第16話 例えば、


 例えば・・・


 ロフィ・バヌ先生が魔術都市ボーネから都落ちして聖ヴァレリア学園の魔術研究所に来たとして、そのことにとても不満に持っていたとする。


 例えば、そこに誰かが接触してきたとする。

 それはとある国の諜者で、資金援助をすると言われたらどうするだろう。

「あなたの才能がここで枯れるのを見ていられない。どうかこのお金を使い、見返してみませんか?」などと言われ「困ったことがあったら何でも言ってください。なんでも相談に乗ります」と言われればどうだろう?

 なんていい人たちなんだ! この人たちのために働こう! 相談事をしている時に国家機密の技術を話してしまうかもしれないが、こんないい人が悪用するはずがない!

 と、なるかもしれない。


 例えば・・・

 都落ちしたバカな魔術師が、とんでもない発明を本当にしてしまったら?

 それをとりあえず“スーパーノヴァ”と呼びましょうか。

 滑稽な老人の愚痴から漏れる機密情報を聞き出していたら、興奮して「とんでもない発明をしてしまった! これで帝国を見返せる!」なんて言ってきたら諜者はどうするだろう?


 例えば、そのスーパーノヴァとやらは、そうね、あらゆる願いが叶う! そんな魔法だとしましょう。なんだっていいわ、とんでもない魔法よ。


 例えば、それは帝国に渡れば害悪となり、自分たちが使えばとんでもない富となる。愚かな魔術師は第一報を諜者に伝え、まだ誰にも知られていないとする。

 さて諜者はどうするだろう?

 多少危険を伴うとしても、スーパーノヴァという魔法を得ようとするんじゃない?


 例えば、今現在、沢山の兵を忍ばせ、学園を取り囲んでいたとする。

 何かチャンスがあればすぐに突入し、スーパーノヴァを奪い取る状態だったら?


「だとしたらどう思う、ニューヴァ?」

 とても甘くておいしい“スーパーノヴァ”を食べながら尋ねた。

 彼はいつもにやけた顔を生真面目に変え、考え込んでいる。

「例えば、が多すぎだ。想像をするとき、必ず軸となる、絶対揺るがない真実がある。それが見えてこない」

「頭でっかちね、坊や」

 目を細めて、ニューヴァに顔を近づける。

「例えば、あなたが17歳で、私が18歳だとしたら?」

「面白いたとえ話だね? もっと詳しく聞きたいな」

「ええ、そのためにスーパーノヴァを用意させたのよ」

 アップルパイをぱくりと口に放り込みながら、のんびりと3年間の悪行を彼に話すことにした。

 夜が明ける頃、彼は少し考えさせてくれと席を外した。


 その後とても不幸な出来事が起き、一週間ほど寝込むことになった。

 侍女のベラリナに看病されるという地獄を乗り切り、やっと学園に帰ってきた。

 なんとも清々しい気分で一年の講堂に入ったのだが、学生たちは険悪な視線をこちらに向けてきた。


「エレステレカ様!」

「ん?」

 メガネのミラ・ラインが走り寄ってきた。そしてその手には、一か月に一度しか発行されないはずの学園新聞が握られている。

「これを見て」


 正体を現した暴君エレステレカ!

 ついに正体を見せた公爵令嬢。事件は野外活動中、エレステレカ・デュ・ロミは暴行事件を起こした。

 被害にあった女生徒(Aさん)は以前よりエレステレカにより何度も暴行を受けていると思われ、教師に取材をするも明確に否定することはなかった。

 これほどの事件に対し何故か被害者と両成敗という有りえない処罰となっており、公爵家の圧力なのかもしれない。疑惑は深まるばかりだ。


「こんなのデタラメだ!」

 声を上げたのは、女生徒(Aさん)ことリリアだ。

 いつの間にか取り巻き達とは違うメンツが集まってきた。

「記事を書いたのは、レティア・マレ。報道部の、エレステレカ様に接触してきた女子ね。なんでこんな嘘を・・・」

 ミラも苛立った声を上げる。

「こいつをとっ捕まえてくりゃいいじゃねぇか」

「そのようなことをすれば返って問題が大きくなるばかりです」

 彼らは真剣な顔で対応策を話し合っていた。まだ新聞という文化が根付いていない現状、報道がすべて正しいと思っている者たちは多い。

 エレステレカが風邪から復帰するまで対策はしないでおこうと思ったことが失敗だった。想定以上に悪いイメージが広がってしまったのだ。


「うん、いいじゃない」

 そんな中、エレステレカは新聞を読み終え頷いた。

「うんうん、及第点。結果ありき、予測や予想を真実であるかのように書いてある。彼女に虚偽を広める良心の呵責はない。今後も期待できるわ」


 レティア・マレに対しエレステレカは、新たな新聞社を作るその時、御用記者としてスカウトした。しかしこのような記事を広めるということは、断られたようだ。

 ありがたい、当時は「ま、こんなタイプの人間を飼うのもいいかもね」ぐらいのノリだった。だが今は困る。今はリリアという壊れかけた器を守る繊細な時、こういう厄介者を輪に入れたくはない。


「はーいみなさん、注目~」

 エレステレカは席に座り、机を指でタンタンと叩いた。

「赤い剣のペンダント、ここに置きなさい」

 集まっていた面子は、ギョッとして視線をさ迷わせる。

 エレステレカは、再びタンタンと叩く。

「いいから、早く出しなさい」

「い、いえ、その、エレステレカ様・・・」

「はやく、出す」

 彼らは、怒られると思いながら赤い剣のペンダントを机に置いていく。

 赤い物体が積み上がり、なんとうか、本当に邪教徒の聖印のように見えてくる。


「例えば・・・私がお前たちに新聞に書かれている通りに行動しろと命令したらどうする?」

「えっ?」

 リリアは驚いたように声を上げる。


「そう、書いてある通りにリリアをイジメるの。あなたたちは、私を信じてリリアをイジメることができる?」

 侍女のベラリナに調べさせ、女神エレステレカ教を調べさせた。

 別に手駒が増えるだけなので別にいいのだが「裏切られた!」「信じていたのに!」なんて言われても困る。もともとそういう人間だ。

 エレステレカは改め机をタンタンと叩いた。


「それでも最後まで信用し付いてくるバカだけが、この邪教の証を取りなさい」


 これは真面目な儀式なのだと、彼は神妙な顔で、しかし誰一人戸惑うことなく邪神の証を取っていく。

 そんな中、リリアの、あの日引きちぎったペンダントだけ手に取り彼女に投げて渡した。

「あなたは強制参加よ」

「は、はは、イジメというのは、その・・・」

「へーきへーき、殺しゃしないわよ」

 彼女は顔が引きつりながら、それでもリリアは楽しそうに笑った。

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