第20話 炎の学園祭 2

 すぐさま殺されると思ったが、ルダエリ兵に取り囲まれ槍を突き付けられると、ニールは反射的にエレステレカを後ろから抱き着きナイフを喉に押し当てた。

「動くなっ! 殺すぞ! 公爵の娘だ! どうなっても知らんぞ!」

 ニールの声に、兵たちも動きを止める。


 輪の中には抜き身の剣を持つニューヴァの姿もあった。ニールの体温は熱く、息も上がっている。どうやら一戦してきたようだ。

 全く予想外、想定外だ。

 ニューヴァの剣の実力は天才、更に幼い頃から帝国最強の戦士の元で剣を学んでいた。そのうえ思慮は狡猾、このエレステレカすら上回る悪党だ。

 所詮、三流の男が逃げ出せるとは思ってもみなかった。


「どけ! この女を殺すぞ! いいのか!!」

 ニールはがっちりとエレステレカを捕まえ、ゆっくりと移動し始める。ルダエリ兵の輪もそれに合わせて動いていく。

「くっくっくっ、色男さん。輪に囲まれながらどこへ行くつもり?」

 ニールに話しかけると、今にも切り捨てる勢いでナイフを押し当ててきた。

「安心しろ、すぐに殺してやる」

「まぁ、恐ろしい事」

 ニールの耳元でそっと囁く。


『校舎に、抜け道があるわ』

『なに?』

 ニニヨ国東部にある山脈に暮らす者たちの言葉で伝えると、さすがにニールの声色も動揺した。

『学生だけが知っている抜け道よ。地下道だから火も回っていないはず』

 ルダエリ兵士、そしてニューヴァの目から逃れることなど不可能に近い。

『いいだろう、そこでお前を解放してやる』

 そう言って移動し始めた。


 槍を持った兵に囲まれたまま、燃える校舎へと向かっていく。

 輪の中にはリリアの姿もあり、また今にも壊れそうな表情を浮かべていた。

「ふふ、そろそろお姫様を王子様に返してあげないとね」

 そう思いながら私のお姫様から視線を外し、ニューヴァを睨みつける。


 お? 何してんだお前?

 逃げちゃった、え? 逃がしちゃったか、お?

 それでこれか? 最強の騎士様?

 それでこれ? あ?


 エレステレカの視線を正しく読み取ったニューヴァは、たまらず視線を外していた。


 燃える校舎に近づくたびに、大気が肌を焼き始めた。

 ナイフが熱を持ち始めた頃になると、少女のように震えている事に気が付いた。

 記憶の奥へと押しやられていた生きたまま焼かれる恐怖が去来する。

『どこだ』

 ニールの声も焦っていた。

 兵の輪も乱れ、燃える校舎側に隙間ができる。

『おい!』

 何十本もの槍を向けられ、一触即発の中でエレステレカは・・・


 気持ちよく高笑いをした。


「おーほっほっほっ! バーカ! 隠し通路なんかあるわけないでしょ!」

 校舎にはルダエリ兵士が侵入者を待ち構えるために身を隠していた場所、この場をうまく逃げ切れたとしても、退路はない。


「色男さん、特別にこの私と一緒に焼け死んであげるわ! くっくっくっ、生きたまま焼け死ぬのは死ぬほど苦しいわよ!」

 そう言いながら背中でニールを押す。

「ま、まて! 騙したのか!」

 可愛らしく声を上げ、足をもつれながら下がっていく。


「ダメっ、だめ!!!」

 リリアは悲痛な声を上げる。

「ダメっ! やめて、お願い!」

 今にも抱き着いてきそうなリリアを、ニューヴァが止める。

 この様子を見て、ニールも本気なのだと気が付いた。

『狂った女め』

 彼の国、独特な女性蔑視の言葉だ。汚い言葉は、この国の数十倍そろっている素晴らしい国だ。

 エレステレカは悪口を言われ、むしろ調子に乗ってきた。


「狂っている!? おーほっほっほっ! 冗談でしょ! 私よりも狂っていてよ、色男さん!」


 背で押しながら、オーブンへと向かっていく。

「私をどうせ殺すつもりだったのでしょう! 本当に隠し通路があったとして、正直に助けるつもりなんかあるもんですか!」

「くっ」

「背を取られた時点で、私はお終い。なにがあっても殺される。なら殺害者を逃がさぬように、もろとも、と考えるのが普通じゃなくって! そう、私は何も狂ってなんていない。それに比べ、あなたはどう!?」

 火花が飛び散り、熱いより痛みとなった。


「作戦が失敗した時点で逃げればよかった! 逃げれたでしょう! 生きてさえいれば私を殺すこともできたでしょうに、わざわざ私に会いに来てくれるなんて嬉しいわ、色男さん!」


『黙れ忌女め! 腐れ女! 女が口を開くなっ!!』

 ニールは悲鳴のような声を上げた。

 そして・・・


「!?」

 殴りつけようと手を上げた。

 その手は、ナイフを持つ手だった。

「・・・」

 剣を離さず持っていたので、くるりと回してナイフを弾き飛ばした。その瞬間、ニューヴァが剣を振るい拘束する腕を切ると、エレステレカは自由になった。

 兵士たちも槍をつきつけ、ニールは顔を歪ませながら両手を上げた。


「エレステレカ様!」

 リリアは泣きながらこちらに近づいてきた。

 感動的に抱き合う・・・ことをエレステレカは片手で止めた。

 そして憮然とした表情でニールの傍に行き・・・膝蹴りを食らわした。


「ぶぅ馬鹿じゃないの!!! なにナイフを持つ手で殴ろうとしちゃうわけ!? こっちは色々考えてたのよ!! ヒールで踏みつけてやろうとか! 幻影の炎に飛び込み逃げ出そうとか! 最悪マジで死ぬ覚悟していたのよ!! それが何!? なにこのあっけない最後!! こんな終わり方をした劇作家は処刑よ! 私の手で殺してあげるわ!! わかる!? そういうとこよ! 詰めが甘いのニニヨ人! だから嫌いなの!! だから三流なのよ!!」


「ま、まて! やめろ! うぎゃ!!」

 倒れたニールの背中を、長いヒールで何度も踏みつけられ悲鳴を上げていた。

 赤く輝く剣を握り踏みつけるその姿は美しく・・・

 リリアは感動を奪われ涙目に。

 そして隣には、どこから来たのかエレステレカ教の男子が「ああ、羨ましい・・・」と呟きながら震えていた。

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