第15話 招待状
エレステレカは疲れを感じながら校舎を歩いていた。
身の上話はどうしても長くなる。気心の知れたニューヴァ相手でさえ、あまりに不思議で理解しがたい話を納得させるには時間がかかった。
結局夜が明けるまで話を続け、やっと自由になった。だが長い話の後で意識がしっかりしすぎて眠れず、独居室を抜け出したわけだ。
学園は静かだった。
まだ野外活動中、一年の校舎には生徒はもちろん教師もいない。夜中でも実現できない静けさ、鳥の声などを聴きながら心を落ち着かせていた。
そこに、ここにはいないはずの女性が立ちはだかった。
「ごきげんよう」
アリシア・ダイヤは、いつものように微笑んでいる。
エレステレカが唯一認める女傑アリシア。
リリアは彼女をお姫様と慕い、アリシアもリリアを王子さまと慕い、まるで仲の良い姉妹のようだ。
ああ、なるほど。
リリアが心配で、一緒に野外活動を切り上げたのだろう。
「ええ、ごきげんようアリシア」
ならどうして、リリアの傍から離れたのか・・・
アリシアは微笑みながら、静かにナイフを抜いた。
「それでは、リリア様に何をしたのか、お教えいただけますか?」
そう言って、ためらいもなしに切りつけてきた。
明確な殺意。
ナイフを避けながら、リリアを傷つけは下が殺されるほどのことか? と戸惑った。
「リリアと、姉妹のような関係か」
はたと気づく。
リリアが壊れていることを、わかっているのだ。
ある日突然、王子が壊れた。
何一つ理由が分からない。ただ明確に、壊れてしまっている。どうにか救おうとしたのだろう、しかし何もできるはずがない。
しかしこの度のことで、やっと犯人が分かった。
何があったかは分からない、だが、犯人はこのエレステレカ。
なるほど、彼女には明確に殺す理由がある。
「・・・」
え?
私、寝てないんだけど?
明日か明後日にしてくれない? ああ、わかってるわよ、今じゃなきゃダメなんでしょ!
覚悟を決めて、頭のスイッチを入れ替えた。
「アリシア、初めての出会いを覚えてる?」
ナイフを振り下ろし動きが止まった瞬間、刀身を掴む。
手からは、血がぽたぽたと落ちる。
「覚えて、ます」
「そう」
蛇のような笑みを浮かべ、不気味なほどやさしく話しかける。
「あなたが倒れ込み」
「・・・」
「私はあなたを激しく罵ったわ」
「え?」
ナイフから力が抜ける。
「小娘が、このエレステレカにぶつかってくるなど何のつもり! ってね。そうそう、そうしたらリリアが割ってきて、姫に何をするんだって言って来たのよね」
「なんの、話をしているのですか?」
戸惑いを通り越し、アリシアの声は震えていた。
「1年の前期テスト結果順位、覚えている?」
「あなたが一位で・・・」
「そう、リリアが一位で、二位がオレイアス。私がまさかの三位。そこで初めてリリアの名前を覚えたのよ。男爵の娘風情が、この私よりも成績がいいなんて許せるはずがないわ!」
今まで気だるげな姿しか知らないのだろアリシアは、その変貌した口調に恐怖した。
しかし、刀身を握ったまま彼女を引っ張りよせる。
「野外活動のことを覚えている?」
「あ、あなたは何の話を・・・」
「こっちはテントで死ぬ気で勉強してるのに、リリアとオレイアスはのんきに精霊と遊んでいて、どれだけ腹が立ったか! そのくせテストでも負けて! ああ! 腹が立つ!!」
ナイフをそのまま奪い取り、地面に投げ捨てる。
手からは血がしたたり落ちる。
「夏休みの学園祭を覚えている? リリアったら今度はニューヴァと楽しそうに剣の練習をしていて、周囲の女性たちは王子と騎士が戦ってるなんて甲高い声を上げて・・・ほんとあの子は私をキレさせる天才よね」
「・・・」
アリシアは、言葉を挟まず話を聞くことにしたらしい。
エレステレカは、慌てず、ゆっくりと3年間でのことを話した。丁度ニューヴァと一晩話していたので、それなりにまとめられて。
それでも、朝から昼食を食べるには遅いぐらいの時間がかかった。
卒業式までの話を聞き、アリシアは惚けたように帰っていった。エレステレカは、そのまま独居室に戻って死んだように眠った。
□△□
次の日、エレステレカは同じように一年校舎を歩いていた。
まだ一年生たちは帰っていない。その静かな廊下を、昨日とは違う気持ちで歩いていた。
「手が痛い」
ポーションに使われる薬草を使い治療中。これで数日後には傷跡すら残らず治るだろう。
ただ、数日かかる。
その数日間、とても痛い。
それに、風邪になりそうな雰囲気だ。
テンション高めにニューヴァとアリシアと向き合って、傷の痛みも相成って体調を崩しかけている。精神的には悪魔ぐらい図太い自信はあるが、体はか弱い令嬢なのだ。
喉が痛く、頭痛の呼び声。
手も痛いし、部屋の中でじっとしていられなかった。そしてふらふらと校舎へとやってきたのだ。
冷たい水が飲みたい。
もういい加減部屋に戻って横に・・・
「エレステレカ!!」
リリアの声が響いた。
剣を引き抜いたリリアがこちらにやってきた。
「ダメだ、ダメダメだめだ!! アリシア様はダメだ!!!」
剣をつきつけ、その表情は今にも泣きそうな、壊れそうな表情を浮かべている。
「ダメだ、アリシア様はダメだ。アリシア様に何をした、エレステレカ!!」
「・・・」
えー、ちょっと待ってよぉ、体調悪いんだって!
エレステレカは顔をしかめながら向き合う。
「あの子、どうしたの?」
「高熱を出した。そして、何度も謝って、思い出せなくてごめんてっ」
高熱? ちょっと、なに先に倒れてんのよ! こっちだって体調悪いの! しかもあんたが振り回したナイフで指が痛いの!! 握ったのは私のせいだけれどもっ!
「ダメだ、ダメだ。アリシア様に何かあったら、アリシア様は絶対に守らなきゃいけないんだ」
剣を突き付け震えるリリアに、エレステレカはため息をつく。
わかったわよ! 頑張る! とことんするわよ!!
覚悟を決めて、突きつけられた剣に向かって歩く。
リリアは怒っているんだぞと示す様に、剣を突き付け続ける。
しかしエレステレカは止まらない。
喉に剣が刺さり、貫かれようと気にせず前に進みリリアは恐れ後ろに下がる。エレステレカは喉を貫かれることを恐れないように歩みを止めず、遂には剣を横にずらし彼女の首を軽く切った。
「本当なら、王子さまがあなたを抱きしめるべきなのよ。オレイアス、ニューヴァや、マーレインやネイトが相応しいわね」
首から血が流れながらも、エレステレカは優しく声を上げる。
「王子さまたちの代わりに、私があなたを抱きしめなければいけない。だけど、私の手は血で汚れている」
エレステレカは、リリアの頬を優しく撫でる。
「ニニヨ国の兵を入れ、私は生徒たちを殺したわ」
卒業式にニニヨ国の兵を入れ、混乱している中でリリアを殺そうとした。
リリアを殺せたとしても、国に捕まれば極刑だっただろう。
それほどの罪を犯しながら、時間が戻ったので一切罪に問われていない。
「私はあなたを抱きしめることができない。私の手は血で汚れている。私を殺すこともできなかった甘ちゃんには、刺激が強すぎるわ」
死んで詫びる、ではリリアの行為に反する。
だが、罪は償わなければいけない。
そうじゃなければ・・・あの夜、あの卒業式が嘘になる。
人生で最も輝かしい瞬間が、偽りとなる。それだけは、絶対に許さない。
「アリシアに甘えなさい。私たちに何があったか、全部教えたわ」
「・・・」
するとリリアは、ひどく傷ついたかのような表情を浮かべた。
「私たちだけの秘密、わかるけど、さすがに手に余るわ」
「べ、別にボクはそんなこと・・・」
リリアから離れ、エレステレカは自分の首を押さえた。
ぶっちゃけ、すげぇ痛い。
ったく、はやく剣をずらしなさいよ! 結構ざっくり刺さっちゃたじゃないの!
「ふふ、リリア。いい選択よ。私を選んだこと後悔させないわ。派手なパーティーを企画してるの、主役はあなたよ!」
「エレステレカ様」
無意識だろう伸びる手をかわし、背を向ける。
「いつまでもへなちょこ王子さまじゃ困るわ! アリシアにたっぷり甘えて、いつものクソったれに戻っておきなさい!」
おーほっほっほっ!!
笑いながらその場を後にした。
傷を同じように治療し、その晩。
熱が出た。
指と首の痛みと熱で一週間ほど寝込むこととなった。
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