第3話 期待




 あれ以来、私と真歩まほさんはたびたび飲みに行ったり、ご飯に行くようになった。

 いつもの馴染みのお店に、真歩さんが連れて行ってくれたり。

 行けなかった夜はチャットアプリや電話で話したりと、私たちは仲を深めていった。

 片想いのまま、ただ遠くから見つめることしかできないと思っていたのに。

 その頃のことが嘘のように、私たちは同じ時間を共有していた。

 今日は真歩さんがお気に入りだというレストランに行った。

 夜景がとてもきれいに見える場所で、もっと近くであの景色を見たいという話になった。

 そこで急遽、私たちは海沿いの大きな公園までやって来てしまった。

 建物が放つ小さな明かりがたくさん集まって、光の花束になった景色が広がっている。

 白や黄色、青に紫。色とりどりの光が散らばって輝いている。

 園内にある高台まで二人で進んでいく。

 眼下に広がる無数のきらめき。

「しいちゃん、すごい景色だね。綺麗⋯⋯」

「レストランから見るのとはまた違った雰囲気で素敵ですね」 

「来て良かったね」

「はい」

 二人並んで、しばし夜景に見惚れる。

 しかしそれ以上に目に入るのはカップルだった。

 あまり人がいないのではないかと思ったけれど、そんなことはなかった。

 寄り添うカップル、手を繋ぐカップル、幸せそうに話すカップル。

 女二人が場違いなくらいカップルだらけ。

「真歩さん、ここってデートスポットなんですかね」

「みたいだね。私たちもしかして浮いてるかな」

「そうかもしれません⋯⋯」

 浮いていたところで、仲睦まじいカップルたちはお互いしか目に入っていないだろうけれど。     

「カップル以外、立入禁止なわけじゃないから、気にしないでおこう」

 と真歩さんが言うので私も頷く。

「写真撮ろうかな」

 私はカバンからスマホを取り出した。

 夜景にピントを合わせる。

「しいちゃん、上手く撮れた?」

 真歩さんが横から画面を覗く。

「うーん、いまいちです。何かこう目で見ているのに比べると、残念な感じです」

「夜景は上手く撮るのは難しいかもね。私も撮ってみようかな」

 同じく真歩さんもカバンからスマホを取り出して、カメラを夜景へと向ける。

「真歩さんのは最新機種だから、私よりは綺麗に撮れるんじゃないですか?」

「試しに撮ってみるね」

 何枚か真歩さんは写真を撮った。

「しいちゃん、どうかな?」 

「私のよりも綺麗ですね。いいな」

「後でメールで送る?」

「欲しいです!」

 そんなやり取りをしていたら、視線を感じて振り返る。大学生くらいの若いカップルと目が合った。

「女同士でこんな所来るなんて寂しそ〜」

「彼氏いないんじゃない?」

 小さな声ではあったけど、はっきりとこちらまで聞こえてきた。

 確かに端から見たらカップルだらけのスポットに女二人はおかしいのかもしれない。

 でも私にとっては真歩さんといられる時間は、恋人たちが過ごす時間と何も変わらない。私には大事な時間だ。

「しいちゃん、あっちの方に行ってみようか」

「そうですね」

 私たちはその場を離れて、別の所まで歩いた。この辺りもやはりカップルたちが睦み合っているけれど、数は少なかった。

「何かさっきの人たち感じ悪かったですよね。私は真歩さんと夜景を見られて楽しいのに」

「気にすることないよ、しいちゃん。私たちは私たちで楽しもう。ね?」

「ごめんなさい、愚痴ってしまって」

「気にしないで。私もいい気はしなかったから。いっそのこと、私たちもカップルっぽく振る舞おうか」

 なんて真歩さんが冗談めかして言うものだから、私は深く考えもせず頷いた。

「いいですね」

 答えた瞬間、肩を抱き寄せられる。

「こうしたらちょっとはカップルっぽく見えるかもね。これでとやかく言う人もいないでしょ」

 街灯からやや離れた暗がりにいる私たちは、他から見ればカップルに見えるかもしれない。

 じわじわと、鼓動が速くなる。

(これじゃ本当に付き合ってる同士みたい)

「しいちゃん、緊張してる?」

「そ、そんなことはないですよ。えーっと、あの、手⋯⋯。手も繋いでみたりしても⋯⋯いいですか?」

 私はもっと真歩さんを感じたくて、わがままになる。断られるかも、なんて予感が何故だかしなくて。

「手? いいよ」

 真歩さんが左手を差し出したので、私はその上に右手を重ねる。

「な、何か、本当に恋人みたい、ですよね」

 暗いので真歩さんの顔ははっきり分からない。いや、ちゃんと認識しないようにしている。どんな顔をしているのか、少しだけ怖くなったから。

「そうだね。でもしいちゃんは私なんかより若くてかっこいい男の人がよかったと思うけど、今日は私で我慢ってことで」

「我慢なんてとんでもないです。私はその辺の男性より真歩さんの方がいいなって」

 恐る恐る、私は真歩さんを見つめる。

 そこには優しい慈愛に溢れた女神様のような真歩さんがいて。 

「私なんかでもいいなんて、嬉しいな」

 嫌な素振りを少しも感じさせない真歩さんがいて。 

(こんなんじゃ、期待しちゃう。無理だと分かってても期待しちゃう)

 頑張ったら真歩さんに届くかも、私の気持ちを受け止めてくれるかも。

 楽しい夢を見たくなる。

 だけどこれは夢のようなものだ。手を伸ばせばシャボン玉のようにあっけなく消えてしまう。

 私たちは女同士で、年だって十四も離れているし、友だち以上は望めない。

 それでも、夢を見られるうちは見ていよう。

 私たちはしばらく手を繋ぎながら寄り添って夜景を眺めていた。 

  

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