてきた事は内密に。」

「勿論。それは魔王様でなくても守りますよん。」


 センジュはいやぁと頬を掻いて苦笑いします。

 その様子を見て、アベリエルは尋ねます。


「そういや、なんでセンジュはウチらと魔王様を引き合わせようとしたんだよ? ウチは魔王様に会えたしいいんだけどさ。」


 そこは確かにウリムベルも気になっていたところでした。

 すると、気まずそうに全部の腕で人差し指をつんつんとつつき合わせながら、センジュは目を逸らしながら話し始めます。


「天使のツレが居る客が来たから、アベちゃんとリベちゃんと似た境遇の子が居るのかと思ったのよぉ……。魔界では天使も肩身が狭いじゃない? だから、アベちゃんリベちゃんは良い話相手になると思って引き合わせたのよん……。余計なお世話なのは分かってたんだけどねぇ……。ほら、あたしってお節介だから。」


 センジュなりに気を遣って引き合わせてくれたようです。

 実際、ウリムベルは天使の知り合いができた事は嬉しい誤算でした。ウリムベルはグダリエルの事を、天使の事をあまり知りません。天使の知り合いができれば、色々と天使の事は聞けそうです。


 そこで、ニッコリと口だけで笑って、リベリエルがじろりとセンジュを見ました。


「で。『本心』は?」


 ツンケンとしたボーイッシュなアベリエルと対照的な、穏やかな大人のお姉さんといった印象だったリベリエル。

 ニコニコとしていて穏やかだった彼女の目が今は笑っていません。

 そのおっとりとした声色が、低くくぐもったものになって、その場に居た全員がビビりました。


「…………あの、可愛い天使ちゃん並べてファッションショーしたら、その……萌えない? って思って……。」


 センジュが冷や汗を流して視線を泳がせながらしどろもどろに答えました。

 どうやらこっちが本心だったようです。

 アベリエルがセンジュの後頭部をスパーン!と叩いてから、グダリエルの方を見ます。


「グダリエル。こいつに何か変な事されなかったか?」

「服のサイズ測るって言ってやたらとあちこちを触ってきた。」


 今度はリベリエルに後頭部をスパーン!と叩かれて、センジュはテーブルに頭を叩き付けられました。

 リベリエルはぺこりとウリムベルとグダリエルに向けて頭を下げます。


「この変態がご迷惑をお掛けしました。女の子とみれば見境なく愛でようとするド変態なんです。気をつけて下さいね。」

「お、おう。」

「それはそれとして。私達も天使のお友達ができるのは嬉しいので、今度私達のお店にも来て下さいね。異形街四番区の"だらだら亭"って言うお店です。」


 動機はアレでしたが、魔界に暮らす天使と出会えたのはウリムベルにとっても有り難い事でした。


「ああ。また今度行かせてもら」


 ぐ~~~、とウリムベルの言葉を遮って、お腹の音が鳴りました。

 音の主はグダリエルのようです。へたりとテーブルに顔を落として、しょんぼりしています。


「いっぱい歩いたからおなかすいた……。」


 グダリエルはいつも食事時にはお腹空いたと言うのですが、今日は普段室内でゴロゴロしている時とは違ってカロリーを大きく消耗したようです。腹の虫が鳴くくらいにお腹が空いているようです。

 ウリムベルはリベリエルに尋ねます。


「……今度と言わず、今から行く事とかできるか?」

「ええ。大丈夫です。」

「え!? 魔王様来てくれんのか!?」


 アベリエルは嬉しそうです。

 丁度まだ天使とは話したい事もありました。グダリエルの昼食も兼ねて、天使達が営む料理店"だらだら亭"に行く事にしました。


「サイズは測り終わったから仕立てておくわぁ。30分も掛からずに全部できるから後で取りに来てねん。」

「随分早いな。」

「こんだけ手があればねぇ。糸の扱いもお手のものだしね。」


 センジュが額を真っ赤にしながら得意気に八本腕を動かして言いました。性格はともかくとして、腕だけは抜群のようです。

 服が出来上がるまでの時間潰しとしても、天使の料理点は丁度良さそうです。




 ウリムベル達は、天使の料理点"だらだら亭"へと向かいます。



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