第2話 天使のお世話のしかた
第十三代魔王ウリムベル・ナタス・グ・ラエブ。
彼の部屋に天使グダリエルが落ちてきました。
天使は寝相が悪くて魔界にまで落ちてきたようですが、なんと帰る方法が分からないというのです。あと、お腹が空いているようです。
「本当に帰り方が分からないのか?」
「わからない。」
「誰か迎えを呼べないのか?」
「わからない。」
「…………どうするんだこれ。」
「わからない。」
何を聞いても分からないというグダリエルに、ウリムベルは困ってしまいました。
天使は魔族と敵対する種族です。天使が魔界に居る事がバレれば、処刑されてしまう事でしょう。見つかる前に帰してやりたいのですが、肝心の帰る方法が分からなければどうしようもありません。
「お前がいなくなった事に気付く天使はいないのか? 家族とか。」
「わからない。」
「分からない事はないだろう?」
「ぐだはよく寝惚けてどっか行くから、いなくなっても気にしてくれるかわからない。」
「お前マジか……。」
グダリエルは寝惚けてどうこうする常習犯のようで、家族からも諦められているようです。これだと失踪当日中に気付かない可能性もありそうです。
グダリエルは魔界から天界に帰る方法を知らないと言いました。一方、魔界の住人であるウリムベルからしても天界に行く方法は分かりません。そう簡単に天界に登れるのであれば、とっくの昔に魔族は天界に攻め込んでいます。
つまり、少なくともここにいる二人の知恵では、グダリエルを天界に帰す事はできないのです。
(魔界の面々に天使が居ることを知られたらまずい。相談はできない。……今のところ考えられる方法は、天界の家族がグダリエルの失踪に気付いて、迎えが来る事くらいか。それまで匿うしかないのか?)
気の長い話です。
そして、それ以上にウリムベルに気掛かりな事がありました。
(女の子を部屋に置くのも……ちょっと……。)
ウリムベルの私室には風呂やお手洗いといったある程度の生活に困らない設備は備え付けられていました。食品もある程度指示した通りに用意し、部屋で食べる事もできます。
それはそれとして、女の子が部屋にいるのはウリムベルは緊張するのです。ウリムベルは女の子と関わった事があまりありませんでした。母親から早く孫の顔を見たいと言われて困るくらいに縁がないのです。
しかもこんなんだけど、見た目はかわいいと思った女の子です。余計に緊張します。
「おなかすいた……。」
さっきから空腹を訴えていた図々しいグダリエルが、今度はしょんぼりと言いました。本当にお腹が空いてきたようです。
ちょっとかわいそうになってきて、ウリムベルは深く溜め息をつきました。
「分かった。まずは飯にしよう。」
ウリムベルはテーブルに置かれた内線に歩み寄り、キッチンに繋ぎます。
「俺だ。今日は特別腹が減っている。料理は多めに用意しろ。……二人分くらいいける。部屋に運んでくれ。部屋の前に置いてノックするように。自分で取る。ああ。頼む。」
がちゃりと内線を置き、ウリムベルはベッドで座るグダリエルの元に戻ります。
「お前の分の飯も用意する。だが、お前が見つかると色々と厄介だ。いいか。大人しくしていろ。この部屋からも絶対に出ないこと。分かったか?」
「んあ。」
こくりとグダリエルは頷きました。
…………食事を待つだけの時間になり、途端に会話が途切れました。
ウリムベルは口下手なのです。
ウリムベルは気まずくなって、ふらりと歩いてテーブルの方に座ります。
グダリエルはと言うと、先程置かれたベッドの上から動かずに、ほけーっと座っていました。ここまで何も考えていなさそうなやつもそうはいません。
ウリムベルは心の底から食事を待ち遠しく思いました。
この気まずさから開放されたくて。
…………流石にもう一人分の料理を頼んでから、料理ができるまでは大分時間があります。黙ってるのが厳しくなってくるくらいに。
ウリムベルは流石に話しかけないのも不自然かと思い、グダリエルに話しかけてみる事にしました。
「寝相が悪くて落ちてきたと言っていたが……落ちてきたのは夕方頃だよな? その時間に寝てたのか?」
「んあ?」
グダリエルがウリムベルの方を見る。
「今のぐだに聞いた?」
「お前以外に誰がいるんだ。」
「あぁ、そっかぁ。ぐだはお仕事さぼって寝てた。」
「し、仕事中だったのか……。というか、お前働いてるのか……。」
「お仕事しないとご飯がたべれない。」
「仕事さぼってるけどな。」
「いつも怒られて、げんきゅうされて、もらえるお金少ないから、ぐだはいっつもおなかがへる。」
「自業自得だな。」
グダリエルは天界でもここに落ちてきてからの印象そのままのようです。
「まおー。」
「まおー? 俺の事か?」
「んあ。」
「なんだ?」
「このベッドふかふかで気持ちいい。」
「そうか。」
グダリエルは再びごろんとベッドに倒れる。
「おい、飯まで寝るなよ。」
「んあ。」
ウリムベルはふふんと笑いました。
(よし、上手く話せたな。)
その笑みはとても満足げでした。
しばらくすると、ウリムベルの私室がノックされました。
「魔王様。お食事の用意ができました。」
「ああ。そこに置いておいてくれ。食事が終わったらまた連絡する。」
ウリムベルは入口に向かい扉を開くと、配膳台におかれて料理が用意されていました。それを部屋に持ち込み、ウリムベルはテーブルに並べていきます。
本日の献立は彩り豊かなサラダ。大きいパン。魔界コーンのスープ。魔牛のステーキ。飲み物は瓶のワイン。デザートにお化けメロンのシャーベット。
指定した通りに二人分に近い量を用意されてはいましたが、食器は大きめのものを一人分用意されていました。
(しまった。取り分ける皿を用意するように伝えるべきだったか。……いや、流石に不自然すぎて頼めないか?)
ウリムベルがグダリエルの方をちらりと見ると、ベッドから身体を起こして、目をきらきらと輝かせています。
「悪いな。二人分の皿まで用意してなかった。同じ皿からで悪いが我慢しろ。」
「んあ。」
のそりとベッドから降りて、グダリエルがてててとテーブルの方に小走りで寄ってきます。
(この天使が歩いてるところ初めて見たな……。)
寝てるか、ウリムベルに運ばれるかしかしてませんでしたしね。
「そっちに座れ。」
「んあ。」
ウリムベルは先に座って、向かい側に座るように言うと、言われた通りにグダリエルは席に座りました。
早速、ウリムベルはステーキをナイフで切り分けます。二人で食べるという事で、先に切り分ける事にしました。グダリエルはそれをうずうずとして見ています。一応、マイペースな彼女でも待つ事はできるようです。
(さて、ここからどうしたものか。フォークもナイフもスプーンも一本ずつ。交代で回しながら食べるか? でもそれって関節キッ……いや馬鹿。子供じゃあるまいし、そんな事気にしてどうする。そういうのじゃないから。……とりあえず、今にも飛びつきそうだしパンだけ割って先に渡すか。)
一人でぶつぶつと考えてから、ウリムベルはパンを二つに割って、片方を渡します。
「ほら。今分けるから先にこれ食ってろ。」
「んあ! ありがとう!」
今日一元気に返事をして、グダリエルはパンを受け取りました。
そしてパンを前に掲げて目を閉じて、頭をさげました。どうしたのだろうかとウリムベルの手が止まります。
「てんじょうにおわすしゅよ。しゅのめぐみかんしゃを。いただきます。」
「なんだそれ。」
「ごはんのご挨拶。これしないとごはん食べさせてもらえない。」
「窮屈だな天界は。」
「魔界はご挨拶ないの?」
「いただきます、くらいは言うな。挨拶しないからって食べさせないなんて事もない。別にそんな面倒な事をしなくても、食わせてやるぞ。」
「んあ。魔界はいいところだなぁ。」
「天使がそれを言うのか。」
グダリエルはあーんと口を開けました。そして、そのまま小さい口でぱくりとパンに齧り付きます。目を閉じてじっくり味わうように、もく、もく、もく、と一生懸命噛んでいます。もちもちのほっぺたがふにふに動いています。
(ハムスターみたいだな。)
ごくりと呑み込むのが目で見ても分かりました。パンを呑み込んだ瞬間、かっとグダリエルの目が開きました。今までで一番きらきらした目で、グダリエルは「んあ~~~」と山羊みたいに鳴きました。
「おいしい……こんなにおいしいパンはじめて……。」
「そうか? 普通のパンだが。」
「おいしい……。」
心底感激した様子でグダリエルが何度も噛み締めるように言います。続けて、かぷっと二口目を齧り付きました。本当に幸せそうに、美味しそうに咀嚼しています。
見ているウリムベルの方が少し嬉しくなるくらいに幸せそうな顔でした。
(……やっぱり"顔は"かわいいんだよな。)
ウリムベルはステーキを切り分け終えると、皿をグダリエルの方に寄せて、フォークとナイフ、スプーンをグダリエルに向けて置きました。
「食べろ。」
「んあ? まおーのご飯だよ?」
「俺はそこまで腹が減ってないから好きなだけ食べろ。食べきれなかったら残りは貰う。」
腹が減っていないというのは嘘でした。ただ、あまりにも幸せそうにグダリエルが食べるので、たくさん食べさせてやりたいとウリムベルは思いました。
グダリエルはきょとんとした顔で皿を見ます。
「いいの?」
「構わん。遠慮するな。」
グダリエルはテーブルに並んだご馳走と、ウリムベルの顔を交互に見ます。そして、フォークに手を伸ばすと、ステーキを一切れぱくりと口に入れました。
もくもくもくと今度はパンより多く咀嚼して、幸せそうに頬を綻ばせます。
「おいしい……。」
たくさん食わせてやりたいと思ったウリムベルまでお腹が空きそうなくらいに美味しく食べています。
グダリエルはもう一切れのステーキを続けてフォークに刺しました。
そして、何を思ったのか立ち上がりました。
「ん? どうした?」
「あーん。」
グダリエルは身を乗り出して、ウリムベルにフォークをさしだしてきました。
「え?」
「あーん。」
どういう事かとウリムベルは混乱しました。グダリエルはフォークに刺したステーキをウリムベルに付きだして、あーん、と言っています。
「な、なんだ? 何をしている。」
「まおーもたべよ。おいしいよ。」
どうやら、グリムエルはウリムベルに食べさせようとしているようです。
あーん、というのは口を開けろという事なのでしょう。
それを理解した瞬間、ぼっとウリムベルが赤面しました。
「な、何を言ってる! そんな……!」
「おいしいよ?」
「普段から食べているから知ってる! あ、あのな……俺は別にいいから……。」
「だめだよ。」
グダリエルはぐいとフォークを更につきだしてきました。
「ご飯をたべないとおなかがすく。おなかがすくとか元気がでない。だからたべないとだめ。」
グダリエルはむっとしながら言いました。ご飯を抜こうとしているウリムベルを心配してくれているのでしょうか。どうやら彼女の意思は頑ななようで、一切引こうとしません。
女性にあーんしてもらう、という経験はウリムベルはした事がありません。ウリムベルはシャイなのです。恥ずかしい、というか照れ臭くてて仕方がありません。
しかし、誤魔化しがきかないようです。ふんふんと怒っている? グダリエルは一切引かないので、諦めてウリムベルは口を開きました。
目を合わせないように目を閉じます。そして顔を前に出すと、口にステーキが押し込まれました。
「……これでいいか?」
「んあ。」
どうやら、グダリエルもただマイペースで図々しいだけではなく、優しいところもあるようでした。
満足したようににっこり笑うグダリエルの笑顔はとても優しくて、ウリムベルは少しどきりとしました。
「もっと一緒にたべよ。」
「分かった分かった。」
気恥ずかしさはまだあるものの、ウリムベルはグダリエルと一緒に食事を楽しみました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
ウリムベルは食事を終えて、配膳台に食器を乗せ、部屋の前に出しました。そして、キッチンに連絡を入れて回収させます。
「さて……。」
食後の余韻に浸るように、グダリエルがソファにもたれてふわふわしています。
食器の回収の依頼を出した際に、シェフには明日以降も食事は部屋で取ること、最近腹が減るので多めに用意すること、取り分けて食べたい為皿は多めに用意して欲しいこと、今日は床にナイフを落としてしまったのでナイフやフォークも複数用意して欲しい事等々……あれこれ嘘を吐きながら、食事を用意は二人分にするようにウリムベルは言い渡しました。
魔王の命令です。気になる事はあったようでしたが、シェフも文句は言いません。
グダリエルに与える食事の問題は解決しました。
さて、次の問題です。
「グダリエル。風呂は入るか?」
「んあ? ぐだはお風呂に入らない。」
「えっ、そうなのか。」
天使というのは魔族とはまた違った生き物です。特に彼ら彼女らは自分達を神聖な存在と称しています。もしかしたら、入浴をしなくても汚れないような種族なのかも知れません。グダリエルがあまりにも強く言い張るので、ウリムベルは納得しました。……というか、実は女の子をお風呂に入れるのにどうしたらいいのか困っていたので、内心ほっとしていました。
「服は……誰かに用意させる訳にもいかないし、俺が個人的に買いに行くしかないか。」
グダリエルの事は隠しているので、部下にどうこうさせる事はできません。
「グダリエル。服のサイズは?」
「わかんない。」
「分からんことないだろ。」
「いつもつくってもらうからわかんない。」
ウリムベルもそろそろグダリエルのこういうのには慣れてきました。女の子の身体のサイズを測るのも流石に気が引けるので、目測で気持ち大きい服を用意すればいいかと諦める事にしました。
食事はよし。お風呂もよし。衣服は後程どうにかするとして。あとは眠る場所です。
ウリムベルが思い浮かべるのは、先程言っていたグダリエルの一言。
【このベッドふかふかで気持ちいい。】
ウリムベルは女の子を床やソファで寝かせるのも気が引けましたし、その一言聞いた以上はベッドで寝かしてやりたいと思いました。
(俺がソファで寝ればいいか。)
そこはすんなり決まりました。ソファもそこそこいいものなので、そこで寝ても疲れません。過去には休んでいる時にそのまま寝てしまった事もあります。予備の毛布か何かを被れば大丈夫だろうと考え、ウリムベルはクローゼットに行き毛布を引っ張り出しました。
これでひとまずグダリエルを置いておく環境は整ったでしょう。
(明日以降の業務中は部屋から出ないように言いつけておけばいい。部屋の掃除もしないように連絡しておかないとな。……早くグダリエルの家族が気付けばいいのだが。)
グダリエルは「いなくても気付かない」とは言っていましたが、本当に家族が一日や二日帰らなくて気にしない家族などいるのでしょうか? 実はウリムベルは半信半疑でした。
家族がいなくなった事に気付かないとはウリムベルには考えられませんでした。同様に、「仕事中に寝ていたら落ちた」という話を鑑みても、職場の人間が職務中にグダリエルがいなくなった事に気付かないとも思えませんでした。
捜索に時間が掛かることはあるかも知れませんし、魔界にコンタクトを取るのに時間が掛かるかも知れません。時間が掛かるとしたらそこだろうとウリムベルは考えます。
でも、もしもグダリエルが言っていた事が本当だったら。
ウリムベルはほんの少しだけ、グダリエルに同情しそうになりました。
…………これで波乱の一日は終わるかと思いきや。
「まおーはベッドで寝ないの?」
ソファで寝ようとしたウリムベルに、ベッドで横たわるグダリエルは尋ねました。
「お前が寝てるからな。俺はソファで寝る。」
「ベッドのが気持ちいい。」
「ああ。だからお前が寝ていいぞ。」
「まおーはベッドで寝ないの?」
ベッドから身を起こして、グダリエルは尋ねます。
もしや、グダリエルは遠慮しているのか、とウリムベルは思いました。窓をぶち破って飛び込んだ家の家主に「おなかすいた」と図々しい事を言い出す天使ですが、ウリムベルに食事を勧めてきたりと他人の気遣いができない天使でもありません。
「遠慮するな。お前がそっちで寝ていい。」
「んあ? まおーはベッドで寝ないの?」
何故かグダリエルは同じ事を聞いてきます。
「……お前はソファよりもベッドで寝たいだろ?」
「んあ。」
「だから、お前がベッドで寝ていい。」
「んあ。」
グダリエルは頷きました。納得したようです。
ウリムベルは明かりを消し、ソファの上で横になり毛布を被りました。
ゆっさゆっさ。ウリムベルの身体が揺すられます。
なんだと思って目を開くと、目の前にグダリエルの顔があって思わず「うわぁ!」とウリムベルは声をあげました。
「な、なんだ!?」
「まおーはベッドで寝ないの?」
まだ同じ事を言っています。
「お前がベッドで寝るんだろ?」
「んあ。」
「なのに俺にベッドで寝ろと?」
「んあ。」
「一緒には寝れないだろ?」
「んあ?」
ウリムベルは気付きました。最後の「んあ」のイントネーションだけ違いました。語尾が下がる肯定の「んあ」ではなく、語尾が上がる疑問系の「んあ」でした。
「お前がベッドに寝る」には肯定。「俺にベッドに寝ろと言うのか」には肯定。「一緒に寝られないだろ」には疑問。
「…………一緒に寝ろ、と?」
「んあ。」
肯定の「んあ」でした。
「一緒に寝れる訳ないだろ!!!!」
思わずがばっと飛び起きて、ウリムベルが声を上げました。
しかし、グダリエルはというと首を傾げて不思議そうにしています。
「まおーのベッド広い。二人寝られる。」
「広さの問題じゃなくて!!! 男女で同じベッドに入れる訳ないだろ!!!」
「んあ?」
疑問の「んあ」です。
まさか、グダリエルはウリムベルを男と思っていないのでしょうか?
違います。今までのグダリエルを見てきたウリムベルにはすぐ分かりました。
マイペースでふわふわしていて、著しく常識が欠如した不思議ちゃん。それがグダリエルです。
恐らくこの天使の女の子には貞操観念というものが全くないのです。
「あのな、グダリエル。その……そういう関係じゃない男女が、同じベッドで寝るのはだな、あんまりよろしくなくてだな。」
「そういう関係ってなに?」
「その……恋人というか夫婦というか……。」
「でも、ぐだはママとパパと同じベッドで寝たことある。」
「いやすまん。家族も別に寝てもおかしくないんだが……。」
「なんでまおーはダメ?」
「あの……その……はしたないというか……。」
「はしたないってなに?」
「…………とにかくダメなんだ!!!」
思わずウリムベルから大声が出ました。シャイで口下手なウリムベルからこんなに大声が出るのもかなり珍しいでしょう。「そういう教育」をする場面でもないので、ウリムベルはなんとか強引にダメだと言い聞かせるつもりだったのですが……。
「……まおーもぐだの事きらい?」
目を潤ませながらグダリエルは言いました。
「そ、そんな事ない!!! 好きだ好き!!!」
言ってからウリムベルは慌てます。
(何言ってるんだ俺!!!)
ウリムベルは勢いで告白みたいな事を言ってしまって大慌てです。
今まで割とのんびりしていて何にも動じなかったグダリエルでしたが、まさか今ので泣きそうになるとはウリムベルも思っていませんでした。
ウリムベルは顔が怖いので、子供と顔を合わせただけで泣かれる事もあったので、泣かれる事には慣れていました。しかし、流石に今まで平気で接してきていた女の子に泣かれると焦ります。
咄嗟に飛び出た「嫌い」という言葉への否定。それを聞いてもグダリエルの泣きそうな目は変わりません。
「でも、まおーはぐだと一緒に寝るの嫌なんだ。」
ウリムベルは極力語気を抑えて優しい言葉で語りかけます。
「あ、あのな、嫌じゃないんだ。嫌じゃないんだが、世間の常識的にそれはダメなんだ。」
「それは魔界の文化?」
「えっと……うん、そうなんだ。」
実際はウリムベルも人間界でも天界でも同じ認識だと思っていましたが、今は説明が面倒なのでそういう事にしておきました。
「家族でも恋人でも夫婦でもない男と女は一緒のベッドで寝ちゃいけないんだ。これは決まりごとなんだ。俺がグダリエルを嫌いな訳じゃない。分かるか?」
「んあ。」
「俺はソファでも気持ちいいから。グダリエルは気持ちいいそっちのベッドを使ってくれ。いいな?」
「んあ。」
「分かったら泣かないでくれ。」
優しく言い聞かせながら、ウリムベルはぽん、とグダリエルの頭に手を当てて、優しく撫でてやりました。ふわふわとした白い髪の毛は、さらさらとして触り心地がいいものでした。
ごしごしと両手で目を擦り、グダリエルは頷きました。
「んあ。」
「よし。じゃあ、もう寝よう。お休み、グダリエル。」
「おやすみ、まおー。」
グダリエルはようやう納得したようで、立ち上がりベッドへと戻っていきました。ウリムベルは子供をあやしているような気分でした。見た目よりも大分幼い少女を見ているようです。
ベッドに戻っていくグダリエルの様子を、ウリムベルが見ていると、ふと彼女の足は止まりました。くるりと振り返り、グダリエルはウリムベルを見ます。
「まおー。」
「まだ何かあるのか?」
「ごはんもベッドもありがとう。ぐだもまおーが好き。」
少しウリムベルはドキッとしました。
しかし、すぐに分かりました。この天使の言う「好き」は色恋沙汰のような意味合いの「好き」ではないのでしょう。一瞬緊張したものの、ウリムベルは優しく笑って答えました。
「ああ、ありがとう。お休み。」
「おやすみ。」
そうして、ようやくグダリエルはベッドに潜り込みました。
仰向けになり、ウリムベルは天井を仰ぎます。
一目見て「かわいい」と思った天使の女の子。とてもふわふわしていて、何も知らなくて、危なっかしい子供のような女の子。しかしとても純粋で誰かを思いやれる女の子。
ウリムベルはこの子は守ってやりたいと思いました。
敵である筈の天使に何故そんな感情を抱くのでしょうか。ウリムベルはふと不思議に思います。
一目見て可愛いと思った一目惚れだったのでしょうか。確かに、こんな可愛い女の子を殺してしまう事に抵抗はありました。それが匿ってやろうと思った始まりです。
(…………やめだ。深く考えると恥ずかしくなる。)
ウリムベルは目を閉じました。
休日は今日までです。明日からは魔王の業務がまた始まります。
(業務が終わったら、グダリエルの服を買いに行こう。)
結局はグダリエルの事を考えてしまいながら、ウリムベルは次第に眠りに落ちていきました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔王秘書エンゲは魔王城内に与えられた私室で、デスクに着いて明日のスケジュールと、今日の調査メモに目を通していました。
その指先に摘まんだ透き通った白い羽を踊らせながら。
「外から割られた窓……割れた窓の外側に落ちていた白い羽……何かを隠している魔王様……二人分の食事……。」
ぶつぶつと何かを呟くと、深く大きな溜め息をついて、エンゲはメガネを外しました。
「本当に、隠し事が下手な御方。」
魔王ウリムベルは気付いていません。秘書エンゲが何かに気付いている事に。
どうやら、早速不穏な影が差してきているようです。
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