第7話 皇子と騎士

 男子寮の最上階、そこは部屋を繋げて大きな部屋。

 ニューヴァは、夜にオレイアスに会いに行った。

「こんな夜分悪いね」

「いいさ、落ち着かなくてね」

 オレイアスは笑顔でニューヴァを向かい入れてくれた。

 広大な部屋は、大半が暗闇に包まれている。

「俺の部屋よりも広いんだよ、使い方が分からないんだ」

「慎ましやかな王子だな」

 ニューヴァは自分の家のように、高級な椅子に座り膝を組んだ。


 オレイアスは最初、狭い部屋、一番下の4人部屋を希望した。

 しかし数年前、第一皇子も慎ましやかな生活をしていた。しかし同室の生徒、上の階の生徒たちは落ち着かないと苦情が寄せられ、現在の部屋が作られ王家の場合だけ使われることになったのだ。


 オレイアスはコーヒーを入れ、ニューヴァの前に置いた。

「殿下自らの手で入れてもらえるなんて有難いねぇ」

「コーヒーぐらい入れるさ」

「お茶請けはないのかい?」

「お茶請け・・・ああ、そうか、そいうのもいるのか」

 何か食べるものあったかなぁと考えるオレイアスに、ニューヴァは笑いながら「いらないよ、コーヒーだけで十分だ」と言いながら口を付けた。

 彼は幼く見えるが、ちゃんとしている。

 ただ、所々抜けているのがまた面白い友人だ。


「全く、エレステレカにはしてやられたよ。そこら中、略奪愛の話題でもちきりだ。まったく、困ったもんだよ」

 ニューヴァは、彼の前だけ見せる本音をぶつけた。

 オレイアスは楽しげに笑う。

「本当に、ニューヴァとエレステレカは仲がいいよね」

「勘弁してくれよ」

 軽口に対応するも、自然と二人は笑みを浮かべ合う。


 昔はよく、ふざけて衝突していた。ニューヴァがおちょくり、エレステレカが癇癪を起し、オレイアスが慌てふためく。

 同年代で、地位に気兼ねせず接することができた間柄だった。


 だが、エレステレカは変わってしまった。

 決して統治者としての才能があるとは言えないエレステレカの父親が当主となると、彼は仕事もせず遊び惚けるようになった。

 家族同然で暮らしてきた臣下は次々と去ってゆき、取り巻きの貴族たちは手のひらを返し、それでも仕える者たちの恩に報いることもできない。

 その重荷を、10歳ほどの少女が背負わなければいけなかった。


「エレステレカに嫌われても仕方ない」

 オレイアスは自分で入れたコーヒーを飲みながら、呟いた。

「僕たちは子供だった。できる事なんてなかったさ」

「俺の奥さんになる人だ、王宮で暮らす事もできたはずだ」

「無茶言わんでくださいよ」

 当時、何ができただろう? 今なら何ができただろう? 後悔がない結果になるためにはどうすればよかったのだろう? 今更詮無きことだ。


「つーか、彼女とマジで結婚する気?」

 オレイアスは驚いたように目を丸くした。

「この婚約は国を左右する大事だ。安易に破局はできないよ」

「真面目だねぇ、ここは愛の国だよ。たいした問題にならないって」


 婚約破棄は、よくある事、たいした問題にはならない。

 それは、この聖ヴァレリア学園のせいだ。

 他国では政略結婚が普通なのだろうが、帝国では学園で出会った男女が恋愛結婚する事が多い。

 人呼んで「愛の国ルダエリ」と笑われているぐらいだ。


 これはもう国民性としか言いようがない。

 愛だ、恋だで左右されることが多く、国内も絵画や歌などが流行り王都ヒロミラは「美と芸術の国」と呼ばれている。

 意図してそうさせたわけではなく、気が付いたらそうなっていたのだ。

 だが、それはそれでいいと思っていた。


「他国貴族の勢力を無視できない。どうしても、彼女と結婚しないと困る」

 オレイアスは真面目な表情で答えた。

 帝国の領地は、帝国の貴族でしか得ることができない。だが、最近はルダエリ人以外の人間が領地を得ている。他国の人間は政略結婚を繰り返し、まんまと領地を得て帝国を蝕んでいるのだ。


 帝国を守るため、オレイアスとエレステレカは幼い頃から結婚が決まっていた。

 オレイアスはエレステレカと結婚し、その領地を得るためだ。いずれは当主であることを引退してもらうために、エレステレカの父親が無能であることは有難かった。

 要するにオレイアスとニューヴァは、エレステレカを見殺しにしたのだ。


「オレイアスは考えすぎなんだよ、婚約破棄は想定内だ。血みどろの愛憎劇で内部崩壊なんかしたらかえって問題だろ?」

 ルダエリ国は他国と違い、500年もの長い歴史のある国家だ。

 決して強い国家ではなかったのだが、周囲の国が勝手に滅びてくれるので気が付くと国力が上がって周辺国が従い始めたという歴史がある。


 ではなぜ国が滅びなかったのか。

 ニューヴァは恋愛結婚だからこそ、だと思っている。国が滅びるのは大体、王家と貴族の内戦で滅びることが多い。

 しかしどういう訳か、ルダエリ国はそういうのが少ない。どうも貴族や王族は昔から仲がいい。

 ルダエリ人は愛に歌い恋に踊る国民性、愛する人と暮らす幸せな家庭、子供は乳母に任せず自分たちの手で、食事は家族で祖父や祖母、親戚も集めて食べる。などなど・・・他国なら「庶民の真似事か?」と、現時点で笑われている。


 ニューヴァは思うのだ。

「はっ、100年そこらで国が滅びるてるお前らに笑われてもなぁ」

 というわけで、他国から笑われている習慣こそ、ルダエリ帝国には必要だと思っているわけだ。


「一年の、確かアリシアなんてどうだ? 彼女のような器量よしは3年、2年にもいないな。伯爵家で地位もそう悪くないし、どうだ? 僕はそうだな、リリアちゃんと仲良くしようかな~。それとも逆がいい?」

「ニューヴァ、女性に対してそのような言い分はよくないよ」

「真面目に考えすぎなんだよ。もっと気楽に行こうぜ、気楽にさ」

「お前は少し真面目になったらどうだ?」

「僕は真面目さ、とてもね」


 父は忠誠を誓うに相応しい王を得た。

 自分もまた、忠誠を誓うに相応しい方と出会えたことに震えるほどの感謝している。

「エレステレカと、昔のようになれないか」

「・・・ま、さすがにそれは都合がよすぎだな」

 まだ子供で何もできなかった。

 確かに事実だが、都合がいいという理由で見て見ぬフリをしていたのも事実だ。もう、何もなかった時のように振舞えない。


「前会ったのは・・・確か半年前、なんかの社交界で顔を合わせたよな。そん時と比べれば、だいぶ角が取れていた」

 自分の過ちに気が付いたのは、1年前だ。

 社交界に出てくる彼女は、少し情緒不安定になっていた。それでもまだ大丈夫だと笑っていた。彼女は大丈夫だ、そんな風に思っていた。

 だが一年前の社交界で大きな間違いだと知った。


 癇癪持ちの小さな女の子は、もういなかった。


 子供でも分かった。

 もう手遅れなのだと。

「昔のようになれないなら、新しく始めればいい。僕や君も、昔と違ってできることも増えただろ?」

「前向きだね、ニューヴァは」

「・・・ああ。あいつ、少し変わったろ?」

 オレイアスは「どうだろうね」と呟きながら考え込む。

 ニューヴァも、できれば歩みを進めていることを願うしかなかった。

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