第8話 茶番
窓から降り注ぐ朝日を浴び、小さく息を吐く。
「だりぃ、今日学校休もうかしら」
脱力しながら呟いた。
日に日にやる気が抜けていく。あらゆることがどうもよくて、何も手につかない。昨日も日が沈むと同時に眠りについてしまい、日が上がる前に目が覚めてしまう。
怒り、憎しみ、嫉妬が足りない。身を焦がし、突き動かす穢れた炎が燃え上がらない。
胸の炉の火に薪をくべようとするが、まるでしけっている。なにも思わないし、何も感じない。本当に火に焼かれた恐怖ですら、今は愛おしく感じるほどに。
ノックがあり、返事をするまでもなく扉が開かれた。
「おはようございま・・・もう起きてますか」
侍女のベラリナが相変わらず舐め腐った態度で入ってきた。何とかこいつをクビにできないものか。
「今日は学校を休むわ」
「は? なんで」
「そんな気分なのよ。あと、お茶を持ってきなさい」
ほら、とっととあっちけと手で払うが、ベラリナは腕を組んで動かない。
すると、急にベラリナは恭しく頭を下げた。
「なるほど、つまり今日はずっと私と一緒、という訳ですね。ヤダ、お嬢様とお茶会なんてはーじーめてー」
「・・・学校に行くわ。お茶もいらない、今すぐに」
忌々しいが、こいつをクビにできる気がしないエレステレカだった。
□◇□
アリナは取り巻きに囲まれながら、忌々しげにエレステレカのグループを見下ろしていた。
「何が公爵家の令嬢よ。ただの怠け者じゃない」
アリナがそう吐き捨てると、その周りの少女たちも「ええ本当に」「アリナ様の方がよほど素晴らしいですわ」「地位に案じているだけの、ただの小娘ですわね」とくすくすと笑いが上がった。
気に入らない、気に入らない気に入らない!
たかが公爵爵家の娘だというだけで、彼女の周りには多くの取り巻きが囲っている。こちらはたったの3人。王都で働く父の部下である弱小男爵の娘ばかりだというのに、お茶会にすら顔を出さないくせに腹立たしいぃ!!!
彼女は突き動かされていた。
胸に嫉妬、憎しみ、怒りの穢れた炎に突き動かされ、エレステレカが1人になる瞬間を待っていた。
エレステレカは一人になる時間が多かった。
気まぐれな女で、楽しそうに取り巻きと喋っていたかと思えば突然不機嫌になり、そして1人になる。
その日、エレステレカは授業を抜け出し学園の中庭を歩いていた。
アリナたちも授業を抜け出すと、彼女が進んでくるだろう場所に身を隠した。
「ほ、本当にするんですの?」
「あ、あの、やめましょうよ・・・」
取り巻きが震えた声を上げる。
アリナは鼻で笑う。
「ビビってんの? はっ、大丈夫よ。あの女のことは、手に取るようにわかるわ」
そう、わかる。
同じ匂いがする。同じなのだ。あの女も権力を好み、他者を支配し、利用し、貶め、見下すことに喜びを感じる女だ。
「ここでは爵位の優劣はありませんわ。表向きとはいえ、平等なのですから」
どちらが上かをはっきりさせておく必要がある。
公爵家の女を足蹴にすると考えるだけで、興奮してくる。
アリナはエレステレカの前に立ちはだかり、声を上げた。
「授業中に出歩くなど、許されませんわね!」
「・・・」
お前もそうだろという野暮な返答はしなかった。
エレステレカは目を丸くして、次に細めて笑った。
その態度に、アリナは火が付いた。
「あなたは貴族の役割というものを理解できていないようですから教えてあげようと言っているのよ。感謝なさい。わたくしはあなたと違い人の上に立つ努力をしていますもの、何も考えていないあなたとは違うの。人に頼るということを覚える事ね。爵位が高いからといって人に囲まれてるようだけど、勘違いしない事よ。それはあなたの行動で得られたわけじゃないの。わかる? わたくしの言うとおりにすれば社交界でも恥をかかずにすむわ」
大あくびをするエレステレカは肩をすくめる。
「10点」
何ですって・・・っ!
カッとなり手を上げようとした時だ、隣に立っていた取り巻きの一人が声を上げて泣き始めた。
何事かと振り返ると、泣いている子だけじゃない、全員の様子がおかしい。
「あなたたち、なにが・・・」
泣いている子が、震えながら口を開く。
「あなたが、見えているのなら、私も見えている」
「え?」
「あなたが、そう思うのなら、私もそう思う」
泣きながら、変なことを口走り始めた。
普段は大人しく、突飛な行動を取るような子じゃない。
「こっ、この、私、はっ、加害者じゃなければいけない」
別の子が、紙を取り出し読み始める。
アリナはカッとなりながら手紙を奪い取った。
被害者は反抗しても許される立場、恐ろしい地位。
自分でも何をするのかわからない。
アリナは冷たい汗が流れる。
なんだ、これは?
なに、この紙は? この文章はなに? 泣いている子にも、このような紙があったの? わたくしの知らないところで、こんな紙がこの子たちに配られた? わたくしが噛みつく事を前もって気が付いていた? 有りえない。普通そんなことがあるはずがない!
手紙の最後に、2人目と書いてあった。
2人目?
呆然としながらもう一人に目を向けた。
彼女は震えながら、唇を開いた。
「学園追放、一族の没落。それをすべて正義の名のもとに行えるなんて、心が弾む。きっと彼女らも口裏を合わせてくれるだろう」
それを肯定するかのように、彼女の口調は淡々と話している。
呆然とするアリナを、後ろからエレステレカが羽交い絞めにした。
「え?」
ナイフが背中に、突き刺さった。
「癇癪を起して暴れたアリナ・ミリュと組みあい、事故で命を落とした」
え?
ためらいもなく、人を?
そのまま意識が遠のいていく・・・
□◇□
倒れるアリナを、誰も受け止める者はいなかった。
先の尖った香水の瓶を押し付けただけで、まさか気を失うとは思いもしなかった。
つまらない茶番をさせてしまった子たちに目を向けたが、とても声を掛けられる状態じゃない。仕方なくそのまま立ち去った。
アリナ一派がこちらに敵意を向けていたのは、気づいていた。
一度経験し、二度目だから、ではない。
3年前、彼女たちは大人しかった。それはそうだろう、言ってしまえば最盛期だ。もしこのようなことをすれば・・・誘拐して拷問し精神崩壊させ売春宿に売り飛ばすぐらいのことはしていた。
まだ授業中、静かな中庭のベンチに腰掛けため息をつく。
自分の中での変化に、エレステレカは戸惑っていた。
アリナ一派に対して恩情溢れる対応をしたこともそうだが、愛らしい悪戯に失神というおもしろ反応をしてくれたアリナに対し、何も感じなかった。
そう・・・もう父も母も、家も派閥も知った事じゃない。焦りも、苛立ちも何も感じない。
ただ、気だるげなため息が出るばかりだ。
なんとなく、侍女のベラリナが用意した書類を取り出して目を通す。
この学園に通う生徒の家族構成、金周りの情報も完璧だ。
この茶番を考えたのは、間違いなくエレステレカだ。だがそれを実現するのに、この資料が役に立った。
『ロート・ミリュ。子爵。長男、次男、長女。
総評☆☆ 容姿☆☆☆ 性格☆☆☆☆ 金☆☆☆
子爵、ミリュ家の長男。整った容姿に服のセンスも地味ながら悪くない。ミリュ家は優秀な家系でそこそこ財産を握っているらしい。
しかし婚約者がいる。子爵の小役人の子に略奪愛するほどではない』
「・・・」
このような男の情報が、そう、全校生徒ぶんあるのだ。
救いようのないヘンタイクソ女なんだが・・・有用なのだ。
これから先も、ベラリナに振り回され続けるのだろうと思うと軽い頭痛がした。
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