第6話 悪友

 授業が終わると、講堂の女子たちが騒がしくなり始めた。

 この雰囲気、覚えがあった。

 顔を上げ、後方にある出入り口に目を向けた。そこには、女生徒に微笑み浮かべながら挨拶をする背の高い男子生徒がゆっくりとこちらに向かってきていた。


 ニューヴァ・ナタ。

 そう言えばまだ3年で、在籍していたか。

 総騎士団長の息子で、成績優秀で剣術に至っては最強クラスと言われているほど。

 すらりとした高身長で甘いマスク、柔らかな微笑みを見ると若い乙女たちはたまらないだろう。更に強く面倒見がいいので男子たちにも人望のある人物だ。

 ニューヴァは話しかけてくる女性に穏やかに挨拶をしながら、ゆっくりとこちらにやってきた。


「会いたかったよ、エレステレカ。君は花のように美しい」

「まぁ、お上手ですね。あなたは風、私のような者に振り向きもしないというのに」

 ニューヴァは胸に差していた薔薇の花を抜き、こちらに手渡した。

「そう、僕は風さ。だけど、君の元へ帰ってくる。見失わないように、どうかこの花を受け取って欲しい」

 周囲の女子たちからは悲鳴のような声が上がる。

 一輪の薔薇の花は愛の告白だ。

 だが、薔薇のように見えて薔薇じゃない。似た花で棘もなく、枝も細い。花は薔薇よりも大きく開き、その上・・・盗聴の魔法が隠された世界に存在しない花なのだ。


 そう・・・当時、盗聴されているとは気が付かず感情のままわめき散らし、リリア毒殺を未然に防がれることとなった。

 卒業したからといってニューヴァを意識の外に置いたことこそが最大のミスだ。オレイアス殿下と卒業後も繋がっており、いろいろと邪魔をしてくれたのだ。

「ひどい人、みんなに花を配っているのね」

「気になる人だけさ」

 盗聴花に気が付いていることを知られるのも癪だ。花を頭につけ、下らぬ芝居に付き合う事にした。

 周囲の女子から動揺の声が響く。そんな、婚約者がいらっしゃるのに。ニューヴァ様の告白を受けましたわ。ああ、こんなの許されませんわ! などの声が聞こえてくる。

 そんなこと気にもせず、エレステレカとニューヴァは見つめ合う。


「このような場所にわざわざ足を運んでくださるなんて、よほどのことがあるのですね」

「もちろん。君に会いたい、それに勝る願いはないよ」

「私が協力できることなら何でも言ってください」

「ありがとう、君の優しさは僕を安らげる」

「・・・」

 いいから何しに来たか言えよ。

 舌打ちしそうになるのをぐっと耐えた。


 傍から見えれば迫っているかのように見えるが、本音じゃない事をエレステレカは知っていた。

 身分の高く年齢も近いのでオレイアス、ニューヴァ、そしてエレステレカは社交界で何となく一緒になることが多かった。

 卒業するとともに縁が切れたが、彼の本性はよく知っている。


「そろそろ私は行きます」

「そう言わないで、僕は君のことが心配なんだ。少し見ないうちに君は随分変わってしまったように思えるんだ」

 だからこそ、やっと何しに来たのかわかった。


「ふふ、女は秘密があるものよ」

 要約すると、「お前性格丸くなってんじゃねぇか、何かあった? また何か悪だくみでも考えてんのか?」だ。

 面倒だから説明する気が起きない。実は卒業式後に死んでループしていますなど、わざわざ教えてやる必要もない。

 

「あのっ、お二人はお付き合いしているのでしょうか!」


 突然、女の子がとんでもない事を訊ねてきた。

 素朴な、本当に大人しそうな女の子だ。当人からすれば「キャー! お二人の関係が知りたいわぁ!」ぐらいの気持ちなのだろうが、王室スキャンダル、もしそうなら帝国を揺るがす大騒動になりかねない。

 ・・・大胆な発言は乙女の特権、まさかこちらに向けられるとは思いもしなかったが。


「想像にお任せ・・・」

「ここは愛の国、ルダエリ帝国だよ。心に想い人を潜めているのはいけない事かい?」

 その女生徒はニューヴァの言葉に顔を真っ赤にした!

 まわりの女子たちも一斉に声を上げ「やっぱり」とか「そんな!」なんて聞こえてくる。エレステレカはニューヴァを睨みつけると、笑みの中に「逃がさんぞ」という言葉を瞳の中に見た。


「お戯れを」

 頭につけていた花を抜き、彼女の胸に刺した。

「ニューヴァは悪い大人よ。彼の言葉に耳を傾けてはいけないわ」

 可愛らしく彼女は顔を赤くした。精神年齢は18歳以上、入学したての15歳の子はまるで子供だ。

「ひどいな、僕の気持ちを分かっていてそんなことを言うのかい?」

 この鬱陶しい男も、今では年下か。


「みなまで言わないでニューヴァ。あなたも、私の気持ちをわかってそのような意地悪を言うのですね」

 そう言ってニューヴァの胸に寄り添った。

 今日一番、大きな声が上がった。

「私を監視したいのでしょう? いいわよ、仲良くしましょうニューヴァ」

 悪い笑みを浮かべ、そっと囁く。

 この男に目を付けられて逃げられるわけがない。

 それなら、せめて嫌がらせだ。

「エレステレカ、君は・・・子供の頃に戻ったかのようだよ」

「イヤな餓鬼ね」

「君は本当に、手を焼く妹だよ」

 ニューヴァは抱き着かれながら、子供をあやす様にエレステレカの頭を撫でた。

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