第9話 女帝と女神
前期、一年生初めてのテストが行われた。
聖ヴァレリア学園の試験は、一種の娯楽のような一面がある。
生徒たちは寮暮らし、学園内に娯楽施設などあるわけもなく、スポーツに汗を流すか学問にどっぷり浸かるしかない。
運動の苦手な学問派閥にとって、テスト結果は有意義なイベントなのだ。
テストの結果は学園掲示板に張り出されるのだが、そこには多くの生徒たちが集まっていた。
一年、二年、三年と別れており、上位十名の名が書き出される。
エレステレカも、取り巻きと共にテスト結果を見に来た。テストが返却される前に張り出され、テスト総合点が乗っているので確認しに来たのだ。
「まぁ! エレステレカ様! 一位! 一位ですよ!」
「さすがはエレステレカ様です!」
取り巻き達はここぞと言わんばかりに声を上げた。
さぁ集まった者たちよ! ここに居らっしゃるのは学年一位のエレステレカ様だぞ! 一年の前期、様子見テストだからとても簡単で、偶然一位になる可能性はあったのかもしれないが、一位は一位なのだ! さぁエレステレカ様! 景気良く高笑いを一本お願いします!
ご満悦のはずのエレステレカに振り返る。
そこには・・・信じられないものを見るかのような、驚愕し青ざめ震えているエレステレカがいた。
「うわぁ、すごい! さすがリリア様! 二位だよ位だよ二位!」
「アリシア様、そんな手を引っ張らなくても」
可愛らしい女性に連れられて、背の低い男装の麗人が手を引かれてやってきた。
エレステレカは激しく動揺し、取り巻きを置いて走って去って行った。
取り巻きは戸惑うも、まぁいつもの奇行、その背を見送った。
□◇□
月の綺麗な夜。
エレステレカは女子寮を抜け出し、近くの噴水のある公園に足を踏み入れた。
雲もなく、青い世界にゆっくりと光の粒が上がり始めた。この地の精霊が、月明かりに酔ってふらついているのだろう。
エレステレカは思いもよらなかった景色に心を奪われ、そして静かに涙を流した。
初めにリリアを意識したのが、初めてのテストの時だ。
男爵風情の小娘が、自分を押さえて学園一位だった。それが許せず、激しく汚く罵った。
エレステレカはその日から嫌がらせをするようになったが、テストだけは邪魔をせず、まっすぐと学力で戦った。
今度こそ一位になってやると、狂ったように勉強した。それでも一位リリア、二位オレイアス、三位エレステレカの順位は3年間変わらなかった。
悔しかった。
苦しかった。
一度受けたテストは、すべて丸暗記するほどに復習をした。未来永劫、忘れぬほどに頭に刻み込んだ。
故に・・・これから先、百点以外を取ることはない。
そんなの、カンニングしたのと同じだ。
「違う、私は、私は・・・」
穢してしまった。
リリアとの戦いを、彼女との絆を、自分の手で穢したのだ。
「ああああああああ・・・・・・・」
蹲り、押し殺した声は時間が経たず咽び泣きへと変わっていった。
□◇□
ベイラ・サイトは、学園生活にウンザリしていた。
父は小さな街を掌握するほどの商人だ。金で爵位を買い、ベイラは貴族として恥ずかしくないように教育を受けた。
蝶よ花よと育てられ、ダンスや礼儀作法、刺繍に歌に楽器を叩きこまれた。そして遂に聖ヴァレリア学園に生気込んで入学し、おほほ、うふふ、お紅茶がおいしゅうございますねぇ、そうですわねぇ、おほほ、なんて日々を想像していた。
「なんか・・・泥臭い」
現実は非常だった。
男女関係なく異常なほど高度な勉強をさせられ、恋愛と派閥のドロドロした関係、最悪なのがお嬢様の頂点エレステレカですらがに股で掃除をする姿は見るに堪えない。
「あーあ、バカらし」
そんな彼女の気晴らしは、夜に誰もない公園で一人の時間を楽しむことだ。
美しい花園に囲まれ、中央には噴水、夜になると精霊がお喋りを始める幻想的な場所だ。
ここで私は、夜の女帝となるのだ。
「うふふ、すべて私に跪きなさい、おっほっほっ、なんてね」
子供っぽい憂さ晴らし。
だからなに? 私はそれで憂さ晴らしができるのだから文句なんて言わせない。
今日はいい天気、月も綺麗に輝いていて沢山精霊が出てくることだろう。
ところが、弾む気持ちは、めそめそと泣く声に一気に冷めた。
ああ、最悪の日だ。
時々いるのだ、女子寮からちょっとだけ離れた場所なので自分と同じように抜け出してくる生徒が。恋人同士でイチャイチャする奴や、今日のように恋人にフラれてメソメソしている奴が。
こういう日はひっそりと部屋に戻るのだが・・・
「うわ、サイアク」
こっちに気が付き泣き止みやがった。
更に、こちらに近づいてくる!
いいじゃない、私は夜の女帝よ!
キッと顔を上げた途端、私は敗北した。
「え、エレステレカ、様・・・」
それは、本物の女帝だったからだ。
ほんのわずかだけ混乱した。
どうしてこんなところに? どうしてエレステレカ様が泣いているの? 派閥の面々がテスト一位パーティーしてるのに、当人がどうして泣いているの?
だが、そんな考えは霧散した。
月明かりに照らされた彼女は、あまりに美しかったからだ。
すらりと立つ姿はまるで亡霊か幻。
彫刻のように白い肌、女神像のように均等の取れた身体、そしてそのご尊顔は神々の一員であることを示していた。
「ここは、あなたの物だった?」
泣きしゃがれた声だった。
思わず、頷いてしまう。
ああ、商人たるもの、詩的な言葉に無暗に頷いてはいけない。だけど、彼女の美しい言葉を遮るなど、神への冒涜ではないか。
「そう、ごめんなさいね。この時間は近寄らないようにするわ」
そう言って横をすり抜けていく。
エレステレカ様は、私にとって特別な時間、特別な場所だと気づいてくれた。
きっととても苦しい事があったのだろう。
悲しいことがあったのだろう。
それなのに、私に気が付き、気を使い、去って行く。
闇の中に消えていく背に、声をかけた。
「なぜ、泣いてらっしゃったのですか?」
彼女は、ゆっくりと振り返った。
そっと近づき、スッとベイラの頬を指先で触った。
あまりの美しさに感極まり、泣いてしまったようだ。
しかし勘違い、同じように悲しんでくれていると思ったのだろう、穏やかな微笑みを浮かべた。
「悲しいからよ」
エレステレカは、そっと唇を合わせた。
柔らかな、暖かな唇が全身を貫いた。
気まぐれな女神は微笑みながら闇に消えて行く。
ベイラは、その場にへたり込んで動くことができなかった。
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