第7話 異形の仕立屋




 魔界東部にある特殊な集落、通称"異形街"。

 そこは魔族の中でも特殊な異形が発言した者達が集まる街です。


 魔族は広く種族名としても用いられますが、魔族の中には更に細かく種類があります。実際には魔族には千差万別の身体的特徴が出るため、種族という括りで分けるのが難しい為、大雑把な括りにはなってしまいますが。

 魔界で特に多いのは、"魔人"と呼ばれる種族です。人間と同じ二足歩行の身体を持ち、見た目も殆ど人間とは変わりません。ただ、共通の特徴として「人間の白目にあたる部分が黒い」であったり、個人差はありますが「角が生えている」という違いがあります。魔王ウリムベルや先代魔王トロルベルはこれにあたります。

 他にも色々とありますが、文明を築いているのは魔人を中心とした人型に近い魔族です。


 "異形街"は魔族でも特に異形が色濃く表れたもの達が集まります。

 人型の生活様式には馴染めないもの。その特異すぎる見た目から魔界でも偏見を持たれるもの。そういう者達が行き着く先です。

 "異形街"は魔王の名の下保護されており危害を加える事は法で禁じられている上に、東部の統治者・魔界四天王"流麗"のタユタが庇護下にあります。

 差別の対象になりやすい彼らをどうにか保護してやりたい、というのが先代魔王トロルベルの代からの願いでしたが、現状は住み分けをする事までしかできていません。偏見や異物への理解を得るのは、多種多様な魔界でも中々に難しいようです。


 この"異形街"にお忍びで魔王が訪れたのは、ここに店を構える仕立屋を訪ねる為です。


 "センジュ服飾店"。

 "蜘蛛人"と呼ばれる種族の女性が構える仕立屋で、異形街に店を構えるだけあって、多種多様な魔族に合わせた服をオーダーメイドする事で知られるお店です。

 異形街に店を構えながらも異形街の外部にも広告を出しており、魔界でもそれなりに広く知られているようです。

 ウリムベルは広告の写真に映る店主を見て、グダリエル用の服の仕立てに相応しいのではないかと思い、このお店を尋ねる事にしました。


 ウリムベルが見上げるくらいに大きな扉。その扉の中にまた扉。その中に更に扉。そんな感じに扉が何重にもなっている入口です。恐らくはあらゆる大きさに対応できるように設けられた扉なのでしょう。あらゆる異形を受け入れる異形街の店らしい作りです。

 ウリムベルはその中から自分のサイズにあったドアの取っ手を掴んで扉を開き、店内へと入りました。


 カランカランとドアにぶら下げられたベルが鳴ります。

 店に入ると目に付くのは、広い店内の壁面に飾られた大小様々な色鮮やかな服の数々、店内に点在する様々な形の着飾ったマネキン達です。一目で様々な異形に向けた服を仕立てている事が分かる店でした。

 

 ベルが鳴ったので恐らく店員はすぐに出てくるだろうと考えて、ウリムベルは店員が来るまで軽く店内を見てみました。

 ウリムベルと近い人間型のマネキンから、見上げるような巨体のマネキン、四足歩行の獣のようなマネキンから、腕や足のない蛇のようなマネキン……数えきれない不思議なマネキンが服を着ています。

 マネキン達の合間を縫うように、店内をウリムベルが歩いて行きます。様々なマネキンや壁に吊された服を眺めながら、入口からは隠れて見ていなかった一つのマネキンの前でウリムベルは足を止めました。


「これは……。」

「そちらがお気に入りぃ?」


 背後から突然聞こえた声。驚き振り返ったウリムベルの目の前には、逆さまの顔がありました。


「うわぁ!」


 ウリムベルはビックリして腰を抜かしました。座り込んだ姿勢から見上げると、顔の持ち主は天井から糸で逆さまにぶら下がっていました。

 だらんと垂れ下がった白い長髪、魔人と同じ人型の目の横には複数の目玉がぎょろぎょろと蠢いており、にたりと笑った口には鋭い牙が並んでいます。

 そして何よりも目を引いたのは、その女の背中から生えた八本の腕でした。


「あらぁ。女性の顔見て悲鳴を上げるなんて失礼じゃなぁい?」

「あっ、いや……すまない。」

「冗談よん。そりゃこんなのが真後ろにぶら下がってたらビビるわよねぇ。あたしだってビビるわ。」


 くるりと糸をたぐって一回転し、びたりと地面に着地する異形の女。


「この店のオーナーの"センジュ"よん。種族は"蜘蛛人"。こんな見た目だけど、誰かを取って食いやしないから安心してねん。」


 "蜘蛛人"。蜘蛛に似た姿形を持った種族。あくまで蜘蛛の"ような"魔族であり、蜘蛛と同じ生態という訳ではありません。この特徴的な異形が現れる種族を、蜘蛛と似ているという理由で"蜘蛛人"と呼称するようになったそうです。

 複数の眼と口にずらりと並ぶ鋭い牙、背中から生える八本の人間の腕、それを除けば人間に近い容姿をしています。人間のような眼は二つだけで後は蜘蛛を思わせる丸い目をしており、異形部分を除けば魔人や人間と遜色ありません。

 センジュは蜘蛛人の特徴を除けば、ぴったりとした白ワイシャツに黒のロングパンツで人間部分はスタイルの良さが際立つなかなかの美女です。


「んで。お客様初めてよねん? 珍しいものをお探しのようだけど?」


 腰を抜かしたウリムベルが立ち上がろうとしているところで、後ろのマネキンがカタンと音を立てます。センジュが指先をくいと動かすと、マネキンは生きているかのようにくるりと周り、踊るようにセンジュの腕に吸いこまれました。


「"天使"のマネキン……あなたはとても天使には見えないわねぇ。」 

「あ……。えーっと……今日は俺自身の服を見に来た訳じゃなく……。この服を贈り物用に仕立てて欲しくて来た。」


 持ってきた紙袋を差し出すと、センジュはそれを受け取ります。

 

「実は、店主と同じように背中にものが生えてる……そう、この天使のようになっている相手にその服を着させたいんだ。」

「ふぅん……。珍しい異形が出てる子なのねぇ。その子は天使とは違うのかしらん?」


 センジュが背中から生えている手に紙袋を手渡し、他の背中の手ががさごそと袋から服を取り出して広げていきます。背中の八本の腕に服のチェックを任せながら、センジュはウリムベルに話しかけました。

 それを聞いたウリムベルは、素直に答えていいのか考えながら、ふと疑問に思った事を口にします。


「すまん。その前に……天使のマネキンがあるという事は……使?」


 サンプルとして並べられているマネキンに、背中から翼を生やした天使の姿をしたものがあった……天使用の服もこの店で取り扱っているという事なのでしょう。

 実際に天使の客がいるからこそ、その品揃えも網羅しているのではないか?

 ウリムベルはそう疑ったのです。

 異形街の全容はウリムベルでも把握していませんが、あらゆる異形の行き着く先であれば、天使かもしくはそれに似た種族も隠れ住んでいるかも知れません。

 もしも異形街に天使が住んでいて、この店で天使の客を受け入れていた場合、グダリエルの服の相談はよりしやすくなります。


 それを探るウリムベルの質問に、センジュは牙を見せてにこりと笑いました。


「顧客情報は教えられないのよねん。」


 答える事を断られました。それはそうかとウリムベルも納得します。

 センジュが言った「顧客情報を教えられない」という理由も当然事実なのでしょうが、魔界において敵とされる天使を客としていると知られると不都合があるのかも知れません。

 ウリムベルは顧客情報を聞く事は一旦諦めました。そこから、服を仕立ててやりたい相手が天使である事を言おうか迷っていると、センジュが顎に手を当てて問います。


「今の質問の意図はなにかしらん?」

「え?」

「あたしは面倒な駆け引きは嫌いだから率直に聞くわねぇ。『あなたは天使が嫌い』?」


 天使が嫌いか。センジュの質問の意図はウリムベルもすぐに分かりました。

 ここに天使は来るのか? という質問する者が知りたい事は何なのでしょう。

 ウリムベルがした質問の意図を、センジュは知りたいのです。

 天使を客としている事を咎める為に聞いたのか。それとも、天使も客としてくれるのかを確かめる為に聞いたのか。

 そうと分かれば答えは決まっていました。


「『嫌いじゃない』。」


 ウリムベルの答えを聞いて、センジュはにかっと笑いました。


「そうなのねん。」


 センジュの背中の八本の腕が服のチェックを終えたのか、素早い手つきで綺麗に服を畳んで紙袋へと戻していきます。そして、八本腕から紙袋を受け取ると、センジュはそれをウリムベルに突き返しました。


「はい。」


 紙袋を突き返された。これにはウリムベルも戸惑います。

 てっきり、天使嫌いでない、つまり天使の服を仕立てたくて此処に来たと言えば、対応して貰えると思っていたからです。

 しかし、センジュは紙袋を突き返しました。これは仕事を断るという事なのでしょうか。


「……ダメなのか?」


 ウリムベルが紙袋を受け取り恐る恐る尋ねると、センジュは首を横に振りました。


「いやいや。この服を贈りたい子の為に仕立てるんでしょ? だったらその子を連れてきなさいな。」

「えっ?」

「先程も言いましたとおり、当店はので。も対応致しますよん。」


 ウリムベルは理解した。

 センジュに「天使の服を仕立てたい」という意図は伝わったのです。

 その上で、彼女は「天使を連れてきてよい」と回答したのでした。

 この店では天使も受け入れているのです。


「すまない。恩に着る。」

「いえいえ。あっ、それより。その"贈り相手"をちゃんとここまで連れてこられる? のかしらん?」


 センジュの質問の意図はウリムベルにもすぐに分かりました。

 魔界の敵である天使をここに連れてくるには、隠して連れてこないといけないでしょう。

 それについてはウリムベルにも考えがありました。


「実は、"背中の翼"を隠す為に大きなリュックを買おうと思っている。リュックの背中を切り抜いたら、リュックの中に翼を自然に隠せるかと思って。」

「へぇ、考えてるのねぇ。」


 そう言いながらセンジュがくいくいと指先を動かすと、するすると天井から何かが降りてきました。

 糸に吊されているのは大きなリュックサック。それはウリムベルの前に垂れ下がりました。


「これは……。」

「サービスよん。持ってって頂戴。」


 ウリムベルはリュックサックを手に取ります。リュックサックの背中部分には大きく穴が空いています。これはまさにウリムベルがグダリエルの翼を隠す為に考えていた作りそのものでした。


「多少曲がっちゃうけど押し込めれば翼も入るでしょ。リュックがへこんだりしたら不自然だから、その場合はなんでもいいから柔らかいもので埋めてあげてねん。」

「あ、ありがとう。」

「誰でも考える事は同じなのよねぇ。それ欲しがるお客様もいるのよ意外と。」


 この店に来店している天使が、普段から同じように翼を隠す様にリュックを使っているのだろうか? ウリムベルはそんな事を考えながら大きなリュックを抱えました。グダリエルの身体より少し小さいくらいの大きさで、これなら翼も隠せそうです。

 明日に出かける為の準備というのも、背中に背負うリュックのようなものを探しに来る為でした。図らずも仕立屋でこれを手に入れた以上、ウリムベルの準備は終わりました。気の利いた店主のお陰です。


 店主センジュに感謝しつつ、ふとウリムベルは思います。


「……あなたは天使が嫌いなのか?」


 天使も受け入れる仕立屋の店主に、自分がされた質問を返します。


「あたしはお客は選ばないのよん。それがお店の売りだからねん。」

「仕事だから?」

「……あれ? もしかしてあたし試されてるぅ?」

「そういうつもりじゃないんだが。」


 センジュはキシシと牙を見せて笑います。


「天使は可愛いから好きよん。」


 母フウリンも天使が嫌いな訳ではありませんでした。この店主もまた天使は嫌いじゃない……それどころか好きと言っています。

 魔族と天使は敵対しています。しかし、今の魔族は本当に天使を嫌っているのでしょうか?

 今まで話を聞けた二人が珍しいケースだけなのか、それとも……?

 ウリムベルは少し気になりました。


「そうか。……リュックありがとう。早速だが、明日連れてくる。」

「そう。ついでに何時頃にいらっしゃる予定かしらん?」

「午前中かな。午後に入る前頃か。」

「大体そのくらいだと思ってるわねぇ。もしも、準備中の看板かけててもノックしてくれていいからねぇ。」

「その時間帯に空いてないのか?」

「……うーん。そういう訳じゃないんだけれどぉ。たまーに寝坊したり、気まぐれでお店閉めたりしちゃうからぁ。ノックしてくれたら開けるんだけどねぇ?」

「随分と緩いんだな。今日は開いてて良かった。」


 ひとまず来店の約束も取り付けたので、ウリムベルは店の出口に向かいます。

 マネキンがひとりでに動いてウリムベルが帰る道を空けていきます。よく見ると、マネキンにはあちこちが糸で吊されておりセンジュが自由自在に動かしているようです。糸を操る魔法は蜘蛛人特有の魔法です。

 出口まで来たウリムベルの前でドアまでもが独りでに開きます。


「親切にどうも。」

「いえいえ。またのお越しを。」


 にっこりと口を閉じた笑顔を見せて、センジュはウリムベルを見送りました。






 ウリムベルが見えなくなった頃合いで、センジュはささっと店内に戻って扉を閉めます。にたりと頬を吊り上げ不気味な笑みを浮かべながら。


 センジュが指先をピアノを弾くようにくいっくいっと動かすと、マネキンは踊るように動き、店の奥までの道を作りました。すたすたと店奥に進むとセンジュは電話を手に取ります。そして傍らの引き出しを開き、そこから取り出した一枚の紙に書かれた番号に電話をかけます。


「……もしもし。あたしよ、センジュ。実は……。」




 異形の仕立屋センジュは何やら企んでいるようです。

 果たして、ウリムベルとグダリエルの初めてのお出かけはどうなってしまうのでしょうか。



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