第14話 仮定を重ねて
エレステレカとリリアは取り押さえられ、リリアが錯乱している様子で2人だけ野外活動は中止となり学園へ戻された。
素行の悪い生徒が入れられる独居室に数日お世話になる。
エレステレカは教師に、リリアと何があったのか何度も説明したのだが、
「癇癪起こして首を絞めた。リリアは殺されそうになって錯乱してナイフを取り出した、それだけよ」
せっかく罪をかぶろうと言っているのに、リリアの方も同じように「自分が悪い」と繰り返しているらしく、教師もどうしたものかという感じのようだ。
ま、ほっとけばただの女子同士のいざこざで話はうやむやになるだろう。ならなかったら、我儘公爵令嬢のお出ましという訳だ。
気楽な気持ちで事情聴取を受けていたら、想定外のことが起きた。
3年生の総騎士団長の息子ニューヴァ・ナタが顔を見せたのだ。
「やぁ、エレステレカ。君は赤い薔薇の花がよく似合う。どうか受け取って微笑んで」
赤い薔薇を差し出し、エレステレカは微笑みながら受け取る。
「あら嬉しいわ。あなたが望むなら、いくらでも微笑むわ」
薔薇を胸に刺し、気だるげにニューヴァと向き合う。
立場はまだただの生徒だが、次期総騎士団長と名高い彼はすでに裏で軍事行動を行っている。主だって情報収集だ。何かあれば介入し、なんやかんやしているようだ。
彼は女子たちがうっとりとする優しい瞳をじっとこちらに向けてきた。
何か言い淀んでいるようだ。
「なに」
仕方ないので声をかけてやると、彼は何度も頷く。
「そうだね、うん、そうだ。ここまで来てなんでもありませんじゃ、君が納得しないよね」
「殺すわよ」
「いやぁ、うん、いろいろ困っててね。関係ないなら関係ないで、君たちを巻き込んでもいけないだろ?」
「貸しにしておいてあげるわ。10倍にして返しなさい。それで手を打ってあげある」
ニューヴァは露骨に顔を引きつらせた。どうやら、まさしくそれがイヤだったようだ。
「スーパーノヴァって知ってるかい?」
表情には出さず、混乱する。
なにそれ、さっぱり知らないわよ。
「ええ、もちろん知っているわ」
しかし、とりあえず知っていることにした。
ニューヴァは微笑みながら、じっと見つめてくる。
「ロマンチックな瞳ね、胸が熱くなるわ」
「疑っているわけじゃないんだけどね? スーパーノヴァについて話してくれないかな?」
「甘くておいしい」
彼は、非常に困った表情を向けた。
「そ、そうだね。甘くておいしい。今度スーパーノヴァを買ってくるよ。それじゃ、邪魔したね。テストも近いし、ここでゆっくり勉強したらいいよ」
「ええ、スーパーノヴァ楽しみにしておくわ」
胸に刺していた薔薇を抜き、キスをする。
見知った薔薇だ。いつもの盗聴花。ふふ、1人になったら自慰でもして甘い声をたっぷりと彼に聞かせてあげよう。
ニューヴァは関係なさそうだと立ち上がった時だ、荒々しく扉が開かれた。
「お前だ、お前だろ!」
まるで正気ではない男が部屋に入ってくると、魔術の杖をエレステレカの喉元に押し付けた。
「お前がっ、お前がやったんだな!」
「ロフィ先生、何をしているんですか!」
40代の教員で、痩身で顔色が悪く小刻みに震えている。
「お前だ、お前だろ! 文字の癖がお前と一緒だ! 未来のテストを送りつけたのはお前だ! スーパーノヴァを使って、お前が、お前がっ!!!」
確かこのロフィ・バヌは学園の魔術研究室で働いている教師だったはず。
彼が言っているのは、たぶんだが3年間に出されるテストを匿名で送りつけたことだろう。
これで似たようなテストであっても、同じテストにはならないだろうと苦肉の策で行ったことだ。
「落ち着てください、ロフィ先生」
ニューヴァは無言でロフィにボディブローを食らわせた。
蹲り頭が下がったところに手を置き、思いっきりテーブルに頭を打ち付けた。教師は、しめやかに意識を失った。
「・・・もう少し手加減してあげてもいいじゃない?」
「知ってるかい? 溺れている人を助けるには、まず溺れさせて気を失ったところを助けるんだ」
だから? 思わず声をかけたくなった。
「ふーん、テストとスーパーノヴァ。そしてロフィ先生、ねぇ」
ニューヴァは、いつものにへら顔を、心の底嫌そうな表様に変えた。
そんな表情を無視し、エレステレカは頭の中で無数の仮定を組み立てていく。
カタン、パタン、コトン。
カチ、パチ、トトトトトト・・・
「ニューヴァ、あまーいスーパーノヴァを持ってきてちょうだい」
結論が出たエレステレカは、妖艶に足を組み替えた。
意識のないロフィを抱えながら、ニューヴァは弱った笑みを浮かべる。
「少し立て込んでてね、差し入れは持ってこさせるよ」
「そう? この薔薇から声を拾って慌てて飛んでくるぐらいなら、今からお茶とケーキを持って長話をした方が建設的だと思ったんだけどねぇ」
ニューヴァは何かを言いかけ、口を閉ざす。そして複雑な表情を浮かべ、大きくため息をついた。
「ケーキとお茶でいいのかい?」
「甘くして頂戴、とても甘くね」
エレステレカは、全盛期のように妖艶な笑みを浮かべた。
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