第3話 私の知らない世界


「エレステレカ様、お隣よろしいでしょうか」

「エレステレカ様、どうかわたくしめも隣へ座らせてください」

 そのような者たちがエレステレカの席に次々と座ってきた。

 エレステレカは、自然と笑みが浮かんでくる。


「ええ、もちろんよ。とても嬉しいわ、あなたたちの名前と身分。嬉しくて全員覚えてしまいそうね」

「あ、ありがとうございます」


 彼らの表情は色々だ。ちょろい女だ、よかった任務を遂行できた、こちらの考えを分かったうえでの返答か。などなどだ。


 この聖ヴァレリア学園には有力者の子が集まっている。つまり、未来のルダエリ帝国の支配者だということだ。

 各々自由に席に座っているように見え、そうじゃない。

 これは将来の派閥の形だ。


「あなたたちのような友人ができてとても嬉しいわ。そうでしょ?」

「はい」

「ええ、まったく」

 彼らは笑顔で頷いた。

 気が合う、友達になりたい、一緒に居ましょう、なんて誰も思っていない。

 利用する、操ってやる、この弱小の身分から抜け出してやる。そう思っている者たちばかり。そのような下種な連中に囲まり・・・


 ああ、幸せ!

 そうそう! そうでなくっちゃ!


 この学園に通えるだけですでに親、もしくは親族、もしくは派閥の意向のおかげなのだ。普通の学校のように友達ごっこなどしている場合ではない。

 ここは学びの場であり、仕事の場でもある。遊び場ではないのだ。

 そんなに親友が欲しいなら町にでも出かけ探した方が、選択肢が増え質もいいだろう。


 若くして陰謀の中に身を置き、更なる欲を呼び込む者たちに囲まれていると・・・

 そう、心が潤うというものだ。


「で? 今度どうなると思う?」

 多くは首を傾げるが、察しのいい者たちは頷いた。


「奇抜な形になってきたわね」

「ええ、全くです。第二皇子は当然ですが、ダイヤ伯爵嬢ですかな」

「あれは何なんでしょうね」

 察しのいい者たちが口々に意見を口にし始めた。

 一人の男子が鼻で笑う。

「ダイア伯爵ですか、友達ごっこの集まりでしょう」

「どういたしますか、エレステレカ様。彼らにこれは遊びじゃないんだと教えてやりますか?」

 せせら笑う彼らに、エレステレカの顔は青くなる。

「やめなさい。あの子に関わらないでっ」

 思わず声を荒げてしまった。


「いい、ああいうのは関わらないのが一番よ」

 エレステレカは声を絞り出した。


 アリシア・ダイヤ。

 エレステレカが唯一認める女傑。沢山の人友達となり、結果的に派閥となったグループだ。

 そのグループが厄介なのが・・・別に脅威でもなんでもない所だ。

 何しろただのお友達グループ、派閥やら何やらなど関係がない。

 ほっといても別に問題がない、だが噛みつけば痛みを伴う。


 アリシアは、ごく普通の子だ。

 ごく普通に友達を作り、ごく普通の成績で、ごく普通に恋に悩み、ごく普通に結婚し、ごく普通に子宝に恵まれ、ごく普通に民衆に愛され、ごく普通に戦火に巻き込まれることなく、ごく普通に生存する。


 優秀な者は殺される。無能な者は国を滅ぼす。だが、この女傑は未来永劫、ごく普通に生き残る。過去に恨みもなく、今に不満もなく、未来に絶望しているわけではない。

 エレステレカが唯一認める女傑、それがアリシア・ダイアだ。


「第二皇子が通い始めた割には、静かなものじゃない。どうしてかしら?」

 露骨に話題を変える。

 とにかくアリシアに関わりたくないのだ。

「その・・・怒りませんか?」

「内容によるわね」

 彼らは急に口を閉ざし、緊張が走る。

 エレステレカは苦笑を浮かべた。

「嘘よ、怒らないから考えを教えて頂戴」


 さすがは早々にエレステレカに接触をしてきた者たちらしく、それなりに見解があるようだった。

 それをまとめると、数年前に皇帝の座についたばかりのシンラクは貴族との折り合いが悪く、独立状態にある。このまま力でねじ伏せるか、もしくは・・・そう、“もしくは”がある。

 第二皇子といえども、まだ接触するには早すぎる。

 アリシアのお友達派閥が幅を利かせているのも、どこが最終的に勝利する派閥かわからないために様子見、それが理由の一端のようだ。


 イチかバチかエレステレカ派閥でやっていくと決めたギャンブラーたちだ。日和見のアリシア派閥で様子見、しかも悪くない選択となると、彼らからするとムカつくわけだ。


 それから彼らは各々今後どうなるか意見の交換をしていく。

 少年少女たちの忌憚のない意見は、とても新鮮な気持ちで聞くことができた。

 当時は、エレステレカを恐れて本音で意見交換をするなんて珍事は起きなかった。こうしてみると、自分の矮小さというものを思い知らされる。


「リリアは、リリア派閥は数が少ないわね」

 話の流れで、気になったことを口にしていた。

「あの男女ですか?」

「ま、まぁ、魅力的ではあります、わね」


 リリア・ライト。

 ダイア領に駐屯するベルフェリオ騎士団長の娘だ。

 広大な伯爵領を守る国の騎士団なのだが、本拠地のダイア領に置いているのでライト家とダイア家は親密なものになっている。


 アリシアは白馬に乗った王子さまのようにリリアを慕い、リリアは姫を守る騎士のようにアリシアを慕っていた。二人はまるで仲の良い姉妹のようだ。


「あれは派閥というより、アリシア派閥内の友達グループ、なのではありませんか?」

「それともアリシアと同じように注意しろと?」

「いや、気になっただけよ。好きにすればいいわ」

 興味失ったように手を払うと、彼らの目がきらりと光った。


 確かに、派閥というのは女子が少なすぎる。

 リリアは天然ジゴロ、無意識のうちに女子を惑わせてしまう魔性の魅力を持っている。

 ちょうどこの時期、一番リリア派が多かったはずだ。

「歴史が、違う? 全く同じじゃない?」

 歴史とは違う行動を取ったから、か?

 そう、確か・・・入学した初日にアリシアと衝突し、激しく罵った。

 それを守るように現れたのが、リリアだ。

 所詮男爵家の娘、雑草と同じと意識から外れた。

 だが、私はアリシアにぶつかったが怒鳴りつけることはなかった。

「私からアリシアを守る姿が、女子たちの心を奪ったのかしら? だから今はシンパが少ない?」

 正解はわからい。

 だが確実に分かったことは、未来は変わるということだ。


「ああ・・・めんどくさい」

 ドロリと倒れ込む。

 考えるのがめんどくさい。どうでもいい、勝手にしてくれればいい。動きたくない。


「それでエレステレカ様、どういたしましょうか」

 お許しが出た、リリアをどう貶めてやろうと笑みを浮かべる面々。


 エレステレカも、少しだけ触発された。

「そうねぇ、背中らナイフを突き立ててやろうかしら」

「え?」

「正面から喉を掻っ切るのはどう? それよりも石で何度も撃ちつけて、頭がくしゃくしゃになる感触を楽しむのもいいわねぇ」

 何度も何度も、殺そうとして失敗した。

 毒を入れたが、気づかれた。ならず者を雇い襲わせもした。

 何度も何度も、何度も何度も何度も殺そうとしたが、できなかった。

 そのリリアが、ああ、今ならいともたやすく殺す事ができる。


「じょ、冗談ですよね」

 誰かが震えたように声を上げる。

 エレステレカはけたたましく笑う。

「ええ、冗談よ。本気じゃないわ」

 そう言って、目をつぶった。

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