第4話 婚約者


 この質の悪い夢から数日、まだ覚めることができない。

 エレステレカは授業をサボり、静かな校舎の中を歩いていた。前の自分では公爵令嬢が規則に違反するなどもっての外と思っていたが、今はもう、どうでもいいという気分だった。

「あら、案外と私と同じようなバカ者がいるようですね」


 美しい花園。

 憩いのベンチには休憩時間には見かけない生徒を見ることができた。どう見てもただのゴロツキが集まり、男女の逢瀬を楽しんでいる者もいる。

「私の知らぬ学園がこんなところにもあるのね」

 家柄、派閥のことに関しては事細かに調査していたが、脱落者に対してまで目が届いてはいなかった。


「別にどうでもいいんだけどね」

 結局、頭の中の毛糸は絡まり合いうやむやになる。

 実際問題、どうでもいい話だ。


「エレステレカ、どうして君がこんな時間に出歩いているんだ」

 声をかけられそちらを向くと、まるで人形のような美少年がこちらにやってきた。

 ルダエリ帝国第二皇子オレイアス・デュ・ダエリ。

 勇ましい名前だが、当の本人は黄金色の髪に青い瞳を持つ息を飲むほどの美少年だ。童顔なのを気にしており、3年後も変わらず美少年であった。

 と、言いたいが、確かに年の割には愛らしいのだが、15歳のオレイアスは神の奇跡と言っていいほどだ。

「あら、お互い様じゃなくって?」

「俺は許可をもらい外に出ていた。仕事だ」

 まるで小鳥のような愛らしい声を、一生懸命低くしようとしているところがまた愛らしい。


 そう言えば・・・

 ああ、そうか、人権平等団体が頭角を現し始めた頃ね。

 表向きは、神の名のもとに人間は平等でなくてはならない、などとのたまわっている全くの嘘つき集団だ。

 構成員は権力争いで敗れた貴族や商人たちで、現在の権力者たちを引きずりおろそうと耳障りの言い事を掲げて民衆を扇動するテロリスト集団と言っていい。

 権力はないが金ならあるので無碍にすることもできず、厄介な連中だ。


 皇帝シンラクは、高潔すぎるのだ。

 彼が皇帝になる前、貴族、そして神職はあまりに権力を持ちすぎていた。当たり前のように隣国に情報を流し、神の名のもとに生娘を凌辱する。そのような状態を打破するべく強硬な態度で不正と戦っていた。

 結果、王族は見事に孤立する。


 オレイアスが学園に通いながら公務を続けなければいけないのも、そのせいだ。

 血縁者でなければ、信頼できないという有様という訳だ。

「くっくっ、善悪の問題じゃない。人間は変化を嫌うもの、だから気づかれぬよう時間をかけて、ゆっくり、そうゆっくり変化させなきゃいけない。所詮皇帝という肩書を持った、夢見がちな餓鬼よね」

 などと、エレステレカは心の中で笑う。


「さて、どのような言い訳がお好みですか」

「ふざけてるのか」

 少年はエレステレカの手首を掴む。

「婚約者の不貞を許すわけにはいかない」

 婚約者・・・?

 あ、そう言えばまだ婚約者だったわ。忘れてた。


「・・・悔しいわね。不貞って、どうしてそうなったの?」

 彼は恥ずかしそうに庭にいる男女に視線を向けた。

 何を考えてるのか、男女の学生が昼間っから乳繰り合っているようだ。

 エレステレカは大きくため息をつく。

「一人になりたくてふらついてただけよ。言い訳を考えるのも馬鹿らしい」

 不貞という言葉に好奇心をくすぐられたなど、全くまだまだだ。


「どちらにしても許される事じゃない!」

「ええ、そうね」

 不正に対したいそうご立腹のようだが、まだ友人としての注意勧告止まりだ。

 オレイアスとこれほど仲良く話せる日が来るなんてね。

 エレステレカは苦笑が浮かぶ。


 学園の2年生が終わる頃、オレイアスから婚約破棄を言い渡された。それ以来、彼とはまともに話すことはなくなった。


「それではオレイアス様、このまま静かなる校舎を散歩いたしましょうか」

「な、何を馬鹿なことを! すぐに授業を受けるんだ!」

 お父上と同じく、彼はとてもまじめだ。


 彼を愛していた。

 確かに愛していたのだろう。

 容姿もよく、性格も素晴らしい。なんといっても皇子だ。立場が危ういといえ、人権平等団体に国家転覆されるほどではない。

 まさしく、このエレステレカに相応しい相手だった。

 なら今はどう思っているのか・・・?


「でしたら私は一人でゆっくりとさせてもらいますわ」

「ま、まて!」

 無論、憎んでいる。


 皇子から足早に離れる。

 正直、そのツラを見ているだけで反吐が出る。

 イジメをとがめられ、邪魔をされ、何度も殺害を止められ、婚約を一方的に破棄されたのだ。

 ここまでメンツを潰されて愛していると言えるのなら、それはまさしく真実の愛だ。是非応援したい。

 もちろん、主人公の敵役であるこの私には真実の愛は縁遠い。

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