第17話 劇
エレステレカはステップを踏みながら、安宿のベッドに飛び込んだ。
見栄えばかりの調度品は安物ばかりだが、ベッドはむやみやたらと大きく品質がいいようだ。
「エレン。とんでもない新人が出てきたわね!」
「・・・はぁ、そうですね」
「華はないけど技がある。レレという難しい役どころを見事に演じていたわね! 若くて能力があるなんて、華があるよりずっと素晴らしい事よ!」
「・・・はぁ、そうですね」
「脚本もよかったわ! あの子にはベテラン脚本家をバックにつけるべきだわ!」
「・・・はぁ、そうですね」
演劇のパンフレットを何度も開き、簡単なあらすじに出演者のイラストを眺める。
「リ・ティアス様にはまだまだだけどね! ディアス様を差し置いて新人女優が主役って聞いたときは不安だったけどっ、やっぱり役者としての才能は惹かれあうものなのよ!」
「・・・はぁ、そうですね」
「しかし難解な演劇だったわ。難解なのが最近の流行りなのかしら? 『いずれ来る明日のために』。村娘が何度も死んでは同じ時間を繰り返して愛する人を、父や母を、そして村を守っていくなんて、とても驚きだわ! 初めは何のことかわからない事象も、まさかの伏線だったなんて! すごいと思わないベラリナ!」
「・・・はぁ、そうですね」
「ループもの? これってループものって言うらしいわ! ジャンルとして確立しているってことは、他にもあるのよね! 調べておかないと!」
「・・・はぁ、そうですね」
「エレンは埋もれるには惜しい女優だわ! この私が後援者となって支えておかなければね! そうね、仮面をつけて“仮面の人”とか名乗って、いつもあなたを見ているとか言って手紙を・・・」
「やめてください。本当にやめろよ、え?」
ベラリナは、侍女の癖に偉そうに命令してきて、エレステレカは致し方なく黙った。
エレステレカはベッドの上で足をバタつかせる。
部屋は狭く食事も今一つ、だがこの安宿が王都で一番の宿らしいのだから仕方がない。
「まったく、サボり癖も演劇好きも、旦那様によく似ましたね」
「お父様の子ですもの」
愚か者の子、死ぬ前はそう思われるのが嫌で学問に励み、演劇も見に行かなくなった。
しかし、もう燃え尽きて意地を張る気も起きない。
試験が終わり夏休みとなっていた。
それまでの間、リリアをイジメ続けて悪名は広がっている。レティアは号外で毎週のようにエレステレカの悪行を書き連ね、とてもご満悦のようだった。
リリアは「テストの内容が変わっているのが一番辛かったです」と言って5位にまで順位が下がっていた。そう言えば、教師たちに3年間出されるだろうテストを送り付けたことを言っていなかった。ちなみに、エレステレカの順位は1位だ。
「さて、レティアは頑張ってくれているようだけど、夏の間に捕まえてくれるものかしら・・・」
時系列で考えるなら3年の夏、彼らは接触してきた。
リリアを毒殺しようとしていることが明るみになり、オレイアスに婚約破棄を言い渡された。それでも学園を追放されなかったのは公爵令嬢という地位にあったからだ。呆然自失となり、遊びまわった。遊びというのが演劇を見て回ることだった。その時、彼らに誘拐されたのだ。
どうやら学園新聞を読み、エレステレカのことを知ったらしい。
学生を殺そうとした公爵令嬢。
彼らはそんな女に、興味を持ったのだから。
死ぬ前、たかが新聞社一社で帝国が傾くほどの騒動になった。
自分には関係のない話なのかもしれないが、まぁ、自分の庭で糞をする猫がいるのなら追い出したいものだ。
さて、今の彼らはちゃんと学園新聞を読んでくれているだろうか?
卒業式から3年前になるがスーパーノヴァの情報はちゃんと伝わっているのだろうか?
焦って私に接触してくれるだろうか?
今はただ、釣り糸を垂らし釣れるのを待つだけだ。
自由気ままに演劇を楽しんでいたある日、その日や流行ってきた。
見覚えのある小男が、深々と頭を下げていた。
「エレステレカ様、少し時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「・・・何者?」
エレステレカはよく知っているが、相手は知らない。
ゴミを見るような目で見下し、不機嫌そうに吐き捨て背を向ける。
「リリア様のことでお話があるのです」
「・・・」
心動かされた、フリをする。
そして・・・
その小男の腹を蹴飛ばした。
小男は驚き、呻く。
エレステレカはその男を踏みつけ、見下ろた。
「なんだ、お前。誰に口をきいている」
長いヒールの靴だ、相当痛いだろう。
確か「自分には何もない、凡庸な人間だ」とか言っていた奴が、是非これを履いて欲しいと渡してきた靴だ。相当ヒールが高いので歩きづらいのだが、これを履くとビシっと来るのでお気に入りだ。
「誰だ、お前。あ? 殺すぞ」
「お、お待ちください! 決して! 決して損はさせません! 本当に! 本当に!!」
小男は慌てて立ち上がり、何度も頭を下げた。
「ば、馬車を用意させております。どうか中に入り、話をさせてください。決して、決して損はさせません。あなたの望み通りにかなう話があるのです!」
舌打ちをして、ベラリナに目を向ける。
彼女は驚いていたが、誘拐されるかもしれない、それを待っていると、すでに話をしていたので小さく頷いた。
「フン、いいわ。でも忘れない事ね、私に危害を加えればどうなるか」
「決して! そんなことにはなりません!」
そう言って馬車の中に導いた。
窓にはカーテンがされ、薄暗い。その中には一人の青年が座っていた。
「どうぞこちらに」
エレステレカは向き合うように座った。
小男はホマイ。人権平等団体の創始者であり子爵だ。ニニヨ国の献金を受けており、わかりやすく言うなら、売国奴だ。
そして向き合っているのは、スーパーノヴァとやらを回収したのであろう、ニニヨ国の諜者のニール。
この2人が、卒業式を炎に変えるきっかけとなった人物たちだ。
どうやら、ちゃんと釣り針に引っ掛かってくれたようだ。
褐色の肌に、老人のように白い髪。
背は低く、その瞳は平然と人を殺すであろう狂気が見えた。
どうせ偽名であろうニール。
彼こそが、エレステレカがニニヨ国を心底嫌いになるきっかけとなった男だ。
馬車のドアは閉められるが、動き出さない。
どうやら密談で終わらせるようだ。当時のように有無を言わさず誘拐とは違う、前とは違って精神的に余裕があるという事だろうか?
エレステレカが向かい合うように座ると、小男のホマイはニールの隣に座った。ニールのことを恐れているのだろう、その間には少し距離がある。
エレステレカは、ニールの顔を値踏みする。
血の通わぬその魂がすすけて見える。傷口から緑色の血が流れても、不思議とは思わない。
「この私の足を止めさせたのよ、どういうことかわかっているでしょうね」
心が弱い人間が聞けば、それだけで死んでしまいそうな冷たい言葉を告げると、ニールは顔をしかめ舌打ちをした。
『女の癖に生意気な』
ん?
そのニニヨ語に疑問を持った。
東山の言葉ね。隣接している南山の言葉じゃない。つまり、中央がこちらにちょっかいをかけているってことかしら?
思考に没頭しそうになるのを慌てて切り替え、不愉快そうに顔を作る。
「悪口はわかるのよ」
ニニヨ語が分からないフリをすると、ニールは気にも留めず言い放つ。
「そうか、ならはっきり言ってやろう。女の癖に生意気だと言ったのだ」
「・・・」
エレステレカは無言でナイフを引き抜き・・・
ニールの隣に座っていた、ホマイの手の甲に突き刺した。
「ひぎゃあああああああ!!!!」
小男の悲鳴が上がる。
「うるさい、黙れ」
ナイフ更に深く突き刺すと、痛みに震えながらも口を閉ざした。
「お前、どういうことだ? この気味の悪い男に私を罵らせるために馬車に入れたのか?」
「ちがぃましゅぅ!!」
ナイフは更に深く突き刺さり、太ももを貫き始めた。
「もういい、十分理解した。それじゃあね」
「まってくだしゃいぃぃぃ!!!」
ナイフに体重を乗せ立ち上がり馬車から降りようとすると、ニールは仕方がないと呟いた。
「座れ」
「あ?」
「リリアを殺してやる」
「ひぎゃああああ!!!!!!」
小男に突き刺したナイフを上から抑え込み抜けないようにした。
手の感触から、太ももの骨にまで達している。
殺人、強盗、強姦、あらゆる罪の中で最も重い罪、売国奴、小男に同情は必要ない。
エレステレカは遊び心でぐりぐりとしてやると、ニールも楽しげに笑みを浮かべた。
「手を焼いているのだろう?」
エレステレカはどっしりと座りなおした。
「やっと面白い話になりそうね」
そして、ニールと恋人同士のように見つめ合う。
ナイフに伝わる力の入れ具合で、お互いの心が通い合うのが分かる。
どうしてニールが、ニニヨ国が大っ嫌いなのか。
自分と全く同じ匂いがする、同族嫌悪という奴だ。
「だが忘れるな、俺を裏切ったらどうなるか」
「ふざけているの? それはこちらのセリフ、私を裏切ったのなら、どうなるか」
「くくくっ、ああ、覚えておこう」
笑みを浮かべ合う。
その間、ホマイは痛みで意識も失うことができず、泡を吹きながら痛みに耐えるしかなかった。
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