第11話 邪教誕生
エレステレカが取材で席を外すと、取り巻き達は安堵のため息をつき各々自由に会話を始めた。
その様子を見て、ミラ・ラインは内心腹立たしく思っていた。
「1人で人で頑張るのよ」
エレステレカの言葉に、ミラは救われた。
座っているだけでも気になって仕方がないというのに、救われもしてしまったのだ、もう負けを認め、適当に理由を付けて彼女の派閥に入ったのだ。
だが、彼女の周りは想像を絶するほどひどい。
エレステレカの地位に集まっただけの、まさに取り巻き。どうしてこんな連中を周囲に置くのか理解できないが、当人が満足そうなので口を出すことでもない。
とはいえ、彼らの一員として輪にいることが不快なのは間違いない。そんな風にイライラとしていると、1人の女子が近寄ってきた。
知った顔だ。ベイラ・ベリー、商人の子で地位を金で買った子のはずだ。
「女神エレステレカ教を作ります」
そう、いきなり言って来た。
「その気高さ、美しさを讃える教えです。言ってしまえばこの世の奇跡。称える栄誉を我々は得られたのです。得られた幸運を無為にすることは許されません」
とうとうと話すベイラに、一同は呆然と聞いていた。
すると、別の娘が入ってきた。
「はぁ? 女神? 邪神の間違いでしょ」
アリナ、なんとかさんだ。
絵にかいたような小物で、地位の低い者に対しマウントを取ってくる危険人物。彼女とは仲良くしたくないというのが、学生たちの感想だ。
「この世の災厄、悪魔、人殺しよ! 急いで地獄へ帰らせた方が世界のためよ!」
息まいているアリナをよそに、次々と人が集まってくる。
「エレステレカ教は、他教徒も信仰してもいいのでしょうか」
背の高い男性が不安げに声を上げた。
「おひいさんがボスの組織か、いいぜ、俺も入ってやる」
筋骨隆々の生徒は拳をボキボキ鳴らしながら近寄ってきた。
「エレステレカ様を信仰したら、あたしももっと積極的になれるかな」
「あらぁ、いいですねぇ。そういう面白いことは是非とも参加したいですねぇ」
「彼女に踏みつけられたら、僕かぁ、僕かぁ・・・」
やんややんや。あっという間に十人近くに囲まれてしまう。
取り巻きの生徒は、居心地が悪くなりそっと席を外していった。その中で、ミラは逃げ損ねてしまう。
「あのさぁ・・・」
「神は一人、エレステレカ様だけです!」
「ああ、そんな、私は信仰を捨てることなど、しかし、ああ・・・」
「邪神だって言ってんでしょ。邪神信仰」
「で、誰ぶっとばしゃいいんだ? 俺一人で片付けてやるぜ!」
「そう、こう、かかとが尖った靴を作ろう。ああ、エレステレカ様が履いている姿を想像しただけで」
「うるさい!!」
ミラが一喝し、黙らせる。
メガネを持ち上げながら周囲を見渡す。
「本当に女神エレステレカ教でいいの? さすがに変えた方がいいじゃない?」
ミラの質問に、ベイラは首を傾げる。
「他の名前なんてあるの?」
「邪神エレステレカ教ね」
アリナは声を上げて笑う。
「ま、冗談だけど、頭イカれてる感じがしていいじゃない? 女神エレステレカ教」
確かに。
集まった面々は、一癖も二癖もあるような連中ばかり。その中で、頭一つ癖の強いのがエレステレカだろう。
「あ、あの、神の信仰は・・・」
「あなたの信仰の強さこそ、気に入っているところでしょ。なに手放そうとしてんのよ」
背の高い男性は聖印を取り出し、神に感謝をし始めた。
「で? 誰ぶっ飛ばすよ」
「そのうち騒動が起きるわ。そういうのを感じ取って来たんでしょ」
「まーな、よくわかってんじゃねぇか!」
「く、靴を・・・」
「最高級なのを用意しなさい、面白がって履いてくれるわよ」
ミラは彼らの質問に答えながら腹立たしくなってきた。
あなたたちも取り巻きと一緒、何もわかってないじゃない!
「代弁者・・・」
ベイラは感極まったように言葉を漏らした。
「ミラ様、さすがは常に隣にいらっしゃる方です。女神の意志を正しく理解してらっしゃる」
「ボスは決まったな」
え?
ミラは「何を言っているの、この人たち?」というように周囲を見渡すと、誰もが彼女になら任せられるとなずいている。
「待って、待って待って! いきなり集まって何話をまとめてるの!?」
先ほどと違い和やかな雰囲気でエレステレカを褒め称える一同。
結局、なし崩し的に女神エレステレカ教を取りまとめる立場となってしまうのだった。
□◇□
とりあえず本人には黙って女神エレステレカ教は始動した。
知られたら、さすがに殺される。
昼休憩、エレステレカは再びふらふらとどこかへ行ってしまった。
ミラとしても軽い食事に抑え、少しでも図書館に行き勉強がしたかった。最近”賢い”とはどういうことか、少しわかり始めてきた。そう、学ぶことが楽しいと思い始めたのだ。ただ苦痛だけの日々が、少し明るくなり始めていた。
さぁとっとと食べて図書館に行こうと思っていた時、背の高い男が後ろから走ってやってきた。
「ミラ様、聖印の図案を持ってまいりました」
「オーリオ様、あの、私に丁寧な対応は必要ありませんよ」
「いえ、ミラ様は女神の代弁者、私めもオーリオとお呼びください」
丁寧に頭を下げられた。
オーリオ・ブリエールは枢機卿の息子だ。
国教と定められた真眼教、ルダエリ帝国では二人しかいない枢機卿を父に持ち、一族は兄が継ぐと言えどその権力は政治とは違う箇所にある。偉そうにオーリオを扱う姿を父が見たのなら、その場で血を吐いて死ぬだろう。
めんどくさいことになったなぁと思いながらも、渡された用紙に目を向ける。
「ここで見てもいい?」
「はい、お食事の邪魔をして申し訳ありませんが、製作するにも時間がかかりますので」
その熱心さに、思わずドン引きだ。
草案資料は五枚、メダルやペンダントのデザインが書かれている。
メダルには女神のように全体像が描かれたもの、エレステレカの横顔、エレステレカを称える文が書かれているものなど色々ある。
ネックレスのように下げられるものもあり、月と太陽、十字の棒、輪というのもある。
「うーん・・・」
「はい、私も同じ感想なのです」
問題点は多い。女神の姿はメダルに彫刻するには難易度が高く、横顔は意味不明、小物系は月やら十字など意味不明。
それに、どれも彼女らしさが足りない。
「信者たちから集めた案なのですが、どれも心に響かない」
オーリオは痛ましそうに俯いた。
これは、どれも没だ。
だからと言って、明確なビジョンがあるわけでもない。
「赤い、剣」
突然声をかけられ、ミラとオーリオは顔を上げた。
「赤い剣、なんてどうかな」
背の低い、男装した女性が近くに立っていた。
赤い剣、赤い剣・・・
顔を見合わせる。
何で赤? 何で剣?
赤い色は確かに彼女に似合っているが、何で剣?
まるで関連性が見いだせない。
それなのに、ひどくしっくりとくる。
「えっと、確かリリアさんですよね。どうして、赤い剣なんですか?」
「なんと、なく、です」
彼女は言葉を詰まらせながら答えた。
「そう、ね。うん。いいじゃない。どう思います?」
「はい。理由はわかりませんが、心が認めているのです」
心の中で一度認めてしまうと、もうそれ以外考えられない。もう無理やりにでも赤い剣の聖印を作ってやるという意識に支配されていた。
・・・あれ、聖印ってなんだ??
「あの、ボクもその女神エレステレカ教に入れますか?」
不安げに尋ねるリリアに、オーリオは穏やかに微笑んだ。
「入りたいと願った時には、すでにエレステレカ様はあなたを受け入れているのです。ようこそリリア、我々はあなたを歓迎いたします」
「は、はい!」
嬉しそうに男装の少女は声を上げた。
どうしてこ、一癖も二癖もあるような子ばかりを引きつけてしまうのか、ひっそりと嘆息するミラだった。
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