第18話 4人の王子様
聖ヴァレリア学園は夏と冬に一か月ほどの休みがある。
夏は種まき、収穫、戦争と貴族は忙しい。
冬は主に戦争。手が空けば鍬から剣に持ち替え、民を連れて略奪に忙しい。
この期間はどうしても休みを取っておきたい時期だった。
そして休みの終わりに学園祭が行われる。
夏は収穫を祝い、冬は生き残れたことを祝うのだ。
学園の中庭に屋台が並び、景気のいい声が上がっている。
飲食、雑貨、吟遊詩人の真似事に絵画を売る者もいた。そのすべてが貴族ばかりだ。
学園祭では自由に露店を出す事ができるのだが、使用人たちは休みの日に働きたくないし、貴族はこういう時にしかできない事がしたいという訳で、露店で働くのは貴族ばかりになっている。
要するに、お貴族様の庶民ごっこ。
その祭りが一週間ほど続く。
貴族が多く集まる学園祭に一般人は入ることはできない。
客は庶民ごっこに興味のない学生に使用人たち、そして卒業生たちが祭りを楽しもうと結構多い。
まつりは貴族ばかりが集まるので国の特産物を売り宣伝する者、会場で学生同士今後の国の方向性を討論しあう会、魔術研究室では研究結果を発表する真面目な催しもあった。
とても賑やかなのだが・・・それでも物足りない。
エレステレカは一人で学生たちが行っている劇を一つずつ見て回りながら、祭りを見渡しそう思った。
エレステレカやリリカが三年の時。最後の学園祭は、尋常じゃないほどに盛り上がったからだ。
一年生、ネイト・フィッシュが運営する学園祭、それは騒々しかった。
ネイトは元商人の子らしいのだが、同じように商人だった者から言わせると、ネイトは商売人とは呼べないらしい。
頭のネジが外れているとしか言いようがない。
普通なら目利きで投資をし、無理そうなら切り捨てる。先見性と無慈悲さを兼ねそろえてこそ商人。
だがネイトは、手垢のついてない事業にアホみたいに投資し、更に限界ぎりぎりまで投資し続ける。
ハイリスク、ハイリターン。
失敗すれば借金、しかし成功したのなら市場を完全に掌握する。
誰もこんなクレイジーな運営はできないと首を振る。
一年生のネイトは学食、衣類、制服、学園の修理業や掃除などの事業を半年ほどで一気に掌握してしまった。学園祭も彼の元に統一されたルールで委縮するどころか、生徒たちはより自由に、混沌に盛り上がることとなった。
リリアに求婚した4人の王子様の中で最も新参者、しかしその情熱的なアプローチは4人のうちで最も衝撃的な存在感があった。
まぁ芸術関係、魔術研究に商品化業で国が傾くほどの借金を背負ったらしいが。
世の中には、いろんな人間がいる。このエレステレカですら、色あせて見えるぐらいに。
「さて、午後からは『ローミオとジュリ』ね。いい席を取らないと」
足早にそちらへと向かった。
□△□
リリアはマーレインに連れられ、学園内にある研究棟の中に入った。
マーレインのような生真面目な魔術師ばかりなのかと思ったが、案外とラフな格好の学生や教師ばかりが目についた。
「ねぇ、マーレイン。ボク、中に入っていいのかな」
「いけません」
マーレインは眼鏡を光らせながら、淡々と答えた。
「関係者以外、立ち入り禁止です。もしこれが問題になれば、退学もあり得るでしょう」
「ええっ!?」
綺麗に整った顔が、穏やかに崩れる。
「そうなれば、ここに居る者たち全員が退学になりましょうが」
近くを歩いていた生徒たちはすっと顔を背ける。
マーレイン・ブルーサンダー。
庶民の子ながら、魔術の天才としてブルーサンダー家の養子として迎えられた。魔術の街ボーネの特待生として選ばれていたのだが、彼は聖ヴァレリア学園の研究室で学びたいと願いこの学園に訪れた。
魔術の街ボーネは魔術の研究、調査、兵器開発など魔術関連の最先端の街だ。そこへ行くと聖ヴァエリア学園はボーネの研究を元に生活に役立つ魔術を全般に研究、商品化などをする一般市民に寄り添った研究ばかりだ。
魔法の深淵を覗く力がありながら、マーレインは日常魔法を研究しに来たのだ。
「先輩、こちらへ」
「すごい、ちゃんとしたお店だ」
建物内に木の看板が掛けられ、外にはメニューが並んでいる。
中に入ると立食用のテーブルが並んでおり、まだ昼間なのにどう見てもお酒を飲んでいる学者だろう姿があった。
「ただ研究結果をもとに商品開発をしているだけに思われているけれど、こう見えても忙しくてね。そうそう帰れないんですよ」
多くの学生たちが入ってきて、飢えたオオカミのように注文したサンドイッチを貪り食い始めた。
「私はこういう雰囲気が好きなんです」
マーレインはそう言って微笑んだ。
シュッとした面長、冷たい切れ目。長い黒髪に、少し似合っていない白いローブを身にまとったマーレイン。
出会った頃は人形なのかと思うほどに無表情だったのに、この一年で随分と人間らしい表情を浮かべる様になった。
「先輩がそうしたんですよ」
「え?」
「顔に出ています」
リリアは自分の顔に触れ、彼はおかしそうに笑った。
「アップルパイにケーキ、とにかく甘いものがそろっているんです。どういう訳か、みんな甘いものが好きでしてね」
マーレインがコーヒーを注文すると、2人の前にマグカップ出てきた。
そして彼は、これでもかと砂糖を入れていく。
「私も、甘い物が好きなんですけどね」
「その割には、痩せてるよね」
「そうですか? 少しは食べないと体力がつかないとよく怒られていますよ」
そう言いながら甘そうなコーヒーを平然と飲む。
リリアは、彼が人間を辞めないように祈るばかりだ。
それから、どうしてボーネではなくヴァレリア学園の研究室に来たのか話していると、1人の教師が中に入って来た。
マーレインが驚いたように背筋を伸ばすと、教師の前に行き深々と頭を下げた。
「ロフィ先生。お久しぶりです。その、研究はよろしいのですか?」
ぎょろりとする目をマーレインに向け、挨拶もなしに別のテーブルで食事を取り始めた。
マーレインは弱ったようにリリアの元に帰ってくる。
「お世話になった先生で、少しだけ研究を手伝わせてもらったんです」
彼はらしくもなく、リリアの顔を近づけてきた。
「ボーネでもAランクの研究なんだそうで、ボーネの特待生として選ばれた経歴で呼ばれたそうなんだ。ただ、出資者の意向ですぐに首になったんですけどね」
「どういう魔法なの?」
「私にもよくわからなかったんです。ランタンの中に光が入っていて・・・ロフィ先生が言うには、奇跡と言えるほどの大魔法のエネルギーになるとか」
彼もよくわからないというように首を振る。
「学園の研究室にあまり似つかわしくなくて、何となく気になってはいたんです」
「マーレインは田畑を楽に耕す魔法、ゴーレムの研究がしたいんだよね」
「ええ。労働の割に対価が低い。元農民の息子として、納得がいかなくて」
それからマーレインは農家の暮らしを話し、それからブルーサンダー家に向かい入れられ目まぐるしい日々を話してくれた。
あの無邪気なマーレインを、リリアはよく記憶していた。
ランタンの光、すごいエネルギー、その話もついでに記憶していた。
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